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マスク警察(1)

〈1〉

 高層ビルの屋上部。ここが、今日の私の職場である。風も穏やかで、絶好のスナイパー日和だ。


 私は、上高林健二(かみたかばやしけんじ)。仲間からは、「デューク」と呼ばれている。(私が呼ばせている。)私が所属するのは「マスク警察」の「第二狙撃班」である。世界に蔓延する驚異的なウィルスから市民を守るマスク。「マスク警察」は、その大切なマスクをきちんと装着できていない輩を取り締まる国家機関である。マスクをきちんと装着できていれば守れた尊い命が、日々、失われていく。そんな悲劇を繰り返さないために我々「マスク警察」は、日々命を懸けて活動しているのだ。


 向かいの大きなビルの会議室。中では月曜日恒例の営業会議が9:00から行われる。問題は、営業部長「下野々村隼人」の会議終了間際恒例のスピーチだ。彼のスピーチは熱く長いのが特徴だが、途中でテンションが上がってくると、あろうことかマスクを下げ、露わになった口から大量のつばを放出させながら、皆の前で大声で檄を飛ばすというのだ。


「なんという事だ。クラスターが、いつ起きてもおかしくない状態じゃないか。」


 リーク元は、彼の部下らしい。毎週のことで困っているが、下野々村部長にマスクのことを進言できる者がおらず、困っているらしい。マスク警察ホームページの投稿フォームから「星空のニャンコブー」のアカウント名で数日前に投稿されてきた。


「ニャンコブーの情報が正しければ、そろそろ下野々村のスピーチが始まるはずだ・・・・・・。」


 その時、グレーのスーツに身を固めたリーゼント頭の大柄な男が、皆の前に立つのが見えた。


 黒いウレタン製のマスクを装着させた彼は、皆の前で大きな身振り手振りをしながら話を始めた。この時、デュークは確信した。黒いウレタンマスクの男性が、顎マスクをする確率は、マクロミル調べで、78.6%である。≪顎マスクとは、「マスクを顎までズリ下げ、口を露にする軽犯罪」である。≫


「ヤツが下野々村だ。そして奴は必ず・・・やる。」

 

 デュークは、スーツケースから、スナイパーライフルを取り出し、三脚に固定させ、下野々村に照準を合わせた。ここまでの動きを彼は数秒で完了させた。彼は本物のプロなのだ。日々の訓練をおろそかにしないストイックさは、マスク警察内でも、秀逸の人材である。


 この異常なまでのストイックさは、彼のこれまでの人生で培われてきたものである。そしてマスクを正しく装着出来ないものへの厳しさも人一倍である。これは彼のマスクに纏わる過去の壮絶な経験に起因するものである。彼が昔飼っていた愛犬に、誰かがイタズラして、マスクをはめた。その姿がなんだか可愛くて、デュークはキュンキュンしてしまったという・・・。


 下野々村が話し始めて10分ほど過ぎたころ、彼の手が、マスクの顎の部分にゆっくりと近づき、指先がマスクの端をつまんだ。いつ彼が、卑劣な顎マスクのフォーメーションに入ってもおかしくない状況だ。デュークの右手人差し指は、すでにライフルのトリガーに掛かっている。膠着状態が3分ほど続いた後、下野々村の指先がマスクから離れた。

 

 今日は顎マスクに移行しない日かもしれない。そんな想いがデュークの頭をよぎった次の瞬間、おもむろに下野々村の右手がマスクを彼の顎の部分までズリ下げ、顎マスクのフォーメーションへ突然移行した。彼の口元は露になり、ニャンコブーの情報通りの展開となった。

 

 デュークの流儀で、顎マスクは3秒間以内ならセーフだ。3秒を0.1秒でも過ぎた時点で、彼のライフルが火を噴くことになる。デュークはゆっくりとカウントダウンをし、そして3秒が経った。

 風の向き、強さ、窓ガラスの強度、銃弾の入射角度、今日のランチのメニューとアド街で取り扱って欲しいエリアを瞬時に頭の中で計算し、トリガーを引いた。


 小さな破裂音と共に、放たれた弾丸が窓ガラスに穴を開け、下野々村隼人の頭部へと一直線に飛んでいく。次の瞬間、彼の自慢のリーゼントは一瞬にしてウルトラマンに出てくるバルタン星人の頭の形になった。フォッフォッフォ・・・。

 会議室は騒然とし、部下たちが、下野々村に口々に何か言っているようだ。恐らく、顎マスクの事を注意しているのだろう。私の仕事はここまでだ。顎マスクで命まで奪うつもりはない。来週の会議から、彼が顎マスクをしなければ、「星空のにゃんこぶー」の会社にウィルスのクラスターが発生する危険性は、減少するだろう。このような細かい活動により、社会を守るのが我々「マスク警察の」使命である。


 その時、若い女性捜査員が、屋上に上がってきた。


「上高林先輩。作戦決行時は私も呼んでいただかないと困ります。」

「ツカサ、俺のことはデュークと呼べと言ったろ?」

「デューク先輩。論点がズレています。私は先輩のバディなんですから、作戦時は協力させてください。」

「分かったよ。今度は呼ぶから、機嫌直せよ。ツカサ。」


 彼女は、私のバディ「ツカサ直美子(なおみこ)」。東京出身の父と埼玉出身の母から生まれたハーフだ。


「先輩、私はハーフではありません。埼玉は日本です。」


 親子ほど年の離れたこの子に助けられたくないという思いと、経験だけでは埋められない、私の老いのスピードに反比例し、彼女の能力が開花していることを認めたくない、みっともない思いが入り混じり、現場に彼女を連れず単独行動をとる事が多くなっている


「GPSで、私の居場所が検知できてるなら、勝手に付いてくればいい。」

「・・・そうさせて頂きます。」

 

