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6日続けて見る夢は

作者: 九文里

 冬崎実菜子とうざきみなこ)は、去年の3月に結婚した。すぐに妊娠して、今年の冬に男の子が産まれた。そして、今年の夏に、夫は死んだ。

 実菜子の夫、啓介けいすけ)は通勤時、交差点で信号が変わるのを待っていた時に、目の前で二台の車が正面衝突をして、飛んできた車に当たって死んだのだった。


 玄関のドアが開いた。咲子さきこ)が入ってきて、すぐ左にある居間を覗いた。

 実菜子が、座りこんで洗濯物をたたんでいる。でもピクリとも動かない。正面の啓介の遺影をじっと見て、目を潤ませていた。

 実菜子の横には、取り込んだばかりの洗濯物が無造作に置かれていて、その向こうにベビーベッドがある。その中で、窓のレースのカーテンからもれる陽を受けて、赤ん坊の拓真たくま)が眠っていた。


 「実菜子」

咲子は、ガラスの引き戸から顔を覗かせて実菜子に声を掛けた。

「お母さん」

「啓介さんと一緒に行ったフラワーガーデン。見渡す限り花が咲いてて綺麗だったのよ。」

「へーそうなの」

その話は何回も聞いた、と思いながら咲子は応えた。

 

 咲子は、実菜子の母である。ここから通りを二つほど行った所の、近所に住んでいる。

 実菜子は、啓介が死んでから一週間泣き続けた。とても家事が出来るような状態ではなかったので、咲子が毎日通って来て、家事をしてるのだった。

 二週めからは、啓介との思出話を何度もするようになった。咲子は、同じ話を何度も聞かされた。

 毎晩見る二人で過ごした日々の夢も、毎回聞かされるのだった。


 「お茶いれるから、こっちに来なさい」咲子は手招きして、廊下を挟んだ向かいのキッチンに実菜子を呼んだ。

 

 「高科の丘で、夕焼けで辺り一面真っ赤に染まった中で、プロポーズされたのよね。」テーブルに座った、向こう側で実菜子が言った。

 その話が一番聞かされると思いながら、咲子は微笑んで相づちを打った。

 駅前のイタリアンレストランで、啓介はパスタしか頼まないこと。

 拓真が産まれてからは、一丁目の公園に、三人でお弁当を持って、休み毎に行ってた事。

 その他にも幾つも、同じ話を何度も聞かされるのだった。

 そして、最後は「何故死んだの、啓介さん」と言って泣くのだった。



 その夜、実菜子は夢を見た。

 一面咲いているお花畑の中にいた。色とりどりの花が、遠くの方まで咲き乱れ、その中を散り散りに、見物客が歩いていた。なんて綺麗だろうと陶酔した。花の匂いが漂ってきそうな、生々しい夢だった。

 朝になって、咲子が来た時にその夢の話をした。咲子は、いつもの話かと思って聞いていた。でも、実菜子が怪訝そうな顔つきをしてるので、どうしたのか聞いてみた。

 「前行ったフラワーガーデンとは何か違うのよ」

「何が違うの?」咲子が聞き返すと

「あんな感じじゃなかった。それに、見物客の人たちも変だった。なんて言うか、ぽつんぽつんと突っ立ってて、家族連れじゃなかった。」

「でもまぁ、夢だからね」と応えた。

 

 そして、次の夜も夢を見た。

 山肌に広がる棚田の畦道にいた。空は夕焼けで赤く染まっていた。斜面いっぱいに開ける段々になった田んぼも、赤く染まっていた。本当に夕焼けの暑さをじりじりと感じるようだった。

 起きた後もありありと覚えており、肌に西陽の暑さが残っていた。

 また、咲子がやって来た時、その夢の話をした。そして、実菜子は最後に言うのだった。

 「夕焼けの思い出はあるのだけれど、棚田なんか行った事は無いんだけな。」

 「夢なんだから多少の違いはあるんじゃない」と咲子はどうでもいいように返した。

 

 また、次の夜も夢を見た。

 夜だった駅前を歩いていた。街路灯が灯っていて、お店の明かりもついていた。歩道を数人歩いていて、その向こうに啓介とよく行ったイタリアンレストランがあった。ドアを押したら入れるような気がしたので、ドアを押してみたところで目が覚めた。

 また、咲子が来た時に夢の話をした。

 「思い出の場所なんだけど、なんだろう、なんか違和感があるのよね。」実菜子は、そう言い付け加えた。


 そして、次の夜も夢を見た。

 公園の横を歩いていた。拓真が産まれてから何度も行った公園だった。ブランコが街路灯に照らしだされていた。何か手に触れたので見下ろすと、低木の雪やなぎの枝が道路まで伸びていた。

