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少女が壊す『永遠』  作者: 甘党
第二章 アンチエージ
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第九話

 流れるような金色の髪をたなびかせる大人びた雰囲気の女性と、眠たげな一重瞼と柔らかな笑みが特徴的な茶髪の少女。二人は窓際のテーブルに向かい合って座り、なにやら楽しげに話し込んでいる。そばにあったカーテンが風にはためいて、ふわりと彼女に光が差した。明るく照らされたその顔が、とても……懐かしくて。


「トワ。トワ、トワ……!」


 気が付いたら私は泣いていた。由来不明の感情の波が押し寄せて、何度もその名前を呼びながら涙した。


「私は……!」


 思い、出した。そうだ、私はトワ。ひょんなことから異世界に召喚された女子高生。仲間達と一緒に旅をして、いろんな国を巡って……最後には魔王を倒した。なぜ、今まで忘れていたのだろう。私は藤月トワ、かつて世界を救った勇者その人だ。


 涙はいつからか、安堵のそれに変わった。ノンライブでは自分の存在が分からなくなって、恐怖に襲われたこともあったけど、ちゃんと私には記憶があった。これまでの人生と、今まで得た経験があった。すぐには出てこなかったが、数々の単語が知識として頭にあったのもそのお蔭だろう。私はれっきとした人間なのだ。


「おーい、大丈夫かい?」


 ぐすぐすと顔を拭っていると、心配そうに呼ぶ声がする。そう言えば、少年を待たせていた。慌てて「うん! 今行くから」と返事して、服に袖を通す。

 少年の背丈は私よりも若干低かったから、サイズが少し不安だった。しかしいざ身に着けてみると、そうはいっても男物だからか、胸が窮屈な以外は問題ない。着替え終わった私は土手を駆け上がり、少年のもとへと向かった。


「脱ぐのに手間取っちゃって。これ、本当にありがとうね」


 土手を降りた先、下着姿のままで座り込んでいた彼に、私は改めてお礼を述べた。

「いいっていいって。困った時はお互い様ってや……つ」


 腕を振りつつこちらを見上げた少年は、言葉の途中でなぜか勢いよく視線を逸らした。

 不思議に思ってその顔を覗き込もうとすると、今度は背中を向けてしまう。


「や、やっぱ駄目だわ。その服。妹、そう妹に服借りてくる。俺の住んでる村、こっから近いから、ちょっと待っててくれ」


 どこか焦った様子の彼がそのまま走りだそうとするのを、腕を掴んで引き止める。

「それなら私も一緒に行くよ。その方が手間にならないし」

「え、う。分かった」

 何か言いかけたが、観念したように彼は頷いた。


 土手から離れ、村へと続くらしい道を少年と行く。歩きやすいように(なら)されてはいるものの、湿った大地がむき出しである道路はその至る所に雑草が見える。また、道路沿いには何本もの背の高い木々が並び、そのどれもが青々とした葉を茂らせていた。ノンライブで見た草原とはまた異なった植生だ。世界かどうかはともかくとして、あの首都から空間的に移動したのは確からしい。

 物珍しそうにきょろきょろとしている私が気になったのか、「あのさ」と少年が横目でこちらを窺いながら言った。


「こういうのも……なんだけど、あんま見ない顔っていうか。いやそりゃ初めて会ったから、当たり前だよな。ええと」


 やたら口ごもる彼に、少し違和感を覚える。はつらつとし第一印象だったから、口下手だとは思っていなかったのだが。それとも何か理由があるのだろうか。


「もしてかして、外から来たのか?」

 ついに意を決したのか、少年ははっきりと口にした。ああそれで、とこちらも疑念が氷解する。普通の人にしてみれば、私という存在自体が異常なのだろう。ずっと前、異世界へ飛ばされた時も、似たような経験をした記憶がある。


「その通り、かな。具体的にどこからとは説明できないんだけど、あんた達の住む村の外から来たのは事実」


 言い終わって、二人称が気安くなっていたことに気付き、自己嫌悪に陥る。キツネの時は何の躊躇いもなく使っていたが、初対面の相手にはさすがに失礼だろう。だが、少年は特に気に留めた様子も無く「すげぇ!」と驚きの声をあげた。

