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少女が壊す『永遠』  作者: 甘党
第一章 ノンライブ
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第四話

 今や私達は、たくさんの建物に囲まれるようにして歩いていた。ほんの少し前までは遠くに眺めるばかりだったビルが、ところ狭しに道路の両側を埋めている。おかげで太陽の光はほとんど遮られてしまい、ビルからの反射光によって、かろうじて視界が確保されている有様だ。道路自体は幅広で、丁寧に整地されているというのに、ぼんやりと仄暗い視界からは、どうしても不気味な印象が拭えない。人が実際に住んで、生活しているのならばこんな作りには絶対にしないだろう。改めて、ここに人が居ないという事実を実感させられる。


 そこで不意に一つの疑念が私の頭に生まれた。いったいどうして機械は高層ビルをここまで乱立させる必要があったのだろう。発電や資材の加工のためかとも思ったが、それらの作業をするとしたら、むしろ高さはデメリットにしかならないはずだ。


 皆目見当がつかず、私は試しにビルの一つへ近寄ってみた。

 間近で見るビルは至って綺麗で、外壁にはひび割れや歪みはもちろん、黴や錆といった些細な汚れもほとんど無い。嵌められたガラスも、砂埃による汚れこそ目立つが、傷の入ったものは一つとしてなかった。


 だが、内部はどうなのだろうか。

玄関口のような、ところどころ侵入できそうな箇所はあったが、足先を向けた時点でキツネに止められてしまった。曰く、そんな所までいちいち見ていたら日が落ちてしまうとのことだ。言われてビルの間の空を見上げてみると、確かにその色は赤へと染まりつつあった。


 ひとたび夜になってしまえば、さすがに歩き回って探索するのは難しい。しかしせっかく来たのだから、ちょっとくらいなら中を見ても良いんじゃないか? 主張する私にキツネは藪から棒に、ふふっと声を出して微笑んだ。


「ずいぶんと楽しんでいるね」

「そりゃあ、初めて街に来たのだもの。色々と気になるのは当たり前でしょう?」

「本当にそうかい?」


 笑っていたはずの彼は、いきなり声のトーンを落とした。

「だが、結局のところ人は居ない。どこを探そうとね。あんな形だけ真似た積木の玩具、入ったところですぐに飽きるさ」


「確かに人は居ないかもしれないけれど、機械が代わりにいるじゃない。それもすごく高性能の。詳しいことは分からないけれど、こんな高いビルを建てて、しかも管理できているのだから、人並みの知性があってもおかしくないんじゃ?」


「どうだかね。なんにせよ、あまり期待するのは良くない」


 急に否定的になったキツネを訝しんでいると、彼はやにわに、

「使命を果たせるからだろう?」


と私の顔を覗き込んできた。


「君がノンライブに来た理由は、結局それが全てなんだ。嬉しいと感じているのなら、きっと使命へと近づいたからだ」


 大きく開かれた彼の瞳孔が、じっと私を見つめている。期待に満ちたような――あるいは誘いこむような、妖しい表情。


「だから! ……知らない。使命なんて、私は……」


 その視線から逃れるようにして顔を背けると、キツネは大きくため息を吐いた。


「はあ。まだ取り戻せていないのか。先が思いやられるな」


 と、私を置いてきぼりにしたまま勝手に落胆をしだす彼に、さすがにカチンと来てしまう。


「いい加減、『使命』とやらの説明をしてよ」


と私が大声をあげたのとほとんど同時に、突然、人工的な高音が耳をつんざいた。

 何事かとすぐさま辺りを見渡した。並んだビルの隙間にある薄暗い小道から、その高音は聞こえてきているようである。徐々に大きくなっていくそれに、音を発生させている『何か』はこちらを狙っているのだと直感する。


 ぼけっと浮いたままのキツネを引っ掴み、抱きかかえるようにして走り出す。そのすぐ後に、音の反響具合が変わる。予想通り、サイレン音の主は私達を追って、小道を曲がり通り側へと出てきたようだ。

