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マスク警察(7)

〈23〉

「先生、失礼します。」ここは、首相選で惜しくも敗れた、マスク着用推進派の熊谷敦夫議員の部屋。第一秘書の近藤が、訪れていた。


「先生、やはり先生のご友人の言う通り、先日の本橋氏のイベントにて、会場付近の洋上にてスナイパーと警察のチェイスがあったようです。」近藤秘書が報告する。本橋氏のイベントでの謎のスナイパーとデュークの戦いは、公になっておらず、熊谷氏は、たまたま、あの場所で釣りを楽しんでいた知り合いが、目撃しており、その事実確認や、裏付けを近藤秘書に依頼していたのだ。

「スナイパーの詳細は不明ですが、彼を阻止したのは、マスク警察所属の上高林巡査部長とのことです。」熊谷議員が頷く。


「先生。もう一度、お聞きしますが、これは熊谷先生の計画ではないのですね。」近藤秘書が、熊谷氏に確認する。


少しの沈黙の後、熊谷氏が答える。「もし、スナイパーが、先日のイベントの最中に本橋氏が、狙撃されたとしよう。いや、狙撃されなくても、未遂でもいい。警察や世間は、誰の仕業を疑うだろうねぇ。」

「それは、総裁選に敗れた、熊谷先生かと。」近藤秘書が即答する。

 総裁選で敗れた、熊谷氏がスナイパーを使って、首相の本橋氏を亡き者にする。いかにも稚拙で愚かなリベンジだが、世間とは愚かなものだ。週刊誌やTVのワイドショーが記事にすれば、噂が真実にバージョンアップする。特に世間が好みそうなネタである。熊谷議員は、長い議員生活の中で、何度もそんな場面を見てきた。


「今回の件が、世間に明かされて疑惑の中心になるのは、私だろう。その私が、そんな大きなリスクを背負ってまで、こんな恐ろしい計画を依頼すると思うかね。彼が死んでも私が首相になれる可能性も不確かだというのに。」この意見には、近藤秘書も頷く。


「熊谷先生。これは私の考えですが、このプランを計画し、実行したものは、本橋首相を狙ったのではなく、熊谷先生を陥れるのが目的だったのではないでしょうか。」

「私も、同じ意見だ。」頷きながら、熊谷氏が答える。

「仮に、先生を恨む者の計画とした場合、思い付く人物は、どなたかいらっしゃいますでしょうか。」


「私も、議員生活が長いからねぇ。恨みを買っている人物は大勢いるだろう。しかし、此処まで私を恨む人物は、ひとりしか思い浮かばないが・・・。」

「調査致しますか。」鈴木秘書が答えるが、熊谷議員は首を横に振った。

「いや。今、私たちが話した内容も、想像の域を出ていない。時を待とう。」

「分かりました。」


「それより、スナイパーとやりあった上高林巡査長は、お手柄だったな。今度一度会いたいものだ。彼が阻止してくれなかったら、本橋総理の命も、私の地位も無かったかもしれない。」

「そうですね。しかも彼は今回の件を他言していないようです。その為調査に時間が掛かりました。」

「他言していない?という事は、自分以外信じていない・・・。そうか。自分たちの仲間、警察関係者に今回の計画に関係している者が居ると考えているのかも知れん。」

「簡単に彼とコンタクトを取らない方が良いかも知れませんね。」近藤秘書が答える。

「そうしよう。彼には、その時が訪れた時、改めて会うことにしよう。」



<24>

 アスカ保育園園長の小柳郁郎太は、しばらくサウナを利用していなかった。

 ストレスが落ち着いたわけではない。お遊戯会や、運動会など、立て続けに行事があり、その準備段取り、当日の仕切り、後処理など、サウナを利用する暇がないほど忙しかったのだ。特に非常事態宣言中という事もあり、行事を午前と午後に分けたり、会場が密にならないように設営したりと、神経を使って準備、運営を進める必要があったため、彼のストレス、精神的な疲れは溜まりに溜まっていた。


