怯え
悪夢のような現実から程なくして僕はなにか吹っ切れたようによく笑うようになった。
ただ、それも学校の中でだけ。
中学生になって少し大きい学ランに袖を通した頃には既に父と僕の二人暮らしだった。
元々6人で住んでいた部屋だ。小学校とは下校時間が変わっても父が帰ってくるまでの
時間、広い部屋で僕は一人呆然とテレビを見ることが多かった。
離婚してしばらくは父のことすら信じることが出来なかったと記憶している。
離婚前より何時間も早い帰宅。スーパーのレジ袋を下げて疲労困憊といった感じで
キッチンへと向かって料理をする。
父の料理は簡単で美味しい物が多かったが、仕事もあるためか惣菜も多かった。
半年から一年ぐらいだろうか。父はほぼ毎日早めの帰宅を心がけてくれていた。
しかし僕は離婚前の父の帰宅時間を知っている。
要領が悪いのか、単に仕事量が多いのか、どちらにせよこの生活は長くは続かないと
悟っていた。
それからしばらくして早めの帰宅を心がけていた父との会話は
「ゴメン。置いといたお金で飯買って食って」
その一言で激減した。
僕は戦慄した。
父までもが、再婚相手を見つけてくるのではないかと。
母親が必要だと、そう感じてしまう時が来るのではないかと。
別に新しい女性と幸せを築くのは悪いことではない。
ただ、僕の場合母が女性だったと。
母親である前に女性だったと認識してしまった。
世の中の男女が信じられなくなった。
こんなことはドラマだけで十分だ。
父の未だ聞いていない言葉に怯えながら僕は家で父の帰宅を待った。