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春:始まり:初めての友

  入学式の日、彼、小泉 陽也は、人生二度目の恋に落ちた。

  桜並木を悠々と歩く姿は、正しく女神。自分だけの空間を醸し出し、他を寄せ付けない。独特な雰囲気を纏っていた。




  嗚呼、確か、彼女の名は

 ──────柊 美花。






 ___高校二年:春



 クラス替えが気になり、大体の者が普段より早く登校する。彼も例外ではない。


 ───楽しみだなぁ!


 心を踊らせながら、昇降口前に掲示されていた名簿を見る。自分の名前を探し、同時に彼女の名も探した。



 ───あった! 僕は…二組か。柊さんは…。



 入学式のことを思い出し、少し顔を赤らめる。誤魔化すかのように俯いたものの、矢張り、気にはなるので名簿を見上げることになる。


 ───ひ…ひ…あっ……。


「っ…!」


 ───同じクラスだっ…!


 歓喜のあまり、思わず声が出そうになる。寸のところで押し止め、体の奥へと戻した。

 入学式のあの日、前を歩く彼女がどうしても気になり、調べた。すると、彼女の名は、柊美花という名前で、体が少し弱いらしい。体育はいつも見学していたようだ。


 あまり接点はないのだが、唯一、彼にとって至福の時間があった。

 それは昼休み。読書家である陽也は、図書室に足を運ぶようになる。そこで、発見したのだ。図書室の隅で本を読んでいる美花を。話しかけようにも、勇気がないので遠目から眺めるだけだが、それでも陽也は幸せだった。


 ───同じ空間にいて、同じ空気を吸うだけでも良かったのに…同じクラスで常に一緒とか…僕…死ぬかも…。


 などと、大袈裟なことを考え、そそくさと自分の靴箱に靴を入れ、上履きに履き替える。階段を使い、三階まで上がると、初めて入る教室に少し感動した。


 ───ここが…二年の教室…。レイアウトは変わらなくても、窓から見える景色が違うだけで、なんだか成長した気分だ。



 黒板に貼ってある模造紙に、自分の出席番号と席が書かれていた。


 ───えっと…僕は五番だから…。


 廊下側の後ろから二番目の席。そこが、次の席替えまでの陽也の席である。


 ───…柊さんの席とは遠いな…。


 美花の席は、窓側の前から二番目。殆ど真反対である。


 ───少し残念だ…って何考えてるんだよ僕!! 同じクラスになっただけいいじゃないか!


 高望みはやめろと自分に言い聞かすものの、心のどこかでは、近くの席に…あわよくば、隣になりたいと思ってしまう。


 いつの間にか前に人が座っていることに気付いた陽也は、少し驚いて、「うわっ」と声を上げてしまう。

 前の男子生徒の肩も跳ね上がり、怪訝そうな顔でこちらに向いた。


「なぁ」

「は、はいっ!」


 怒っていたようなので、陽也は身を縮こめてしまう。

 威圧感のある男で、同じ高校生なのかと疑うくらいだった。


「…んな、ビクビクすんなって」


 突然明るい声に変わったかと思うと、陽也の頭をガシガシと撫でた。


「…へ?」


 素っ頓狂な声が漏れ、恐る恐る顔を見ると、彼は笑っていた。


「お、やっと目が合った」

「あ、あの…」

「俺ァ葛野 (ひさし)っつーんだ。永遠の永でひさし。 」

「…珍しいね」

「よく言われる」


 日々言われてきたことを思い出したのだろうか。彼は、乾いた笑いをこぼした。


「んで、お前の名前は?」

「えっ…えっと…」


 人見知りである陽也にとっては、難しい自己紹介。…これはこれでこの先大丈夫なのだろうかと、心配になる。


「僕は…小泉……はる…や…です…」


 段々と語尾が小さくなっていく陽也と目を丸にしてキョトンとする永。傍から見れば、カツアゲの現場だと勘違いされてしまうかもしれない。それほどまでに、シュールな光景だった。


「…」


 何も口にしない永に疑問を抱いたのか、陽也は首を傾げる。


「っ…はははっあははははっ!!」

「!?」


 何の前触れもなく笑い出した永に怯えた目を向ける。


「っふ…悪ィ悪ィ」


 目元に浮かんだ涙を拭いながら、未だに収まらない笑いを堪えている。


「ど、どうしたの…? 僕…なにかした…?」


 おどおど陽也が聞いてみると、意外な答えが返ってきた。


「いや、何、お前のせいじゃないさ。折角いい名前を親御さんから貰ったのに、なんで自信が無いのかなって思ってな」

「…いい…名前…?」

「ああ。はるや、なんてかっこよくていいじゃねーか」

「で、でも! 僕、名前のように明るくないし…名前負けしてるって…みんなに言われてて…」

「名前負け? 何言ってんだよ! お前…陽也は太陽のように心が澄んでいるから名前負けなんてしてねぇよ!」

「葛野くん…」


 感動して、目を潤ませている陽也を永はじっと見つめた。


「なっ…今度は…なに…?」


 永は後ろに向けていた体を前に戻し、思いっきり背もたれに寄っかかる。

 ガタンっ…と大きな音がしたので、周りの注目が一瞬だけ集まるが、それも、ほんの数秒のこと。すぐ自分たちの話や作業に移っていた。


「いーや、心だけじゃなくて、お前の目の中にも、ちゃんと火が灯ってんだなーって」

「火?」

「そ。決して消えることのない決意の火。…お前も色々あったんだな」

「っ…な、何を言ってるの…?」


 永から距離を取るように、椅子ごと少し後ろに下がる。

 あからさまに動揺した彼に、永は変わらずの口調のまま話した。


「…ただ、そう見えただけだ。話したくない過去は誰にだってある。……俺だって___」


 永が最後に言った言葉は、陽也に届くことは無かった。永は暗い表情をすぐに明るく戻し、陽也に接する。


「ま、気にすんな!」

「う、うん」


 なんとも言えない心のつっかえを残しながら、このクラス初めての友達ができた陽也は内心嬉しく思っていた。

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