EX.70 「液体と氷」
真っ白な空間。その中にゴツゴツとした機械の数々と、二つの人影があった。
方や白衣を身に纏い、方やバトルドレスを身に纏う。
そして青色の髪にまん丸とした白衣の少年にも似た存在——————レオナルド·アグラ·マルが白衣の中に手を入れながら話す。
「君をモルモットにする前に君が辿り着いた答えを教えてもらおうかな······終わった後の君の絶望する顔が堪らなく気になってくるからね」
そう、卑怯な笑いを零しながらレオナルドは話す。
アスナは愛剣サテライト·テンペストを中段に構えながら答える。
「『人体の機械化』······でしょう。知り合いに詳しい人がいるから知ってるけど。あなた悪趣味ね」
『人体の機械化』——————それは、その名の通りに人体にマイクロチップなど埋め込み、その効率化をはかること。
今現在ではそれが顔パスのような扱いをしているが、本当に怖い所は別にある。
それは『人体自体が殺人を犯す為の道具になりうる』からだ。もちろん人が人を殺すなど、何百万年の人類の歴史の中でそんな事は無かったと言えるほど人類は素直な存在ではない。
しかし、もしも人体の中に『銃』が埋め込まれていたらどうなる?
答えはやはり『殺戮』の一言であった。
それに真っ先に気付き、キングは人体の改造を即座に禁止した。
しかし、その前にこの実験はほぼほぼ白紙になっていた。その事に一番の理由に『人体に収納が難しい』と烙印を押されていたのだ。
もしも銃が実際に収納されたのなら火薬の消費や空薬莢の処理などが難しいと認定され、その技術さえもほぼほぼ消去されていた。
そしてレオナルド·アグラ·マルはその決断に反対している科学者の一人である。
命を散らすのも、救うのも科学者の力。彼はそう考えていた。
そう考えて、悶々としていた彼に。『ミラ』と名乗る人物にモルモットである人間とその為の予算やその他諸々を貰い。彼はその『ミラ』に忠誠を尽くし、自らの知能を捧げた。
その『ミラ』が本来。何を考えてこんな行動を行ったのかは不明だが、レオナルドは実験の途中に現れた人物を捕虜する為に。
自分の身体を改造した。
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「この世界で最も人体を改造するのに簡単な方法は知ってるかい?」
注射器を手先でくるくると回しながらレオナルドは話す。
アスナは何を言っているのか分からないと言う様に片眉を上げる。
「答えはね······こうだよ!!」
「!?」
ブスリと荒々しく注射器を自らの腕に刺したレオナルドの姿にアスナは驚いた。
すると刺した痕からビキビキと盛り上がり。そしてそのまま——————
——————何かをぶん投げた。
その投げられた物は、亜音速にスピードで飛び出して、もはや反射神経で避けることでさえ奇跡とも思えた。
そしてその目が一瞬映したのは、針の付いていない注射器であった。
その注射器はアスナの後ろ側でぶつかり、破裂し、発火して爆発した。
レオナルドは白衣の中から恐らく同じ種類であろう注射器を何本も取り出して何度も投げつける。
そしてその注射器をかろうじて避け続けるアスナには反撃をする余裕が無かった。
すると、くっくっくっ······笑うレオナルドを見て少し疑問を持つ。
それと同時にレオナルドの追撃が止まったのを良いことに、アスナは反撃のモーションをとって走り出す。
「全く面白い存在だよ人間は······こんなにも容易く罠にかかってくれる」
「え······!?」
レオナルドのそんな言葉にアスナは反応しようとしたが、行動が遅かった。
ズボッと白い地面に片足が嵌り動けなくなってしまう。
「おめでとう······さあ、実験タイムだ」
レオナルドは多種多様の色の液体を取り出してニヤリと笑った。
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レオナルド·アグラ·マル——————彼は半熟性能力である。