 しかし、彼はどんなに疲れても、ストレスが溜まっても、あの日サウナでもらった薬には、手を出すことは無かった。薬自体を少し怪しいと感じていたし、あの薬をくれた人物、竜崎智也も後になって冷静に考えると信用できる人物か判断出来ずにいた。一度瓶を開けて、中のカプセルを確かめたこともあったが、赤と青の鮮やかなカプセルを合わせたもので、見るからに怪しく、さらなる不信感を増す結果となった。「今度、一度調べてもらうか。」保育園の健康診断をお願いしている医師は、前園長である彼の母親からの付き合いであり、信用できる人物だ。彼に薬の成分を分析してもらおうと考えていた。


 しかし、この考えが、後の彼の運命を大きく変えることになろうとは、この時1ミリも思っていなかった。




<25>

 あの悪夢のような路線バスジャク事件から約半年経ちました。

 

 マツケンこと僕、松田健太郎は、現在、高校に通いながら週末は、ディスカウントスーパー「カッパーズボウル」で、アルバイトをしています。この場所には以前ボウリング場があり、周辺住民のリクリエーションの場となっていました。ボーリングブームの頃には、多くの人たちが訪れる場所だったようです。建物が老朽化を迎え、立て直しが必要になった10数年前には、そのブームは終わっており、惜しまれつつ閉館。その跡地に出来たディスカウントスーパーは、地元に愛されたボウリング場時代の施設名「カッパーズボウル」を、そのまま継承し、営業を始めたそうです。

 

 1Fは、食料品売り場、2Fは、電化製品や、洋服、雑貨、薬品、更に高級ブランド商品まで扱っている、雑多な雰囲気のスーパーである。今日は、日曜日と、特売日が重なった特別な日で、朝から大勢のお客様が訪れている。


 このスーパーには、「カッパ君」という全身緑色の当店オリジナルキャラがいて、1F入り口付近に、その「カッパ君」が、登場し、特売日をアピールするのが恒例となっている。この着ぐるみに入る役は、従業員の中で順番と時間を決めてローテーションで回すことになっています。今日は、15時から16時までの1時間は、僕がこの、「カッパ君」に入ることになっていて、まさに現在、僕は、「カッパ君」の着ぐるみに入っている状態です。着ぐるみの中は暑いですが、お客様が来るたびに、可愛いポーズをとるだけでいいので、自分的にはいつもの接客より気を使わなくて楽な仕事なんです。しゃべらなくていいし。たまに元気な子供に、思い切り蹴られる事以外は楽しい仕事です。


 着ぐるみの仕事が終わると、休憩時間です。着ぐるみを脱ぎ、休憩室に行くと、憧れの先輩、「遠藤カナ」さんがいた。カナ先輩と一緒に休憩なんて、今日はラッキーな日だと思った。かな先輩は、20歳の大学生で、目元と顔の輪郭が、橋本環奈に劇似で、髪型と髪色も橋本環奈とほぼ同じなので、見た目は、ほぼ橋本環奈である。「カッパーズボウル」内では、≪千年にひとりの店員≫と呼ばれている。


 カナ先輩は、スマホを見ながら、独りでカフェラテを飲んでいた。マスクを外しても、見た目は、ほぼ橋本環奈である。その美しい横顔を有難く拝みながら≪千年にひとりの店員≫の異名に納得する。カフェラテがこんなに似合うのは、カナ先輩か原田知世くらいなんじゃないかと思う。


「カナ先輩、お疲れ様です。」ドキドキしながら僕は挨拶をする。

「あ、マツケンお疲れさま。」カナ先輩は、僕如きの為にカフェラテを飲むのをやめ、120%の笑顔で答えてくれた。それだけで、今日も僕は勇気をもって生きていけます。

 

 バスジャックに遭ったあの日、もし、僕が命を落としていたら、今の生活は無かったし、今日のカナ先輩の笑顔に出会うこともなかった。改めて僕は、あの日僕らを助けてくれたマスク警察の方々や、古村田さん達に感謝しなければいけないと思っている。そして、僕もあの日を境に、生まれ変わったと思っている。人任せの人生から脱却し、未来の大きな夢を持って、この人生を進んでいる。まだ、人に言えるほど、自信を持っていない夢だけれど・・・。


「マツケン君。たしか今日は、≪カッパ君≫の日だったよね。」カナ先輩の声は、聴いていて凄く心地が良い。そしてすごくドキドキする。カナ先輩の声を目覚まし時計のアラームに設定したいと思った。

