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少女が壊す『永遠』  作者: 甘党
第二章 アンチエージ
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第十話

 村の入り口らしき、木製の質素な門が近づいてきた。といっても周囲を塀や堀で囲っているわけでなく、あくまで道に繋がる部分だから装飾用に作ったといったふうである。また、見張りのための高台も見当たらないことから、外敵、もしくは災害などの危険をこの村では特に警戒していないようだ。


 いざ門をくぐろうかという時、門柱の影から少女が一人飛び出してきて、見事なタックルをホロにかました。鈍い音とともに彼は地面に倒れ、勢いあまったらしい少女もそれに続き、二人してごろごろと団子状に転がっていく。しばらく揉みあった後、少女は力任せにホロの上へと乗っかかって、ぽかりと彼の頭を叩いた。


「この馬鹿! 帰ってくるのが遅いのよ! いったいどれだけ心配したと思っているの!」


「痛いって。何も殴らなくていいだろ」


 少女の肌と髪は、ホロのそれとほとんど変わらない色合いで、背格好も同じくらいだ。察するに、彼女がホロの妹なのだろう。川までは結構な距離があったし、加えて私の救助に着替えまでを含めると、村を出てから相当の時間が経っていたはずだ。憤懣やるかたない様子なのも頷けなくはない。


「いいや! 今度という今度は許さないからね。だいたいあの川は流れが速くて危ないっていうのに……! それを絶対に着いてくるなだなんて!」

「仕方ねぇだろ。お前、泳げないんだから」

「うっさい! 反省しろ!」


 はたから見る分には楽しげな二人に、私は堪え切れず笑ってしまう。その声で気づいたのか、少女はぱっと顔を上げて私の方を向いた。言葉遣いから快活な印象を受けていたが、意外にもその顔つきは繊細で、私の世界の基準で言うなら、むしろお嬢様といったふうだ。ただ着ている服は、ホロと同じ飾り気のないシャツに、ショートパンツいった出で立ちで、動きやすさを重視したものとなっていた。


「あれ? 誰? この変態」


「ばっかお前!」

 少女がとんでもない言葉を口にした瞬間、ホロが先ほどのお返しとばかりに、頭をひっぱたいた。


「あれは俺の着てた服! トワって言う名前で、川で溺れていたところを俺が助けたんだよ。ちょっと……いやだいぶまずい恰好だけど、普通の人だから! うん? 普通ではない? でもとにかく変態じゃないから」


 慌てふためく彼に、やっぱり変だったのか、と自分の身体を見下ろしてみる。せり出た胸のせいでシャツが引っ張られ、確かに腹部はほとんど露出してしまっている。付け加えるなら、身体も拭かないまま濡れた下着の上から着たせいで、シャツ自体もかなり透けていた。


 ……。変、かもしれない。


「あ、だからお兄ちゃん、服着てないんだ」

「今更そっちかよ。てかその理屈で言うなら、俺は変態扱いされないのか?」

「まぁいつかやらかすとは思ってたし。別にそこまで不思議じゃ」

「あ?」


 その後もわちゃわちゃと二人は言い合いを続けていたが、切り替えは妹の方が早かったらしく、ホロを引き剥がしてから改めて私に向き直り、その右手を差し出した。


「トワだかなんだか知らないけど、良かったら私の家に来ない? お兄ちゃんが迷惑をかけたみたいだし、その恰好もなんとかしないとね」


 願ったり叶ったりの提案に、私は躊躇うことなくその手を取った。

 


 村内では何人もの人とすれ違い、その度に私は二度見の憂き目にあった。そればかりか、隣を行くホロも同様に注目されているようで、中には揶揄するように彼に親指を立ててグッドサインを出す人まで出る始末だ。真っ赤な顔でそいつらに食って掛かるホロをなだめつつ、それにしても、と私は考え込んだ。


 ホロや、その妹はもちろん、先ほどから出会う人達も含めて、この村の人間は皆かなり若い。誰も彼も年齢にして十代半ばか、それ以下にしか見えず、はっきり大人だと断言できるような風貌の者は一人としていない。白髪の老人なんて言わずもがなだ。

 私の年齢も大差のない十七歳だから、違和感なく受け入れられているが、これがもし二十、三十だったなら非常に悪目立ちしていたことだろう。

 ……あるいは、それも見かけだけか。


 ホロの妹はいっけん、何気ない態度を装っていたが、隙を見つけては横目で私を睨んできている。出会った当初は冗談めかしていたが、不審な人物だと思われているのは間違いないようだ。今は友好的に接してくれているが、この先もずっとそうだという保証はない。

