一次審査
ちょっといつもより長くなってしまいました。
私は事前に作っておいた履歴書代わりの紙を書くように指示を出して、ゆっくり部屋で待っていた。
トントントンッ
早くも書けた人がやって来たようだった。
すぐに伸ばしていた体を真っ直ぐにして、姿勢を正す。
「どうぞ、お入り下さい」
声をかけ扉が開く。
そこにいたのはさっき双子を庇っていた30代後半くらいのかなりの不細工さんだった。
「し、失礼、しま、っす!」
これでもかと言うほどの挙動不審。
返って笑えてくるほどに。
しかし、私はこの姿の時はクールで売っているので必死に笑いを抑える。
「…落ち着いてくつろいで下さい。では、記入用紙を渡してください」
「はっ、はい!!」
もう、何を言っても緊張しきっている。
諦めた私は、提出された紙を見て、固まった。
「…あの、も、もしかして、ダ、ダメだったでしょうか」
「…いえ、失礼ながらこちらは本当のことでしょうか?」
私は書かれた箇所に指を指す。
「はい、残念ながら本当の事です。私は24歳です」
まさか、30代後半か40代前半に見えた不細工さんはまさかの20代前半だったとは。
鏡も反応をしている様子はない。
「…失礼しました」
「いえ、気にしないで下さい。良くあることなので」
彼、マークさんは遠い目をしていた。
きっと過去に色々あったのだろうと察した。
「では、マークさん。貴方は何故こちらで働きたいと思いましたか?」
「はい、私はつい先日、妻に離婚されまして、無一文で放り出されました。子供は妻に2人とも連れて行かれ、独りの私には寂しい日々が耐えられません。他の仕事場にも当たってみましたが、挙動不審や要領の悪さでクビに。そこに、人と関わる宿で給料も高いその仕事場で働きたいと思って応募させて頂きました」
マークさん、話が予想より重かった。
この世界でのイケメンを無一文で放り出すってどんな奥さんだよ。
しかも、挙動不審ではあるけどあの双子を庇うほど優しい人で子供大好きそうな顔をしてるのに、子供すら連れて行くって相当ツラいだろうに。
「…分かりました。では、2つ目の質問です。貴方は何が得意ですか?」
「得意な事ですか…得意な事ではありませんが、体力があります。その体力を生かして何か出来ることを精一杯やっていきたいと思います!」
顔はアレだが、中身がしっかりとしていて、前を向いている。
出来ることをやりたいという彼を眩しく感じた。
「では、最後の質問です。貴方の望みは何ですか?」
質問をした私は、すぐに鏡を見た。
この鏡は本質を見る事が出来る。
つまり、イメージする自分を映し出すことが出来るのだ。
そのイメージが私の考えと合っていれば…。
「私の望みは、誰かが笑顔になってくれることです。笑顔になってくれるのなら私は、何でもします」
そう言った彼のイメージは、彼とたぶん子供達や奥さんだった人が笑っている姿や多くの人が笑っている横で彼が見守っている様子だった。
どこまでも温かい、そんな感情さえ感じた。
「ありがとうございます、これにて面接は終了です」
「…あの、結果はどうでしょうか?」
「マークさん、3日後の二次審査の時にお会いしましょう」
「え」
私は合格者の証である石の付いた紐のブレスレットを渡した。
「これは二次審査に必要になる物です。無くさないでください。何より、他言してはいけません」
「何故ですか?」
「これは鑑定出来ませんがかなり貴重な物で、売れば相当な金額になるはずです。言わば、金になるブレスレットです。だから、誰かに言って知られでもしたら大変なのです」
「わかりましたか?」と聞くと、首を縦に折れそうになるくらい激しく振った。
そして、マークさんは扉を出て涙を流して感謝を言いながら次の人を呼んで去って行った。
マークさんの後、来た人に同じ質問をして鏡で確認して気に入った人にはブレスレットを渡し、逆に、良いように取り繕おうと嘘をついたり、考えが合わない人は落としていく作業を行った。
そして、結構な人数の面接をしたがまだあの双子は来ない。
いくら待てども来ない。
可笑しいと思って扉を開けると、双子以外に誰もおらず、記入用紙を持っているものの、部屋の角で2人小さくなって座っていた。
何かあったのかと心配になった私は、声をかけた。
「どうかしましたか?」
声をかけると2人は下を向いて小さな声で話してくれた。
「…僕たち字が書けません」
「書けないから面接も受けられないですよね」
ボロボロと涙を流す2人に心が痛んだ。
誰からも字を教わっていなかったのだろう。
10歳で字を習い始めるのが基本であるこの世界で、バナじぃの友達は3年前に他界しているし、バナじぃも里親探しで教えることも出来ない。
加えて、この双子に関わろうとする人も他にはいなかった。
だから、書けなくて面接も受けに来ることが出来なかったのだ。
私は、自分の考えの無さを責めた。
考えればすぐに分かることだ。
私の1つの行動でこんなにも悲しんでいるこの子達に申し訳なく思った。
「…申し訳ありません。でしたら、私が書きますので紙を2枚持って来て下さい。それから面接を始めましょう」
2人は私の言葉を聞くと涙で濡れた瞳をパチパチとして、驚きながら私の後を急いで着いてきた。
本当に可愛い。
「では、そこに座って紙を机に出して下さい」
私が部屋に招き入れ、紙を出してイスに座ってもらった。
マークさんほどではないが、緊張しているようだ。
「名前を教えてください」
「クロ。兄です」
「シロ。弟です」
ん?それは髪の色ではないだろうか?
