サイゼなら間違いない【婚活する二人】
デート二回目にして、なぜこんな所に連れられて来てしまったのだろう。
都内、日曜昼間のサイゼリヤ。家族連れだらけで喧噪もはなはだしい。
私は呆然と席に座り、彼の手前、差し出されたメニュー表を一応開いて見る。
「美頼さん」
目の前で、友章さんが微笑んでいる。
「メニュー決まった?」
何が面白いっていうのよ……変な人。
店員がやって来た。彼は注文方法を店員から聞き出している。
友章さんは結婚相談所で知り合った35歳の男性医師だ。年会費がべらぼうにかかる「士業プラン」に入会し、医師とのマッチングを希望したところ、相談所から彼を紹介されたのだ。
私は25歳の化粧品販売美容部員。「結婚は30歳までにしろ」と親に口酸っぱく言われ「確かにそうかも?」と例の相談所に入会した。それに私の周りの先輩たちは彼氏がちっとも結婚に前向きではなく、結婚するまでかなりズルズルと時間を要していた。それを見て来た私は、絶対に結婚に前のめりな男の人とだけ付き合いたかったのだ。
つまりこの結婚相談所は、時間を無駄にしない恋愛ツールってこと。多少お金を払っても、私は時間を節約したかった。女にはタイムリミットがあるんだ。出産・仕事・介護……それをこなすためのタイムスケジュールを若い内にこなしておけば、リミット内にミッションを達成できるっていう寸法。
だから私は、男性のことだって早く見極めたい。
友章さんは、もう現時点でだめそう。だって医者だよ?それなのにデートに連れて行くところがサイゼリヤって、もう無理。私、この日のために新品のワンピースを用意して、化粧だって頑張って来たんだよ?それなのに……。
この人は私のこと、大切にしてくれそうにないな。
せっかく「ちょっと太ってるけど優しそう」なんて自分を騙せそうな気がしてたのに。
私は苛々して来た。化粧品販売員だって、それなりにハードで時間に融通の利かない職種だ。頑張って顧客単価上げて、月のノルマ達成して、きちんとやることやれたから店長に頼み込んでスケジュール調整お願い出来たわけだし、ようやく休みが取れたってのに……その結果がサイゼリヤって……はーあ。
「決まりました?」
友章さんがメガネをくいくいと落ち着きなく触りながら話しかけて来る。んー、この中から探さなきゃなんないのかぁ……
私はやけくそになった。
飲むしかねぇ。
「エスカルゴ」
「へー、美頼さん、エスカルゴ好きなんだ……僕も好きです」
あっそ。
「食前酒、あとキャンティ」
「……結構飲むんですね!」
当たり前でしょう、誰のせいでこうなったと思ってんのよ。私は怒りに任せてどんどん頼む。どうせここはサイゼよ、何品注文したってたかが知れている。
「バッファローモッツァレラ、プロシュート、アンチョビペースト、カリッとポテト、ガーデンサラダ、ラムのラグーソース、ペコリーノロマーノ」
友章さんはかいがいしく、注文票に私の言ったメニューを書いて行く。
私はそれを憮然と眺めていたが、ふと気になる点を発見する。
気になったのは、全ての数量を2にしていたことだ。それって私と全く同じものを、この人も食べるってこと?
店員さんを呼んで注文。すぐに来るだろうから、もう面倒だし話もしないでおこう。相談所には、メールで適当に断ればいいや。今回はハズレだったんだ。
近くで子どもがわんわん泣き出した。なぜか親が怒り出している。私、静かに大人の食事を楽しみたかったのに……
すっかり気落ちしていた、その時だった。
「僕、サイゼリヤ初めてなんです」
友章さんが衝撃的な告白をして来た。私は呆気に取られた。え?都会に住んでて、そんなことってある?
私は動揺を隠しきれず、大慌てで尋ねた。
「えっ……それならなぜ、今日私をここに連れて来たんですか?」
「ええっと、勧められたんです。みんなに」
「勧められた?デートの場所を?どういうことですか?」
あんまり私が矢継ぎ早に尋ねるので、友章さんはびっくりしている。
「えーっと、僕、エスカルゴが好きって言ったじゃないですか」
「ええ」
「周りの友人に〝エスカルゴが美味しいイタリアンレストランはないか〟って聞いたら、みんな即答で〝サイゼリヤ〟って答えたものですから……」
私は呆然とした。
へ?そういういきさつ?それにしてもこの人、世間離れし過ぎではないだろうか。
「デートに使うって話は……?」
「あっ。してないです」
「そう……でしたか」
「でも、医師仲間は〝サイゼリヤなら間違いない〟って言うもんですから」
私は少し気を取り直した。
確かに、そうだ。サイゼリヤなら間違いない。
彼は私にお金を使いたくなくて、ここに連れて来たわけではないのだ。
〝間違いない〟という仲間の言葉を信じて来ただけなのだろう。
友章さんは、悪い人ではない。ちょっと抜けてるだけ。
しばらくすると、私たちのテーブルは注文したメニューでいっぱいになった。
いつものキャンティをグラスに注ぎ、何とも釈然としない気持ちで乾杯を唱える。
あーあ。悪くはないけど、やっぱりもっと高いお店がいいよ。
私がやけくそでワインをぱかぱか開けていると、友章さんが感心しながらこう言った。
「美頼さん、ワインお好きなんですね」
「……ええ、まぁ」
「もっと美味しいワインがあるらしいんですが、飲みます?」
私は少し期待した。まさか、この後にいいお店へ移動する、という展開が──?