半熟性能力とは本来の成熟性能力——————つまり純粋の能力とは違い、特異的な変化を遂げた能力の事である。
例えるならば『炎』から『マグマ』に『木』から『木刃』へと変わる様に、能力自体が変化した能力の事である。
そこで大事なのは本来の純粋な能力にもう一つの純粋な能力を混ぜ加える事で、特異性に変わっていくという過程が存在するのが確かだ。
そしてレオナルドは『水』から特異した『液体』である。
その範囲は自身のおよそ50センチメートル。その範囲の中なら、筒状の空間もしくは広範囲の液体にいかなる化学物質を生成することが出来る。
そして、真の技とは——————
「僕は他人の能力をこの注射器を使って狩り染める事が出来るんだが······どうだい?これは君たちが最初に出逢っている化物の能力なのだが」
クロディック·アウストナルの能力『空間移動』
それは、『瞬速転移』の下位互換なのだが、小さな物質をスムーズに送り出したり、引き出したりすることが出来る。
レオナルドは常時白衣の中に発動させており、いつでも注射器やらなんやらは取り出す事が可能になっている。
「おまけにこいつだ」
レオナルドは黒色の液体を首筋に突き刺して、中の液体を注入した。
そしてそのまま自らの髪を毟り取って放り投げる。
「さあいけ"食欲髪„」
その青色の髪はまるでその全てが自らの意思を持っているかの様にアスナに絡みつく。
「あっ······」
アスナは膨れ上がり、増殖してゆくレオナルドの髪に身動きが出来なくなって、声を漏らす。
レオナルドは空の注射器に能力でとある液体を注入して嗤う。
「さあ、後はこの一発で君を痛みも感じさせず、何一つ考える事が出来ないモルモットにすることが出来るのだが。優しい僕は最期の言葉くらいは聞いといてあげるよ」
「··················!」
ゴニョゴニョと呟くアスナにレオナルドは耳に手を当てて。
「え?何ですって?」
「あなたには負けないって言ったのよ」
アスナは能力『二次元』に収納しておいた『ハサミ』をオート機能で、絡み付いた髪を切り裂いて自由になった右腕で『サテライト·テンペスト』で振り抜く。
「おぉぉうあっ!!」
レオナルドはすんでの所で背中を反り上げて避けたのでアスナは「くそっ」と呟く。
「あっぶなぁぁぁぁ!!でもなあああ!!」
レオナルドは片手に無地のトランプを、片手に先程の液体が詰まった針なしの注射器を持って、かかってくるアスナに獰猛な笑みを見せて。
「死に晒せぇぇぇぇぇええええ!!女あああああ!」
その注射器はトランプの中を通っていき、アスナの背後にある対のトランプから出て行って。
無防備なアスナの頭部に、直撃し。
注射器は粉々に砕け散って、そのまま引火し、爆発——————しなかった。
「ヒュぅぅぅぅぅう!!」
「きゃ!!」
「なぁっ!?」
なんとアスナの髪の中から水色の妖精が現れ、その息で液体全てを凍らせた。
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「アキヒトアキヒト?」
ここは『焦燥の塔』の階段付近、レインボーはアキヒトの髪の毛を引っ張ってある種の疑問をぶつけた。
「?」
俺は肩に乗っかってるレインボーに顔を向ける。
レインボーは俺の顔の半分位の大きさなので、対比が恐ろしい。
ふと、そんな話を昔したのだが特にレインボーは気にはしていなくて、むしろ好意を示している。
·········理由は聞きたくないのだが。
「そう言えば、私以外の能力を使いませんでしたね。もちろんそれが私的には嬉しいのですが、他の能力を使ったほうがもっと楽だったじゃないですか?」
なんだ、気づいていたのか。
俺は人差し指を立てて、彼女の疑問に答えようとする。
「今、俺はアスナに能力を貸しているからな。その時は自分の他の能力は使えないんだ」
「えっ、でも私は······」
どうやら彼女は自分は俺の能力扱いになっていないのだと焦っているらしい。
そんな彼女に俺は優しく。
