EX.88 「レインボーの隠し技」
「ふふふふ······人間と人形······下級種族とよく分からない生物よ······私をここから出してアキヒトの所へ向かわせろーー!」
「何か久し振りに聞きましたね『下級種族』って言い方······って言うかよく分からない生物って既に人形って言っている事を忘れないでください!!」
「だせ!だせーーー!!私がエネルギー不足で死んでも良いのか!?世界の最大戦力の一つが減っても良いのか!?」
「この前アキヒトに圭子からエネルギーを供給出来ると聞いた事があるし、そもそも君を傷つけないように私の能力で拘束しているんだがね」
「ふぎぃ〜!ふぎぃ〜!!」
「ふふふ、貴方があの場所にいるとかなり厄介だからね。暫く直樹さんの能力で黙って貰おうかな〜って」
「え、お兄ちゃん何処に行ったの?」
「鈴音は知らない方が良い」
弟からの一蹴で、どうやらその態度がムカついたのかグイグイと攻めていく」
「知らない方が良いってパパ的に言うと仲間外れじゃない?つい最近までお兄ちゃんに対して行っていたようなもの」
「ぐっ······まあ、それはそれ、これはこれだよ。俺はアキヒトの様に上手くはいかないって事だ」
けっ、小僧が何故口を閉ざす、と言いたげな(和風)風貌で睨まれて、ハルトは少し凄むが、それよりも後の光景の方が胃がやられると思い絶対に黙る。
言ってしまったら駄目だ。俺だって分かっている。自らの姉が少し程度だろうと願いたいが、ブラコンである事を。
だからこそ言ってはいけない、父さんは恐らく鈴音が暴れても止められないだろうと、
「あれだろう?岡田と一緒にパソコンゲームでもやってるんじゃないか?」
「え?でも、お兄ちゃん外行きの格好だったよ。モフも昨日すごい声で服は大事って叫んでたし」
「ギクリ!!」
おいモフよ。そういう事は思ってても口にすることじゃないぞ。
「ほら〜絶対何か隠しているでしょ!ほら!言いなさい!お姉ちゃん命令ですよ!!」
「ぐぅ······おやすみ······」
「そんなこんな事であたしを騙せると思うなああああ!!」
「ぐぇ!ぐぇ!ぐぇ!やめっ!止めて!!息がっ!出来ないっ!」
ブルンブルン振り回される俺。いわゆるガチギレ寸前の鈴音に、母さんは慣れた口振りで、
「アキヒトはねぇ〜」
「ママ知ってるの!?」
何故か溜めるように言った。
「服を買いに行ったのよ。やっぱりあの子も男の子よね。スズちゃんに頼むのは恥ずかしかったんじゃない?」
的確に、それでいて安全に言ったその言葉に鈴音は満足したのか、もぉ〜お兄ちゃんも大人になったねぇ〜と何故か満足げに言っていた。
ちなみに、そんな最中を俺がBGMとして聴いているのは、先程からとある妖精から放たれる——————。
「ふぎぃ〜!ふぎぃ〜!」
——————と言う声だ。
危険な命綱を渡りきった俺としては今からハーブティーでも飲んで落ち着きたい所だが、どうやらまだ火を点ける準備もままならないらしい。
「·····················」
先程から、父さんはずっと無言でレインボーの事を見ている。いや、どちらかと言うとレインボーが握っている闇を凝視している。
ジュ〜と、いわゆる焼き肉を行なっているような、今から香ばしい匂いをしてもおかしくないような音がレインボーの手から鳴っているのだ。
しかし、それはレインボーが焼けている訳ではなく、寧ろその闇の断末魔の様に聴こえた。
「"暗黒監獄„······」
「············?」
「元々この技は私の能力『異次元』の中でもかなり大人しい方。敵を拘束する為の技だが、おかしいな······」
「ふふふ······」
「何を考えている。妖精よ」
「そりゃあ、答えは一つしかないでしょう?」
パキリといとも簡単に闇を砕き、脱出しようと翅を振る。
「『不可思議な紛い手』······元々これはカレン対策に創り出した力。まさかこんな所で披露するとは思いませんでしたよ」
「ああ······こんな喜劇じみた話の中で出すような技じゃないのは確かだな······モフ!」
「合点です!"ガードフォルム„!」
ぐもぐもと膨らんだ毛皮の姿で、モフはレインボーを捕まえた。しかし——————
「もぎゅ!?」
「残念ですが貴方じゃここでは何の力も持ちませんよ。私の『赤』は熱を含みますから······まあ、気球の様に飛んでいきたいなら別ですけど」
「モフ、離せ!!」
ハルトに言われるその直後にモフは手を離し、残った空気で軽く飛んでいく。
「ふふふ······まるで穴の空いた風船ですね」
「もぎゅうううううううううう!!」
「モフ!!」
鈴音は急いで『糸』を伸ばし、モフの体に引っ掛ける。
暫くは後ろめりになっていた体もようやくと勢いを失くしていき、元のモフに戻っていった。
「ちっ······」
アキヒトの防衛戦が無いだけでこれだけも違うのか······!!
