第十三話
サダクと二人、私は店内に残された。願ってもない状況ではあったが、彼の意図が一向に掴めない。どう対処すべきか戸惑う私に、彼はふっと挑発的に微笑んだ。
「まぁ、座れ。そうだな、何か飲むか?」
毅然とした態度で私を見つめるサダクには、とてもホロと同年齢とは思えない風格があった。もしかしたら、実年齢はかなり上なのかもしれない。
「じゃあ遠慮なく。お茶はさっき飲んだから、今度はコーヒーでもいただこうかしら?」
椅子に座りながらしゃちほこばって足を組んで見せると、彼は興味深げに頷き、店員にそれらしき物を注文する。
「細かい説明は抜きで率直に言うが、お前は今すぐこの村を出た方が良い。それが身のためだ」
彼の口から真っ先に出た言葉はそれだった。
「……誰の?」
あえてとぼけてみせると、彼は薄く唇を歪めた。
「もちろん、お前のためさ。その方が、説得力があるだろう?」
店員がカップを一つ私のもとへ持ってきた。ノリで言ったけど、コーヒーって本当にあるんだ……と感動しつつ手に取ると、泡でもないようなのに、なぜかやたらと白い。というか真っ白だ。ラテにしても変だなと思いながら口にすると、ただの牛乳だった。
「すまんがコーヒーなんて物は知らん。ミルクで我慢しろ。それはさておき、村を出るつもりはまるで無いようだな。何かを探っているのか?」
あっさりとこちらの腹積もりが見抜かれる。一連のやり取りから推測し、最も可能性の高いものを挙げたのだろうが、なんともはや頭の切れることだ。
「そんなところ。まだ有無すらも判別はついていないのだけれどね」
「下手な嘘だ」
またもすっぱり切られた。
「この辺境の村に、わざわざ特殊な方法で訪れておいてそれはない。察するに、どこかが分からないのだろう?」
「……辺境の村といっても、手当たり次第に探すには広すぎるから。居場所の条件も把握できていないし」
「やはり」とサダクは言葉を継いだ。
「お前、この村からとっとと出て行った方が良いな」
最初の発言と意味は似通っていたが、その響きはいっそう冷徹さを増している。彼は今や、全くの無表情となっていた。どうやら怒らせてしまったようだが、その原因が見当もつかない。
「どうしても?」
馬鹿みたいな聞き返しになってしまったが、私の頭は事実さっきから混乱しっぱなしだった。調子が狂うというか、サダクのような性格の人物は、はっきりいって苦手なのだ。見栄を張ってコーヒーなんて頼もうとしたのが良くなかった。
私が精神的に参ってきたのは、はた目にも明らかだったらしく、サダクはふんと鼻を鳴らして椅子に座りなおした。
「それを決めるのは俺じゃない。今のはあくまで忠告だ。……もっとも、お前に命令できる奴がいるとも思えないが」
「……よく知っているね」
ぽつりと言葉を漏らすと、サダクは少しだけ身を震わせてから「さて」と仕切り直す。
「だいたいお前のことは理解できた。しかし、俺にそんなことを教えるために来たんじゃないだろう? 何の質問があるんだ?」
急に態度を軟化させた彼に、私は内心、喜びながらも努めて冷静に尋ねてみる。
「アンチエージにおいて、人は歳を取らない。それってどういう意味なの?」
だが、これは聞き方が悪かったのか「知るわけがないだろう」とけんもほろろに返される。さすがにこのあたりで気が付いた。どうやらこと年齢に関しては、根本的な常識おいて、私と村の人達には大きな隔たりがあるらしい。そこを踏まえず、いい加減な質問をしては、サダクのように聡明な人物でも上手く答えられないのだろう。
しかし、具体的に『どう違っているのか』は全く不明だ。というか、それをまさに聞こうとしたのだが……。
金庫の中に、その金庫の鍵が入っているイメージ。これは手間がかかりそうだ。
悩みこんでいる私に、
「じゃあ聞きたいが」
ともどかしげな様子でサダクは言った。
「お前は何歳なんだ?」
言われてみれば、自分の年齢に関してはまだ誰にも告げていなかった。その手があったかと感心しつつ「十七歳」と伝える。
「それは当然、十七年生きてきたという意味か?」
肯定すると、さらに彼は、
「では次に何歳で死ぬ?」
と聞いてきた。何を不吉なことを、とは思ったが彼は至って真面目な顔なので、とりあえずの答えを口にする。
