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中編

 翌朝、母さんの横にある「親愛度:97%」という数字を見て、きちんと家族に愛されていることを確認した後、俺は高校への通いなれた道を自転車で走る。


 道行く人の数字がどうなっても気になってしまい、俺は人が通り過ぎるたびに視線をそこに向けてしまう。


「……?」


 ん、おかしいな。なんの数値も見えないぞ。


 俺は赤信号となった交差点で自転車を止め、同じく信号待ちする人たちの顔を横目で確認した。


 ……多分だけど、測定不可――まあ、面識も何もない人間に対しては数字は非表示設定になるっぽい。確信はないけど、まあそれは学校につけば自ずと分かることだろう。どちらにせよ、それは助かる親切設定だ。見える人間全てに、仮に親愛度:0%であっても、それが表示されるだけで鬱陶しいことこの上ないからな。


 どことなく気持ちが軽くなり、俺はいつもと同じ気持ちで通学路をそのままペダルを踏んでいった。


 20分の通学時間を経て、俺はようやく見知った顔が行き交う場所までたどり着く。


「よっ」


 校舎脇の置き場に自転車をおいていると、ちょうど俺に合わせるように隣に自転車を置きに来た友人から声がかかった。


 高校生活の中で最も仲が良いと言える友人――田村たむら健司けんじだ。


 ――親愛度:64%


 うむ、高いと判断していいのか、低いと判断していいのか分からん。中途半端なやつめ。まあ、圧倒的に数値が高い両親しかまだ確認できてないから、当然、水準というものが分かってないだけなんだがな。


「おす」


「おぉ、つーかソレ、どったの?」


 自分の目尻をツンツンと人差し指で差す田村。どうやら眼鏡のことを指しているようだ。


「あー、洗面所にコンタクト流しちまってなー」


「あー、あるある」


 もっと俺の眼鏡姿はレアだ! とかリアクション見せてくるかと思ったが、どうやら眼鏡あるなしに関わらず、田村にとって俺は俺らしい。いつもと変わらない態度にどことなく安心感を覚えてしまった。


 ん……親愛度、69%?


 俺に対する親愛度が上がる要素、今のやり取りにあったか? なんだよ、もしかして口に出さないだけで、俺の眼鏡姿がカッケェーと思ってるとか? ……自画自賛は恥ずいな、やめよう。


 それから田村と馬鹿話をしながら教室をくぐる。


 何人かのクラスメイトから眼鏡について声をかけられるも、事情を話しては「へぇー、そりゃ災難だったねぇー」と短い会話をする程度で終わり、自席に辿り着いて俺は腰を落ち着けた。


 ――親愛度:46%


 ――親愛度:51%


 ――親愛度:48%


 ――親愛度:14%


 ――親愛度:28%


 まちまちだが、言葉を交わした学友の中で俺とよく遊んだり会話をする友人は、やはり軒並み数値は50前後になっているようだ。それとは別に普段あまり会話をしないものの、今日の変化が気になって声をかけてくれたクラスメイトは、やはり親愛度自体は低いようだった。


 友人関係というものがきちんと相互的に働いていることが実証され、俺はどことなくホッと息をつくこととなった。これでもし、俺の中で「仲がいい」と思っていた奴が、親愛度5%とか出てきたら、そらショックも大きいもんな。それが今日最大の不安でもあったため、ほっと一安心だ。


 その後もクラスメイトたちを流し見して検証した結果、おおまかな水準が出来上がった。


 仲が良い=50%前後。


 普通=20%前後。


 あまり交友が無い=10%前後。


 といったところか。


 好いているか、嫌っているかの線引きは難しいが、好きは70%以上、嫌いは10%以下と仮定して考えていくこととしよう。うん、決してクラスの中で10%以下の連中が俺の中で胸糞悪いと思っている不良連中だけだから、ってわけじゃないぞ。ちゃんとした統計に基づいた基準だ、うん。


 あ、ちなみに「好き」のラインを70%に設けたのは、田村の奴が60%後半な所為だ。いやだって……田村が俺のことを友人だと思ってくれてるのは嬉しいんだが、好きという表現に言い換えると、ちょっと微妙じゃん? だからこの教室に未だ誰もいない70%というラインに設定してみたのだ。


 非常にどうでもいい話である。



 ――ガラ。



 不意に教室の後ろの扉が開き、一人の女生徒が教室に入ってきた。


 その瞬間、部屋中の雰囲気が一変する。


 俺の心も大きく揺さぶられた。


 は?


