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試されるサイゼ【インフルエンサーの苦悩】

「私サイゼ大好き!お金をかけずに楽しめるし、ちょっとお高めのレストランより本格派だったりするもんね♪」


 こんなことをサイゼリヤで言う日が来るとは、思わなかった。


 知ってるよ、お金持ちの男の人って女の子に〝試し行為〟をするんでしょ?


 今目の前にいるのは〝億り人〟のKAZUさん。今まで、株で数億を稼いで来たんだって。


 私のインスタを見て気になったらしく、友人経由で食事に誘われた。すらっと細身の若い男性だ。車も持ってないし服もシンプル、家具もほとんど持たないミニマリストだけど、高級タワマンでひとり暮らしらしい。セキュリティだけは確保したいんだって。お金持ってる人って、大変そうだね。


 私は自分で言うのもアレだけど、いわゆるインフルエンサーだ。「AILAアイラ」っていう名前で、一応事務所にも所属している。


 主な活動としては、高級コスメを馬鹿買いし、自分の目蓋や腕に塗って色んな角度から色味を見せる動画をインスタに上げている。それをリズミカルに見えるよう編集すると、TikTokにもアップする。それから、様々な色の組み合わせを提案したり、メイクテクなんかも提案している。最初は趣味で始めたメイクアカウントだったけど、口コミでどんどん拡散され、私の奥二重に施すメイクが「参考になる!」と瞬く間に人気になった。


 メイク動画って、意外と美人がモデルだと視聴者が参考にしにくくて、避けられがちなんだよね。私ぐらいの「中の下」が塗りたくって「中の上」に可愛くなれるメイクが受け、みんながこぞって参考にしたようだ。特に外資系コスメの広告は二重のコーカソイド女性の目蓋ばかりに色を乗せるから、東洋人はそんな画像を見せられても、色味や質感をまるで参考に出来ないんだよね。だから私みたいなのがもてはやされる。


 それに、インフルエンサーを目指すような子は、みんな自分を美人に見せようと思って画像をめちゃくちゃ加工しちゃうから失敗する。あえて画像加工などせず「参考画像」に徹した私が優位に立つのは、時間の問題だったというわけ。最後は「等身大」が勝つの、いつの時代でも。


「そうだ、KAZUさん。サイゼで動画録ってよ。サイゼの照明でこのメーカーのアイシャドウとハイライトがどんな色味に見えるのか、視聴者に知ってもらいたいの」

「いいよ。視点固定でいい?」

「うん、ぜひ男性目線で録って。彼女と向かい合っているイメージね。よろしく!」


 私は店員さんに説明して許可を取ると、彼にスマホを手渡した。KAZUさんは文句ひとつ言わず、むしろ興味津々に私を撮り始めた。言われた通り、自分の顔面を隠すような姿勢で画面越しの私を見ている。


 私はごく自然に〝若鶏のディアボラ風〟の鶏肉にナイフを入れ、食べて飲み込んで。少し口を押さえながら「おいしー」とか言って、ちょっと彼を嬉しそうに見つめてみる、みたいなイメージで演技した。ポン、と画面の向こうから音がして、KAZUさんが録画を完了した。


「これでどう?」


 私は動画をチェックする。あっ、すごくいい!自撮りより、他人に撮って貰った方が動画に説得力がある。


 私は上目遣いで彼に聞いた。


「あの~、もしよろしければ、彼氏に撮ってもらったって……書いてもいいですか?」


 正直に言おう。


 これは計算である。私は彼にモーションをかけているのだ。


 KAZUさんはポカンとしていたけど、あっけらかんと頷いた。


「いいよ」


 私は内心ガッツポーズした。「誘われている」という心理的アドバンテージもあいまって、これはいけるぞ、と私は心の中で天に拳を突き上げた。


 初めてのデートがサイゼって言うのが引っかかったけど、KAZUさんほどのお金持ちならきっとこれは「テスト」なのだ。そう、私がお金のかかる女かどうかを見定めるテスト。


 何を隠そう、今日の私の服はプチプラで統一している。最近お気に入りのグレースコンチネンタルのワンピースは封印して、GUで。いつもバッグはマルニだけど、今日はサマンサタバサ。「お金はないけど、バッグだけはちょっと頑張った女子」感を演出した。


