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努力が自堕落に変わる瞬間

知ってた?

努力って、実はみんなやっていることなんだよ?

皆やっているのに、なんであなただけ特別扱いされると思っていたの?

リーマンショック。

これはもう忘れられかけている。もしかしたらもうテストが終われば忘れられてしまうものなのかもしれない。


リーマン・ブラザーズが作成した、低所得者がローンを組んでほしいものを購入出来るという商品、プランに近い。


低所得者に向けたその商品は、結局の所上手くいかなかった。ただ、それは単なる、いち会社の失敗にとどまらず、短期間だが就職氷河期を超える不況を作り出した。


それは国境を越え、テレビの向こう側にある他人事を越え、偉人達が成し遂げた革命、よく数えたなと思えるほどの死者を出した疫病、核の恐ろしさを刻み込んだ戦争、それらの隣に刻み込まれる出来事となって私を襲った。


殴られたわけではないが、それは私がこれまで受けたどんな暴力よりも酷いものだった。


しかも、数日のタイムラグがあったため、それは余計タチが悪い。


最初は些細な出来事だと誰しもが思っていた。


「おー。なんか凄いことおきたっぽいね。ネタになるかも」


ゲーム企画科の誰かがそう言った。


彼は真新しい初代スマホを見せびらかしてその出来事を楽しんでいる。


そのうち様子が変わってくる。いつの間にか専門学校の部屋から抜け出ていた奴が、部屋に戻って来る。


どうやら講師が1人づつ生徒を呼び出しては何かを伝えているようだ。


その顔はこれまでにない程険しい表情だった。少し怖かった。もう半月後には卒業するタイミングで、何をそんなに怖い顔をする必要があるのだろうか?


そうやって、また1人授業中の部屋から呼び出され、帰ってくると神妙な面持ちをしていた。まるで不治の病を宣告でもされたような表情だ。


そのうち1人が泣き崩れた。ゲーム専門学校で生徒は彩玉混合の能力だが、そいつはグラフィック科でもトップの女性だった。競争率の高いゲームメーカーの就職を勝ち取り、それでもそれを自慢したりしない誠実な人だった。


「なんで…なんで!?」


それ以上は言葉にならない言葉を上げて泣いていた。


身の毛がよだった。特に、普段こういうトラブルには必ず駆けつけて事情を聞き、騒ぎが広がらないようにするはずの講師が、仕方がないと言わんばかりに顔をそむけているのだ。


何が置きているんだ?いや、もうわかっている。多分私も同じだ…でも、もしかしたら…私だけは…小学校三年生に買ってもらったプログラミングの本。あそこからゲームプログラマーになるために今までやってきた11年だ。11年。他の人はどんなに成績が良くても専門学校2年やっただけだ、それ以外にも私は9年も夢を目指して努力してきた。そのはずだ!


そんな言い訳に、現実は興味がなかったようで、それは同様に私に訪れた。


「ちょっと、佐藤君。良いかな、授業中だけど、こっちに来てもらえないかな…」


名前だけ変わって、その日何度も聞いた言葉が私に掛けられた。生きた心地がしないというのはこのことだろう。


私は重病患者のような、今にも倒れそうな足取りでその講師と共に教室を後にした。


・・・


「申し訳ない」


通された個室で私が座る暇もなく、まず講師が頭を下げながら言い放った。


「どうされたんですか?頭を上げて下さい」


わかっている。取り消されたんだろう。完全ではないが、覚悟は出来ている。


講師は頭をゆっくりと上げ、重い口調で喋り始める。


「企業から、君の内定取り消しの連絡が来たんだ。どうにか頼んでみたけど、どうしようもなかった」


「わかりました。では、他の企業を受けたいと思います。努力すれば、まだ何とかなりますよね?」


努力。私の好きな言葉だ。努力は嘘をつかない。やったらやった分だけ、必ず力になり、自分を助けてくれる。これまで、どんなに不利な立場だろうが、それだけで何とか出来た。だから自信があった。