「そうなんです。16時まででした。」ドキドキしていることを悟られないように、僕は冷静に答える。「そうなんだ。じゃあ、私が入った後に、マツケン君の番だったんだね。大丈夫?汗臭くなかった?」

「あ、全然問題ありません。」・・・ああ、なんて事だ。僕が入る前にカナ先輩があの着ぐるみを着ていたのか。それが事前に分かっていたら、もっと楽しめたのに。もっとクンクン匂いを嗅いだのに・・・。


「あ、違う。私の後に山田さんで、その次にマツケン君だ。」山田さんは、60代のおばさんだ。クンクンしないで良かった。



〈26〉

「ツカサ、この世界は残酷だな。」


 デュークこと上高林健二は、マスク警察の自席にてパソコンで報告書を纏めていた。

「どうしたんですか、急に。どこかで聞いたようなセリフですが。」ツカサも今日は、事務作業を上高林の目の前の席で、事務作業を進めていた。


「人の運命なんて、その人が生まれた時点で、ほぼ決まってしまうんだよ。残酷だよな。」

「そんな事ないと思いますけど。先輩は、どうして、そう思うんですか。」

「私が、そうだからだよ。」「どういう事ですか。」デュークが、ひとつため息をついて答える。

「私が捜査一課に居た頃、潜入捜査や危険な事件の捜査で、死と隣り合わせの仕事をしてきた。」「先輩捜査一課だったんですね。」「言ってなかったっけ。」「はい。」デュークはパソコンの手を止める。


「そんな精神的に、追い込まれていた頃、マスク警察が創設され、同じ捜査一課に居た、現在のマスク警察の村中所長に、招かれたんだ。」「そうだったんですね。」

「俺はその時思ったんだ。今まで走ってきたレールから違うレールに乗り換えた。自分の運命は切り変わったってね。今までは命の危険と隣り合わせだったが、これからは違う。マスク警察で、鼻でも、ほじりながらのんびり仕事するんだと。」「それは、ダメでしょ。」ツカサがツっ込む。


「それは、冗談だが、自分の未来は変わったと思ったんだよ。でも、どうだい?マスク警察での仕事は。ある意味、捜査一課よりタフさを求められる。違うレールに切り替えたと思った自分の人生は、再び同じ過酷な毎日の繰り返しになった。この呪縛からは解き放たれない。」「そうかなぁ。」ツカサは珈琲をすする。


デュークは、なお持論を展開する。「ギャンブル好きや、酒好きは一生そのままだよ。死んでも治らない。」「信念を持ち続ければ、人は変われると思いますけど。」ツカサはクッキーをかじる。

「その人が変わったとしても、運命のレールは変わらないんだよ。」「どういう事ですか。」ツカサは珈琲をすする。


「≪がんばれ元気≫の堀口元気は、最初のボクシングコーチである父を亡くし、自己流で、ボクシングの腕を磨いていた。彼の運命は変わったと思っていたよ。しかし、その後コーチになった三島栄司も死んでまた一人ぼっちになってしまった。彼も人生の呪縛から解き放たれることは無い。悲劇は繰り返すんだよ。彼はそういう星の元に生まれたんだ。」「それ、漫画の話ですよねぇ。フィクションだし。」

「え?あの漫画実話じゃないの?」「違いますよ。」ツカサは、マカロンを頬張る。

「それじゃあ、あしたのジョーは?」「実話じゃないですよ。主人公のモデルは、居たみたいですけど。」ツカサは珈琲をすする。


「なんてこった。堀口元気は架空の人物か。」「先輩は、夢見る少年ですか。どんだけ純粋なんですか。」ツカサは、ショートケーキをパクつく。

「おい、俺の話聞きながら、しっかりおやつ食べてるんじゃねぇ。」



<27>

 カナ先輩との楽しい休憩時間が終わり、職場に戻ると、店長が、お客様と何やら揉めていた。

「ふざけるな!どうしてマスクなんか着けなきゃいけねぇんだよ。」

「お客様。当店の感染防止対策にご協力をお願いします。お客様にはマスク着用で、当店のお買い物を楽しんで頂くことになっています。」どうやら、マスクを着けずに入店したお客様とのトラブルのようだ。他の店や施設と同じく、ここ「カッパーズボウル」も入店の際マスク着用をお願いしている。マスクを着けず入店するお客様とのトラブルは、毎日何度かある。しかし、こちらのお願いに従ってもらえるお客様がほとんどだ。店長もこのようなお客様への対応に慣れているので、今日も穏便に解決するはずだ。