 お金持ちって、意外とケチだって聞いた。だから私も「抑えられる出費は抑えてます」みたいなていで行こうと思ったのだ。これもKAZUさんに気に入られるため。企業案件からの収入でそこらへんの20代より稼いでるけど、それを悟られないぐらいがちょうどいい。


 私の、明るい未来のためなのだ。


 その第一回戦がこのサイゼリヤ。今日の内に、是非第二回戦の予約を入れておきたい。


 KAZUさんはハンバーグを平らげ、満足げ。うーん、なんかこの人って感情が見えないんだよな。隠してるというよりは、ニュートラル過ぎるって感じ。


 でも女からガツガツ行くのはよくない。今の男の人ってすぐ引いちゃうから。


 ……などと思っていると、KAZUさんは何やら不思議そうな顔でこう尋ねて来た。


「AILAの、今日の服」


 わーっ、来た来た!


「いつもと何か違うよね?インスタで見たのと違う」


 はっ……バレた?いっけねー。


「そ、そうかな……?」

「この前インスタで着てた、ジルスチュアートのワンピース最高だった。ジルスチュアートの春限定コスメに合わせたんだったよね?」


 へっ!?


「そのベージュピンクのサマンサタバサのバッグなら、あのジルコーデにすげー似合うのに」


 えっ、どういうこと!?妙に詳しくない?


 そこで気がついた。この人、私が思う以上に私のインスタ見てるんだ。


 そして……妙に女性服に詳しい。


「シャネルのアイシャドウは、乾燥肌だと映えないって聞いたけど、どんな感じ?」

「!」

「8日に紹介してた色番は、ベースカラーがクリームタイプだって言ってたよね。あれなら目蓋に吸い付くんだっけ?」

「!?」

「あの色と合わせてたニット、どこのメーカーのどの色番か教えてよ」


 私は段々不安になって来た。これってデートのはずだよね?メイクと女性服の質問ばかりされて、私どうしたらいいの?


 青くなる私に気づいたのか、KAZUさんは言った。


「あれー、陽菜から聞いてない?俺元々は服飾の専門学校に行ってたデザイナー志望でさ、今、自分のアパレルを立ち上げる準備をしてて。株やって金貯めてるのも、その夢のためなんだ」

「……えっ?そうなの?」

「そうそう。それで、インフルエンサーのAILAにも協力して欲しいんだよ。商品開発に協力してもらいたい」


 私はがっかりしたが、「なーんだ」とも思った。まぁアレだ、これを機に彼ともっと仲良くなれるかもしれないし、いっちょアパレルの世界に飛び込んでみるか。新しい企業案件にも巡り合えるかもしれないしね。


「そうだったんですね?是非ご一緒したいです!私、お洋服大好き」

「そうだと思ったよ。で、何で今日はGUを着て来たの?」


 私はぎくりと顔をこわばらせた。言えるかい、そんなこと。


「えっと……このメイクに合う服はこれかなーって」

「ああ、ボルドーだから?」


 私は笑って誤魔化した。そっちこそ、なぜそんな大事な話をサイゼでしたんだーい?


 しかし嫌われたくないから黙っておいた。今日は新しい世界の扉を開けられたし、まあまあ収穫の一日だったかな。




 それから私たちはファッションの話で盛り上がり、最寄駅で分かれた。


 さ、KAZUさんに撮ってもらった動画でも編集するか。服がGUなのが今になって癪に触るが、しかたない。メイクはバッチリだからまぁいいか。世の女子よ、サイゼに行く時のメイクの参考にしてくれ。


 私はいつもの時間に動画を上げ、その日は疲れたのですぐに寝てしまった。




 その次の日。


 私はインスタを見て固まった。


 なんと──昨日の動画が炎上している。


 私は混乱した。閲覧数とコメント欄がどえらいことになっている。私は恐る恐るコメントの海に飛び込んだ。


『彼氏とデートでサイゼ美味しい!とか、あざと過ぎw』

『いつもと服が違う。プチプラ似合わない』

『なぜ急にサイゼとGU?彼氏貧乏なの?カワイソ』

『好感度を上げるために庶民派アピールですか?』

『AILAさんは美人でなくても高級路線で行ってくれるから信頼してたし、コーデも参考にしてたのに……今後もこの路線で行くならフォローやめます』

『路線迷うのイクナイ』


 ぎゃあああーーー!!


 え?どゆこと?私、何かやっちゃいました?