ハルトは心の中でそう叫んでいた。
レインボーは能力の中でも最強クラスの強さを誇っている。その上、代償も無しに人間サイズになれると言う特異的な特殊能力まで付与されている。
両親である直樹と圭子がいる限りでは少なくともなんとかなるのだが、傷一つつけてはならない事と、レインボーをこの家から出してはいけないと言う条件では難易度など遥かに伸び上がる。
どうすれば······!
するとの緊張を破ったのは母さんだった。
宮田圭子能力『妖精使い』その真髄は妖精だけにあらず。精霊、更には魔獣すらも従わさせる力も持つ。
母さんは口笛を吹いて、たくさんの妖精を呼び出す。
天井から、床から、壁から——————むしろこんなにもいたとは思わなかったほど可視化されていく。
アキヒトが妖精を呼び出す場合、その原本であるアキヒトの体の何処かから(フードを付いている服を着ていた場合はそこが扉代わりになるらしいが)媒体となって現れる。
つまり母さんはこの家を媒体して妖精達を押し込んでいると言う事なのか。
「さあ······行きなさい!!」
「キャーーーー」とレインボーへと向けて飛び込んで行く数多の妖精達——————だが、
「止まれ!!」
ピタッ。
··················え?
レインボーの甲高く吠えたれた命令を妖精達は受け入れた。
しばし周りの様子を見ていて気づかなかったが、レインボーの姿も少女の姿へと変わっていっている。
「整列!!」
「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」と連なっていき、妖精達のきれいな整列を見せられている。
全員がきれいな光を発光しているので、幻想的な光景だった。
レインボーは圭子と同じポーズをとって。
「行って、みんな!!」
「「「「「「「「分かりました!!」」」」」」」」
そう言ってこちらに飛び込んでくる妖精の波、俺達は悲鳴を上げる間もなく——————
「「「「「「「「「「「ギャア!!」」」」」」」」」」
全員が全員同じ様な悲鳴を上げて、消え去って行った。
「"無明·三日月卸„」
カチリと刀を鞘直した父さんがその一閃で妖精達を斬りさったのだ。そして、それは——————
ただの『殺気』。
グォン!と一気に全てが変わっていった様な感じ、たかが一人の殺気に俺の細胞全体が慄いたのだ。
そんな事、ガオウさんとの戦いでも、ミラ·ライズとの戦いでも無かった。
これが、何年も休み無しで殺し合いをした事のある人間の殺意。
「これだけの闘志······いや、殺意ですかね。これは怖い。人間がここまで出来るとは驚愕ものですよ」
「驚愕ついでに君の臨戦態勢もやめてくれないかな?出来れば傷は付けされたくない」
「こっちもやめてくれませんかね?家を傷つけないように必死だったのに」
二人はそう平然と話すのだが、他は違う。
俺とモフと鈴音は三者三様に転がっていった。
まるで、この空間から逃げ出したいかのように。
疑問ばかり溢れ出す頭に、その目に映ったのはその殺意は人だけには伝染していないという事。
床が軋み、机が震え、花瓶にヒビがはいる。
「"無明——————」
今度は父さんは鞘の付いた状態で、振りかぶる。
「秋時雨„!!」
そこは何もない所。だが、レインボーは瞬時に飛び込んでその刀を掴んだ。
カチャカチャと鞘の中でどれ程の振動が起こっているのか分からないほどに、内部は振動を繰り返す。
「中々強いな······たが、知恵が甘い」
「!?」
気づいた時にはもう遅く、レインボーの全体には黒い楕円の球体が包み込んだ。
「"時間遅れの監獄„············人は他とは違い、知恵を与えられた。おかげで色々考えたよ、能力を壊す相手にはどうするべきなのかを」
「ふふふ······何を勝ってるつもりでいますか。私にはルールブレイカーがある。残念ながらこの技も——————!?」
驚くのも無理はない。俺だってそうだった。先程の暗黒監獄すらも一部を破壊するだけで、ドミノ倒しの様に全体が壊れていったのに、今度はレインボーの手が空間を突き破っただけで他は壊れなかった。
「この技は暗黒監獄を何重にも何層にも積み重ねて創り出した技だ。たった一回で壊されないようにな。······さて、後は時間稼ぎだ」
「?」
ロジック·ラビリンスを何度も修復して父さんは言った。
時間稼ぎ······?
