白馬に乗った最強の姫様は二番目に強い男を婿に迎えたい
この世界の男の子が一度は憧れるもの。それは白馬に乗ったお姫様に、王子様抱っこされることである。
物憂げな表情を浮かべながら、穏やかな海岸線で潮風に当たりながら、果てまで広がる広大な水平線を眺める一人の女が居た。
「姫様……アテナ姫! どうされたのです? 海を眺められて」
浜辺に佇む一人の女。
「いえ……なんでもないわ。ただ……海を見て心を落ち着かせていただけよ」
「姫様……」
「大丈夫だって」
肩口まで伸びた銀髪は一つにまとめて結い、その瞳は気高さと優しさを宿している。
全身を白銀と紋章が刻まれた甲冑とマント。そしてその腰元には神々しい存在感を放つ聖剣を携えている。
「それで、最近港町に現れていると言われている賊たちについてだけれど……」
「はい、そちらは先ほど『シュラ』が調査に行かれました」
「ええ……って、一人でなの!? いえ、シュラならば男とはいえ一人でも大丈夫とは思うけれど……まったく、行くのなら私にも声をかけてくれればいいのに……」
「姫様は今回のモンスター討伐遠征で非常にお疲れだと言われていたので……」
「ふぅ、……無用な気遣いを……」
部下の報告を聞いて溜息をつく、アテナ。
すると、目の前の部下はまだ話が終わっていないのか、どこか言いにくそうな表情を浮かべながら、
「はい……あ、あと、姫様」
「なーに?」
「女帝様から手紙を―――」
「必要ないわ」
しかし、アテナは直ぐに遮った。
「大方、見合いの話でしょう。母様も私が未だにヴァージンなのをご立腹のようね」
「姫様……」
「だけれど、私はそんなものは必要ないの。心から愛する男……惚れた男と出会ったら、その男性を抱こうと思うの」
天使のような微笑みでウインクするアテナに、部下の女は苦笑した。
「あ~、そうですか……姫様が海を眺めて何を悩まれているのかと思いましたが……そういうことですか」
「……ええ。母様はすぐに結婚しろ……気に入った男はいないか……帰ったら真剣に話をと、しつこいのよ……そして、もうすぐ帰らなくちゃいけないと思うと……」
「そうでしたか。でも、女帝様の仰ることも……」
「分かっているわ。だから、憂鬱なの……私には……」
そう言って、空を見上げるアテナ。
その表情を見て、部下の女はピンときた。
それは、アテナの表情が「結婚とかまだ何も考えていないから悩んでいる」ではなく、「もう答えが出ている、だけど……」という表情だと。
それを確かめる意味も込めて……
「今どき、姫様ぐらいじゃないですか? 婚姻を交わせる年齢に達しても未だにヴァージンな方は。大体、姫様の好みの男ってどういうのですか? ほら、普通は守ってあげたくなるような可愛い男の子とか、清楚な男の子とかあるじゃないですか? 身長も自分の胸元ぐらいまでの小ささとか、お尻がかわいいとか、アソコが~とか……」
「ん? そ、そうね……い、いえ、私は守ってあげたいというより……その、ちょっと感情表現が苦手でも心は熱く優しさを持ち、お、男だからって女に守られるのが当たり前とか思わず、その、力もあって努力家で……背だって別にそこまで小さくなくても私と同じぐらいでも……って、お、お尻?! あ、あそ、あそこ?!」
