メアリースーになれますか?
どうも初めまして蟹電波です。処女作にして初投稿なので緊張していますが楽しく読んでいただけると幸いです。
暇と言う物は恐ろしい。退屈は人を殺すと言う言葉を聞いたことがあるが、神である俺様にも深刻なダメージを与える。
「この間、力を与えてやった奴は糞の役にも立たずに死んじまったからなぁ」
すぐにでも何かしなければ、正常な俺の精神がイカれちまう。
急いで新しい遊びを考えなければ。
「そう言えばアイツは最近、別の世界の魂を使って駒を作ってるらしいな」
なんの意味があるのかはわかんねぇし、あの女の真似事みてぇで気に入らねぇが今は仕方ねぇ。
とは言え、何を基準で選ぶのか全く分からねぇ。魂毎に多少の質はあれど確実にこうなるなんてものは存在しない。そんなつまらない物が存在すればそれこそ退屈で今頃死んじまってるぜ。
少し思案したがその問題はすぐに解決する。俺はあの女の様に目的があって送り込む訳じゃない。
「まして、こんな場所で手に入る魂なんてたかが知れてる……」
世界の空間に女神が無理やりこじ開けた狭間、こんな所に流れつく魂なんてのは正常な循環を逸脱した魂の残穢だけだ。
塵芥を寄せ集めて作り出すのもいいが、所詮は元が塵芥だ。高度な思考は持てないし、あの女の私兵に瞬殺されて終わりだろう。
まだ使える魂が無い訳じゃねぇが、凡庸な魂なんて使っても面白味がねぇ。だがここに上等な魂が流れ着くのを待つなんて持っての外だ。
何か他の案は無いかと周りを見渡している時、一つの魂が怪しく光る。
「これは……いいねぇ、ここにお似合いの魂だ」
あの女はこんな魂、絶対使いはしないだろう。俺も本気で駒を作る時なら、見向きもしなかっただろう。
しかし今回は、これでいいのだ。これ位のイレギュラーがあった方が楽しめると言う物。
だって、これは――
「……力を注いで。これで覚醒するはずなんだが」
微睡む意識の中、不意にそんな声が聞えた。徐々に意識が覚醒していくのが分かる。私は声の主を探す為に目を開ける。
「よお、ハッピぃバースデぇ」
「ぎぃやぁあああああ!!!」
そこには大きな口をぱっくりと開けた肉塊の化物が居た。
本体らしき、丸々としたグロテスクな肉塊から幾本の触手をうねらせている。頭部の様な部分は見当たらず、肉塊に口だけが付いている。
そんな化物の触手が全身に絡まり動けない。一体何が起こっているのか。
「まあそんな元気な声を上げるなよぉ。俺様の美しい姿に見惚れるのは分かるがよぉ」
「食われる! 誰か! 誰か助けて!」
周りを見渡すが荒廃した大地が広がっているだけで、生命の気配を感じない。周りに光る球はいくつか飛んでいるが何故か直感で生き物では無いと感じた。
荒廃した世界にぼんやりと光る球と言う組み合わせは退廃的な美しさを感じた。もう少し落ち着いた状況なら滅びの美学なども理解出来たかも知れないが、滅ぼした本人が目の前に居るのだ美学を語っている暇はない。
「魂なんて食わねぇよ。ましてお前みたいな奴はよぉ」
「ならなんで私を触手で捕えてるのよ!」
肉塊は器用に、触手の一本をうねらせて周りに飛んでいる光る球を捕まえる。
「お前もさっきまでこいつらと同じだったんだよ。まあ、見た目は今も同じだけどなぁ」
そう言うと肉塊はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる。気が動転して分からなかったが確かに私には体の部位が見当たらなかった。
「ただ漂うだけのお前に、俺様の力を少し注いで意識を覚醒させたんだよ」
肉塊は光の玉をポイと投げ捨てる。説明は終わったと言う事だろう。
大事な事を聞けていないので私は肉塊に質問をする。
「私って死んでるの?」
「今更だな、お前はとっくに死んでるよ。死因や前世は全く知らんが、ここで魂になってるという事はそういう事だ」