「そんな事、どこに書いてあるんだよ。」お客様は大声で喚く。

「お客様は気づかれなかったようですが、当店入り口のポスターで、お願いしております。」

「そんなの気づかなかったなぁ。お客が気付けないなら表示に問題があるなぁ。」どうやら今日のお客様は、一筋縄ではいかないようだ。お客様は、スキンヘッドで、色黒の強面だ。1F食品売り場のほぼ中央付近で、やり取りをしているので、異変に気付いた他のお客様たちも、少しづつ集まりだし、野次馬の人だかりが出来つつあった。


「ねえ、マツケン君。」いつの間にか、横にカナ先輩がいた。「このままこの場所に人が集まったら、お買い物をする他のお客様の邪魔になる。集まったお客様たちを、整理しよう。あなたも手伝って。」「分かりました。」

「皆さん、此処に立ち止まらないでください。」僕らは声を張り上げ、野次馬と化したお客様たちを何とか整理しようと動き出した。今日は、カナ先輩と絡むことが多い。ラッキーな日だ。


 しかし、その時マスク未着用で入店したスキンヘッドのお客様が、どこからか銀色の物体を取り出した。拳銃だ。僕は最初モデルガンか何かかと思ったが、あろうことか、次の瞬間彼は、天井に向けてその拳銃を1発放った。


 ガォォォン!!!


 店内に大きな発射音が響き渡り、天井に穴が開いた。拳銃は本物だ。店内は一瞬の静寂の後、ハチの巣をつついたような大騒ぎに発展する。悲鳴と怒号が店内を支配する中、僕らは、その流れに逆らって店長の元へ向かった。店長は、拳銃を撃った男の前で、床にへたり込んでいる。


 さっきまで大勢いたお客様たちは、あっという間に、店外に逃げて行った。現在、1F店内に残っているのは、店長と僕とカナ先輩。そして銃を持った男だ。男は僕たちに指示を出した。

「お前ら、そこにあるビールやらジュース入りの段ボールケースをあそこの角まで運べ。バリケードを作るんだ。早く作れよ。あと、妙な真似をしたら、この銃で鉛球を食らわせるからな。」僕らは、男に従うしかなかった。

 男が僕らにバリケードを作るように指示した場所は、左手にチーズや牛乳などが並ぶ乳製品をが並べられた冷蔵コーナーの一番奥の場所。店の入り口から一番遠い場所だが、真正面に、ガラス張りの店内への出入り口があるので、外部から店内に人が入ろうとした場合、この場所からすぐに確認する事ができる。籠城するなら理にかなっている。たぶん下調べしたのだろう。

 「カッパーズボウル」では、飲み物が安いので、箱買いされる方が多い。特に今日は、特売日のため、箱入りの飲料が大量に仕入れてあり、バリケードを作るにはうってつけだ。しかし箱入りの飲料は、かなりの重量があり、僕らはそれらを運ぶのに手間取った。特に、小柄なカナ先輩は、本当に大変そうだ。

「カナ先輩。大丈夫ですか。」「私は大丈夫。それより早く運びましょう。」明らかに無理をしているカナ先輩。こんな極限の状態なのに、僕の先輩に対する愛しい気持ちが強くなっているのが分かった。



<28>

「ツカサ~。資料纏めるの終わったか?私は終わったぞ。」「私ももうすぐ終わります。」マスク警察内はまったりとした時間が流れていた。


「せっかくの日曜日なんだからさ~。今日は早く帰ろうぜ。」デュークは、すっかり休日モードだ。

「そうですね。あ、最近この近くにオープンした、お持ち帰り専門の焼き鳥屋で、焼き鳥買って帰ろうかな。とっても美味しいんですよ。」「そんなお店あるの?なんていうお店?」

「確か、≪焼き鳥~串刺し野郎~≫だったと思います。」「なんだか怖いな~。」「店名はアレですけど、味は絶品ですよ。鳥皮なんてパリパリで最高なんですから。」「うわー。想像しただけでビール飲みたくなってきたよ。分かった。たまには奢ってあげるよ。ツカサ、店に案内しろよ。」「本当ですか?!ラッキー!!」


