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マスク警察(5)

<16>

 数日後、ほぼ見た目が中村雅俊の村中署長に、呼び出しを受けたデュークとツカサは、署長室にいた。


「先日容疑者から押収した薬品、≪ビーナス・サイマティクス≫通称≪ビーチク≫だが、成分に、覚せい剤の一種が確認された。以前、ネット上で売買されていたようだが、現在そのECサイトにアクセス不可能の状態が続いている。ある程度の数の≪ビーチク≫が確保できると、短期間に一気に売って、すぐにサイトを閉鎖するらしい。」


「≪ビーチク≫製造元の≪パイザー製薬≫については、何か分かりましたか。」デュークが質問する。

「≪パイザー製薬≫という名の薬品製造の会社は、この国には存在しない。販売の際の偽社名と思われるが、製造しているのが、国内か国外かも現段階では分からない。」

 

ツカサが口を開く。

「その≪ビーチク≫が、以前我々が解決した、コンビニ籠城事件と、バスジャック事件の犯人も服用していた可能性があるわけですね。」

「ああ。容疑者のマスク外しや、異常言動、行動が、≪ビーチク≫服用後に見られる作用のそれと酷似していることを踏まえれば、可能性は高いだろう。」


「短期間に一気に売りさばく≪ビーチク≫の販売方法を鑑みても、事件が同時期に起こったことも、その可能性が増す材料になるというものだ。」デュークも、異常犯による犯行の裏に≪ビーチク≫アリと、踏んでいるようだ。


「この≪ビーチク≫の製造元、販売元は、現在捜査中だが、この件に関しては、マスク警察だけでどうにかできるヤマでないのは明らかだ。警察組織全体で長いスパンを使って慎重に捜査を進める方針だ。二人ともこの件に関しては、慎重に捜査を進めるように。大きな組織が暗躍している可能性もある。」

「分かりました。また≪ビーチク≫」ついて何か分かりましたら、我々にも連携願います。」

「わかった。」



<17>

 澄み渡る青空の下、緊急事態宣言解除後の日曜日、久しぶりの大規模なイベントが、此処、≪アスカ海浜公園≫内で、行われる。


 ≪アスカ海浜公園≫は、もともと海だった場所を埋めたてによってできた、広大な海浜エリアの一角にある公園だ。普段は普通の公園として使われるが、大きなステージが設けられており、コンサートやイベントが行られることもある場所である。ステージに立って客席側を見ると、左右から海側に、せり出したエリアに高層ビル群が立ち並び、正面には観客の向こうに広大な海が見渡せるという、人工物と自然の融合が生み出す素晴らしいシチュエーションが魅力なイベントスペースとなっている。

 

 2名に絞られた、総裁選だったが、結局マスク未着用推進派の若手議員、本橋氏が内閣総理大臣に任命されることになった。彼の任命式典が、≪アスカ海浜公園≫で、行われる事となったのである。しかも、5000人を集め、参加者は全員マスク未着用、海外へのアピールも含め開催される。


 デュークとツカサも、警備の人員として、≪アスカ公園≫の内閣総理大臣決起会会場に居た。広大な敷地のため、今日は大勢の警察官が派遣されて各所に配備されている。マスク警察は、主にテロ対策の対応として派遣されていたため、観客席に近い場所に配属されていた。


「ツカサ、不審な人物や不審物を見つけたら、すぐに連携しろ。イベントはあと30分程でスタートするはずだ。」

「了解。でも先輩、こんなに大勢の人たちがマスクをしないで集まっている事自体が、私にとって、テロのような脅威を感じていますが。」

「確かに。だが、今日集まった人たちは、ワクチン接種を3回以上のブースターまで受けた人限定で、全員受付での簡易検査も、行っての入場だ。そんなに恐れることもないだろう。それより私が気になるのは、テロではなく、総理大臣が狙われるシチュエーションだ。」