私は速度を落とさないように注意しつつ、首だけで振り返って、背後の追跡者の姿を確認する。視界が暗いせいで、細部はほとんど見えなかったが、人工的な直角の輪郭からその正体は明らかだった。

 立方体の胴体と、そこから四肢の代わりみたく四本の棒が伸びている。脚部分の棒は、先端部が箱状となっていて、おそらくそこに備わった車輪で走っているようだ。

 だが、問題なのは腕部分だった。胴体から横に伸びる二本の棒の先には、見るからに刃物だと分かる凶器が握られていたのだ。得物の長さは、どう低く見積もっても私の腕以上はあり、もしも斬られたなら、ただでは済まないと体が震える。

向こうが私を捕えて何をするつもりかはさっぱりだが、少なくとも友好的な雰囲気ではなさそうだ。


「トワ? なんで逃げるのさ」


 胸に抱えたキツネが惚ける。すわその頭をぶっ叩いてやりたかったが、あいにく余裕がない。全力で疾走しているはずなのに、背後のサイレン音がいっこうに振り切れないのだ。それどころか、次第に迫ってきているようにすら聞こえる。


「あれは巡回するだけの機械だよ。別に危険じゃないさ」


 彼はなおも主張してくるが、到底足を止める気にはならない。刃物も理由の一つではあったが、それに加えて、ある推論が鎌首をもたげていた。キツネの話によれば、この街の周辺には危険な獣がいたはずだ。草原をうろつく彼らが、この街へと紛れ込んできても何ら不思議でない。また、他の動植物にしたってそれは同じだ。

それなのに、私はここへ来てから一匹たりとも生物を見かけていない。

 この矛盾の解答が、まさに私の背後の機械なのでは? つまり、積極的に侵入者を排除しているものがいるからだ。


「うぐ、苦しい。離してくれないか」


 無意識に腕にも力が入っていたのか、抱き締められたキツネが抗議の声をあげながら、身体をばたつかせた。ただでさえ不安定な姿勢で走っていたこともあり、バランスを崩してしまった私は、とっさに自分から道路へと転がる。前方へ一回転して衝撃を殺し、身を起こした直後、金属のぶつかる澄んだ音が響き渡った。

 刃が、アスファルトへと激突したからだ。私の頭を、ぎりぎりで掠めるようにして。


「ひっ」


 ひどく情けない悲鳴が聞こえた。あまりの状況にとっさの理解が追いつかず、誰がそんな無様な真似、とまるで場違いな考えが去来する。呆けている私のすぐ横を、またも刃が閃いて、今度こそ自分の喉が甲高い声を上げるのを自覚した。

 反射的に飛び退いたところへ、雨垂れのごとく刃が降る。もはや連続した一音のようなそれを、横転しながらどうにか躱す。自分の身体が未だ五体満足に繋がっているのが、信じられないほどの幸運に思えた。

 二本の武器を腕の延長のごとく操りながら、機械はゆっくりと地面に這いつくばる私へ迫ってくる。頭部すらないその身体からは、何の躊躇も、意思も感じ取れなくて。

 ざわり、と全身が悪寒にわなないた。

嫌。こんな奴に、こんな所で。まだ終わりたくない。どうしても、死にたくない。

 頭の水底から生まれる焦燥感。胸の奥で眠りこけている何かがざわめく。


 嫌な……記憶……が蘇る。以前も……遠い昔にも、こんな風に追い立てられた……っけ?


 瞬間、世界は無音になり、景色は水飴のごとく溶けた。とにかく私は機械から逃げようと、跳ねるようにして立ち上がり、道路の先へと走りだす。

周囲の空気が粘っこく身体に纏わりつき、それはあたかも水の中を力任せに歩行するよう。直角だったビルの角や窓は、全てぐにゃぐにゃと曲がりだし、しまいには混ざり合って一色と化した。

悪夢のような光景だったけれど、なぜか怖くはかった。思考の全ては、ただ逃げるという一つに集約されていた。

 不可思議な感覚は、数秒で唐突に終わりを告げる。

 見えるのはアスファルトの敷き詰められた道路。心臓が痛いほどに鼓動している。遅れて、自分の呼吸音がひっきりなしに聞こえ始める。いつの間にか、私は両手をついて道路へ蹲っていた。