 その時、事件を知らせる無線が入る。「≪カッパーズボウル≫1Fにて、ノーマスクの男が籠城している。人質が数名居る模様。男は拳銃を所持。マスク警察第二狙撃犯は武装して、直ちに現場へ急行せよ。」


デュークとツカサは休日モードから現実に引き戻された。

「急行せよ、だって。」デュークは白目を剥いている。「こうなったら、さっさと片付けちゃいましょう。」ツカサは前向きだ。「仕様がねえ。これが俺たちの運命だ。」





〈29〉

 現場へ到着したデュークが、「カッパーズボウル」の1F入口から覗くと、飲み物の段ボールで築かれた壁が見えた。

 その段ボールの壁の前に、店員と思われる男女3名が後ろ手に縛られ、立たされている。

「あの段ボールの壁の後ろに、男が隠れているってことか。よし、一応ダメもとで、交渉してみよう。」

 

 デュークは、入口の自動ドアを開け、拡声器を使って、犯人に向かって交渉を始めた。

「あ~、聞こえますか?こんなことしても何にもならないですよ。出てきなさ・・」ズキュゥゥゥゥン。

返事の代わりに、デュークの足元に、弾丸が飛んできた。

「・・・交渉決裂。ま、いつものことで。そうだ、ミカサ、2Fに居る奴は、お前に任せる。」

「2Fにも、誰かいるんですか?」ツカサが質問する。

「1Fに居る奴は、多分オトリだ。このディスカウントストアの2階には、この店に似つかわしくないような、高級ブランド品を扱うコーナーがあるんだ。奴らの狙いはそっちだ。そこに仲間が居るはずだから、そいつを捕まえろ。上の立体駐車場からアクセスするんだ。私は、こっちのヤツを何とかして人質を救出する。上に居るヤツも武装している可能性大だから十分気をつけろよ。」

「了解。」ツカサは、立体駐車場の入り口へと向かった。


 1Fに籠城中の犯人からは、店の出入り口が真正面のため、丸見えだ。店内の奥まったところに人質と犯人が居るため、出入り口から数十メートルの距離がある。強行突破は無謀だろう。人質も心配だ。デュークは一旦店外へ出て、他の入り口を探す。店の裏側に回ると、従業員や外部の業者が出入りする裏口のドアを発見した。その裏口から通路を進んでいくと、その通路でデュークは、あるものを見つけた。「これ、ちょっと使わせてもらおう。」




<30>

 立体駐車場から2Fに侵入したツカサは、銃を構え、慎重に店内を進んでいった。2Fは、電化製品や日用品などが並び、1Fと違って雑多な雰囲気だが、高級ブランドを扱うコーナーだけは、異彩を放っており、すぐに分かった。背の高いガラス張りのショーケースが並び、そこだけ明るめの照明で照らされている。ショーケースの中には、高級ブランドのバッグなどが並んでいたようだが、今は空っぽだ。デュークの予想通り、窃盗犯が、大きな袋にブランド品を詰め込んでいる最中だ。


「はい。そのまま両手を上げて動かないで。」ミカサは窃盗犯の背中に銃を構える。その距離は、約10メートル。向こう側を向いている窃盗犯は、思いがけぬ邪魔者に、少し驚いて、体を一瞬びくつかせた。

「はは。抵抗しないよ。お嬢ちゃん。」両手を上げた窃盗犯が、ゆっくりと、こちらを向く。小柄な50歳前後の男だ。

「目の前のショーケースに両手をつきなさい。」男はゆっくりと、両手をショーケースに近づけていく。「抵抗しないって言ったじゃん。」「いいから、そこに両手をついて。」その瞬間、男はその場に素早くしゃがみ込んだ。そして何かを足元から取り出し立ち上がった時にはそれを構えていた。マシンガンだ。ツカサは素早く自分の目の前にあったショーケースに身を隠す。


バリバリバリバリバリリリリィィィン!!!!!

 

 男が放ったマシンガンの弾丸が、出鱈目にそこら中にぶち当たり、ショーケースのガラスが粉々に割れて、床に飛び散った。ツカサはショーケースの後ろから素早く横移動し、柱の後ろに身を隠した。柱の陰からツカサが相手を確認しようとして、のぞき込むと、その瞬間を待っていたようにマシンガンの弾丸がツカサを襲った。


キュンキュンキュンキュンンンンッッッ!!!!