その時、友章さんの手が動いた──
ぽちっ。
ピンポーン。
店員さんがやって来る。私が眉根を寄せていると、友章さんは店員に告げた。
「もっといいワインってあります?」
はー!?サイゼで何言っちゃってるのこの人!あなた、世間知らずにも限度ってものがあるでしょー!?
私が慌てて止めようとすると、店員さんがにっこりと笑った。
「はい、ございますよー♪メニューお持ちしますか?」
へっ!?マジで!?
友章さんは何事もなかったかのように頷いた。
「お願いします」
「かしこまりました」
私は彼に驚かされっぱなしだ。いいワイン?そんなもの、サイゼにあるの?
私は彼に尋ねた。
「サイゼリヤにもっといいワインがあるだなんて、どうしてそんなことを知ってたんですか?」
すると友章さんは事もなげに答えた。
「医師仲間に〝あと、美味しいワインを飲める店を知ってるか〟って聞いたら〝それもサイゼリヤにある〟って言われたもので……何でも言わないと出て来ない裏メニューがあるらしいですね?それを注文しろ、と言われましたので」
そうなの!?そんなこと、私も知らなかった。えっ、てか医師仲間すごい。
店員さんがワインメニュー表を持って来た。本当だ、結構いいワインが揃ってる。えーっ!バローロもあるの?
私がメニュー表に目を泳がせていると、友章さんは言った。
「一番高いの行っときます?」
いや待てよ、と私は首を横に振った。前に飲んで、とても美味しかったワインをそこに発見したのだ。
「ドルチェット・ダルバにします」
以前、美容部員の先輩とホテルディナーで空けて、とても飲みやすい赤ワインだったのでそれ以降もたま~に自分へのご褒美として買っていたワイン。まさか、サイゼリヤで出会うとは思ってもみなかった。
「高くなくていいんですか?」
「はい。私、このワインが今一番のお気に入りなので!」
私の胸は一気にときめいた。好きなワインが昼に飲めるって、最高の贅沢。それにサイゼリヤならつまみは何でもあるし間違いはないから──
そこまで考えて、私は笑ってしまった。
今の私って、彼の医師仲間とまるで同じことを考えているではないか。
ドルチェット・ダルバがやって来る。
「間違いないエスカルゴ」「間違いないワイン」
それは全てサイゼリヤにあったのだ。
すっかり気をよくしてワインを傾けていると、友章さんが言った。
「美頼さん、サイゼリヤの料理、どうですか?」
私は笑ってしまった。この人、本当にサイゼ未経験なんだ。
「お、美味しいです」
「仲間に聞いておいてよかった~。間違えたくなかったから」
私は友章さんの表情をじっと眺める。そうか、間違えたくなかったんだね。
第一印象と同じだ。悪い人ではないらしい……
お気に入りのワインと間違いない料理でお腹いっぱいになった私は、思い直した。
もう少しこの人と会ってみることにしよう。
「次……どこで会いましょうか」
私の問いかけに、友章さんは本当に嬉しそうな顔で笑ったのだった。
次の日、勤め先の医院内事務局にて。
「えー!?付き合いたての彼女をサイゼリヤに連れてっただって!?」
金坂医師は、同期の水島友章の話に驚嘆の声を上げた。友章は首を傾げる。
「何でそんな驚いてるの?かねちーたちの言う通り、確かに間違いなかったよ、あの店は」
「マジかよ……そうなら初めから言ってくれ……で、振られた?」
「だから、何で?振られてないよ。また会おうって言ってくれた」
金坂はハァ~っと息を吐き出した。
「あのさ……サイゼで喜ぶ彼女は、絶対いい子だから逃しちゃダメだぞ!」
「えっ……何それ。何なのその区分?」
「そうか~、お前は超おぼっちゃんだから知らなかったんだな。サイゼは〝早い・安い・美味い〟の代名詞みたいな店だから、そういうところに連れて行かれると怒り出す女子って、たまにいるんだよ」
「ふーん」
「だからその子は心の広い子だ!」
友章は、ワインを次々空けながらニコニコしていた美頼を思い出した。
「やっぱりサイゼリヤで間違ってなかったんだな~」
「おい水島。もう二度とサイゼに彼女を連れて行くなよ!」
「え~、何で?また行きたい……」
「悪いことは言わないから、俺の言うこと聞いとけって!いいか?もし次サイゼに行くとしたら、もっと関係が進展してからだ。それまではもっと高い店に連れて行け……分かったな!?」
友章は同期の迫真の忠告に唾を飲み込みながら、
(サイゼリヤって何なんだ?何でかねちーはサイゼリヤを語る時、そんな怖い顔するんだよ……?お前そんなにデカい感情の持主だっけ?もっとクールなキャラだった気が……)
と戸惑いを隠せないのだった。
ちなみにワインの裏メニューがある店舗は限られております。
いきなり頼んでも置いてない可能性がありますので、事前に各店にご確認下さい。