「それについては、左右の高層ビルに対策チームが派遣されているようです。」

「そうか・・・。」デュークは左右にそびえる高層ビルを見比べた後、その中央に見える水平線を見つめた。水面がキラキラと、どこまでも輝いている。そういえば、もう何年も海で泳いでいないなあと、一瞬リゾート気分が勝って勤務中という事を忘れそうになる。しかし次の瞬間、彼の表情が曇った。


「先輩、何か気になりますか?」

「いや。ちょっとな。考え過ぎかもしれないが。・・・ツカサ悪い、この場所はお前に任せた。」

「あ、先輩どこへ?」

「後で、連絡する。ここは任せたぞ。」そう言って、デュークは本来の現場を離れてしまった。

あと20分でセレモニーは始まる。



<18>

「・・・そろそろか。」男は、バナナを頬張っていた。「今日のバナナは、少し熟し過ぎていたな。」そう言って少し黒ずんだバナナの皮を海に投げ捨てた。アスカ海浜公園の数百メートル沖に、男は、水上ボートに跨り、波間を漂っていた。アルフィーの桜井がしているような濃い色のレンズが入ったサングラスに、アルフィーの桜井が生やしているような口髭、アルフィーの桜井が着ているようなスーツ姿で見た目ほぼアルフィー桜井の彼が此処に居る理由。それは警備の為ではない。ましてや「メリーアン」を歌うためでもない。更に言うと坂崎&高見沢と待ち合わせをしているわけでもない。

 それは彼の手にマイクではなく、ライフルが握られていたからだ。彼が漂う洋上からステージは一直線上に確認できた。


 会場に厳かな曲が大音量で流れてきた。もうすぐ新たな総理大臣の本橋氏がステージ上に姿を見せるはずだ。ステージ付近では、何時間も前から陣取っていた、各TV局取材陣、新聞社の記者たちも、各々がカメラやマイクを構え、その時を待っていた。

 

 洋上の男は、ライフルをステージ中央に向かって銃口を向け、スコープを覗き込んだ。その瞬間、彼は思いがけず、後ろから声を掛けられた。

「アルフィーの桜井さん、じゃないですよねぇ。ベース持ってないしぃ。」デュークだった。彼と同じく、水上バイクに乗って同じく波間を漂っている。アルフィー桜井偽物の十数メートル後ろに迫っていた。

「ここから狙えるなんて、貴方、見事な腕をお持ちのようだ。」

 

 数十分前、デュークはステージ上から考えた。もし、自分がステージ上の総理大臣を狙撃するとしたら・・・。付近の高層ビルには、警察官が控えている。ステージを囲む記者に紛れるか。いや、撃った後に逃げられない。逃走経路まで考えたら、海上が有利だろう。この辺りは港が近く、大小の船が常に行き来している。そんな船に隠れながら逃走するほうが陸を逃げるよりも有利ではないか・・・。そんなことを考えながら数百メートル沖に何気なくに目を向けた瞬間に、水面の輝きとは別の光るものが見えた気がして、水上ボートで海上へ向かっていたのだ。


 声を掛けられた桜井は、ゆっくりと振り返り、デュークを見た。桜井の口元が笑っているように見えた。次の瞬間、桜井は持っていたライフルをデュークに向かって投げつけた。ライフルは、デュークが乗っていた水上バイクに当たり、水中へと落ちていった。デュークが顔を上げると、桜井の水上バイクにはエンジンがかかっており、急角度で、方向を変えながら、ステージから見て左岸方面に水しぶきを上げながらジェット噴流で滑走を開始した。


「行かすかっ!!」デュークも自分の水上バイクを急発進させ、桜井を追う。桜井は、わざとジグザグに滑走し、波を発生させ、デュークの追走を妨げる。デュークもその波を切り裂きながら桜井の水上バイクに肉薄していく。

 

 ブオオオオッッッ!!!!