 …………誰? え、あの美少女、いったい全体、どこのどちら様!? どっかのアイドルが転校でもしてきたんですかぁーーーーっ!?


 俺のテンションをおかしくさせる美少女は、黒髪を丁寧に編み込んでおり、僅かに見えるうなじや澄んだ瞳がとても可愛らしく――整った顔立ちはもはや女神の生まれ変わりかと思ってしまうほどだ。


「あ、あれっ……も、もしかして、香奈かな? ……香奈じゃない!?」


 注目を浴びたせいか、足をすくませたように立ち止まる美少女に対して、失礼な物言いで申し訳ないが地味で特徴の無いクラスメイト・阿知波あしなみが何故か親しげに声をかけ、彼女に近づいていった。


 む……知り合いか? 基本、クラスメイトは苗字しか覚えてないから、名前で言っても記憶に結びつかん。


 そう言えば、いつも阿知波と一緒に教室でひっそり本を読んだりしている、THE・静寂少女こと御堂みどうがいないな。ていうか、御堂以外に気軽に話しかける阿知波って、初めて見るぞ。あいつ、意外とコミュニケーション能力が高かったのか?


「し、しずくぅ……ど、どうしよう。なんだかみんな見ている気がするよぅ」


「あ、や、やっぱり香奈だぁ。どうしたの、急に髪型も変えて……眼鏡も取っちゃったから、一瞬誰か分からなくなっちゃった」


 天使のようなか細い声を耳で楽しんでいた俺だが、その後の阿知波の台詞で、ふと違和感を抱いた。


 髪型が変わって……眼鏡をとった?


 よくよく思い返せば、あの二人が揃った光景――どことなく既視感がある。なんかふとした瞬間、教室の片隅を見れば目にしたような……そんなありきたりな光景だったような。


「うっそ、マジかよ……アイツ、もしかして御堂か?」


「ええぇ!? 御堂!? あの、地味な御堂が……あのぉ!?」


「おぉー、前髪分けて後ろで纏めてるんだー。もともと顔立ち良かったもんね、あの。そりゃおめかしすりゃ化けるってもんだよー」


「え、千奈せんな、なんでそんなこと知ってるの!?」


「ふっ、オシャレマスターを自称する私に見抜けない素材はないわ」


 教室の至るところで騒ぎが発生する。


 え、御堂? え、オシャレマスター?


 いや、後半は違うな。それより、あの美少女が御堂!? 御堂って下の名前、香奈だったのか! 初めて知った! いや……自己紹介の時に聞いた名前を覚えてなかっただけか。


 俺はいつの間にか鼻先までずり落ちていた眼鏡を定位置に指で押し戻す。


 彼女を良く見るためだ。


 そしてそこで二度、驚かされた。


 ――親愛度:93%


 ハァァァァァァァァァァァッ!?


 きゅ、きゅじゅっ……、きゅうじゅう……さん、だぁってぇぇぇぇぇ!?


 お、おまっ……そんなんアレじゃん! 親で90台後半なんだぜ? それと同等って……もはや家族じゃん! え、俺たち結婚してんの!? 結婚してもうアレな感じで……えっと、挙式を上げて、うぉっ……ウエディングドレス姿の御堂を思い浮かべたら、鼻血が出そうになった。こらヤバい……妄想を打ち切らねば。


 で、でも、どういうことなんだ?


