第1話『一番エロい原稿を書いた奴が優勝』
葉っぱ型のヘアピンを髪に差し直し、鏡に映った自分をあらためて見なおす。
見返してくるのは不機嫌な子供っぽい顔。
気に入らない肩までの癖っ毛を直そうと、一度ハンカチで拭いた手をもう一度濡らして髪を整える。効果は無いようだ。
私は諦めてため息を吐きトイレを立ち去る。
いつまでたっても伸びない身長に、あどけなさの抜けない顔。そんな風に気に食わないことだらけで、気づけばいつも口を尖らせている。
そんな自分が嫌だった。
「タルイ寝るな。一応部活中だ」
「……くー」
「あと3秒で起きないと次回の新聞部の記事をタルイが主人公の、官能小説連載第一話にするぞ」
ドアの開いた部室から暖気とともに漏れてくる声。
こんなバカ共と仲のいい自分も嫌だった。
「なに馬鹿なこと言ってんのよ。あんたたち少しは真面目に次回の記事考えなさいよ」
「ミカンか。トイレからの帰還、ご苦労」
パイプ椅子にふんぞり返り玉座の王のような振る舞いを見せるバカその一。
ホワイトボードと机と少しの棚で一杯になってしまうこの小さな部室でそんな態度をしても滑稽なだけなのに。
「……起きた。私起きたよシメジ。起きたからもっとかっこいい内容のお話の主人公にして」
突っ伏したままくぐもった声でもごもごと話し出すバカその二。
だらしないので近寄って背後から頭をつかんで持ち上げる。ううーと不機嫌そうな声を上げられた。
「なんだ? え? かっこいい官能小説の主人公がいいって? なんだそれ」
「官能小説から離れて。じゃないと私もシメジをエログロR18G物の主人公にする」
「たいしたこと無いな。なら私は――」
私はそっと両手で耳を閉じる。
現実逃避。残念だ……本当に残念だ。
この二人は黙っていればお嬢様学校にふさわしい清楚で可憐な美少女なのに。
市目地優子は黒く長く伸びた髪が白い肌に映える、見るものを引きつけるほどの美貌を持つ女の子だ。
微笑を浮かべて首をかしげ髪を揺らし話を聞く姿は名画の令嬢のようだ。
樽井遥は人形のように綺麗でどこか儚さがある女の子だ。
肩下までさらさらとのびた髪も肌も透き通るようで、少し憂いがあるように見える瞳は長いまつげに覆われている。
なのに……なのに、だ。
耳を塞いでいた両手を離す。
「――よしわかった。そこまでいうのなら正々堂々勝負しようではないか! この3人のうち、一番エロく原稿を書けた奴が次回の新聞部の記事担当だ!」
「おっけー」
「どうやったらその発想と結論になるのよ!」
「なんだミカン自信が無いのか?」
「そういうことじゃないわよ!」
「自信が無いから歯向かうんだろう? まあミカンじゃあなあ~。おこちゃまだしなあ~。自信が無いのも仕方ないか~」
「なっ! だっ誰がおこちゃまですって!? そんなことないもん!」
「でも書けないんだろ~?」
「書けるわよ!」
「よし言ったな!」
「……ちょろミカン」
「えっ? あっえっ、まっ」
「よーし。今日は書き上げるまで帰さないからな」
「うう。ううう~」
「じゃあ合図でスタートだ。よ~い、どん!」
その開始の合図とともに二人はペンと紙を持ち、
――バタバタバタッ!
立ち上がり、部室を駆け出していった。
「え? え?」
謎の出遅れ感に襲われる私。
「よーいどんって? ほんとに走るほうなの? な、なに? 記事書くんじゃないの?」
卓上のペンとノートをおろおろと見るしかない。わけがわからないまま私もその二つを手にとると、教室の出口へと向かっていた。
「どういうことなの?」
キョロキョロとあたりを見渡すがもはや二人の影もかたちも無い。
なんだか不安になってしまって……私も歩いて教室を出ることにした。