年頃の若者らしく、少し照れながら好みの男のタイプについてタドタドしくも話し出すアテナであったが、それを見て部下の女は察した。
「はいはい、姫様は『シュラ』を婿にしたいということですね~」
「うぐっ!?」
「バレバレですよ~、ま、恋愛に興味のない男騎士の彼はなかなか難しいですけどね」
からかわれ、しかしそれを否定できないのでアテナは顔を赤くして頭を押さえた。
そして、それを誤魔化すように、そそくさと歩き出した。
「私はとにかく元気なのよ! 男に気を使われたら姫勇者の名が泣くわ! というわけで、私はシュラを探してくるから! たかが賊が相手だし、あなたは来なくていいわ!」
「はいはい、デートを楽しんでくださいね~」
「う、うるさいわよッ!」
慌てて愛馬に跨って駆けだす姫。
一歩外に出れば、老若男女問わずに誰もが振り返る美貌と、次の瞬間には誰もが頭を下げて跪く天上の存在。
戦えば、人類最強の姫勇者とまで崇められる武威を誇る彼女は、一人のウブな女として恋をしていた。
世界最大最強国家と謳われるメスジョーイ帝国では長きに渡る戦乱により、情勢は不安定であった。
「ふふ、綺麗に咲いている。この白いユリの花……彼女も喜んでくれるかな?」
帝国領土の大森林を抜けた先に広がる野原には、数多の花々が美しく咲き誇り、可憐に微笑む「青年」が花を愛でていた。
穢れを知らぬその白く細い手足。
しかし、その指先が花に触れようとした、その時だった。
「へっへ……おうおう、お兄さん、こ~んなところに一人でなにやってんの~?」
「げへへへへ、へ~、けっこう可愛いじゃん」
突如、美しい花畑の花を踏み潰し、空間を汚すような下衆な笑みと腐臭を漂わせる集団が現れた。
全身をボロボロの布キレや、安い銅製の鎧などで胸や股間だけを覆い、その手には錆付いた剣や槍を持っている。
年齢は青年と同じぐらいのもいれば、一回りは離れていそうなものも居る。
野生的な風貌で現れたその者たちは、全員が「女」であった。
「ひっ!? ま、まさか……野盗?」
賊の類。どう見ても、カタギではないその女たちに、男はか弱い表情を歪めて、恐怖に染まった。
その表情に、野盗の女たちは誰もが涎を垂らして、いやらしい笑みを浮かべた。
「けけけ、せ~か~い。で? おにーさん、ダメじゃんこんな所に一人で居たら」
「そうそう。あたしらみたいなスッケベな女たちに犯されても文句言えないんだぜ?」
次の瞬間、悲鳴を上げて青年は逃げ出そうとするも、女野盗たちは一斉に飛び掛って青年を押し倒した。
「い、いやだ! やめてくれ、お願いだ、やめてください!」
必死に泣き叫んでジタバタする青年だが、その行為は余計に女たちを悦ばせるだけ。
「ひっひ、やめるわけねーじゃん、あたいらが」
「そうそう、いっぱい可愛がってやるからな~。黙ってお股を出しましょうね~」
青年の衣服を乱暴に引き千切る女たち。
女たちもまた、同時に己の下腹部を覆う下着や鎧を剥ぎ取って準備に取り掛かる。
「ひ、な、なにを!?」
「決まってんじゃん。あたしらを孕まさせてやるんだよ~。ひっさびさの男だからよ~」
今から自分は何をされるか?
