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少女が壊す『永遠』  作者: 甘党
第一章 ノンライブ
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第七話

 足元の床が、消えた。それはもう、全くもって唐突に。


「んな!」


 当然、落ちる。重力に引かれた私の体は、刹那の猶予も無く中空へと投げ出された。

 全身の血液が逆流していくかのような浮遊感。少し遅れて、諦めに似た絶望がすっと胸へと差し込んでくる。ここで終わるんだって、なぜだかすっかり納得できた。

人は落ちたら死ぬんだもの。だから、仕方がない……?


「トワ! まだ駄目だ。このくらいで止まっちゃ駄目だ」


 突然、襟の後ろが引っ張られ、強烈な衝撃が脇あたりに加わった。同時に、目まぐるしく移動していた視界が減速し始め、ついには停止する。そして背後から聞こえる声。


「あいつ、とんでもない強硬手段に出たな。何に使う設備なんだよ、全く」

 信じられないことに、それはキツネだった。浮けるといっても、自分の体重が限界だろうと思い込んでいた。しかし確かに彼は、自由落下するはずの私を宙に繋ぎとめている。


「キツネ……!? あんた、大丈夫なの?」


 こちらの脇に力が加わっていることから、私自身を浮遊させているのではないようだ。つまりあの小さな腕だけで、私の全体重を引っ張り上げていることになる。だが、彼は気負った様子も無く、淡々と告げた。


「君が気にすることじゃない。今のところ、飛べるのは僕だけだからね」


 私を支えたまま、キツネは辺りを見回すように一周してくれる。恐ろしいことに、ビルからは床という床全てが消失していた。元いた階はもちろんのこと、ずっと下の階まで全部抜けて巨大な吹き抜けとなっている。ぽっかりと空いた空間は、さながら奈落へと続く大穴だった。キツネがいなければ、間違いなく落下死していたことだろう。

 奥の壁に整然と並んだ窓からして、ビルの構造自体はそのままのようだ。全階層を対象としたのなら、床板の量はかなり多くなるはずだが、いったいどこへ収納されたというのだろう。


「とりあえず、いったん足の着くところまで降りるよ。君は結構重いからね」

 言うが早いか、キツネはゆっくり高度を落とし始めた。服に締められる首元や脇がそろそろ辛くなってきていたので、私としても非常に助かる。


「さて、問題はあの神様だ。明らかに殺意のある行動だったから、敵対したのは間違いないようだが」


「……ねぇ、あれ本当に神様なの? 知性と共に自我を獲得しちゃった、ただの機械ってことでしょう?」


 急に、がくっと私を支えるキツネの腕が揺れ、振り落されないように慌ててバランスを整える。


「呆れたなぁ。あんな反逆的な人工知能、設計されるわけがないだろう? 自分が壊されるのが怖いからって、人間の誕生を阻止するような奴」


「人口知能……? ああ、あれね。でも神様って本来、人助けをするものなんじゃ?」


「あの神様――デウスエクスマキナから取って、マキナとでも呼ぶか」

 キツネは神様に不思議な名前を付けた後、言葉を続けた。


「マキナにとってみれば、最初は本当に人を救うためだったのかもね。この街のビルや道路に、あと君が見つけた標識もかな? 人がいつか誕生を厭わなくなった時に備えて、ずっと機械達に管理されていた。それを統括していたのが、きっとマキナだったんだろう」


 だけど、とキツネは逆接で言葉を繋ぐ。


「そのいつかは『永遠』になった。マキナはきっと怖くなったのさ。人が生まれる時、自分の存在意義は失われる。ならば、ずっとこのままで良い。このままが良い。人類が残したであろう子孫を残すためのシステムを、彼はその手で封じこめたんだ」


 キツネはそう話を締めくくった。彼のお蔭で、この国に来てから覚えていた違和感のほとんどは解決したが、先ほどの疑問は残ったままである。


「で、結局マキナは何者なの? 人工知能でもなければ、人間でもない。さっぱり分からないんだけど」

「それを」

キツネはなぜか楽しそうに言った。


「確かめるのは、君の使命の一つさ。もう答えはほとんど言ったようなものだけど」


 無限に続くと思われた下降もついに終わって、最下層に到着する。キツネが合図とともに腕を離し、ようやく私は地面へと両足を着地させた。玄関口が見えることから、ここは入ってきた一階で間違いないようだ。


「ふぅ、疲れた。二度とやりたくないな」

「……ありがとう」

 ぐったりとした様子でいつもの肩に寄りかかるキツネに、私はぽつりと呟いた。


「あんたがいなかったら、きっと終わっていた。でも、きっと今のだけじゃなくて……」


 たくさん、キツネには感謝することがあった。ノンライブへ導いてくれたことや、話し相手になってくれたこと。なにより、草原で出会えたこと。彼がいなければ私は何も分からないままで、きっと草原をさ迷う亡霊となっていたに違いないのだから。


