第3話『あ、バカな相談だ』
「うう。逃がした」
タルイは図書室へ逃げ込むと鍵をかけ篭城。私は仕方なく保健室に寄ってから来た道を引き返していた。
「なにしようと思ってたんだっけ……ああ」
思わず頭を抱える。思い出したのがエロ記事のためだということなんだから仕方ない。
馬鹿な理由のためにしか今日私は走っていないのね。
なんとなく歩いているうちに部室棟まで戻ってきてしまっていた。
「はあ」
とぼとぼと俯きながら階段を上がる。3階へついて新聞部の隣の部室の前でふと顔を上げる。
『文芸部』
文芸部。私のクラスにも一人いるのよね。小呂千恵美――通称『壁サーのオロチ』という女が。壁サー、それは祭典の花形の称号。普段は文芸部の彼女だがマンガをかくのもかなりうまく、なんだかとっても多彩な子だ。
そうか……彼女なら。
私は小さくドアを開けた。
カリカリカリ、とまるでテスト中のように鉛筆を走らせる音しかしない。
中では5、6人の女子が机と向き合って真剣なまなざしで原稿用紙に文字を書き付けたり本を読んでいたりした。
とてもじゃないが、話しかけられる雰囲気ではない。
カリカリカリ、
「……わっ」
目が合った人が驚いた声を上げる。無理もない。小さく開けたドアの隙間から私がじっと息を潜めて様子を窺っていたのだから。いっせいに集まる視線に思わずドアを閉めそうになる。
「ん?……あれっ! ミカンちゃんじゃーん。なになにどしたの?」
赤縁メガネをくいっと頭まで持ちあげて軽い口調の女の子が近寄ってくる。
この子が小呂千恵美だ。
学校でも屈指のオタク少女なのだが、サイドテールがトレードマークのリアルの充実していそうな外見の子だ。
「あ、おっオロチ。えっとその……おねがいがあって」
「あはウケる。ミカンちゃんがアタシに相談なんてめっずらしー。おっけおっけ聞くよ。入んなよ」
「えっ、で、でも入ったら邪魔でしょ?」
「へーきへーき。基本みんな雑音しても自分の世界入れる人たちだしー」
「っわわ、引っ張らないで。み、みなさんおじゃまします。驚かしてすみません」
さっき驚いて悲鳴を上げていた真面目そうな後輩が気にしないで下さいと笑って言ってくれた。
「ねえねえそれで? 相談ってなんなわけ?」
「あのね。バカだと思わないで聞いてね? 新聞部で……」
「あ、バカな相談だ」
「うう。オロチのばかっ」
新聞部=バカというイメージはやっぱりどこまでも浸透しているのね。うう。早く何とかしないと。
それは今は置いといて。とりあえず私はくだらない深刻な悩みを彼女に相談した。
「ぷっははっ! なにそれそんなんで悩んでんの? うっわウケる!」
「うう、悪かったわね。あんたに相談した私がバカだったわ」
「っぷぷ。ごめんごめん。ねえ。その原稿アタシが書いてあげよっか?」
「え?」
「アタシが書いてあげよっかって。本格派連続小説第一話」
「ほ、本気で言ってんの?」
「本気でマジ。いや今ちょうど息抜きしたかったんだよねーっ。なーんか今書いてんのがよくわかんなくなってきちゃってさー。多分すぐ書けるからその辺で本読んで待ってていいよ」
「え、いいの? あ、ありがとっ。あんたがそこまでいい奴だったとはね!」
「どんなやつだと思ってたわけ? まあいーや。そんかーし今度イベントの売り子でもやって貰っちゃおうかな」
「え。う、うりこ? うーん……大丈夫かしら?でも売るだけよね? 今回お世話になっちゃったし手伝うわ」
「ふっふーん。約束よ」
これを機にオロチが参加してるって言う祭典に足を伸ばしてみるのもいいかもしれないわね。かなり売れ筋のマンガを描いてるらしいし、ちょっと面白そうだなあとは前から思ってたのよ。
そんなことを考えながら私は本棚に刺さっていた『ウォーリアーを探せ』を手にとってマッチョの海からウォーリアーの探索をはじめた。