ただ、今回は違っていたようだった。講師が一瞬唇をキツく噛み締めたのが印象的だった。


「すまない。この学校や、知り合いのツテで他の学校の求人も回してもらったんだけど…」


講師が言い淀んだ。私は同時に涙が出てきた。理解できたが、私の10年を超える努力がそれを承認したくない。苦し紛れの言葉が、私の意に関わらず口から出てくる。


「い、いい条件の、求人が、ないん、ですよね?だいじょう、ぶ。大丈夫。それでもわた…」


「1つもなかったんだ」


講師もハラを据えてその言葉を放ったのだと思う。その時私は、涙を何回も袖で拭っており、もう講師の姿も、いつの間にかいた仲の良い専門学校の営業担当も見えてはいなかった。


「申し訳ない。どの学校の求人も、職安もくまなく全部見たけど、ゲーム会社の求人は全部なかった。直接実績のある会社にも電話したんだけど、2,3年は求人は出さない。と返答があった。本当に、申し訳ない!」


講師が頭を机につけ土下座に近い形で謝ってきた。そんなものは見たくない…私はそんな人に謝ってほしくてこんな11年もやってきたのではない…


「わ、わかり、ました」


それしか言葉が出てこない。涙が目から落ちてくるが、まだそれが何かの嘘で、まだ、きっと、手があるはず。これで、終わりじゃない。終わりであっていいはずがない!


「私は、これから、どうなるんですか…」


「済まないが、私達ではどうすることもできない」


「でも、勘違いしないでほしい!佐藤君はこの学校歴代で最高の成績を取った生徒なんだ!プログラミングだけではなく、企画にも興味を持ち、講師達もみんな自信を持って成績に満点を付けている!だから、自信を失わないでほしい!いわゆるカンストなんだ!凄いんだ!君は!」


そんな言葉は入ってこなかった。ただただ、”貧乏で次はない大博打に負けた”という事実だけが残った。


リーマンショックが起こるまでは、逆に会社を選ぶ立場だった私は、たった1つの出来事で選ばれるどころか捨てられてしまった。


・・・


まだ、火は消えていなかった。


確かに次はない。だが、無いなら作れば良い。


別の業種でもいい。とにかく次のために今は耐えるんだ。


そうだ!いつでもやってきた。努力だ!努力をすれば、きっとどこかでチャンスがくるはずだ!


そう言い聞かせて、やってきたのがコンビニのバイト面接だった。


地元でスタートダッシュから躓いてしまったが、それでも努力はきっと状況を好転させてくれる!だから、まずはその一歩をスタートさせる。


「あのねぇ…専門学校行って?就職もせず?バイト?うちさ、雇うなら大卒って決めてんだわ。大学にも行かず、専門学校でぬくぬくしてきたハナッたれを世話する道理は無いんだわ」


大不況でコンビニ店員のバイトも酷い競争率だった。数で具体的には言えないが、カゴ2つが履歴書で埋まっており、3つ目のカゴ半分が履歴書で埋まっている。


私の履歴書も3つ目のカゴに捨て入れられた。店長は話しを続ける。


「どう見てもね。佐藤君?は努力してないようにしか見えないの。なんで専門学校なん?ああ、言わなくていよ。ちょっと愚痴っただけ。まあ、努力してない人に仕事を上げる道理もないから、面接はここまでにしたいんだけど、何か店舗の売上を2倍にするとか提案があるなら聞くよ?ないよね?それができないのは自堕落に生きてきた証拠なの。いい勉強だったね。これからは真人間になれるように努力するのをおすすめするよ」


言いたいだけ行って店長は下がっていってしまった。


店員が奥から来て、「ごめんなさいねー。でも不採用なので、こちらからどうぞ。ありがとうございましたー」とキレイな女性が案内してくれた。


私の努力はここでは自堕落な遊びだったことになった。


((ズキンッ...))


何かがヒビ割れる気がした。実際に音はしていない。ただ、何かにヒビが確かに入った。それだけはわかった。でも何にヒビが入ったかはその時わからなかった…


これでは駄目だ。別のやり方が必要だ。次は職安に行こう。相談すれば何か先に進めるかもしれない。


専門学校卒業まで、もう2週間なかった。

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