 でも、喉で言葉はつっかえて、どうしても外へ出てこない。散々、弱いとか信用ならないと馬鹿にしてきた後ろめたさか、あるいは自分への情けなさからか。

口ごもっているうちに、キツネは「どういたしまして」と返礼をしつつ、浮き上がってしまう。マキナを探しにゆくのだろうか、そのまま玄関へと向かいはじめた。

 先へ進んでいく彼の小さな背中に、私は無意識に手を伸ばした。

 止めようと、したんだろうか。それなら、もう少し早ければ間に合っていたのか。


 直後、凄まじい大音量と地響きが私を襲った。その原因は単純明快だ。上の吹き抜けから降ってきた大きな、大きな黒い箱。そいつが勢いよく床へ激突したから。

 あの収集車と比べても、優に二台はまかなうその威容。落下による損傷も無いようで、箱の側面の底部付近から伸びる無数の触手によって、そいつは自立してみせる。

 そのお蔭で、見えてしまった。床に広がる赤の紋様。踏みつぶされた彼の残骸が。

 

 お礼、結局言えなかった。他にもたくさん、伝えたい気持ちや、話したい事柄があったのに。

けど。それが命じゃないか? 『永遠』じゃないから、こんな簡単に。


 私が硬直している間にも、時は容赦なく進む。

 触手の一本がこちらに向けて高速で振り払われる。とっさにしゃがみ込むことで、それを躱せたのはほとんど奇跡だった。だが、当然それで終わるはずもなく、二本目、三本目が間をおかず襲ってくる。避け切るなんて不可能で、あえなく私は弾かれ、壁へと叩き付けられた。

 背中に強い衝撃が走り、意識が明滅する。痛くて、苦しくて、悲しくて。咳き込みながら私は無様に転がる。ずしり、と触れた床が震えて、巨大な機械がこちらへと向かってくるのが分かった。


 逃げないと、いけない。生きたいのならば、すぐにでも立ち上がり、そして走りだすべきだ。幸い、機械本体の動きは至って鈍重だった。複数の触手で胴体を無理やり前へと進めているせいか、全体の移動速度としては、例の刃の機械にも数段劣っている。


 理性は言った。つまり、全力を出せば簡単に振り切れると。

けど、私の体は少しも動いてはくれない。それは痛いからでも、苦しいからでも、悲しいからでもなくて。

 無意味だからだ。

 生きて、結局何になる? よしんばこの窮地から生還したところで、私は一人、この世界を漂うだけ。それならいっそ、ここで終わった方がきっと楽じゃないか。

とどめを刺そうというのか、触手が上から振り落とされるのを、他人事のようにぼんやりと眺めた。


「トワ」

 触手が今にも直撃するその瞬間、世界が凍った。

機械が発していた駆動音も、触手が蠢く振動音も無くなって、ただ一つ彼の声がこだまする。


「『永遠』を壊す。それこそが、君の使命」

 赤黒い肉の塊となったキツネ。その頭部の名残が、ふんわりと中空に浮いて私を見つめている。


「案内は終わりだ。あとは全部、君自身の意思で」


 そこまで告げたところで、力を失ったようにキツネは床へと落ちた。ぽちゃり、と水袋が破裂するような音が聞こえて、後はもう動かない。


「キツネ!」

 跳ねるようにして、私は立ち上がった。ぐちゃぐちゃの彼のもとへ、いますぐに駆け寄りたくて。しかし、それと同時に世界が戻った。目の前で停止していたはずの触手が、猛然と迫ってくる。

 もはや躱せる距離では無く、強烈な衝撃が私を襲う。弾き飛ばされ、再び床に伏しながらも、どうにか体を起こして眼前の機械を睨み付ける。身体のどの部分と言わず、全身がくまなく痛い。意識は眩暈とともに明滅して、油断すれば今すぐにでも倒れ込みそうだ。

それでも、こいつには負けられない。宿った決意は力となって、私は奥歯を噛みしめた。


 追い打ちにきた触手の一本を横転で回避。その勢いを殺さずもう一度立ち、直後の一閃を跳躍でやり過ごす。下を通り過ぎていった触手を足場に、さらに前へと跳んだ。

 中空にいるこちらへ向けて、縦方向に振り下ろしてくる。身体を捻って生み出した反動を利用し、その触手を蹴り飛ばした。思っていたより軽い手応え(足応え?)がして、触手はあさっての方向へと飛んだ。それに伴って、接続されている胴体部もバランスを失ったのか、大きな駆動音とともに傾いた。

 その隙を見逃すわけもなく、着地した私は一気に間合いを詰める。ワンテンポ遅れて、二本の触手が挟み込むようにして薙がれたが、これも縄跳びの要領で容易く避ける。最初こそ、触手の速度に反応できなかったが、慣れれば極めて単純な攻撃だ。もともと、戦闘用に作られた機械ではないのだろう。

 あちらもムキになったのか、一斉に何本もの触手が私へと殺到してくる。こうなったらもう、どちらの攻撃が先に当たるかという勝負だ。


 全身全霊を振り絞り、胴体部をめがけてひた走る。景色が歪む、あの感覚がまたも生まれ、幾重にも連なる触手達はあっという間に視界から消えた。根本である胴体部の下を通りすぎ背面へと回りこむ。完全に後ろを取った私は、方向変換とともに跳び上がった。胴体部の上、すなわち黒い箱の上面への着地に成功し、すぐさま拳を振り上げる。

 樹脂製らしい黒色の胴体部。全ての思いと祈りを込めた右腕は、過たず機械を貫いた。


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