3クレジット:橋渡しにて推し落とし
橋渡し。またの名を橋落とし。
落とし口の上に二本の棒が設置され、その棒をまたぐように景品が配置された設定。主にフィギュア等の箱もの景品で見られる。単純に見えて奥が深く、初心者は予習をしてから臨むのが望ましいとのこと。私調べ。
さて、私の最推しルルム・ルル・ルルベージュ────通称ルルたんのフィギュアがゲームセンターの景品になったという情報を得た私は満を持して戦場に帰って来たわけだが……例のごとく金を溶かしていた。
設定は橋渡し。景品はルルたんのフィギュア。橋の幅が狭いのか、フィギュアが入った箱を横向きにして落とそうと試みるも失敗。二本の棒の間にすっぽりハマって二進も三進もいかなくなってしまった。あとちょっとで獲れそうなのだが、いつの間にか財布の中からお金が消えかけていた。
これ以上は自制しなきゃダメだ。胃の中がむかむかする嫌な感覚に苛まれながらゲームセンターを後にしようとしていたところ、女神のようなお姉さんに話しかけられた。
「その景品、代わりに獲ってあげようか?」
「えっと……」
私の眼前には巨大な双丘────つまり見上げなければ顔が見えないくらい背が高い人だった。惹きつけられる胸から視線を外して上目でお姉さんの顔を見る。柔らかな目元と滑らかな栗色の長髪が特徴的な『ザ・お姉さん』って感じの人だった。あれ、ジ・お姉さんかな……どっちでもいいか。
ともかく、お姉さんに話しかけられた私はその神々しさにあてられてボーっとしてしまう。
一方のお姉さんは膝に手をついて私と目線の高さを合わせた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「は、はい! だいじょうぶです!」
顔が近い! まつ毛なが! お顔立ちが良すぎるだろ! なんか良いにおいするし!
そしてニコニコ笑顔のお姉さんはあろうことか私の頭をよしよしと撫でてきた! 距離感!
「(やっぱりかわいい♡)」
「……?」
「景品が獲れなくて困ってるんでしょ? 手伝ってあげようか?」
お姉さんは私が散財しているところを見ていたのか親切な提案をしてくれる。ゲーセンを戦場とみなしているどこかの戦乙女とは大違いだ。
私の中でお姉さんへの好感度が爆上がりだった。
「実は全然うまくできなくて困ってたんです……」
「橋渡しは難しいから仕方ないよ。ちなみに何円くらい入れたの?」
「5000円です」
「そんなに? そっか、それじゃあ私の出る幕じゃないかなぁ……店員さんに『お願い』しに行こうか」
「お願いですか?」
「うん、お願い」
お姉さんはピンと指を立てて私に説明してくれる。
「店員さんも鬼や悪魔じゃないからね。お願いしたらアシストしてくれるよ」
「アシスト?」
「要は獲りやすくしてくれるってこと。フィギュアだったら3000円くらい入れたら店員さんが対応してくれるよ。こういう交渉もゲームセンターでは大事なの」
「へぇー」
確かに、ゲームセンターに通う人が皆サクさんみたいなプロというわけではない。私のような初心者は店員さんに手伝ってもらうというのも一つの手であると。
私はお姉さんに言われた通り近くにいた店員さんに声をかける。「アシストお願いしてもいいですか?」と尋ねたら、店員さんは「少々お待ちください」と言ってインカムで誰かとやりとりをした後、にこやかに対応してくれた。
筐体のガラス戸を開けた店員さんは橋の間にハマって動かなくなったフィギュアの箱をひょいと持ち上げる。そして、箱の一角がちょこんとバーの上に乗っているだけで何をしても落ちるような位置に置き直してくれた。
「こちら、アームで景品を押していただければ獲れると思いますので~」
「あ、はい。ありがとうございます」
100円を投入して店員さんに言われた通り景品にアームを当てる。
ごとんっ!
心地い音とともにルルたんのフィギュアが獲得口に落ちた。
「おおーっ!」
店員さんのアシストありきではあるが、嬉しいものは嬉しい。私は急いで獲得口からルルたんを救出し、天高く掲げる。
やったー!
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
隣で行く末を見守ってくれていたお姉さんが声をかけてくれる。何故か両手を広げているので、私は深く考えずに抱き着いた! やわらか!