 御堂はなぜ、俺に対してそんなにも愛情を持っている? 好き……ってことでいいんだよな? 93%だもんな。別に廊下ですれ違った際に落としたハンカチを拾ってあげたこともなけりゃ、悪漢に襲われているところを助けたこともない。せいぜい学校行事で何か言葉を交わす機会があった程度だ。接点の「せ」の字もなかったはずなんだが……。


 でも、このミャンマー式スカウターは、表では測れない――人の内なる心を数値化して見せてくれる。


 つまり、俺は御堂の秘めたる想いを、ここで知ってしまったわけだ。


 今まで正直、御堂のことを意識したことは無かったんだが、今の彼女に「好き……」と言われたシーンを妄想すると、胸がドキドキしてしまう。くっそ、俺ってこんなに現金だったか? いっつも「イケメン大好き面喰い女なんて糞だぜ!」みたいに思ってたのに、それが今じゃ俺自身が「美少女大好き面食い男」状態じゃねーか。


 ……据え膳食わぬは男の恥、とも言うし、まあそれもアリだな。前向きに俺の属性変更を検討することとしよう。


 出会いなんてもんは、結局のところ、なんだっていいんだ。問題はその後、どう接し、どう互いを理解していくかだ。そこでそりが合わなけりゃ長続きしないだろうし、相性が良けりゃそれこそ結婚の先まで続くことだろうよ。きっかけなんて、どんなに最低だろうと最高だろうと、別にどうだっていい。付き合った後が肝心なのさ。


 ……と、自分に言い聞かせたところで、俺は恋のキューピッドたるミャンマー式スカウターに感謝を告げ、俺は俺の好みドストライクのイメチェン美少女、御堂にアタックすることを決心した。成功率100%の告白だ。失敗する未来がないだけに、俺の中には根拠のない自信があふれ出ていた。


 ホームルームが始まるまで、御堂と阿知波の会話に耳を澄ませた。


 どうやらいつもかけていた眼鏡が弟に踏んづけられてしまったようで、壊れてしまったようだ。そこで急遽、姉の予備のコンタクトレンズを借りたみたいだが、その際に姉から「ちょうどいいから、イメチェンしちゃおうよ」と強引に髪型なども代えられてしまったそうだ。お姉さん、グッジョブ!


 コンタクトがどうも馴染まないようで、何度も目の調子を確認する御堂。阿知波との会話で「時々、涙が勝手に出ちゃって困ってるの。レンズが合ってないのかな?」という言葉が聞こえ、それに対して俺は心の中で「ふっ、その涙、俺が拭ってやるよ」と意味不明な返しをして、朝のひと時を楽しんだ。


 え、キモイって?


 ふん、誰だって恋する奴ってのは、頭のネジが吹っ飛ぶもんなのさ。それが――熱い恋ってやつだ。


 ………………俺はいったい誰に語りかけてるんだ、まったく。



 そんなこんなで、担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。


 やっべぇな。担任が何話してんのか、全然頭に入ってこねぇ……。あと、心臓がバックバクして緊張が止まらない。しかしその感覚を楽しんでいる自分もいる。もしかすっと、これが「一目惚れ」ってやつなんかね。いやぁ都市伝説の類かと思ってたが、実際にあるもんなんだな。


 その後、授業を淡々と受けていた俺だが、脳内では御堂とデートをしたり、高層ビルの最上階で夕食をしたり、自宅で寄り添いながら会話をしたり……と妄想だけが順調に一人走りしていき――――、



 そして放課後がやってきた。




「御堂! お前のことが好きだ、愛している! 俺と添い遂げてくれ! 今日家に行ってもいい!?」


「ひぇ!?」




 バチィン、と頬を打たれ、俺の恋のキューピッド・ミャンマー式スカウターが宙を舞い、音を立てて教室の床を滑っていった。まるで俺の告白文句を揶揄するかのように、滑っていった。


 放課後話があると言えば、素直に「なんだろう、うん、わかった」と笑顔で答えてくれた御堂だったが、授業中に色々と考えていた告白の台詞が緊張のあまり、妄想時に思い描いていた内容と入り混じったおかしな言葉になってしまい、それが原因なのか何なのか分からないが、とにかく…………俺はフラれたようだ。


 いやぁ、自信があったとはいえ、ほんと全員が帰った後の教室で告っといてよかった。これ、クラスメイトの前で自信満々にやってたら、完璧な社会的公開処刑だったよな。不幸中の幸い。そう思って自分を慰めることとしよう。



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