「外って本当に存在したんだ! 兄貴の考えはやっぱり当たってた!」


 少年は嬉々として私へ向き直り、「う!」とまたすぐに俯いた。

さっきから思っていたのだが……もしかして、私の見た目が変なのだろうか。だが、仮にそうだとしても今はどうすることもできないし、少年には我慢してもらう他ない。


「えふん、何でもない。それより、どこから来たか説明できないってどういうこと? トワが元々いた場所は言えないって意味?」


 何気ない質問だったが、その名前だけは聞き逃せなかった。なにより、隣を歩く少年にはまだ伝えた覚えがない。衝動的に彼へと掴み掛って、その両肩を揺さぶる。

「その名前! どこで聞いた」

「いっ! ど、土手で待ってる時。ごめん! 覗くつもりじゃなかったけど……あんまり遅いから、心配になって」

 そう言いながら、少年は何度も頭を下げて謝罪した。私の着替えを覗いたのはさておき、トワを知っていたわけではないようだ。すっと頭を支配していた激情が冷め、自身の豹変に逆に狼狽えながら少年の肩から手を離す。

「……そう、か。うん。私がトワ。それで合ってる。こっちこそごめん、ちょっと驚いちゃって」

「あ、ああ」

 呆然とした表情の少年にいたたまれなくなって、私は黙り込んでしまう。

少年が、その名前を口にした時、まるで熱に浮かされたように身体の制御が効かなくなった。トワ……は確かに私の名前なのに、どうして他人から聞いたら、あんなに心がざわついたのだろう。以前、冒険していた時だって何度もその名前を呼ばれたが、こんな気持ちにはならなかった。


 少年の方はというと、そわそわと何か言いたげな雰囲気を醸し出していたが、沈黙したままの私に話しかけるきっかけを失ったようだった。

 そのまま二人して黙々と道を進んでいき、だいぶ時間が経った頃、遠く前方に家屋のような木造の建築物が見えた。それらはノンライブのビルと同じく複数に連なって並んでいて、またその間には何人かの人間の姿がある。目的地の村はおそらく、あそこなのだろう。


「そうだ、俺の名前」

 ぶっきら棒と取られても仕方のない私の態度や、無意味に流れてしまった時間にもめげず、少年は私の前へと回ると、威勢の良い声を出した。


「まだトワに言ってなかったよな。こっちだけ知っているってのも変じゃん。俺、ホロって言うんだ」

 やっと話題を見つけられて嬉しいのか、ホロはにっこりと微笑んでいる。先ほど妙な空気にしてしまったのは当の私だったので、その申し訳なさもあり、精いっぱい応えることにした。


「ホロ、か。呼びやすくて、いい名前ね。じゃあ改めまして、私は藤月トワ。たぶん別の世界から来た――ただの女子高生」

 自分で言ってから、ただの女子高生はさすがにおかしいんじゃないかと思ったが、他に紹介できそうな立場が見当たらなかった。まかり間違っても、私は勇者ですなんて言えない。


「女子高生? なにそれ」

 案の定、ホロはその単語が引っかかったようで、きょとんとした顔で聞き返してくる。


「えーっとね……。私が元いた世界では、学校っていう子供が一か所に集まって勉強する場所があるの。それは歳を経るごとに、大まかに分けて小中高大と進学していくようになっていて、その内の高にあたる部分に、所属していたって意味」


 ……なんだか物凄く説明くさくなってしまった。ホロが聞きたかったのは、はたしてこんな額面通りの講釈なのだろうか。しかし、ぱっと出てきた記憶はあいにくそれだけしかなかった。


