向日葵は東を向いて溜息を吐く
「ママ、ヒマワリ大きいねぇ!」
「ふふふ。でしょ?種が沢山できるねっ。」
一人息子の翔太が目を輝かせ、窓越しに庭の向日葵を見つめる。堂々たる立ち姿は確かに目を引く。
「立派な向日葵だよなぁ。」
「あ!パパ!おはよー!」
昼近くにのっそり起きてくる夫。
何事も無かったように翔太とじゃれつく。
「翔太、向日葵はな、お日様の方を向いて咲くんだぞ。」
「へぇー!」
子供の相手はちゃんとする。
人当たりも良い。
タバコをやめ、お酒にも溺れない。
浮気もしてない。
世間は良いパパだと言う。
だが私はその評価に反駁したくなる。
昨晩の夫は、私に侮蔑の目と怒りで震わせた声をぶち撒けた。
思い出し吐きかけた溜息を慌てて飲み込む。夫はこういう事にだけは敏感だ。
発端は些細だった。お向いさんの夫婦の在り方を嘲笑する夫に嫌気が差し、少し咎めたらそれが火種となり、烈火の如く私の人格批判が始まった。
理解を深める為の喧嘩なら光は見える。しかし寄り添う気もない夫とのやり取りは、いつも私を論破する為だけのもので喧嘩ですらない。昔は応戦したが、舌戦で強いのは説得力がある人ではなく話を聞かない人であり、子供じみたケンカはより子供な人が勝つのだ。勝ち負けを求めていない私は、辟易し閉口し心も離れた。
不意に夫に呼ばれる。
「今日、暑いから出掛けるのやめよーぜ。
お昼も適当なのでいいから。」
昨晩のダメージもまだ残り、尚更心を毛羽立たせる。
向日葵が太陽を向くのは若い時だけで、成長し日光が必要なくなれば追わなくなるのはご存じか?
ウチの向日葵だってとっくに東を向いたままだ。
何故、家族にずっと慕われてると自惚れられるのだろう。
「おい、早くしてくれよ。俺は朝ごはん食べてないんだから分かるだろ。」
「ごめんね。今やる。」
先日派手に怪我した指はまだ完治に程遠く、包帯をラップで巻き手を洗いながら、いつまでこの生活を続ける?とぼんやり思う。
翔太を歪ませない為なら笑顔も作れるが。
お向いさんは今、どうしてるだろう。
近所の噂話はお向いさんの話で持ちきりだ。
旦那様が毒入り珈琲を飲み、亡くなった事故。記事も読んだ。
最初は奥様が疑われたが、実は奥様の自殺用に隠していた珈琲を、勝手に旦那様が飲んでしまった様だ。気の優しい奥様だったから色々心配だ。でも、うらやま…あー、無し無し。今のは嘘。
素麺を茹でる鍋に水を張る。
静かに揺れる水面。
冷えたトマトをすとんと切る。
包丁の切れ味は良い。
良ければ他のなろラジ大賞4への応募作品にもお立ち寄り下さい。本文のタイトル上部『なろうラジオ大賞4の投稿シリーズ』をタップして頂けるとリンクがあり、それぞれ短編ですがどこかに繋がりがあります。