サイゼに学べ!【店主の嘆き】
うちの近所にサイゼリヤが出来てから、俺の店の売り上げはがくんと落ちた。
うちはイタリアンではなく、昔ながらの定食屋だ。勝負所は昼間で、基本的にはAセット~Cセットを売っている。ご飯とみそ汁のおかわりは自由。これで長年問題なくやって来たが、サイゼが出来て人の流れが変わった。
定食セット千円では、人が来なくなってしまったのだ。
「くそっ」
仕込み時間に、俺は悪態をついた。
「安い・早い・美味いに負けたか、うちの店は……!」
何でだ?うちの味噌汁は出汁にこだわっているし、サイゼの食事に負けない美味しさは確保しているはずなのだ。
やはり値段か?安さには敵わないということか……!
ぶつぶつ呟いていると、一緒に店を切り盛りしている娘の真紀が声をかけて来た。
「近くにサイゼが出来たから、売り上げ落ちてイライラしてるの?」
俺は図星を指されてしまい、恥ずかしさに黙った。
「お父さん、サイゼ行ったことある?」
俺はじっと考えた。そういえば、以前行ったのはいつだったかな……
「大昔に、一度だけあるぞ」
「ねえ、もう一度行ってみない?何か売り上げを増やすヒントがあるかもよ」
俺は娘の意見に反対だった。
「ヒントも何も……和食と洋食じゃ、勝負どころが違うだろ」
「お父さん。サイゼはイタリアンだよ?洋食って、今時は言わないよ」
俺はどきりとした。真紀の世代は、そんなに〝洋食〟を細分化して考えているというのか?
「そうか。イタリアンか……」
「うちは和食……日本食じゃん。あと最近、近所にチリ料理のお店出来たの知ってる?」
「し、知らなかった……」
俺の知らない間に、〝外食〟は随分国籍が細分化していたのだ。
「定休日に一回サイゼ行ってみよう。何か打開策があるかも」
うーむ、街の様子は刻一刻と変化しているらしい。ずっと店に貼りついて出汁の研究ばかりしていたのが仇となったか。俺の知識も、スマホみたいにアップデートが必要だな。
そういうわけで店の定休日、俺と真紀はサイゼリヤに行ったのだ。
新しい店舗だっていうのに、内装は昔とちっとも変わんねーな。懐かしさすら覚えるぜ。
まずはサイゼリヤのメニューを研究する。
安い。とにかく安い。この安さの前に、俺の定食屋も敗北したというのか……
しかし、隣の席にいるひとり客の注文を見るに、確実に千円以上は食べていた。
値段で言えば、案外うちの定食を食べるのと変わらないようだ。
周囲を眺めると、家族連れが多い。ここも負けている部分だ。うちはオフィス街のランチ需要を見込んでいるから、家族連れへのメニュー研究が圧倒的に遅れている。
食事をするまでもなく、否応なく格差に気づかされる。
メニューを隅々まで見てみると、色んな食事に目移りする自分がいた。あれも食べたい、これも食べたい。こうなるのは、なぜなのだろうか。
真紀がメニューを眺めながら、ポツリと言った。
「最低300円、最高1000円」
うん?と俺はうめいて顔を上げる。真紀は続けた。
「お腹いっぱいにするメニューに、700円の価格差しかないよ」
確かに、商品ごとの価格差が少ない。うちのメニューは最低700円、最高2100円と、価格差は1400円もある。
「だからさ、いっぱい頼んでもお金がお客さんの予想よりかからないんだよ」
なるほど。予想させられる値段に差がない分、安心して頼めるというわけか。その安心感で、俺も色んなメニューに目移りしていたんだな。
「お父さん何食べる?」
「一番安いのと一番高いのにしよう。ミラノドリアとリブステーキだな」
「私はバッファローモッツァレラとプロシュートとグラスワインで」
真紀……お前、飲みに来たのか。
いや、待てよと俺は考え直した。昼から酒を飲みたい奴だっているわけだ。やっぱり定食で固定させる我が店の注文の仕方は、見直すべきなのかもしれない。
注文した品がやって来る。食べ始めたが、どこにでもあるような味だ。やはり、価格が肝だな。でもうちの店はこれ以上客単価を落とすと、経営が成り立たないからなぁ……
すると、真紀が急に立ち上がった。
トイレにでも行くのかと思ったら、胡椒とオリーブオイルを取りに行ったみたいだ。
それをプロシュートに振りかけている。
ここは客が調味するのか。安い店だから、当たり前だな。
「ほら、お父さんも」
え?俺も?