 柱に当たった弾丸が、その表面に穴をあけ、弾丸が食い込んでいく。ツカサは、柱の裏から移動し、男から見て右側の巨大なガラスのショーケースの後ろに回り、銃で応戦する。それに対しマシンガンをぶっ放す男。巨大なショーケースを挟んで激しく打ち合う二人。


バリバリバリバリバリリリリィィィィィィ!!!!!


ショーケースが瞬く間に、形を変え既に倒れそうになっている。ツカサは、銃を撃ちながら、もう一度柱の陰に身を潜めた。「埒が明かないわ。」


 ツカサが柱の陰に身を隠したのを確認した男は、高級ブランド品がたっぷり詰まった布袋を抱えて、移動を始めた。駐車場の車へ向かう気だ。ツカサは男との距離を縮めたいが、柱から身を乗り出そうとするタイミングで、弾丸が飛んできて、身動きが取れない。男は駐車場へ通じる階段の前で、ツカサが身を隠している柱に向かって最後の集中放火を行った。玉切れになると、その場にマシンガンを捨てて階段を走って登って行った。ツカサは、柱の陰から飛び出し後を男の追う。




<31>

 1Fでは、マツケン達従業員3名が、救出を待ち望んでいた。カナ先輩が、静かに口を開く。

「さっきの警察官。全然戻ってこないわね。諦めちゃったのかしら。」いつものカナ先輩の元気さがない。当たり前だが。「先輩。マスク警察は絶対に諦めません。僕は依然、マスク警察に命を助けてもらった経験があるんです。だから分かります。必ず僕らを助けてくれます。だから、カナ先輩。希望を捨てずに僕らも頑張りましょう。」カナ先輩が僕を見つめてきた。ドキドキしてしまう。

「マツケン君って、私が思ってたより、ずっと頼りになるんだね。見直したよ。それに比べて私は駄目だ。悪い想像ばかりさっきから頭の中をぐるぐる回っているの。」弱気なカナ先輩。「大丈夫。警察を信じましょう。」


「うるせぇな!!さっきからペチャクチャペチャクチャイチャイチャしやがって。店長を見ろ!静かなもんだ。さっきからずっと黙って白目剥いてるぞ。・・・おっと、それはそうと、そろそろ約束の時間だな。」男は、時間を気にしているようだ。「おや?」男が何かに気づいた。「あんなのさっきまであったか?」男が指さす方向、10メートル程先の通路の床に、「カッパ君」の着ぐるみが、ちょこんと座るような姿勢で置かれていた。あんな場所に「カッパ君」は、居なかったはずだ。どうしてあんな所に置いてあるんだろうと思っていると、男が、「カッパ君」に向かって弾丸を打ち込み始めた。


ガンガンガンガンガンガンッッッカチッカチッカチッ・・・


 どうやら男の銃の弾丸は尽きたようだ。どうして男は、「カッパ君」なんかを撃ったんだろう。男は、「カッパ君」に向かって歩いて行った。「中に警察官が、入ってたりして~。」男の言葉で分かった。そうか、この男は、さっきの警官が、着ぐるみを利用して、侵入してきたと考えたのだ。もしそうだったとしたら。これは大変なことになった。


 男は、ゆっくり慎重に「カッパ君」に近づいた。そして、「カッパ君」の目の前に立ち、着ぐるみの様子をしばらく伺った後、おもむろに、「カッパ君」の頭部を外した。




<32>

 立体駐車場に駐車してあった、ボックスタイプの軽自動車。そのスライドドアを素早く開け、窃盗犯は、高級ブランド品の入った、袋を投げ入れた。自分も運転席に座り、エンジンをかけてすぐに、アクセルを踏み込みスタートした。軽自動車は、勢いよく駐車場内を進む。店舗東側のスロープを勢いよく降りていく軽自動車。最後のカーブを曲がり、一般道に出る直前、男は、急ブレーキを踏んだ。


キキキキィィィィ・・・。


 軽自動車の目の前に立っている人物がいる。ツカサだ。両手にハンドガンを持ち仁王立ちをしている。鬼の形相だ。まずいと感じた男がいったんギアをバックに入れようとした瞬間、ツカサが軽自動車のフロントガラスに向かって、両手のハンドガンで弾丸を打ち込み始めた。


ガンガンガンガンガンッッッバリバリバリバリィィィィ!!!