青年は顔を青ざめさせ、すぐに絶叫して泣き叫んだ。
「い、いやだ、やめてくれ! 御願いします、た、助けて! まだ……ぼ、僕はまだ童貞なんです! 僕には……僕には婚約者が居るんです! 清い体のまま、彼女と結婚したいのです!」
未だ経験が無いことを泣き叫びながら口にした青年だが、それもまた逆効果であった。
その発言に女たちはニヤニヤと口元を緩め……
「へへへ、そりゃー可愛そうにな~。あたいらみたいなスッケベに見つからなきゃ~、結婚まで童貞守れたの・に・なっ! 興奮してきた、ぜってー孕んでやるからな~」
「ひぐっ、い、いやだあああああああああああああああああ! 僕を穢さないで! や、やめて、お、お婿に行けなくなる……いやだー!」
「ふっ、男の力なんかでどうにかできると思うなよな~」
女に対して全世界で3割しかいないか弱き男たちは、幼いころに抱いた白馬のお姫様と結婚するなどという夢とは程遠い現実に襲われていた。
か弱き男たちが歪んだ女たちの性の対象として見られることは、今の世では珍しくない。
女が力を持ち、男は弱いもの。
女が外で働き、男は家を守る。
女が尊ばれ、男に一切の権限が与えられない。
王族であれ、貴族であれ、全ての権限は女に与えられる。
そんな世において、ただでさえ数の少ない男が、女に攫われてその身を穢されるのも日常茶飯事であった。
「消え失せろ……ゲスな女たちよ」
「ッッ!?」
だが、そんな世で……
「あ……あなたは!?」
「もう大丈夫だ。安心しろ。君は急いで逃げるんだ。ここは自分にまかせて、速く!」
「は、はい!」
二つの希望があった。
「ふべっ!? っ、誰……ッ!? て、テメエは!」
一つ目の希望。それは、男たちの希望と呼ばれた、男の英雄。
「男のくせに長身であり……細身でありながらも鍛え上げられた肉体……氷のように冷たい瞳と、その黒髪!」
「て、テメエは、あの姫勇者の片腕……シュラ!」
「な、なんだと!? あの人類最強の姫勇者の次に強いと言われている……」
普段自分たちが蹂躙してきた男たちの中でも別格の強さを持つ者がいた。
「へへ、想像以上にいい男じゃねえかよ……そのクールなツラを、是非グチョグチョになるまで犯してやりてーぜ」
「下賤な者どもめ……お前たちの頭の中はそれだけか……男を集団で穢そうとするなど……それでも女か? 恥を知れ」
「うるせー! お前ら、やっちまえぇ!」
本来男が入ることが許されない、帝国の騎士団に男で唯一入団が許可され、更に数々の功績を上げたことで、人類最強の姫勇者の側近にまで上り詰めた男。
「帝国に蔓延るクズどもめ。我が剣にて成敗してくれよう」
力強く、速く、そして洗練された極められた剣の流れ。
それは醜悪な賊の女たちですら見惚れてしまうほどの美しさ。
男が女に勝てない世の中において、唯一の例外。
恵まれた才能に驕ることなく、気の遠くなるような努力を積み重ねて得た力である。
「だ、だめだ、こいつ! 強すぎる……くそ、男のくせに!」
「くそぉ……ええい、撤退だぁ! 全員逃げろぉお!」
「おう、捕まってたまるかよぉ!」
一方で、誇りなき賊たちは、たとえ相手が男であろうと旗色悪くなれば逃げだす。
人の命や男の尊厳を軽んじる一方で、自分たちの命だけは何よりも惜しい。
「逃がすものか……ん?」
しかし、それを見逃すシュラではない。
その背を追って一人残らず成敗しようと駆けだした……その時だった。
「我が光の爆剣に刻まれて塵となれ!」
「「「「うわぁあああああああ!!??」」」
「つッッ!?」
逃げ出した賊たちが一斉に巨大な爆発音とともに空高く吹っ飛ばされたのだ。
その巨大な爆裂は、シュラすらも巻き込むほどの……
「今、来たわ! シュラ! ピンチではないかしら? 私が来たからには、もう大丈……って、シュラぁぁぁぁあ!?」
立ち込める土煙の中に現れた、白馬に乗ったお姫様。
ピンチの男を救うために颯爽と現れたというシチュエーションのつもりが、その剣の威力で想い人まで巻き込んでしまう。
慌てて馬を走らせ、落下位置に辿り着いたアテナは、宙から落ちてくる自分と同じぐらいの身長のシュラを衝撃に負けずに力強く抱き留めた。
「……ど、どうかしら? だ、大丈夫? シュラ」
「……姫様……」
