ドングリ池にドングリを
「本当だったらいいなぁ、あのうわさ」
ドングリ池と呼ばれる、水のきれいな池。そのすぐそばに、一匹のリスがドングリの山と一緒に立っていました。
今日は、この逆さ虹の森で聞かれるうわさの一つを確かめに来たのです。
ドングリ池にドングリを投げて願いごとをすれば叶う。
とても本当とは思えないうわさです。リスが確かめる気になったのは、「叶ったかもしれない」と話す動物がいたからでした。
森のあちこちに隠してあるたくさんのドングリ。ここに持ってきたのはその一部なので、池に投げてしまっても困る数ではありません。
「よいしょっ」
さっそく、ドングリ池にひとつ投げ入れます。
「願いごとは……『クマくんの好きなものを教えてください』」
池に願いをかけてみたものの、なにも起こりません。
「だめかぁ」
少なくとも、この願いは叶わないようです。
だからといってリスはやめません。もう一つのドングリを入れて別のお願いをしてみます。
「忘れてしまったドングリの、隠し場所を教えてください」
またまた何も起こらない。
リスが聞いたうわさの中に、「探しものを見つけてもらった」というものがあったはずでした。これは勘違いだったのかもしれません。
「……これならどうかな。『クヌギのドングリをください』」
少し珍しいクヌギのドングリ。この森ではほとんど見かけないので、見つけられたらラッキーなものです。
これまた、何も起こらない。
そう思ったリスの頭に、何かが落ちてきました。
「いててて、何だろ……これは!」
めったに見られない、丸っこい形のドングリ。リスの頭に当たったのは、池にお願いしたクヌギのドングリでした。
「やった、うわさは本当だったんだ!」
この願いごとは叶うと分かったので、リスはさらに願いごとを試してみます。
ドングリをまた一つ入れて、もう一度クヌギのドングリをお願いしたけれど、今度は出てきません。
ひとつ、ふたつとリスが追加でドングリを投げ入れていくと、池の底にしずんでいくドングリが急に消えてしまいました。
代わりに上から落ちてきたのは、お願いしたクヌギのドングリ。
ドングリの種類を変えていくつかお願いを試してみると、種類によってもらえる数と入れる数が違うことが分かりました。
小さな種類のドングリなら、用意したドングリを一つ入れれば二つ以上もらえることもあります。逆に、珍しいものや大きいドングリは、いくつかドングリを投げ入れなければもらえません。
「ふふふ、これからは色んな種類のドングリが食べられるぞ」
交換するドングリさえ集めれば、池に投げて別の種類に変えてもらえます。用意する数によってはもっと色々なものに変えてもらうことができる、かもしれません。
またリスは、池に出してもらったドングリを池に入れるということも試してみました。交換したドングリを、さらに別のドングリや願いごとに変えられるかを確かめるためです。
願いごとで出した大きなドングリを池の中に入れ、さあ願いごとを言おうというその時。リスの頭にぶつかるものがひとつ。それは、池に投げ入れたものと同じドングリでした。
「……どういうルールなんだろう?」
先に願いごとを言ってからドングリを入れれば、池からもらったドングリを別の願いに使うことはできました。けれど、入れたあとに願いを言おうとすると先にドングリが降ってきます。
そうならないのは、一つのドングリから二つ以上もらえた小さなドングリだけ。
「池かドングリが願いごとを覚えている、のかな」
出てくるのは必ず「入れたものと同じ種類のドングリ」です。願いで出したドングリは同じ願いを繰り返そうとするのかも、とリスは考えました。
この事を調べるのに、用意したドングリを全部使ってしまいました。使っていないものは最後に残った一つだけ。
その一つで願うのは、無理だろうけど叶ったらうれしいこと。
「入れたものと同じ種類のドングリを、二つください」
これが叶うなら、ドングリをいくらでも増やすことができる。つまり、時間をかけてやり方を間違えなければ、ドングリひとつでどんな願いも叶うということです。
さすがにそんなうまい話はない、と思うリスの頭にぶつかるものが、二つ。
「ウソでしょ……」
足元に落ちたドングリの片方を持って、池に入れるとまた二つのドングリが頭の上から。さらに一つ入れれば、また二つ。
いくらでも、繰り返すことができました。
――――
池のひみつを知ったリスは、食べるためにドングリを増やすようになりました。
やろうと思えばどんな願いでも叶えられそうですが、そもそもリスにはあまり欲しいものがありません。欲しくもないもののために、大きな願いごとをするのもおかしな話です。
また何度もドングリを増やしていて、リスは新しく一つのルールに気がつきました。
「増やしたドングリといっしょに拾ったドングリを入れると、願いの繰り返しが止まる」というものです。
出てきたドングリが落ちる場所は、池のすぐそば。そこに自分で作った木の板を置くと、落ちてきたドングリが弾んで池に落ちていきます。