「ミラノドリアに色々かけると、味変わるよ」
ほー。そうなんだ……まあやってみるか。
確かに胡椒をかけるとまるで別の味になるな。更にオリーブオイルをまぶすと、また違った味になる。
そっか。ここには店主の味へのこだわりがないわけだ。
あるとすれば「自由」だな……ここは、自由に楽しめるレストランなんだ。そんで多分、店の創業者も自由を愛している。
目の前のリブステーキのボリューム感は、やはり圧巻だ。日本人好みのジューシーな肉質。大量発注しているから、これだけ上等な肉が安価で提供出来るんだな。そんなこと、うちでは出来ない……
「お父さん」
真紀がグラス片手に問う。
「お父さんも、何か気づいたことあった?」
俺は答えた。
「こだわりのない、フラットな味つけだな。その分、客に調味を任せてる」
「こだわりも大事だけど、こだわりのなさも大事だね」
確かに……店主のこだわりなんて知ったこっちゃねーって言う客も、意外と多いのかもしれないな。
「あとは?」
「客を見てると、好きなもん選んでる感じがするな。能動的に食べに行ってる」
「あとさ、いかにも会社員って人、意外といないんじゃない?」
俺は目を丸くした。確かに俺は会社員向けのランチに注力していたけれど、ここはのんびりと過ごしたい家族連れ、主婦層、リタイア勢が多くを占めていた。俺はじわりと汗をかいた。じっくり客の数を数えてみたところ、勤め人よりリタイア勢の方が多くなっていた。
うかつだった。俺はいつまでこの町が働き盛りあふれるオフィス街だと勘違いしていたんだろう。店から出ないで働いてばかりいたから、そんなことにも気づけていなかった。
「リタイア組のための定食も必要かもしれねーな?」
「案外、定食って言うスタイルがシニアには向いてないのかもよ」
「あーっ!確かに」
「年齢的にそんなに全部食べられないはずだもん。少しずつ食べたいんじゃないのかな」
いいところに気づいた。とりあえず定食スタイルを見直すか。価格の改定は個人店じゃどうにもならないから、選択肢を増やす方向で行こう。味だけは負けてねぇはずなんだ、システムとメニューの見直しが一番効率的だろう。
「やっぱ日本最大級のチェーン店だけある……ヒントの宝庫だったぜ」
「一番儲けてる店ってことは、一番儲けられるやり方でやってるってことだもんね」
危ねーところだった。ある意味、がくんと売り上げが落ちて良かったんだ。これがもし徐々に下がっていたら、頭の硬い俺はやり方を変更出来なくて、店は目も当てられない結果になっていたに違いない。
「よし……徐々にやり方を変更して行くか」
「色々改善点が見つかって、よかったね」
こうなったら、とことんやってやる。ちょうどいい機会だ。
そういうわけで、俺はメニューを見直した。
今までは注文が手間だったが、客が減ったから、逆に品数を増やせたのだ。
まずは定食を廃止。味噌汁3種、おかず10種、丼もの3種、サラダ3種、あとご飯のメニュー表で回すことにした。ご飯はおかわりも自由だ。
すると、客層が明らかに変わった。ごはんとおかずだけを求めるシニア層が格段に増えたのだ。みんな少しずつ食べたかったんだな。味噌汁とサラダは余計だったというわけだ。
それから衝撃的だったのは、ドリンクスタンド的に味噌汁だけを飲んでパッと出て行くサラリーマンが増えて来たことだ。どうも、愛妻弁当やサイゼで足りない汁気をうちで補っているらしい。うちは給水所じゃねーぞ!と思いながらも、新たな需要を見つけた俺は持ち帰り用のけんちん汁の販売に着手した。価格はミラノドリアと同じ三百円。これがまた、売れる売れる。味噌汁にしちゃ、結構高いと思うけどな?まあ、出汁を研究しまくって来た成果がここで発揮されることとなったわけだ。
俺の定食屋はそれからどんどん客層が変わって行き、ついにはシニア層が勤め人の数を逆転した。みんな和食が好きだったんだな。定食スタイルがそれを妨げていたようで、今更ながら申し訳ない。
そんなわけで、多少の手間はかかったが売り上げは以前を上回った。最初はサイゼを敵視してた俺だが、今となりゃ恩義すら感じている。
これからも色々研究して、サイゼのいいとこを盗んで行くことにするぜ。