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少女が壊す『永遠』  作者: 甘党
第一章 ノンライブ
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第五話

  開きっ放しの玄関から入ったビルの一階は、間仕切りの壁もない広大な一つの空間となっていた。だだっ広い床には何も置かれておらず、奥の方に扉が二つ見える以外、特筆すべきことはない。はっきりいって無意味としか思えない場所だ。

 キツネもここに用は無いらしく、右側の扉へ向かっていく。


「ま、待ってよ、キツネ! 私、あんたと話したいことが」


 呼びかける私の声は聞こえているはずなのに、彼の姿はそのまま扉の向こうへと消えてしまう。あえて私を無視するかのような態度に、怒りよりも先に恐怖が湧いた。両足はいまだ熱っぽい痛みを発していたけれど、必死に堪えて彼の入った扉へと走る。私が前に立つと、その扉はどういう仕組みなのか、独りでに開かれた。


「来たね。じゃあ、上がるよ」


 飛び込んだ扉の内側は、ただのごく狭い正方形の部屋だった。待ち構えていたらしいキツネは、私の姿を確認すると、壁に備わったスイッチに触れる。遅れて、収集車の上に乗っかった時のように、床がごうんと震えた。


……少し考え込んで、私はこの部屋がエレベーターであると思い出す。高層ビルなのだから、あって当然の代物だ。

 そして、すぐに自己嫌悪が訪れた。……また、だ。常識としか思えないことばかりなのに、なぜ最初は全く知らない物だと感じるんだ?

 苛立ちをぶつけるように、私はキツネの胴体を掴んで引き寄せた。


「ねぇ、教えてよ。私はいったい何なの? 今更気づいたの。私、自分のことが何も分からないって」


 唯一、私を名前で呼んだ彼は、いつもと変わらない調子で、一言。


「知らないさ」

 と呟いた。


 その言葉はナイフのように、私の胸へと吸い込まれて。深い闇のような大きな穴がぽっかりと口を覗かせる。


「……どうして」


「言ったはずさ。僕はただの案内役で、それ以上でも以下でもない。道先案内はできるけど、理由の説明は不可能になっている。だから、君が何者か知りたいのなら、その答えは君自身に見つけてもらうしかない。それは、使命もまた同じだ」


「……意味分からない。私は、何も知らないのに」


「そんなはずはない」


 キツネは強い口調で否定した。


「君がこの世界に現れた時点で、もう決まっているんだ。トワの……」


 彼の発言をチンと間抜けた音が遮った。エレベーターが停止したらしく、入ってきた扉が再び自動で開く。


「ああ、着いたか。さぁ、先に行ってくれ」


 キツネはそれだけ言うと、ぴょんと私の手から離れて背後へと回ってしまう。文句は山ほどあったが、とりあえずエレベーターから新しい階層へと私は足を踏み出した。

 そこには、やはり一階と変わらない光景が広がっていた。机や椅子といった必需品の影はなく、ただひたすら――フローリングの床が敷かれただけの空間。

 しかし、ただ一つ違うのは。

 ぽつんと一体、機械が待ち受けていたことだ。

 見た目は、先ほど追いかけてきた奴と寸部たがわぬ立方体だったが、幸い、見る限り武装はしていない。……フロアの中央を陣取っていたそいつは、私という侵入者にすぐ気がついたようだ。小さな駆動音とともに、扉の前で立ちすくむ私へと駆けてくる。


 つい後退りしかけて、身体を扉へとぶつけてしまう。エレベーターへ逃げ込もうかと一瞬考えて、その甘えを振り捨てた。キツネを完全に信用したわけじゃなかったが、彼の案内にはきっと意味があると思えたから。

 なにより私自身が立ち向かわないと、話は先へ進まない。確信めいた予感が、胸の奥に生まれていた。

 とうとう私の眼前にまでその機械は迫ってくる。

 追われている時は気づかなかったが、割と全長は低く、立っている私の腰ほどだ。光沢のある黒一色の胴体からは、やはり何の知性も窺えない。

私は大きく息を吸い込むと、手をゆっくりと機械へ向けて伸ばした。恐る恐る、指先でその艶めく表面に触る。意外なことにほんのりと温かい。機械は金属だから冷たいと思い込んでいたが、そもそも材質からして違うようだ。

 不思議な感触が面白くて、私は何の気なしに、べたりと掌を押し付けてみる。その瞬間、機械がさっと真っ赤に染まり上がった。まるで、私の存在を感知したかのように。

 驚いて手を離すが、機械の色は戻らない。何事かとよく観察してみるに、胴体の中心部近くは鮮やかな赤だが、角の方には黒の名残がある。どうも表面の色自体が変わったのではなく、内部が赤く発光しているだけのようだ。

こいつの中身は空だったのかと妙な感慨に囚われていると、不意に誰かの声が響いた。

 高くて抑揚のない、明らかにキツネのものとは違う音程。慌ててフロア中に視線を巡らすが、もちろん人などいるはずがない。


「誰か、いるのか?」


 再び聞こえた誰何の声に、私はとっさに返事をしてしまう。するとそれに応えるように、チカチカと機械の胴体が点滅した。


「いる、んだな。だが、なぜだ?」

 事ここに至って、ようやく私の頭は一つの解釈を見出した。今、私に喋りかけているのは目の前の機械そのものだ。信じがたい事実だが、そうと考える他ない。


「なぜ……私に聞いているの?」


 確かに、知性を持った機械の存在は予想していた。しかし、まさか実際にこうして話すことになろうとは。驚愕のあまりか、それとも怖がっているのか、開いた口の中が乾いていくのを感じる。


「その通りだ。ここはまさしくノンライブ。この国において、人は絶対に生まれない。もう一度聞く。なぜ、お前はいるんだ?」


 赤の点滅を繰り返しながら、機械は私に問うた。しかし、私には返答のしようがない。むしろこっちが聞きたいくらいなのだから。その旨を伝えると、戸惑ったかのように機械は発光のスパンを長くした。


「分からない、だと? そんなはずはない。生物、それも人ならば、自分の来歴くらいは憶えているに決まっている」


「知らないんだから仕方ないでしょう。それより、あんたは一体何なのよ。人にものを聞く時は、まず自分からじゃない?」


「私、か? 私はただの機械だ。他のもの達と何ら変わりはない」


 話題を逸らすためだけの安い挑発だったが、思いがけず相手が乗ってくれたので、私はさらに追及してみることにした。このノンライブに来てからというもの、あまりに多くの謎が消化されないまま私の中に溜まっている。こいつに聞けば、その一つくらいは解決できるかもしれない。


「本当に? 全ての機械は、こんな風に会話できると?」


「全てではもちろんない。機械ごとに役割は分担されていて、私はたまたま会話ができるだけだ」


「たまたま? 人がいないのなら、会話なんてする必要ある? あんたの役割って一体何?」


 この問いかけに、機械は激しく身体を明滅させた。声の調子は最初から全く変化を見せないが、あるいはこの点灯具合で、感情を表現しているのだろうか。


「調停役だ。もしも外部から人が訪れた時、この国の意義を伝える者がいなくてはならない。私はそのための存在だ」


「ん? それって、まさにこの状況じゃない? 私、外から来たよ」


 不思議に思う私に、機械は続ける。


「だから、初めに問うたではないか。なぜ来たかと。まぁいい。お前が外部から来た者だというのなら、私には説明する義務がある」


 促された形になったので、遠慮なく聞かせてもらうことにした。当然、一番初めはどうしてこの国では人が生まれないのかだ。興味津々で尋ねると、機械は少し私から遠ざかって、語り始めた。


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