あっけらかんと肉塊は答える。随分と簡単に言われてしまったが、コイツにとっては今日の天気位にどうでもいい事なのだろう。
「そう、ならここは天国で貴方は神様……なの」
「おいおい、どこからどう見ても神だろうがよぉ」
どこをどう見たら肉塊が神に見えるのか逆に聞きたい。
「あとお前……、こんな場所が天国に見えてんのか?」
「見えないわね、でも死後の世界があって私が向かうなら地獄はあり得ない。人より悪行を犯した回数は少ないと自負しているからね」
「その図太い神経とか、重ねた善行より犯した悪行の少なさを誇るとか……お前すげぇな」
心なしか肉塊が引いてるように感じる。だが肉塊に表情は無いので気のせいだろう。
「俺様はゴルゾニーヴァだ。本来はもっと神々しい姿をしてたんだが、クソ女神のせいで本来の魅力の1パーセントくらいのこの姿にさせられちまったんだよ」
肉塊で1パーセントなら元の姿も大した事ないのでは? とは思ったが口には出さないでおいた。仮にも神様だ。何をされるかわかったもんじゃない。
「ゴルゾニーヴァ様は私を覚醒させて何をするのですか?」
「嗚呼、それなんだが。お前には俺様の世界に行って貰いたい」
「異世界転生って奴ですか?」
「おお! 話が早くて助かるぜ」
「中世ヨーロッパ位の文化レベルでモンスターが跋扈する剣と魔法のファンタジー世界をチートで蹂躙するって言うあれですか!!」
「……あの女がやる理由が分かった気がするぜ」
さっきよりもゴルゾニーヴァが引いた気がするが、触手でしか感情の起伏が分からないので気のせいだろう。それよりも死んだと聞かされた時よりも精神が高ぶっている。例えるなら交通事故に遭ったけど宝くじで一等当たっていたような……いや、死ぬ事と比べて良い事かどうか、判断しかねるが少なくとも私は死んでいるし、ただ死ぬよりかはずっといいだろう。
死んだ時の記憶は未だに思い出せないが、少し覚えている前の人生をもう一度生きたいか? と聞かれると、迷わずノーと答える私には僥倖だった。
「まあ、お前が思ってるのと殆ど違いはねぇよ。テクトリアってのがその世界の名前だ。他種族……お前の認識だと、魔族って言った方が伝わるか? と人間が争っている世界だ。戦いは、もっぱら剣と魔法が殆ど。だが剣もスキルやらなんやらがあったり、身体能力も魔法で上がってるから、力量次第では魔法と大差ねぇよ。魔道具っつぅアイテムもあるから、お前が思ってるより原始的な戦いじゃねぇぞ」
スキルと言う言葉にビクンと反応してしまう。異世界、スキルと聞くと自然と顔がにやける。
その後、ゴルゾニーヴァは生活レベルも高い事を教えてくれる。不自由な生活を覚悟していたので安心した。
「世界の説明はこんなもんか。ここからは転生後のお前の境遇についてだ。お前には人間の貴族に転生してもらうぜ。爵位はあんまり低くても影響力がねぇしな……」
「影響力?」
「こっちの話だ、気にするな。……そうだ、子爵! 子爵の子供に転生だ! 高貴な生まれはさぞ心地よかろうよぉ。ぜひ下層の連中にノブレス・オブリージュしてやるんだなぁ」
何が面白いのか、ゴルゾニーヴァはげらげらと笑いながら話し続ける。先程から感情の起伏が激しい為かその乱暴な話し方のせいか、神と言うよりチンピラと話している気分になる。
しかし貴族に転生……悪くない。正直子爵の地位がどれほどの物か詳しくは分からないけど平民よりは上でしょ? お茶会とか開きまくってる印象しかないけど。
「そう言えばお前、男か?」
「いや、どこからどう見ても女なんですけど!」
「生憎、俺様に光の玉の性別を判断する技術は無くてな。ひよこの方が簡単だぜ」
光の玉してるとは言え、肉塊に馬鹿にされるとは……。
「ま、女でも男でも大して変わらねぇけどな。今のままお前を送っても、どの道カスみてぇに生きるか、死んで笑われるだけだろうぜ。なんで、この寛大な俺様がお前に力を与えてやるよ」
「そっ、それって!!」