 何したって、GU着てサイゼ行っただけじゃん!それなのに、何でみんなこんなに怒ってるの?


 私が混乱していると、頃合いを見計らっていたかのようにKAZUさんから電話がかかって来た。うわー、どうしよう!昨日「協力する」って言ったのに、これじゃ足引っ張っちゃう!


 私は覚悟を決めて電話に出た。もう、真っ先に謝ることを心に誓って──


「も、もしもし……」

「あ、AILA?見たよインスタ。凄い炎上してるね!」


 そういえば、あの動画はあなたが撮ったんでしたっけね……


 私が塞いでいると、彼が思わぬことを口にした。


「お願いがあるんだけど……次上げる時、うちのブランドの試作品を着て出て欲しいんだ」


 私の目は点になった。


 え……?炎上してますけど?


「ここまでコテンパンにされたら、次はどんな服着てくるんだろうってみんな思うじゃん。次の再生回数もきっと増えるはずだよ」


 ははー、なーるほど。


 この際だから炎上商法にしてしまおうってわけね?


「今出て来られる?何着かあるから手持ちの化粧品のカラーと合わせて着て欲しいんだ。今日の分の報酬は出す」


 私は急いで準備して、指定されたオフィスに向かった。


 KAZUさんと手持ちのアイシャドウパレットを見比べながら服を決めて行く。まだノーブランドのこのお洋服を、フォロワーたちはどんな目でジャッジするんだろう。


 KAZUさんのデザインした服はとてもロマンティックでフェミニンなラインだった。どれも揺らすたび、ドレープが綺麗に現れる。これ、女の子が絶対好きなシルエットだよ!


 私のメイク配信は、オフィス内のスタジオから送る。こんなに光浴びたの初めて。めちゃくちゃ緊張した。


 その場で動画を編集する。KAZUさんも、真剣にそれを見守っていた。




 一週間後、再びリベンジ。


 私はひとり飯がてらサイゼにいた。動画を上げて、フォロワーの反応を待つ。しばらくすると、コメントがドドドッと入って来た。


『待ってました!服可愛い!』

『そのブラウス、どこのですか?サイズなども教えて下さい、即ポチします!』

『それでいいんだよ(笑顔の絵文字)』

『アンチの言うことは気にしないで下さい。たまにはプチプラ着たい日もありますよね?ファンはいつでも待っています』

『それ、今季のシャネルの限定色ですか?服に合ってる!』


 う、うわー!


 よかったぁ〜!みんなこの服が気になっているみたい。


 私はここぞとばかりに「お洋服は次回紹介させて頂きます!」と返信し、引きを作る。上手いこと行った。また彼に相談しよう。


 その時だった。


 またKAZUさんから連絡が入る。出ると、電話の向こうの彼の声は弾んでいた。


「凄くいい反応貰えた!ありがとうAILA」

「いえいえ、とんでもないですー」

「また服着てよ。もうさ、郵便で君んち送るからそれ着て。そんでさぁ……」


 KAZUさんはさも面白そうにこう言うのだった。


「サイゼで動画撮ろうよ」


 私は苦々しい顔を作る。


「……また炎上狙いするつもりですか?」

「よく分からないけど、サイゼには人の心を狂わせる何かがあるよね。良くも悪くも〝狙い〟を増幅させるというか」


 そうですね。


「だから、俺も君をサイゼに誘ったというか」


 ん?


「俺はお洒落な店で口説けば落ちるような、雰囲気に呑まれがちな意志の弱い子とは、絶対恋愛したくなくて」


 んん!?


「彼氏の役なんですけど……しばらく続けてもいいですか?」


 私は彼の急な告白に脱力しながら、天井を仰ぐ。


「は……どうぞご自由に」


 サイゼの天使が微笑みかけながら、私の心に矢を放った。


 うん、やっぱり自分を隠すような加工をするのは良くないよ。


 女なら、メイク武装して炎上覚悟で行かないとね。

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[良い点] 面白いかったです! サイゼリヤで炎上……タイムリーなお話でした。
[一言] これくらい逞しくないと、インフルエンサーにはなれないのですね( ˘ω˘ )
[良い点] > サイゼには人の心を狂わせる何かがある うんうん。その通り! 結子さま、メイクや服にも詳しいんですねー! インフルエンサーの今回も面白かったです(^^)
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