 この村にはおそらく『永遠』がある。老いないという『永遠』。ノンライブでの経験から、私は村の異常な年齢帯の原因をそう予想していた。

 もしそれが正しければ、『永遠』を管理していたマキナのように、私と敵対する者が現れる可能性も十分にある。心構えをしておくに越したことは無いだろう。

 そんな覚悟を胸に秘める私をよそに、ホロは至って能天気に村を歩いていく。ある一角で彼は足を止めると、「ほら」と眼前の一軒家を示した。


「ここが俺らの家。少し散らかってるけど、遠慮せず入ってくれ」


 その家は村内の他の物と同じ木造の建築だった。私がもといた世界で住んでいた国……日本とか言ったっけ? そこで昔造られていたらしい和風家屋とはまた違った雰囲気だ。むしろ、西洋風のログハウスといった方が近いだろうか。壁は切り出した丸太を加工して造っているらしく、等間隔にガラス製の窓がはめ込まれている。また、雨が染みないように屋根だけは別の素材が用いてあり、かなりの急こう配ともなっていた。

 一階建てで、敷地もノンライブのビルと比べると広くは見えなかったが、住み心地はかなり良さそうだ。

 ホロを追うのも忘れて、じっと家を眺めていた私はふと違和感を覚えた。これを一から建てようと思ったら、それなりに高度な技術と加工用の機械が必要なはずだ。ホロに連れられて歩き回った村内で、そういった施設は一切見かけなかったが……。まぁ、村の全てを見たわけではないし、あるいは他の場所から輸送してきたのかもしれない。取り立てて疑問に感じることでもないと結論付けて、私は家の中へと入った。


 玄関口からやや狭い廊下を抜けて、まずは風呂場へと案内される。内装は、私の想像していた通りの一軒家といった感じで、端々に見える調度品や細々とした家具にしても、私の知り及ぶそれらと特段変わった物はない。天井部ではちゃんと電灯が屋内を照らしていて、そのスイッチだと思われるものも、壁のそこここに備わっていた。


「シャワー、使い方分かるよね?」

「ええ、まぁ」

 シャワーもあるのか……と妙な感動を覚えつつ、いい加減胸元が苦しかったので、シャツを脱ぐ。すると、ホロが「のわ!」と奇声を上げて脱衣場から飛び出していってしまった。何か変なことでもあったのだろうか。

 私が呆然としていると、残っていた妹の方がなぜか大きなため息をついた。

「はあ。とりあえず入っといて。服、私のでも小さいだろうから、近所の背の高い人に借りてくる」

「そんな、悪いよ」

 さすがに遠慮が勝って断ろうとしたら、

「いいから。あんな服でこれ以上、お兄ちゃんと一緒に歩かれたらたまったもんじゃない」

 と、やけにイラついた口調の彼女に、強引に風呂場へと押し込まれてしまい、ぴしゃりと扉を閉められた。


 そのままどかどかと廊下を歩いていく音がして、ホロの妹は去って行ってしまう。私は一人、初めて来る家の風呂場に残されてしまった。

 こうなっては仕方がないので、大人しく身体を洗うことにする。いざシャワーを使おうとして、私の腕は宙をさ迷った。水を出す蛇口はあるのだが、温度調節の捻りが見当たらない。どういうことだと訝しがりながら、風呂場のあちこちを探ってみるが、いっこうにそれらしき装置は出てこない。私の常識とはかけ離れた形をしているのかと一瞬考えたが、家の内部で見た照明や家具は、元いた世界と照らし合わせても不思議な所は無かったはずだ。となるとシャワーの捻りだけが、特別である理由も考えづらい。


 冷水で身体を洗うことには慣れていたが、川で溺れかけた後というのも手伝って、今は温水が恋しい。ホロに尋ねてみるべく、いったん風呂場から廊下へと出る。

 とはいえ、どこに彼がいるか分からない。広い家でもないようだし、手当たり次第探せばいいかと、進んだ先で最初に目についた扉を開けてみた。

 そこは一人部屋のようだった。四畳半ほどの広さで、素朴な木製の机とベッド、さらに大きめの箪笥が所せましと置かれてある。しかしその分、掃除は行き届いているらしく、ゴミはもちろん埃っぽさも全くない。


 だが、そんな部屋の内装はどうでもよくて。

 なにより気になったのは、ベッドの上の布団だった。見た目は至って普通の掛布団なのだが、あからさまにこんもりと山形に膨らんでいるのだ。どう考えても、誰かが中に潜っているとしか思えない。