「それは2人の名前ですか?」
「「うん、近所のお爺さんがそう呼んでました」」
「…そうですか」
よし、これは後でバナじぃを問い詰めるとしよう。
子供の名前を色で呼ぶとは…。
「お2人の年は幾つですか?」
「「12歳です」」
ふむ、これはバナじぃの証言と一致した。
でも、見た目は8,9歳と変わらないほど細く幼く小さい。
栄養不足で成長が止まっているのだろう。
「ここの面接を受けようと思った理由は何ですか?」
「住むところと食事があって」
「給料も高いからです」
これは誰もが言っていたことだ。
「「…でも、今はそんなの無くても働きたいと思ってます」」
双子は真っ直ぐに私を見て決意を固めたように話す。
私は驚いた。
住む場所も食事もお金すらもいらないのに、宿で働きたいと言うのだから。
「どうしてですか?」
「「だって、お兄さんがいるから」」
理由にも驚かされた。
私がいるから?
嬉しいが、それは無理な話だ。
「…私は副オーナーではありますが毎日働いているわけではありません。こうして年に数回程度でしょう」
そう、私のこの姿は何回も見れる物じゃない。
今回は都合が良いからこの姿で来たまでだ。
「「それでも良いです」」
真面目な顔で行ってくる物だから何も言えなくなる。
しかし、私はクールという設定のため今日笑顔を作っていないはずなのだ。
こう見えて私は、前世では感情を失ったことさえある。
そして、大人達の都合に合わせて表情を作ってきた。
その時に培った表情筋の動かし方は並大抵のことでは崩れることはない。
だから、無愛想な今の私にどうして一緒にいたいと思ってもらえるのか、不思議で堪らなかった。
すると、双子は察したように答えてくれた。
「僕たちは、人の感情が分かります」
「この赤い目には感情の色が見えます」
なるほど。
つまり、私は最初から彼らにとって良い色に見えたのだろう。
何故なら私は、彼らに負の感情を抱くことは出来ないのだから。
彼らはそういった色に出逢うことはなかなか無いのだろう。
悲しいことだが、容姿や境遇がそうさせているのだ。
「そうですか。では、得意なことはありますか?」
「「人の感情を読むことです」」
「…それ以外でお願いします」
「「…わかりません」」
答えられなかったことがショックだったようで、2人は落ち込んでしまった。
「…では、出来ることは何ですか?」
「「出来ること…」」
暫く考えて、今度は2人は勢いよく答えた。
「剣!」「魔法!」
珍しく2人の意見が分かれた。
クロは剣。
シロは魔法。
「分かりました。では、最後の質問です。貴方達の望みは何ですか?」
鏡を見るとやはり2人のイメージは全く同じだったようで絵が重なってはっきりとした物になっていく。
「「僕らの大好きな人達の側にいることです」」
鏡に映し出されたのは、バナじぃや3年前に亡くなったであろうお爺さん、そして、変身した私の姿だった。
こんな世界で生まれただけで、忌み嫌われ、塞ぎ込んでも可笑しくないのに、この双子はどこまでも純粋に育っていた。
私や大人達よりもずっと。
それがひたすらに嬉しかった。
泣きそうになる涙を堪えながら私は2人にブレスレットを手渡した。
「2人とも合格です」
ブレスレットを手渡すと2人は綺麗な笑顔で私の手を握る。
「「ありがとうっ…、レイさん!」」
泣いている彼らを見て、この面接を受ける前に他にも受けていたのだろうと分かる。
しかし、彼らを取る人は誰もいなかったのだ。
でも、失礼ではあるがそれで良かったのかもしれない。
こうして彼らに会うことが出来たのだから。
私は、泣く彼らを慰めながらブレスレットの事や二次審査についてを説明したのだった。
とにかく純粋に育った双子ちゃんでした。
次回、双子ちゃん情報ありありです。