最初の一つさえ投げ入れれば、あとは待っているだけでドングリが増えていく。しかし、増え方の調整が難しく、増やしすぎてしまうこともありました。
増え方が速くなりすぎると、板をどかしてもドングリ同士がぶつかりあい池に入ってしまうのです。
どこにドングリを置いたか忘れてしまうのはリスにとってはいつものことですが、ドングリを持ちきれなくなってというのは初めてです。
増やしすぎたドングリを池に近いあちこちに隠しても、だれかや何かに食べられてしまうこともあって、すぐに分からなくなります。
そんなリスが、願いごとの繰り返しを調べて分かったのが、このルール。
拾ったドングリ一個を持っておけば、好きなタイミングで池に投げ込んで簡単に繰り返しを止められます。
ドングリ食べ放題の日々を楽しんでいたリスは、その日も増やしたドングリで小さな山を作っていました。今日は何に使おうかと考えていると、後ろから声がかかります。
「……すごい数のドングリだね」
「うわわっ!?」
いつのまにか、友だちのクマがすぐ近くまで来ていました。
大きな体の割に怖がりなこのクマは、足音がとても小さいのでリスはよく驚かされています。
「やめてよ、後ろから急に声をかけるの。ビックリするでしょ」
「ご、ごめん」
「何か用事?」
クマのことをよく知らない動物には「いつも困った顔をしている」と思われていますが、クマをよく知っているリスには本当に困っているのかそうでないかの見分けがつきます。
今日の表情は、困った顔でした。
「根っこ広場で失くし物をしたんだ。探すのを手伝ってくれない?」
木の根っこが入り組んだあの広場は、クマが歩き回るには辛い場所です。体の小さなリスにとっても、探しものをするのは大変な場所。
池にお願いできれば良かったのですが、この池がそういう願いを叶えたことはありません。
ドングリを置いたままここを離れるのは気が進みませんが、リスは行くことにしました。体の大きなクマには、色々と助けてもらったことがあるからです。
「どんなものを失くしたのさ」
「渡り鳥がくれた貝殻」
「えっ、そんなもの持ってたの!?」
話をしていた二匹は、後ろで鳴った小さな水音に気づくことなく池から離れていきました。
――――
しばらく根っこ広場で探しものをしたリスは、全然見つからないので一度ドングリ池に戻ることにしました。増やしたドングリをそのままにして離れたのが、不安になったからです。
「大きなドングリにまとめて、どこかにしまっておこうか」
池に近づくリスの耳にも、コツコツという硬いものがぶつかる音が聞こえてきました。とても、聞き覚えのある音です。
まさかと思うリスの目に飛び込んだのは、ドングリの大雨。
増えに増えたドングリで、池は埋まりつつあります。
「た、大変だぁ!」
リスは、大急ぎで根っこ広場へと戻りました。
ああなってはもう、リスの手だけではどうしようもありません。クマの手を借りる必要があります。
「クマくんごめん、今すぐついてきて!」
根っこ広場に大慌てで戻ってきたリスの様子に、何か大変なことが起こったのだと察したクマは何も言わずにリスの後ろをついていきました。
途中でドングリをひとつ拾い、二匹が池に戻ってきたときにはドングリの大雨が洪水を引き起こしていました。
「何これ……」
「後で説明するから! 今はドングリを掘って! 池まで!」
もう、少しでも時間が惜しい状況です。どうにかしなければ、森がドングリで埋まってしまうでしょう。
大きな腕でザクザクとドングリを掘るクマ。二匹まとめてドングリに埋まりながら、池の水まで進んでいきます。
掘るというよりかき分けるという状況になった頃、ようやく池の水が見えてきました。
リスは、口にしまっておいたドングリをそこに入れ、すぐに願いごとをします。
「願いで増えたドングリを、消してください!」
次の瞬間、たくさんあったドングリは影も形もなくなり、それらに体を支えられていた二匹は池に落ちてしまいました。
「結局、あのドングリはなんだったの?」
「実は……」
池から上がったリスは、クマに事情を説明しました。
ドングリ池のうわさは本当だったこと、ドングリをいくらでも増やす方法を見つけたこと、そして今日それに失敗してしまったこと。
少し気づくのが遅ければ、どうしようもなかったでしょう。
「リスくんはボクと違って、なんでも興味を持つね」
「その分今日、怖い思いをしたよ」
もう、この池を使うのはやめよう。
そう決めたリスですが、その前に一つだけ願いごとをする必要がありました。手伝ってくれたクマへのお礼です。
「クマくんの失くした貝殻と同じものをください」
その後、少しだけ怖がりになったリスは「誰かが自分と同じことをしないか」とドングリ池に通うようになったそうです。
この出来事からずっと先。
リスが隠したことを忘れ、芽が出てドングリでなくなって消えるのを免れた「願いで出てきたドングリ」が大きな木に成長した頃。
木から落ちたドングリが池に入り、森の動物を困らせることになるのですが、それはまた別のお話。