「お姉さんのおかげです!」
「どういたしまして〜」
それから私はお姉さんに再三お礼を言ってからゲームセンターを後にした。またどこかで会えたらいいなぁ、なんて思いながら。
◆
その日の夜、ベッドサイドにルルたんのフィギュアを飾った私はスマホに【クレーンゲーム 橋渡し コツ】と打ち込んで検索していた。
出てきた動画をぼんやり眺めているけど、上手い人のプレイは参考になる。何手で景品を落とせるかを考えることが重要らしく、ルルたんのフィギュアを300円で獲っている動画はパズルゲームを見ているみたいだった。落とし方は多種多様で、縦ハメ、横ハメ、刺し回し、バランスキャッチ、ちゃぶ台返しなどなど名前がついている技だけでも覚え切れないほどある。どの落とし方が有効なのかは台の設定ごとに違うらしく、上級者はアームのパワーや開度、爪の角度や押し込みの強さを見て判断するのだそうだ。さらに、クレーンだけでなく景品のサイズや重心、橋幅も判断の材料として見なければならないという。
確かに初心者にはちょっと手が出しにくい。やはり回数をこなしてコツを掴んでいくしかないようだ。
今回はお姉さんと店員さんに助けられたが、次は上手くやれるだろうか。
そう、私は次のことを考えていた。
実は来月の上旬、ルルたんフィギュア水着バージョンがゲームセンターの景品として登場する。来月の下旬には夏服バージョンも出てくるとのことで、私はいよいよ腹をくくってクレーンゲームの練習をしなければならなくなってしまったようだ。
私はメッセージアプリを開いて、一ヶ月前に連絡先を交換した黒髪紫メッシュの麗人──サクさんにチャットを送る。
『こんばんは! お久しぶりです 相談があるんですけどお時間いいですか?』
私はサクさんにクレーンゲームの教えを請おうと考えた。サクさんのプレイを見て勉強する。それが一番手っ取り早くて効率がいいはずだ。
五分ほどしてサクさんから返信が来る。
『ルルなんとかのフィギュアが欲しいの? 4000円で譲ってあげるけど』
高っ。いやでも私は約5000円も払って手に入れたんだった。なんだろう、このやるせない気持ち。
というか、私はサクさんからフィギュアを買いたいのではない。
『フィギュアはもうゲットしました 相談というのは、サクさんがゲームセンターに行くタイミングで私も一緒に連れて行ってもらえないかな〜っと思いまして』
『デートってことね』
でーと!?
いや、別にそういう気があって誘ったわけじゃないけど……もしかしてサクさんはそういう気があるってこと?
サクさんみたいな超絶美人とデート……なんだか緊張してきちゃうな。
私が何て返そうか悩んでいたらサクさんから『冗談』という淡白な二文字が送られてきた。
なんだか弄ばれている気がする!
私がぷくっと頬を膨らませているとサクさんから続けてメッセージが飛んでくる。
『それで、目的は何? 私と仲良くなって好感度を稼いでも商品は安くしないけど』
『そういうのじゃないです サクさんからクレーンゲームの技術を学びたくて付いて行きたいんです』
『あーね』
サクさんは二十秒ほど間を置いて『いいよ』と許諾してくれた。
『ありがとうございます!』
『再来週の金曜日に行こうと思ってるんだけど、あなたの都合はどう?』
『学校が終わる17時からならOKです!』
『了解。待ち合わせ場所とかは追って連絡する』
よし。サクさんとの約束は取り付けた。ただ付いて行ってプレイを見せてもらうのは気が引けるので、個数制限突破用の頭数としてコキ使ってもらおう。
サクさんレベルのプレイを間近で見れるのはいい勉強になるはずだ。ゆくゆくはサクさん並に上手くなって、部屋いっぱいにルルたんのフィギュアを並べてやる!
◆
最近できた知人との連絡を終えたサクはベッドにスマホを放り投げた。
「あの子がね……」
初めて見た時、目も当てられないほど勢いよく金を溶かしていた女子中学生。ああいう手合いはゲームセンターに通い始めたらどこまでも金を突っ込むため、サクの立場的には「自力で獲るのは諦めて私から格安で買えばいい」と言うべきだった。
そうしなかったのは何故か?
もしかすると、サク自身が彼女との「デート」を楽しみにしているからかもしれない。
「いや、無いか……」
相手は女子中学生。ぬいぐるみを巡って数時間ほど行動を共にしただけで大して関わりもない。彼女とのデートはちょっとした気まぐれだ。それ以上でも以下でもない。
半ば自分に言い聞かせるようにしたサクは気分転換のために自室を出てリビングに向かう。すると、そこには先客がいた。
栗色の長髪に柔和な目元、サクとは似ても似つかない豊満な胸。ストライプ柄のパジャマに身を包んだサクの姉は良いことでもあったのか、ニコニコとご機嫌そうだった。
「姉さん、何かいいことでもあったの?」
サクが声をかけると、姉はくるりと振り返る。
「そうなの、いいことがあったの」
にへらと笑う姉に顔を見てサクは悟る。たぶん、アレだなと。
「あの子にやっと会えたの!」
「以前から言っていたあの子?」
「そう! 街でひと目見かけた時からずっと気になっていたあの子!」
サクの姉がこのように騒ぎ始めたのはつい一月前のことだった。なんでも、顔が好みすぎる女の子を見つけたらしい。相手は中学生ぐらいの見た目で、パッチリした目元と黒髪が特徴なのだそうだ。そのような見た目の人間は五万といるため姉の言う人物が誰なのかサクには見当がついていない。
姉はとにかく可愛いものに目がない。妹のサクが冷静沈着で可愛さとは無縁の性格になったのは必要以上に姉から可愛がられることが疎ましかったからでもある。サクが幼い頃の可愛がりようは凄まじく、思い出すだけでも身震いする。毎日、姉お手製のコスプレ服を着せられての写真撮影会は本当に二度とやりたくない。アレをやるくらいなら確率機に一万円吸われた方がまだマシだとサクは思う。
「女の子に熱を上げるのは構わないけど、変な気は起こさないで」
「起こさないよ〜!」
姉は間伸びした返事をするが、その心の内はどうなっていることやら。温和そうな見た目をしているが、実際は行動力の塊みたいな人間だ。何かしでかしそうな気がする。
そういう意味では最近知り合いになった「あの子」も可愛い見た目をしているため、姉とは会わせないようにしなければな、とサクは内心で独りごちた。