 あれ、この木こんなに低かったかな、前は肘のところによく枝がひっかっかったのに、と木を見た。

 「駅から少しきた公園でしょ、桜が綺麗なところね。」テーブルの向こうで夢の話を聞いた咲子が言った。

 「何か、今でも手に木の枝が触れた感触が、残ってるみたい。」と咲子は手の甲をじっとみていた。


 次の夜も夢を見た。

 母咲子の家の前にいた。真夜中なのに咲子がホウキを持って掃除をしている。何をしてるのか尋ねようと側によったら、ドキッとした。母が縮んだような気がした。


 朝になり咲子が来て、キッチンのテーブルに向かい合って座り、夢の話をすると、「変な夢ね、真夜中に何で道を掃除するのよ」と笑った。

「それにしても、この前は駅前の夢で、一昨日は、一丁目の公園で、昨日はわたしの家なんて、段々この家に近づいてるわね」

 そう言われたらそうだ、毎晩、段々とこの家に近づいて来ていると実菜子は思った。

 「あっ、そうだわ」咲子は、顔あげた。

「昨日の夜中、庭でね猫が盛りがついてうるさくて眠れないから、猫を外に追いだしたわ。その時、門から外に出たわ。その時、ホウキで追い出したわね」

「えっ」実菜子は驚いて、咲子の顔を見た。

偶然だろうか、二人はしばらく黙っていた。


 「お茶いれようか」と実菜子は、咲子の顔を見ながらゆっくりと立ちあがった。

その時「あっ」と小さく声をあげて、実菜子が止まった。

「どうしたの?」咲子が顔をあげると、

「この感じ、お母さんを見下ろす感じ」

「えっ」

「夢の中でもこんな感じで見下ろしてた。」

「わたし、お母さんと同じ150センチぐらいの身長だから、立って向かい会ったら、見下ろすことなんか絶対無いもの。あれは、わたしよりももっと高い人が、お母さんを見た感じよ。だから縮んで見えたんだ。」

 「そうか何か、最近見る夢っていつもと違う違和感があったのは、普段わたしが見てる目の高さよりも、もっと高い目の高さで景色を見てたからだ。」

「そういえば、啓介さんは、身長180センチあった。」

「それに、駅前から一丁目の公園の横を通ってお母さんの家の前を過ぎて、通りを二つ過ぎてこの家に着く道って」

「啓介さんの帰り道だわ」


 「それって、啓介さんが帰って来てて、啓介さんが見てる景色をあなたが夢で見てるってこと?」

「な、なに馬鹿なこと言ってるの」咲子は、少し声を荒げた。

「じゃあ、今夜あたり、啓介さん帰ってくるわけ」

咲子は、馬鹿馬鹿しいと全く信じていないが、実菜子はピースがぴったりはまったように府に落ちた。それと共に、顔が強張っていた。

 咲子は、そんな実菜子の様子を見て、本当にただ事でないことが起きているかもしれない気がした。


 次の日の朝、咲子が実菜子の家にやって来た。居間を覗くと実菜子が、仏壇の前に座っていた。咲子は実菜子が口を開くのを待った。

 実菜子は、咲子に顔を向けると言った。

「お母さん、夢を見たよ。やっぱり、お母さんの家の前から通りを二つ通りを越して、この家の前にやって来て、門の前に立ち止まった。そこで目を覚ました。」

「お母さん、どうしよう、今夜、啓介さん帰ってくるわ」

 咲子は一瞬怯んだが、強い口調で言った。

「そんなこと有るわけ無いでしょっ。啓介さんは死んだのよ。」

「とにかく、今夜は、お母さん泊まるから。安心しなさい」

咲子は、そうは言ったものの、不安でいっぱいだった。

 実菜子は一日、落ち着かない様子で何も手につかなかった。咲子は、まだ信じていなかったが、実菜子の様子が異様なので何とか一日寄り添った。


 夜になると拓真を寝かしつけて、二人はキッチンのテーブルに向かい合って座った。何をしたらいいかわからず、寝ることができないまま座っていた。そして、時間が経っていくのをひたすら待った。


 ドンドンドンと音がした。咲子は、はっと目を覚ました。椅子に座ったまま眠ってしまっていた。前を見ると実菜子はいなかった。あわてて廊下に這い出た。

ドンドンドンと、外から玄関のドアを叩く音がしていた。実菜子はドアのノブを掴んでいた。既にドアチェーンは、外されていた。

 「やめなさい」咲子が叫んだ。

その瞬間、実菜子の動きが止まった。が、ドアノブから手を離さなかった。

 「啓介さんは、死んだのよ。」咲子は実菜子に向かって叫んだ。

 ドアを激しく叩く音は止まなかった。実菜子はそれに応じるように、手に力を入れてノブを回した。その瞬間ドアが外から引っ張られた。

 その時、大きな声が響渡った。


 拓真が、火の着いた様に泣き出した。実菜子は、はっとしてノブを強く握りドアを閉めた。咲子もドアに走って実菜子の手の上からノブを握りしめ外から引っ張る力に必死に抵抗した。

 

 やがて、外から引っ張る力は無くなった。咲子は、すぐにノブをロックしてチェーンをかけた。そして、しばらくノブを握りしめていた。

 

 実菜子は、居間に行き、泣いてる拓真を抱き上げた。そして、力が抜けた様にその場に座り込み、すすり泣いた。やがて咲子も

部屋に入ってきて、実菜子を後ろから抱いた。


 その日からは、実菜子はおかしな夢を見なくなった。やがて元気も取り戻して、普段の日常に戻って行った。

 ただ後になって考えれば、あれは本当に啓介だったのだろうかと疑問に思うのだった。

 



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