 彼女は小柄だが、運動能力は高く、高校時代は、オリンピック候補生にまで上り詰めたアスリートだ。頭脳も明晰で、正義感も強い。これから経験を積めば、優秀な「マスク警察」になれるだろう。そのために彼女にノウハウを教え込まなければならない立場なのだが、彼女をライバル視している自分が邪魔をしているのだ。特にルックスは、最近映画にちょくちょく出ている若手女優に似た端正な顔立ちで、私はこの部分では太刀打ちできない。整形しても、私は女優顔にはなれない。鏡を見つめ、ため息だ。


「デューク先輩の顔が、どうやったら女優になるんですか。【がんもどき】みたいな顔して。」

「・・・お前、どうして俺の心が読めるんだ?超能力者か?」

「さっきから先輩の心の声が、実際に口から出ています。」

「嘘だろ?・・・っていうか、【がんもどき】って、顔ないだろ・・・。」


その時、事件を知らせる無線が入った。



<2>

『本部から、デューク班、応答せよ。』

「こちら、デューク班。どうした。」

『今、NHビルの屋上に居るな。そこの1階コンビニで、強盗が人質を取って籠城しているようだ。怪我人も出ている。至急現場に向かってくれ。』

「おいおい、俺たちは「マスク警察」だぜ。どうして強盗に対応しなくちゃいけない。専門の部隊が居るだろう。」

『緊急を要する案件だ。君たちのチームが現場に一番近い。』

「そうかもしれないが…。」

 

 ツカサに目を移すと、警察支給のタブレットで何やら調べているようだ。


『デューク、よく聞け。容疑者はマスクを着けていない。』

「なんだって!!??それを早く言え。そいつは、単独犯か?」

「まだ詳細は掴めていないが、そのはずだ。」

「分かった。これからツカサと現場へ向かう。」

『頼んだぞ。』


「デューク先輩。コンビニへの侵入は、ビル裏側の従業員用入り口と、正面ガラス張りの自動ドアです。」

 今の会話の間に、既にツカサは、1階コンビニへの、侵入経路を調べてあげていた。

「それと、防犯カメラの映像を見ると、女性のお客様の容態が心配です。」

「床に倒れているな。あ、妊婦か?」

「そのようです。」

「ツカサ、すぐに現場へ向かうぞ!!お前は、エレベーターで行け。現場での指示は私が出す。」

「了解。デューク先輩は、どちらのルートから??」

「それは、・・・下で待っていろ。」


 1階のコンビニでは、男性店員1名と、女性定員1名がレジの裏に並んで立たされていた。客は、男性1名と、女性2名。男性の客は、容疑者に足を撃たれて、床に倒れている。倒れている場所が、自動ドアに近いため、ドアが開いたり閉じたりを繰り返している。ドアから外へ逃げようとして、犯人に後ろから撃たれた。レジ前に妊婦の女性が床に座り、傍らにいる少女が、声を上げて泣いている。少女は妊婦の女性の子だ。


「オイオイオーイ。どうしてこの店には、カリカリ君のイチジク味がないのかな~??」

「そ、それは、期間限定品ですので、在庫が、もう、」

「そういうツマンナイ答えじゃダメダメ~!!この銃が火を噴いちゃうよ~。」

強盗は、20代前半の男だ。男性店員の額に銃を突き付けへらへら笑って居る。薬物を服用しているかもしれない。非常に危険な状態だ。強盗は、フラフラしながら雑誌のコーナーへ向かった。

「あとさ~、「少年ジャンプ」は、分かるけど、「少年マガジン」ってなに。もう少しネーミング考えたら~??マガジンって雑誌のことでしょ?マガジンって~。そのまんまじゃ~ん。ひねらないとぉ~。ひねってひねってぇ~。」


「こちらツカサ。従業員用の裏口ドアが空いていたので、侵入できました。レジの後ろからホシを確認できます。雑誌コーナーに居ます。」

「ツカサ。指示するまで動くな。正面の自動ドアを確認できるか。」

「はい。開いたり閉じたりを繰り返しています。」

「よし、ドアが開くタイミングを教えてくれ。」

「はい。・・・今、開きました。・・・閉じました。・・・開きました。・・・閉じ・・」


バババリーンッ!!!!!!!!!!!!!


 コンビニの自動ドアが閉まる瞬間、何かがガラスを突き破って飛び込んできた。デュークだ。足にロープを繋いで頭から飛び込んできた。ロープの端は、3階フロアの手すりに結ばれており、振り子の原理で、飛び込んできた。振り子に大きく振られながらも、体を90度ひねった形で両手に構えたハンドガンは、強盗をしっかり捉えている。


 パンッ!!パンッ!!パンッ!!パンッ!!・・・


 2丁拳銃から放たれた銃弾がけたたましい乾いた発砲音と共に、強盗をあっという間にハチの巣状にした。更に背後のドリンクコーナーのガラス板を粉々に破壊し、ガラス片が飛び散った。強盗は体中の血液を放出させながら、糸の切れた操り人形のように、その場にぐにゃりと倒れた。デュークは、一瞬にして状況を打開した。


「ツカサ~。下ろしてくれ~。」

「先輩は、しばらくそのままにしててください。」

「やだよ~。これじゃミノムシだよ~。あ、あと救急車も。」

「もう、呼びましたよ。妊婦の女性が先ね。」

「分かってるよ。だけどな。お前がドアの開くタイミングをもうちょっと上手く伝えてくれたら、俺はスムーズに登場できたんだからなっ。こんなに全身血だらけになることも無くっ。」

「先輩の登場が、独特過ぎるんですっ。」


 その頃、白いバンが、ビルの駐車場から静かに走り去ったが、それに気付く者は居なかった。

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