するとまるで見計らっていたかのようにインターホンの音が聞こえた。
「鈴音応対しなさい」
「え······?······うん」
鈴音は少し疑問の残る顔で言ったが、そそくさと玄関へと向かっていった。
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「ちっ、間に合わないか」
次々に開いていった闇を父さんはとうとう抑えきれなくなった。
父さんは少し力を抜くと——————
レインボーは飛び出していって。
「"アルゴ·ノゥ——————」
「"ドラゴニック·ライズ„」
緑色の光る龍に拘束された。しかし、その笑みは消えず。
「こんなもの······ルールブレイカー!!」
カシャンとガラスが割れていく様に消えていったその龍の中に、1本のロープが内装されていた。
ぐいっと締め付けるとレインボーはバランスを崩したのか、倒れていきジタバタを暴れる。
「本来これは暴走した妖精を取り捕まえる為に造られた特別製だが、まあ別に良いだろ」
この部屋の入口辺りから人影が浮き出てきた。
そこには少しばかりの偉丈夫がいて、
「余島大和ただいま見参!!」
洋服に身を包みながらも、華麗な歌舞伎のポーズで現れた。
@@@@@
まずい!!
レインボーは身を拘束する1本の細いロープに危険を察知していた。
これは存在するもので作られたロープだからルールブレイカーが通じない。だからって力まかせに引きちぎる事も出来ない······!!
レインボーは芋虫の様にうねうねと動いて逃げようとする。
幸いこれはツギハギだらけのもの。私の事を知って急遽作ったものでしょう。だったら抜けれるチャンスはある。
そう考えながら進むその先にはパックンがいた。
レインボーはパアァと目を輝かせ、
「これを外してくださいパックンさん!」
「パクッ!!」
頭を食べられた······え?
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「む」
その姿に真っ先に気づいたのは直樹だった。
その次に気づいた圭子はパックンの下に近づいて。
「あら〜だめよパックン。あま噛みならいいけど」
いやだめでしょ。
························。
·······································。
················································。
かなりの沈黙。決して頭をかみちぎられていないと願いながら俺はこのままじっと見つめる。
すると、ピクッと足辺りが動き、
「ああああああああああああいやああああああああああああ!!えっ、何これ!?どうなってるの!?口の中!!口の中だよね!?誰か答えて!!お願いいいいいいい!!」
「うんパックンの口の中だよ」
そう答えた鈴音の方をちらりと見て、悪そうな顔をしているのを確認し少し溜息がでる。
「···························出してくれませんか?」
冷静だ。いや、冷静を装っているんだ。何故なら未だに手足がぷるぷるしている。今にさえ「ああああああああああああこれじゃベロですかああ!!」と叫び出したいんだろう。
「今日は諦めくれるなら良いよ」
「······························」
「じゃあ暫くパックンの口の中で過ごしてください」
「いやああああああああああああ!!分かりました!!分かりましたから我慢しますから!!解放してください!!」
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「————————————っていう事あったんだよ」
そうハルトに伝えられた俺は、ちょっとテカっているレインボーを見て。
「わざわざ一話まるごと使うことなくね?」
としか言えなかった。