 やはり彼の方もピンと来なかったようで、ますます不思議そうに首を傾げる。

「うーん? 学校なら俺の村にもあるけどさ。なんでわざわざ小中、高? なんて分けるんだ? ずっと一緒の所で続ければいいじゃん」

 その口ぶりからすると、村はあまり発展している方ではないようだ。科学技術という観点では、ノンライブは相当進んでいたようだったが、ここはむしろ遅れている方らしい。


「場所はあんまり関係なくて、それぞれ教える内容が違うからよ。例えば小学校はあくまで最低限、生きていくのに必要だと思われることが主だけど、高校で教える方はより高度な研究というか……まぁまず生きる役には立たないのばっかりね」

 皮肉っぽく結ぶと、ホロは声を出して笑った。


「なんだそりゃ。トワのいたとこはよっぽど暇な奴が多いんだな。俺の村じゃ、読み書きと計算ができるようになったらもう卒業だ。むしろ、他に勉強することってあるのか?」

 純粋に面白がっている彼に、つられてこっちも吹き出してしまう。


「ホロの言う通り! 今、思い返せばあんなの時間の無駄でしかなかったもの。それに高校は三年もかけるんだから……」

「三年!?」

 その数字にホロは一際驚いたようだ。面食らって言葉を失う彼が愉快で、私はさらに補足を加える。


「ふふ。小学校は六年、中学校が三年ときてだからね。合計十二年も勉強だけをやり続けたことになる。人によっては大学へ行って、さらに四年プラス。人生の夏休みとはよく言ったものね」

 得意になって私が語っていると、理解の追いつかないらしいホロが、手のひらを前に出し、待ったのポーズを取った。

「え、ええ? おかしいじゃん。役に立たないし、無意味な事をわざわざ十何年も? なんていうか、もったいなくね? まさか、外の人間は凄い長生きなのか?」

 ぐ、と私は言葉に詰まった。勉強に意味が無いというのはあくまで言葉の綾であり、全く有用性がないとまでは私も思っていない。しかし、ホロの住む環境とは文化レベル自体がおそらく異なっているため、そのあたりの複雑な関係性を解説するのは困難を極めることだろう。だいたい、ある事情から私は高校にほとんど通っていなかった……。


 仕方なく、話題を別の方向へと逸らすことにする。

「そ、そうだな。もしかしたら長生きかもしれない。平均寿命は八十代で、人によっては百歳以上もいくみたいだから」

「そんなに!?」

 案の定と言うべきか、少年はまさに度肝を抜かれたといった様子だ。

「信じらんねぇ。百年も生きるなんて……。けど、それなら十六年も勉強するのも納得いくかもなぁ。遊んでばっかってのも飽きるだろうし」

「あーそれは言えてるかも。なんだかんだで面白いところもあるから」


 ホロの言葉に頷きながらも、私は胸に罪悪感のようなものが生まれるのを感じた。この会話の流れだと、まるで長生きのできる世界の方が優れているんだ、とこちらが主張しているみたいだ。しかし実際のところ、寿命の長短で幸福の度合いが決まるなんて、私は思わない。それどころか、長く生きるがゆえの苦しみがあると知っている。


 ノンライブで見た映像が鮮烈に蘇った。彼らの世界では、もしかしたら数百年だって生きることができたのかもしれない。現に、マキナはそれに近いことをやったはずだ。だが、結果はどうだ? 彼らの幸せは増えただろうか? 湧き上がった暗い感情に押されて、私は低く呟いた。


「でも、辛いことも、多いかな。歳を重ねると、色々不自由が増えていくの。例えば身体が言うことをきかなくなったり、もの覚えが悪くなったり。あと、病気にも掛かりやすくなるし……。なにより元のものより劣化していくっていうのは怖いことだよ」

 言い終えて、ちょっと棘があったかなと後悔する。ホロの方を見やると、彼はひどく真剣な表情をしていた。

「本当なのか?」


 しかし、彼の口から出たのは、予想とは全く違う純粋な疑問だった。

「外の人達は、歳を取るのか?」

 その問いかけに、心臓を掴まれるような寒気を覚えて。


「ねぇ」


 私は質問に、質問を返した。


「聞いていなかったけど、この村の名前って、ある?」


 全く脈絡なく飛び出したそれを訝しがりながらも、ホロは答えてくれた。


「アンチエージさ。皆、そう呼んでるよ」


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