 2台の水上バイクが今にも追突事故を起こしそうなくらいに接近し、岸壁へと進む。まるで、チキンレースのように2台の水上バンクが、岸壁へと猛スピードで向かっていく。あと数秒で岸壁に激突しそうなタイミングで桜井の水上バイクが急激に、その向きを変え、狭い水路へと入っていった。デュークもそれを追い水路へと侵入する。

 

 ブオオオオオオッッッッンっ!!!!

 

 水路の幅は、水上バイク1台分のため、2台は1列に並んで水路を突き進む。水上バイクが滑走するとき、後ろに向かって海水を勢いよく吹き上げるため、デュークは拭き上げられた水で前方がよく見えない。それでもスピードを落とさず追従していく。


 桜井は前方に天井の低いトンネルを、その目に捉えていた。桜井はスピードを更に上げ、水飛沫を大量に吹き上げながら滑走し、トンネルに侵入するぎりぎりのタイミングで、身を屈めた。驚いたのは、デュークだ。桜井が身を屈めた次の瞬間に自分の眼前にトンネルが迫っていた。ここから桜井と同じように前方に頭を下げる形で侵入しようとすれば、おそらく間に合わず、自分の頭部がトンネルに激突してしまうだろう。瞬時に彼は、ボクサーのスウェイバックのように、頭を後方に倒し、トンネルに侵入した。美容院で頭を洗ってもらう時の姿勢で、デュークは用水路のトンネルを進んでいく。ただこのお姿勢だと前方が全く見えず、彼は祈った。このトンネルがまっすぐで、短い事を。

 デュークの願いは叶った。トンネルは数メートルで終わり、すぐに元の水路の形状に戻った。


 2台の水上バイクが、1列に並び、尚も水路を疾走し続ける。会場ではセレモニーは既に始っているころだろう。新総理大臣の暗殺は阻止できたが、何とか犯人を捕まえたい。桜井は水路の分岐で右を選び、進んでいく。更に数百メートル進むと、海に流れ込む出口が見えた。

 

 2台の水上バイクが、水路を出て、海上に戻った。その瞬間、デュークは桜井の水上バイクの横に再び並んだ。お互いに無言で相手を見つめながら、数百メートルその状態のまま海上を高速で滑走していく。桜井の口元が緩んだ気がした。デュークが進行方向を見やると、大型の漁船がすぐそこまで迫っていた。デュークは咄嗟に、漁船の右側に避けた。

「しまった。」桜井の水上バイクは左側に避け、こちらから全く見えなくなってしまったのだ。スピードを上げ、漁船の横っ腹を素早く通り過ぎたデュークは、桜井が現れるであろう左側を確認したが、既に彼と水上バイクの姿はなく、穏やかな波だけが見えた。



〈19〉

「本橋総理大臣を狙うという事は、マスク着用推進派の犯行でしょうか。」

 

 会場に戻ると、セレモニーは既に終わり、ツカサがデュークの帰りを待っていた。署に戻るパトカーで、ツカサと2人きりになったところで、デュークが、海上でスナイパーに遭った事と、取り逃がしたことを伝えた。「ツカサ。この件は口外しないで欲しい。村中所長にも。」

「どうしてですか。」ツカサが不思議そうな顔で答える。

「私が考えるに、この件は、少なからず、警察関係者が関与している。」

「まさか…。どうしてそう思うんですか。」

「海上に行ってみた時、違和感を感じた。あんな重要なセレモニーが開催されるというのに、通常の漁船等の往来が全く規制されていなかった。高速道路や周辺道路は厳しい規制を敷いていたのに。また、あれだけの警察官が集められたのに、海上を見回る人員が皆無だった。」

「ミカサ。今回の警備計画を作った責任者を調べてくれ。」

「分かりました。」


 海上に居たあの暗殺者。髭はたぶんフェイクだろう。ただ、あの笑顔に見覚えがあると感じていたデュークだった。


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