ひよこ発言より失礼な事を言われた気がしたが続く言葉、ある意味異世界転生で最も大事な本題を切り出され怒りの感情は消え失せた。
「確か、チート? だったか。それをくれてやるよ。ただ俺様はあんまりスキルの事には詳しくないんでな。なんか適当なのお前が考えろ。そしたら俺が作ってやるよ」
はい、勝確です。ありがとうございます。
神から与えられる場合強いけど外れみたいなパターンがゼロパーセントじゃ無い訳で。ソシャゲで言うSランクが欲しいのにAランクみたいな。無課金者が考えて使えば強い奴。そんなしょっぱい事を異世界に転生してまでやりたくない。
それに比べて、自分で決める場合は外れを引く確率が極めて低い。だって最初から最強チート下さいって言えば良いんだから。
ただこの場合にも落とし穴がある。それは勝手にこっちがチートだと思ってただけでゴミスキルだった場合だ。
例えるなら、作品によっては鑑定がチート能力だけど今から転生する世界でみんなが持つ汎用スキルだった場合だ。無様過ぎて目も当てられない。唯一無二だからこそ最強たり得るのだ。
勿論、神様謹製の特別製の場合例外的にチートになる時もあるが、この場でそんな博打を打つメリットは無いだろう。
ここでの最適解は、普遍的に絶対的な最強性能を提示する事だ。
「よく考えて決めろよ。あっちに飛ばしちまったら能力の交換は出来ねぇからな」
「――決まりました」
これについて、実は初めから目星は付いていた。勿論そんな能力無いと断られる場合もあるが、そうなればその時にまた考えればいいだろう。
「メアリー・スーみたいになれるスキルってありますか?」
「メアリー・スぅー? なんだそれは」
「元々は二次創作のオリジナルキャラクターの名称です。高い身体能力を持っていたり、美形だったり、作中の殆どのキャラに愛されるキャラなんですよ。それから取って、理想のキャラクターとかはメアリー・スーって呼ばれたりしてますね」
「何言ってんだかさっぱり分からん。少しお前の記憶を弄るぜ」
そう言って、身体の周りの触手を脈動させ始める。身体には全く異変は無いのだが。なんだろう、医者に聴診器を当てられている時の様な、視られている感覚がする。
「――なるほどなぁ、お前の知識に触れて大体解った。」
一瞬で私の記憶でも読み取ったのだろう。今、初めて神様だと思ったって事は内緒だ。
「メアリー・スー……強いとか愛されるとかはまあいい。だが一般的に、ご都合主義だとか世界から浮いてるだとか散々な意見が殆どじゃねぇか。なんでこんなのになりてぇんだ?」
ゴルゾニーヴァは本気で疑問に思っているらしい。私には、それが逆に疑問だった。なんでそんな事聞くんだろうと。
「だってそれはあくまで世界の外の評価でしょ? これはメアリー・スーの物語なんだから。外野がどう思おうが知ったこっちゃないわ」
私の言葉を聞いて、ゴルゾニーヴァは動きを止めた。私の言葉の意味を考えているのかも知れない。何か良く無い流れになってしまったのかと一人焦っていると、ゴルゾニーヴァは突然。
「ぶひゅ、げひゃひゃ」
笑い出した。今までの嘲る様な馬鹿にする笑いではなく。本心からの笑い。
暫く笑い続けていたが徐々に話始める。
「おっ前、最高だぜ! ッククク、私の物語か。いいぜ今すぐご要望のスキルを創ってやるよ」
「――!! じゃあ!」
「お前はメアリー・スーとして世界を生きろ」
やった! 正直曖昧なリクエストだったので断られる事も覚悟していたのだが何とか通ったようだ。何がゴルゾニーヴァの琴線に触れたのかは分からないが、これで九割方勝ち組転生になる事が決まった。
「スキルが出来るまであと少し時間がかかる。だから今からお前に転生してからやってもらう事を伝える。良いか? よく聞けよ」
来た。ここで全てが決まる。
お約束ではここで貰ったスキルを駆使して魔王等を倒す討伐系。それか面倒な依頼が幾つも出されるおつかい系のどちらかだろう。討伐か、おつかいか、どっちだ!!
