4 行軍中
「よくわかりましたけど、次なんてあります? 昨日の大規模侵入で終わっちゃったんじゃないですか?」
せっかく人が話をまとめたというのに、シャルは不満たらたらで引きずってくる。
「だから既に密入国した方の追跡に、第二中隊を丸々割いてる。かといって進入路の方を放っても置けないだろ。それに亜人宣言日がむこうの目標だとしたら、まだ日はある。クリスマスの今日とかニューイヤーズイブ、ニューイヤー辺りはまた狙われてもおかしくない」
「それですよ、それ!」
もっともな説明をしたつもりなんだが、シャルはここぞとばかりに食いついてくる。
「多くの人々が家族や友人と過ごすクリスマスに班員と冬山登山。加えてニューイヤーズイブ、ニューイヤーの記念日も雪山キャンプだなんて私達に人権は無いんですか!?」
思い出したように不満を爆発させるシャルに、俺は呆気に取られてしまう。しかし、ようやくシャルの発言を理解した俺は、思わず声を上げて笑ってしまった。
「ハハハ、何をわかりきったことを言ってるんだ、シャーロット二等軍曹」
「ですよね、曹長。私達に人権なんてあるわけないのに」
ナイスジョークに俺とリリーも思わず笑顔の花を咲かそうというものだ。
「まったく、俺達のここに何が入ってるか忘れたのか?」
楽しくリズミカルに、俺は自分の胸元を親指でトントン叩く。
「そうよ、シャル。大体この中に家族がいる人なんていないでしょう?」
リリーの口調も疑問形ながら、まったく何を言っているのかしらと言わんばかりだ。
「そーだけど! まったくもってその通りだけどっ!」
振り向かなくても地団駄を踏むシャルの姿が脳裏に浮かぶ。まったく愉快な奴だな。
「文句の一つも言いたくなるってもんでしょ、この状況!」
気持ちはわからんでもないが、不満こぼしたって仕方ないだろ。
と思うものの、それでも言いたくなってしまうのが人情ってもんか。溜め息を吐いて頭を掻こうとするも、メットが邪魔で叶わずばつが悪い。
「まあ、気持ちはわかるし、私だって不満がないわけじゃないけれど」
俺がまごついてるうちに、リリー一等軍曹が代わりにサンドバックに志願してくれていた。
「でしょ!」
ここぞとばかりに、シャルは声を大にする。
「まあ、雪山登山なんてただの苦行だしな」
仕方ない。上官として、俺もシャルのガス抜きに付き合うとしよう。
「そうそう! 雪山登山なんて訓練だけで十分じゃない!?」
「間違いないわねー」
「あれも拷問だったなー」
当時を思い出して、辟易気味に俺達は苦笑する。
「大体、あの時からして私達の扱いおかしくない!?」
「まーそれはあれ、私達って戸籍すらないし」
「存在しない者には権利もないってか」
「ちょっと、二人ともよく笑えるよね!?」
懲りずに自虐ネタで笑うリリーと俺に、シャルがドン引きしている。
「いやいや」
「だってこんなの笑い話にするしかないでしょ」
「そうそう、他にどうしろっつーの」
HAHAHAと笑う俺達に、いや、そーかもしれないけどとシャルが鼻白んでいる。よしよし、出鼻をくじくことに成功したようだ。
「でも、あの訓練が役に立つなんて思いませんでした」
と、ふいにソフィが呟いた。
不満なのか、ただ思っただけなのか。理屈はわからないが間の抜けたソフィの唐突な感想に、思わず吹き出してしまう。
「確かに。あんなの訓練だけだと思ってたけど、まさかこうしてホントに任務で登ることになる
とはな」
「そうですね。実戦配備から三年、いよいよ訓練の成果を見せる時が来ましたか」
「思ったより早くないっ!?」
お道化る俺とリリーに、思わずシャルがツッコんでいた。
「そこはほら、俺達まだ若いから」
「そうですね、私達花も恥じらう十八歳ですから。あれ、先輩もう二十代のおじさんでしたっけ?」
「まだ十九! ギリギリ十代だ!」
「あ……、曹長誕生日もうすぐでしたっけ?」
「一人、十代じゃなくなってしまうんですね。お別れのバースデーパーティーは盛大にお祝い
してさしあげますからね」
「死ぬわけじゃねえからなっ!? あとソフィ、今、それ言う必要ないから!」
任務中に縁起でもねえ。
「あ、リリー。私達まだ十七だから。若くてごめんね、おばさん」
「んー、ふざけたこと言うのはどの口かしら?」
「痛い痛いっ! すいません、お姉様!」
「わ、私は言ってないです」
じゃれ合う部下三人に思わず口元も緩むが、無駄に時間を浪費もできない。
「お前ら、遊んでないで行くぞ」
天然なソフィのボケで明るくなった空気に乗れば、踏み出す足も軽くなった。
「んー、なんだかんだ悪くなかったかも」
一通り笑った後、言い出しっぺであるはずの被告人シャーロット二等軍曹からまさかの供述
である。
「ちょっと聞きました、曹長? 被告が三分前の発言を覆しましたよ」
「チッ、弁護士と話した後はよくあるんだ。余計な浅知恵つけさせやがって」
「もーいいからっ!」
シャルは笑いながらリリーと俺の肩をバシバシ叩く。犯人のくせに反省の色が足りないな。
「クリスマスに働かされて、しかもそれが無茶な雪山行軍だったり不満はあるけど」
「いや、さっきから不満しかないだろ、お前」
「でも、寮いたって一人でやることないし。こうして皆といる方が楽しいかなって」
うわ、こいつ上官発言を無視しやがった。教育的指導が必要だなと思うものの、
「ま、そーかもね」
「うん」
リリーとソフィまでいい感じで微笑むもんだから、指導のタイミングを逸してしまった。
いや、モニターゴーグルで目元までは見えないからホントに微笑んでるかは知らんけど。
「ま、やる気になったならなんだっていいけど、一応任務中だからな。そこのとこ忘れるな
よ」
「わー、曹長、空気読めてないー」
「今、いい感じだったのに」
「鬼上司! 国家の犬!! 二十代!!!」
「まだ十代なんだが!?」
ふざけた部下一、二に叫び返すが、部下一ことリリーが部下三であるところのソフィの脇を
肘でちょいちょいとつついている。
「……あ。曹長、お誕生日いつでしたっけ?」
「俺の唯一のオアシスに変なこと教えるんじゃねえ!」
不満と不安を隠すように、あるいはただ今この時を楽しむようにしてじゃれ合いながら、俺
達は冬の雪山を登って行った。
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