「九十歳くらいまでは生きたいかな?」
「そこだ。俺は今、三十ちょうどだが、おそらく十年後には死ぬ。寿命はあらかじめ、全員四十歳までだと決まっているんだ」
驚きのあまり伸ばした手がテーブルを叩き、牛乳の入ったカップが揺れた。
「決まっているって、そんな馬鹿な。もしかして病気?」
「ん? 確かに病気や怪我で居なくなる奴もいるが、死ぬのは寿命によってのみだ」
そこまで聞いて、おぼろげなくアンチエージの状況が呑み込めた。村人は歳を経てもその風貌を一切変えない代わりに、四十歳という定められた刻限で、絶対の死を迎えるのだろう。
なぜ四十が寿命なのかを聞いてみると、
「老いない代償、なんだろうな、きっと。そのくらいの年月で限界が来るんだ」
と、ずいぶん夢の無い答えが返ってきた。確かに、その歳になっても十代の容姿を維持するというのは、相当の負担を身体へ強いることになろう。若さを追い続けた代償が早死にとは、なんとも因果なことだ。
サダクの協力もあって、不老についての疑問が解消されたので、彼の機嫌が変わらないうちに、今度はフェネクスへと話題を移してみる。
彼女本人と出会ったことも話すと、彼は素直に驚いたといった表情を見せた。そのまま硬直してしまい、じっと私の顔を見つめるばかりなるので、心配になって名前を呼ぶと、彼は、
「俺には答えられない。悪いが他を当たってくれ」
と呟いた。
そんな思わせぶりな態度を取られると、余計に好奇心が膨らんでしまう。どうしても気になって何度も問い詰めた末に、彼は少しだけ口を滑らせた。
「フェネクス様と関わるな。お前のためを思って言っているんだ」
言った後、彼はしまったという顔を浮かべて、すぐに目線を逸らした。サダクのような分別ある『年長者』であっても、フェネクスは重要かつ身近な存在ということなのだろうが……現状ではこれ以上、推測のしようがない。ただ、あのごく普通の幼女といった姿を思い返すに、少なくとも私の使命には関係なさそうだ。
さしあたり質問の出尽くした私は、サダクに感謝の言葉を述べつつ牛乳を飲み干した。
得られた収穫は大きく、お蔭でホロとの会話などの、色々な違和感にも説明がつく。
だが、それは同時に一つの可否を決定づけるものだった。
アンチエージはまさに異常な環境を有していたが……『永遠』ではない。つまり、この場所に私の使命は存在していなかったことになる。あるいはそもそも、マキナを壊した時点で私の役割は終わっていたのだろうか。
なんにせよ、私のやるべきことが無いと分かった以上、サダクが最初にした発言に従った方が良いだろう。すなわち、私は早いところ村を出ることにした。
目下のところ他に行きたい場所なんて無かったが、ホロに世話になり続けるわけにもいかないし、長居は無用だ。私はサダクに再びお礼を告げてから、席を立って玄関へと向かった。
「おい!」
と喫茶店を出たところで、後ろから彼が呼び止める声がしたので振り返る。
「おい。お前、本当に村を出るつもりか」
彼らしくもないその発言に、私は思わず首を傾げる。
「なに? 今更未練がましく」
「そういうわけじゃないが……。理由を聞かないのか? 俺達がなぜアンチエージで、こんな人生を送っているのか」
その質問こそ意図が不明で、私はいっそう頭に疑問符を浮かべる。
「なんで? 老いていくのが怖いだなんて、皆、同じよ。私だって嫌。知っている人がしわくちゃのお婆さんになって、私の名前を忘れて、私の顔を忘れて、私の声を忘れて、私の! 私との思い出を忘れるなんて、絶対に許せない。許すものですか……。サダクもそう思ったからここへ来たのでしょう?」
彼は私から数歩あとずさると、引きつった顔で同意した。変なことを言ったとは思わないが、彼にも色々あるのだろう。
いよいよ去ろうかという時に、ふと彼が読んでいた本が気になった。この村ではコーヒーの文化すら浸透していないが、はたしてどんな物語が書いてあるのだろうか。ついでとばかりに尋ねると、彼は気前よく私にその本をくれた。いわく、あんまり面白い内容じゃ無かったとのこと。確か、栞まで挟んでいたはずだが……。まぁ、貰えるのならと私は有難く頂戴した。