「お前には異世界で自由に暮らしてもらう。引き籠るとかは無しだ。健康的な生活をして、出来るだけ人と多く関わるようにしろよぉ」
「……それだけですか?」
「ああ、たったこれだけの簡単なお仕事だ」
私は心の中でガッツポーズをした。
とんでも無いチートスキルを貰って、かなり高い地位の家に生まれて、その上でやる事が楽しく暮らすだけって……何この夢の様な異世界転生! 人生ベリーイージー突入確定じゃん! 逆に条件良過ぎてなんか怖くなって来たわ。
私が一人打ち震えていると、ゴルゾニーヴァが声をかけてくる。
「――よしスキルも完成だ。名付けて【世界一理想の女の子】。能力はお前が一番よくわかってるよな?」
「ええ、私の理想のスキルですから」
「なら後はお前をあっちに飛ばすだけだ。別に、転生した後でも話す事は可能だが何か質問はあるか?」
転生が目前に迫って来て湧いた質問を投げかける。
「今更なんですが転生する先の身体って先任者? って居ないんですよね。もし誰かの命と入れ替えでとかなら、席を奪ったみたいでなんか嫌なんですが」
「なんだそんな事気にしてんのか? 受精して肉体が出来るまでの期間に、入った魂がその肉体の持ち主って事になんだわ。お前はその入ってない肉体に入るから誰かの席を奪ったって事にはなんねぇよ。そもそもよっぽど選ばれた奴以外は適当に浮遊してる魂が勝手に入るから、有体に言えば早い者勝ちって奴だ」
これはただの魂が知ってもいい情報なんだろうか。叡智と言うか禁忌に触れた気がするんですが。
「もう質問はねぇな? なら送るぜ」
そう言うと、私を掴んでいる触手がバチバチと音を立て始める。気のせいか他の触手を徐々に振りかぶっている様に見える。
「とっ、ところで転生ってどうやって」
「あぁん、お前の魂を肉体へ送るってさっき言っただろ」
「どう見ても叩き潰そうとしてるようにしか見えないんですが!!」
バチバチどころか光始めた触手。振りかぶった触手がプルプルと力の解放の時を今か今かと待ちわびている。
「歯ぁ食いしばれよ。恐らく衝撃で数年は覚醒しないだろうからそのつもりでな」
「ちょっ、待――」
「そんじゃ、いってらっしゃい!!!」
それが光の玉の見た最後の光景だった。一瞬で搔き消える触手。暗転する視界。直後とてつもない衝撃が全身を走り、私は意識を失った。
「成功したか」
触手の中の感覚が消えたのを確認して触手を元に戻す。普段は、もっぱらエネルギーしか送ってないから、失敗するか不安だったが無事に成功したみてぇだ。
「まあ失敗しても、どうという事は無いんだがな」
ここで失敗しようが、何も問題は無い。
転生先ですぐに死のうが、何も問題は無い。
何の変化も無いつまらねぇ生活さえしなければ、何も問題は無い。
あの女みてぇに目的がある訳でもなければ目標がある訳でもない。
意味があって、ここらで一番澱んだ魂を使ったわけじゃねぇ。ただの気まぐれだ。
だって、これは、ただの暇つぶしなんだから。
「せいぜい楽しませてくれよ、一番穢れた魂」