気づき
僕は忘れない。母の一言を。
年末、ビートたけしさんがお笑い特番で
「不倫するやつは大概それが純愛だと言う」という様なことを言った。
それを聞いた僕は即座に何年も前の母の一言を思い出した。
小学生の時は教育の方針で夜9時には布団に入ることになっていた。
お陰で友人間の深夜帯のテレビの内容にあまりついていけてなかった。
閑話休題。
父は母曰く『仕事大好き人間』だと言う話を何度か聞いていて、
父は兄弟全員が就寝してしばらくしてから帰ってくる人だった。
当時の僕には何が原因で遅く帰ってくるのかは知らなかったが、
深夜父が母に怒られているのを寝付けない僕が定期的に聴いていた。
両親の仲はすこぶる良いと感じるほどではなかったが、
一番下の弟が生まれてしばらくは玄関先で所謂“行ってきますのチュー”をして
いた記憶があったので夫婦仲が悪いといった印象は無く、
どこの家庭にもたまに怒られる父がいると思っていた。
末弟が保育園に通い出してしばらくした頃、母はフラメンコを習い始めた。
当時の僕は発表会の時の写真を見せてもらったことがあった。
普段とは明らかに違う濃いメイク、真っ赤で派手な衣装と飾りを身に付け、
笑顔で写真に写る母を見て、イキイキとしていて楽しそうだ。と思う反面、
少し複雑な心持ちだった。
僕を含めて4人も兄弟がいると大体大騒ぎなので、夕食前の母は力尽きている
ことが多く、もしくは機嫌が悪い。
そんな母はフラメンコを始めてから機嫌が良いことが多く、
僕らが学校に行っている間に出掛けたりすることが多くなった。
当時保育園児で一緒に連れて行かれることが多かった末弟曰く、
「男の人とよくご飯を食べる。」
僕は不審に思った。
しかし母も大人だし男性知人ぐらい居てもおかしい事ではない。と納得させた。
それからも同じ男性と食事・外出している事が分かり、
妹や次男もその食事会などについていくことが多くなったが、
僕は最悪『そういう相手』だったとしても誘いに乗ってはいけない。
出来ることなら止めなければならない。と思っていた。
今思えば手遅れだったのかもしれない。
そして、冒頭の母の一言につながる質問をする。
芸能人とかドラマとか遠い別の家庭でのみ使われていると思っていた言葉。
小学校高学年でこんな言葉を口にするなんて僕自身一番思わなかった。
大人同士の恐ろしい空間を覗き見るようで、鼓動が早くなる。
のどが渇いて、恐怖のあまり震える声で、それでもしっかりと。
「お母さんは“浮気”しているの?」
聞いてしまった。
その時の僕は現実を見たくない思いと長男として現実を直視しなければならない
という思考に板挟みになってとても辛かった。
でも、訊かずには居られなかった。
母の機嫌が良かった顔は一度真顔にリセット。ゆっくりと僕の方を向いて、
「浮ついていないから浮気じゃないのよ」
と決して大きく無い声で言った。
頭をぶん殴られたような感覚だった。
頭のなかで、その一言がぐるぐる回り、その後聞き返したのか無言で去ったのか
覚えていない。