 理由のほどは不明だが、私としてはがぜん好奇心が湧いてくる。音を立てないよう慎重に部屋へ入り、布団の方へと近づいた。

 さて、中には誰がいるのだろうか。

 ホロの妹はまず除外できるし、ホロの方も状況的におかしい。まだ寝るような時間帯では無かったし、私と一緒に家へ入った以上、身を隠す理由も無いだろう。また、彼の性格からしても、こそこそするのは性に合っていないように思えた。

 つまり、私の知り及ばない人物ということになるが……。確か、兄の存在についてもホロは発言していたはずだ。しかし、と私はもこもこたまに動く布団を前に考え込む。布団の盛り上がり方からして、大の男が入っているようには見えない。むしろ、ごく背の低い子供くらいじゃないだろうか。


 私はそこで一つの結論に至った。

 ホロにはさらに下の弟か妹がいて、急に家へ入ってきた見知らぬ私に怯えた彼か彼女は、とっさに布団へと隠れた。これしかない。

 となると、どんな風に対応するのが正解だろうか。もちろん、その答えは決まっている。

 「みーつけた!」

 私は大声で叫びながら、布団を一気に取っ払った。


「にゅわっ!」

 そうするや否や、素っ頓狂な声とともに、なんと中の人物が私へ飛びかかってきた。攻撃は最大の防御とでも言うべきその勢いに、私は対処のすべなく床へと押し倒される。のしかかってきたその体重は、予想通りと言うべきか、ごく軽い少女のものだった。


「負けない! 負けないから!」

 あらぬことを呟きながら、少女――というよりは幼女と言った方が近いか――はぽかぽかと私の腹部を叩いてくる。蚊に刺されるほどの痛みもない可愛らしい攻撃に、私は頬を緩めた。


「いたーい。こうさーん」


 両手をあげてギブアップを示すと、幼女は無邪気に私の上で笑った。


「わーい。倒した!」

 しばらくそうして幼女と戯れた後、私は身体を起こして床に座りなおした。警戒は十分解けたようだが、ひとまず自己紹介を済ませることにする。どこから来たかはちょっとぼかしつつ私が名乗ると、幼女は元気な声で告げた。


「私はね。フェネクスなの。皆、いっつもそう呼ぶの」


 フェネクス――こう言ってはなんだが、朗らかな幼女の様子にはあまり似つかわしくない、仰々しい響きの名前だ。この村における命名の文化を知らないから、そう感じてしまうだけかもしれないが。


「カッコいい名前だねぇ。フェネクス……ちゃんはこの家に住んでいるんだよね?」


 万が一を考えて確認すると、事もあろうに彼女は首を横へ振った。


「ううん。だってここ、初めて来たよ」

「ええ!? じゃあなんで部屋の布団の中に?」


 驚き呆れる私に、フェネクスはうーんと唸りながら考え込みだす。その様子にまさか、と思いながらも私は声をかけた。


「もしかして、分かんない? ただ、なんとなーくこの家に来て、特に意味もなーく布団に隠れた……的な?」


 すると彼女は、

「ああそれ!」

 と手を打って満面の笑みを浮かべた。天使のように明るい子だが、かなり天然が入っているらしい。だが確かに、その容姿はホロやその妹と全く似ていない。顔立ちもそうだが、全般的に雰囲気が異なっているのだ。

 真っ赤なワンピースからのぞく透き通るような白い肌に、輝くようなブロンドの髪。真っ直ぐ私を見つめる瞳は、窓から射しこむ光に青く反射している。今日出会った村人達は全員ホロと似た浅黒い肌をしていたが、彼女はもはや人種が異なるのではないかというレベルで、そこから外れているように見えた。


「気が付いたら家の中に居てー。で、お姉さんが入ってくるの、見えたから隠れてー」


 嬉しそうにそう語るフェネクスに、本当に何の意図も理由も無くここへ来たのだと確信させられる。つまり、ほとんど不法侵入に近い形で上がりこんできたらしい。幼い子とはえてしてそういうものだが、こんなやんちゃを笑って許してくれる温和な空気が、普段から村にはあるのだろう。そう思うと微笑ましくなって、私はまたフェネクスと遊びを再開した。


 どれくらい時間が経ったか、玄関の扉が開く音とともに、ホロの声が聞こえた。どうやら元から妹と一緒に家を出ていたらしい。


「おーい、戻ったよ。もう上がってるよね?」


 二人分の足音が廊下を進み、風呂場へと向かう途中で、彼らは開け放たれた扉に気付いたらしい。

「トワ? そこにいるのか……。て!」


 部屋の扉口から顔を覗かせたホロは、驚愕の声を上げた。


「フェネクス様!? どうしてここに!」

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