 とりあえず状況を確認しようとして、私は思わずうめき声をあげた。怪我をした覚えもないのに、身体の節々が痛い。特に両足のかかとが酷く、火傷でも負ったかのようなヒリヒリとした刺激を訴えてくる。

 反射的に靴を脱ぎかけて、私はもっと重大なことに気がついた。例のサイレン音が、全く聞こえない。慌てて後ろを振り返ると、あの恐ろしい機械の姿も同じく消失していた。

安堵のため息が口をついて出る。何が起きたかはさっぱりだが、逃げ切れたのは確からしい。


「良かったぁ……。大丈夫? キツネ……あ」


 キツネに呼びかけようとして硬直した。そういえば彼の姿も見当たらない。記憶が正しければ、腕に抱えていたはずだったが、無意識のうちに手放してしまったのだろうか。

 焦った私は、大声で彼の名前を連呼する。静かなビルの谷間に、私の声が何度も反響していく。あまり騒いでいると、先ほどの機械にまた見つかるという考えがちらりと頭を掠めたが、無視してひたすら叫び続けた。

 案内役を自称する割に、不親切で頼りなくて貧弱な奴だったけれど、実際のところ、確かに彼は唯一の私の話し相手であり、すなわち味方だった。彼を失ってしまえば、私はまた一人になってしまう。草原で目覚めた時と同じ、一人ぼっちに…………?


 直後、猛烈に頭が痛くなった。鈍重な鐘が脳内で鳴り響いているかのような、理不尽な痛みに堪え切れずしゃがみ込む。

 一人、そう私は一人だった。だが、なぜ? そもそも、どうしてあんな草原に一人で寝っ転がっていたんだ? だが、なにより不思議なのはそんなことより。

 なんで今になるまで、それがおかしいと分からなかったんだ?

 それまで歩いていた地面が唐突に消えたかのような、喪失感に襲われる。でも、違和感自体はずっと前から覚えていた……はずだ。

 車の名称に始まり、高層ビル、アスファルト、道路標識、サイレン――物の名前を思い出すのに、私はいつも手間取っていた。初めて見るノンライブに、衝撃を受けているせいだと、誤魔化してきていたが、やはりどう考えてもそれは異常で。

 じゃあ、私はいったい何なんだ? どうして、この世界にいるんだ……? 思考はぐるぐると彷徨って、不意にキツネがたびたび口にしていたある言葉が頭を過ぎった。


 『トワ』。


 あれは、まさか私の名前を呼んでいたのか? 

ずっと、特に意味のない感動詞かなにかだと思い込んでいたが、今考えれば、前後の文脈からして私を指す名前であるのは明白だ。だいたい、トワだなんて言葉は普通の会話では用いない。


「トワ……。トワ。そうか、私はトワだったんだ」


 口に出してみると、その語感はしっとり自分の中へとしみ込んでいくのが分かった。ずっと前から大事にしてきた、物凄く大切な、決して失ってはならない重大な言葉。そんな強い思いが自分に生まれる。


「ようやく取り戻せたか」


 いきなりすぐ近くで誰かが喋った。のけぞる私の服が急にぼこっと膨らんで、裾から見慣れた毛むくじゃらが飛び出してきた。


「全く、走り出した時はどうしたものかと思ったけど、その様子なら心配いらないみたいだね」


 何事も無かったかのごとく、手で(前脚で?)顔を擦るキツネに、どこから突っ込んだものか私は分からなくなってしまう。まごまごしているうちに、彼は高度を上げて、近くのビルの一つを指し示した。


「ちょうど良いところで止まったんだね。ほら、あれがこのノンライブの中枢だ。使命を果たすのならば、ここは避けて通れない。さぁ、どうするんだ?」


 それは他のビルと大差のない外見だったが、キツネは確固たる自信があるようだ。止める間もなく、どんどん彼は進んでいき、ついには大きく空いた部分から中へと入ってしまう。置いてきぼりにされてはたまらないので、私もすぐにその後を追った。


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