 男は溜まらず、身を屈めた。弾丸の放射は続く。

 

バリバリバリバリッッッッ!!!


 そして静かになった。男が、ゆっくりと顔を上げると、フロントガラスは弾丸によって砕かれ、全て落ちてしまっていた。直後、男の左のこめかみに固い感触があった。いつの間にか軽自動車の助手席に乗り込んだツカサが、男のこめかみに銃を突き付けていた。フロントガラスを吹き飛ばした後、フロント部分から車内に飛び込んでいたのだ。「あんまり世話を掛けさせないでね。」ツカサが、薄くほほ笑む。男は、観念した。



<33>

 「カッパ君」の頭部を外してみたが、中には誰も入っていなかった。その直後、男の後頭部に激痛が走った。いつの間にか男の後ろに居たデュークが、豪快な蹴りを男の後頭部に食らわせたのだった。男は床に這いつくばった。「ちくしょう。やるじゃねえか。」男はゆっくりと立ち上がると、ファイティングポーズを取り、デュークに向かって構えた。さっきのデュークの蹴りが、全く効いていないと言わんばかりに、男は、ニヤニヤしながら細かいステップを踏み出した。


「僕、ボクサーやってたもんで。」その場の空気が一気に冷え、男のステップの音だけが、静かな店内に寂しく響いていた。完全な滑りネタに、全員がやっちまったなぁ、という顔で、男を見る。みんながひそひそ話を始めていた。「ボク、ボクサーだって…。」

「ち、違う。たまたまダジャレになっただけだ。わ、わざとじゃねぇ。」男の顔がみるみる赤くなり、スキンヘッドの頭まで赤くなってきた。恥ずかしさを紛らわせるように、鋭いステップから、デュークに素早いパンチを食らわせていく。


バチッバチッバチッ!!!


 男のパンチが面白いようにデュークの腹や、顔面をとらえる。デュークは防戦一方で、守りから攻撃に転じようとすると、見事なステップで、簡単にかわされてしまう。デュークの動きが鈍くなってきた。男の大振りのパンチも当たってしまう状況だ。強烈な右フックを食らったデュークが、床に倒れた。デュークが蹴りを食らわせた時と、完全に立場が入れ替わってしまった。


「がんばってください!!」マツケンが声を掛ける。「あれ?どこかで見た顔だと思ったら、マツケンじゃん。」デュークはやっとマツケンに気が付いた。「お前も、バスジャックに遭ったり、こんな風に人質にされたり、忙しいな。」デュークはニヤニヤしている。「そんなこと良いから、早くこの男やっつけてよ。」「ああ、そのつもりだよ。簡単に勝っちゃうと面白くないからね。」デュークはゆっくりと立ち上がった。しかし、何とか立ち上がった感じで、フラフラとしている。


「そんなにフラフラしていて俺に勝てるつもりか?」男は、余裕しゃくしゃくの表情で、軽いステップを踏んでいる。「これが、ボクシングの試合なら、アンタの勝ちだろう。でもな、此処はリングの上じゃねえよ。」デュークは無謀にも男の方へゆっくり歩み寄る。完全に男のパンチの射程距離内だ。


 しかし、次の瞬間、軽やかなステップを踏んでいた男が、膝から崩れ落ちた。いつの間にか男の後ろに来ていたツカサが、男の膝裏に蹴りを入れたのだ。所謂「ヒザカックン」状態で、男が大勢を崩す。その瞬間を待っていたデュークは、自らも膝をいったん折り、蛙飛びの要領で、全身のバネを使って男の顎めがけてパンチを放った。パンチは、アッパーカットではなく、ストレートだった。まさに漫画「がんばれ元気」の主人公「堀口元気」の必殺パンチ「アッパーストレート」そのものだった。


 想像を絶するカウンターパンチを食らった男の体は一瞬宙に舞い、床にドスンと落ち、全く動かなくなった。気を失ったようだ。恐らく、脳震盪も起こしているだろう。ツカサとデュークの見事な連係プレーで、男を倒した。


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