「レインボーは俺の『パーフェクト』でも生成することが出来ないような特別で唯一の妖精だからな、安心してくれよ」
すると、レインボーは平たい自分の胸を張って。
「そうですよね!!私はアキヒトにとってたった一人の妖精ですからね!!」
俺はそんな彼女に微笑んで、階段に一歩踏みしめた。
そういえば······アスナに貸した妖精はたしか······。
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「なんでだなんでだなんでだなんでだなんでだ!!僕の能力はそんな簡単に凍るはずが無いのに!?」
「私の技の中では全ての液体は無力ですよ······私は『氷』······"絶対零度„の氷の地獄からは逃れられない」
「そんな娘いたの!?」
もちろん驚いたのは私こそアスナだ。
レインボーが虹をドレスを着ていたのに対してこの子は氷の結晶で編まれたようなドレスに王女様のようなティアラをしていて、全身水色の姿であった。
彼女がいたであろう所を擦ってみると、キシャと音がなって霜っていたのが分かってしまう。
いつから!?と思うのが先で、誰が!?は妖精が現れた時に分かっていた。
アキトくんがもしもの為に用意してくれてたんだ······。
フワフワと浮いていて目付きの鋭い氷の妖精からは独自の冷たさと彼の温もりを感じた。
すると氷の妖精がギロッと睨まれちょっとばかし怯む。
「本来貴方に手伝う気はさらさらないですが。アキヒトの頼みですからね仕方ありません」
これが俗に言うツンデレなのだろうか。いや違うな、アキトくんへの妖精達の好感度がマックスなのか······。
アキトくんは昔いわゆるボッチのようなものだったので、妖精といる時間の方が長かったらしくとても仲が良い。寧ろ仲が良いを超えている妖精も多い。
しかしアスナはそれを口には出さなかった。時には野暮と言うものもあるのだ。
「それじゃあ、さっさと終わらしてくださいね」
「え······?」
すると抜身の剣がカチカチと凍っていき、歪な形を遂げた。
「『黄泉の冷気の剣』ですよ。これなら液体の脅威には晒されません」
するすると説明され、反論とかも出来ずに——————だが、その剣は頼もしい。それだけが分かった。
アスナは右腕を絞り、右脚を少し後ろにずらし、心臓のタイミングを図る。
ドクンドクンと心臓の高鳴りが聴こえてくる。
この妖精は最低限しか手伝ってくれない······それは恐らくアキトくんが望んだ事。アキトくんはこういう事には甘やかさなかったから······。
アスナは一回深呼吸をして。
「終わらせる······!」
飛び出した。
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レオナルドは瞬時に白衣の中に手を突っ込み、注射器を出す。
しかし—————————
「なあ!?」
剣が放つ冷気により注射器はパキパキと割れていった。
くそっ!!だったら······!
レオナルドは『不凍液』である。他人の能力を掠めた液体を取り出して注入する。
するとそこからゴツゴツとしたダイヤモンドが盛り上げてくる。
ダイヤモンドの硬度であったらこいつを殺す事が出来る。
実験対象にできたかも知れなかったが、今はどうでもいい。
砕け散れ!!
レオナルドの拳は吸い寄せられる様にアスナに向かっていき——————
アスナにぶつかる直後にアスナが煙の様に散っていった。
「『蜃気楼』ですよ」
まるで止まったかと思う様な時間の中であの後ろにいる妖精がはっきりと言った。
「その剣には強い冷気を発する様にしています。そして少し手前に強い熱反応が感じられました。その結果あの女は少し避ける時間が出来た。——————貴方はあの女が来る少し前に既に空振ってましたよ」
目がはっきりとして、蜃気楼の液体を分散させる直前。アスナが現れた。
「何をおおおおおおおおおお!!」
「遅い!!」
その剣はレオナルドの小さい身体に突き刺さり、全身を凍らせていった。