男なら誰もが憧れる王子様抱っこ。
アテナもここでキメてシュラの気持ちを自分に向けようとしたのだが、その表情はバツが悪そうであった。
そして、シュラは色々と思ったことはあったが、とりあえずため息を吐いて……
「姫様、いつも言っているでしょう。自分はか弱い男とは違います。それに、王子様抱っこなどされても絵になりません。さぁ、下ろしてください」
「そ、そんなことは……」
「だいたい、自分に何かあるよりも、姫様の身に何かあることの方が国にとって、そして人類にとっても一大事なのです。こんな所までお一人でくるなど……」
「うぅ……ごめん……なさいね。ただ、その、あなたの力を信用していないわけではないけれど……やはり、あなたも男だから……」
「自分を男扱いしないでいただきたい。それは、自分への侮辱ですよ?」
「あ、あう、そ、それは……」
「まったく……自分のように可愛げのない男は剣さえあればよいのです」
普段クールで感情表現が乏しいシュラだが、この時だけはとても寂しそうに切ない笑みを浮かべた。
その笑みがアテナの心を揺るがし、そして不謹慎ながらも抱きしめたいとすら思った。
だが、そんなか弱い男扱いすることを望まないシュラは、アテナにそれを許さない。
しかし、何かを言わねばならぬと感じたアテナはしどろもどろになりながらも……
「わ、私は……あ、あなたの、あなたの男の子らしい可愛いところも知っているわ!」
「ひ、姫様?」
「そ、その、ほら……隊の規律であなたも湯浴みは皆と一緒になるけど、その、き、着替える時、少し恥ずかしそうにしているところや……森で出くわした小動物の頭を笑顔で撫でてあげたり……野原に咲く花を愛おしそうに眺めたり、あ、あと、あなたが部屋でぬいぐるみを抱きしめているのも見たことがあるわ!」
「なっ、なぜ、それをっ、いやっ……ひ、姫様、忘れてください」
「忘れないわ! いいじゃない! あなたはどれほど強かろうと、まぎれもなく男! 男の子らしい一面があって何が悪いの? それは、決してあなたの誇りを乏しめるものではない! 何度でも言うわ! あなたはかわいい一面も持っているわ」
「っ、ご、御冗談を……」
そのとき、いつもクールで、笑うことがあっても微かにしか笑わないシュラが、顔を真っ赤にしてアテナの腕の中で小さく丸まった。
その姿、いつも凛々しく強く気高い男騎士である彼からはかけ離れた姿であり、そのギャップがさらにアテナの理性を決壊させた。
「っ、ゃ、シュラ!」
「は、はい……」
「わ、私の男になってもらいたいの……あ、あなたに……」
「……ッ!?」
勢いに任せて言ってしまったアテナ。
しかし、後悔はないと顔を赤らめながらも真剣にシュラを見つめ、王子様抱っこしているその手に更に力を入れた。
「姫様……御冗談を……自分のような可愛くもない、男らしさもない男に、白馬に乗ったお姫様が迎えに来てくれるなどというおとぎ話のようなことはありえません」
「何度も言わせないで。あなたはかわいい! 私が保証するわ。その証明を……今、あなたの唇に……」
「姫様……」
その真剣な眼差しに男を忘れたシュラも自然と惹かれ、やがて二人は……
「……姫様……」
「シュラ……」
「あの……その……」
「ん?」
「先ほどから……自分の股を……鷲掴みにするのは……」
「……ふぇ? ん? はう!? この柔らか固いのは……はうわ!?」
二人の唇が重なるかと思われた次の瞬間、いつものクールな眼差しが更に冷たくなったシュラがアテナを睨んでいた。
それは、王子様抱っこしていたアテナの手が、無意識のうちにシュラの股を触っていたからだ。
「しま、ちが、これはワザとではないわ! ら、ラッキースケベとかいう、その、だ、だから、違うのよ、シュラ! あ、あなたの、た、大切な場所をを握ってしまったのは―――」
「エッチです、姫様……自分にエッチなことはやめていただきたい! 自分は男を捨てた身です。この身はただ帝国の平和のために生涯捧げるものです」
「ま、待ってよぉ!」
それは、過剰なまでに女は女らしさを、男は男らしさを求められる世界において、不器用で頑なな男に恋する白馬に乗ったお姫様の一幕。
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