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03 椿

この回はネガティブな表現があります。ホラー風味。


 



 平屋の大きな和風の家……。とても都心にあるとは思えないほど大きな和風のお庭。

 集まってくる小鳥達の囀りに耳を傾けながら、私は年季の入った古い竹箒でお庭を掃き清めていく。

 私が動く度に黒い布地がヒラヒラと揺れる。

 白い刺繍が施された清楚な黒いセーラー服。

 皺一つ無く折り目正しい黒のプリーツスカート。

 校章が刺繍された黒いハイソックスに、黒革の艶やかなローファー。

 上から下まで見事に黒ずくめだけど、私は何となくそれを気に入っていた。

 私は思う――今の世の中には可愛いもので溢れているけど、そんなものは私に似合わない。まるで鉄のような、くすんだ髪色の私には似合わない。

 笑顔一つ、まともに作れないようなこんな私には似合わない。


 庭を掃き清めたら、次は庭木の手入れをする。

 とは言っても、私が触れるのは一本だけある“椿の木”だけで、それも偶に来る庭師のおじさんに聞きながら、少しずつ弄っているだけ。

 指で触れて枯れかけた枝を折る。伸びすぎた枝をハサミで切る。余分な枝を落とせば残った枝が綺麗な花を咲かせてくれる。

 全体の美を整える盆栽とは違う。私はただ綺麗な花を咲かせたかっただけだ。


「どうしよう……」

 以前から気になっていた枝が一本ある。

 何となく残しているうちに木から伸びすぎてしまったその枝は、もうハサミでは切れないほど太くなっていた。

 高枝鋏でもあれば切れるのでしょうけど、庭木の手入れは庭師がやってくれるので、家にそんな物は無い。

 確か……納屋にノコギリはあったかも。でも私は少しだけ刃物が怖い。ハサミはだいぶ慣れたけど、ノコギリのように沢山の刃のある物はとても怖く感じる。

 その時――視界の隅に“白い蝶”がふわりと舞った気がして――


「僕が切ってあげようか?」

「ひゃっ!?」

 突然囁かれた声に漏らしてしまった“声”を手で押さえ、思わす落としてしまったハサミを、男の人の手が予見していたようにあっさり受け止める。

「あ、秋乃(あきの)兄さん……」

「おはよう。椿(つばき)


 椿。それが私の名前。

 三年前――あの冷たい雨が降る日、私を保護してくれたお祖父様――深見(ふかみ)千丈(せんじよう)さんが付けてくれた名前。

 記憶も無い。何も持っていない子供を引き取り、そう名付けてくれた。

 あの日、綺麗な椿の花が咲いていたことから、私は“椿”と名付けられた。


 彼……私の兄となってくれた深見秋乃が、手にあるハサミの柄をそっと私の手に乗せてくれる。

「ごめんね。驚かせた?」

「い、いえ……」

 私は秋乃兄さんに言葉少なに答える。兄は少々悪戯者だ。私の反応を見てからかっているようにも見える。

 私より三つ上の高校二年生だけど、立ち振る舞いは大人びて優雅で、今も端正なその顔を私に近づけてからかうように微笑んでいて、分かっていながらも私の耳が少しだけ熱くなった。

 でも、そんな態度も、新しく家族となった私を馴染ませる為だと思う。

 この深見家の人達は、名前さえ覚えていなかった私を、本当の家族のように接してくれている。

 私は……彼等に何も返せていないのに。


「兄さん、って呼ばれるのもいいけど、お兄ちゃんって呼びたくならない?」

「え、……その…ごめんなさい」

 秋乃兄さんは偶にそんなことを言う。出会ったばかりの頃は『おにいちゃま』と呼んでくれとも言われた。

 でも私はそれを出来ない。ただ拾われただけの何も無い子供である私は、彼等に心から甘えることが許されないような気がしていた。

 それに、そんな可愛らしく振る舞うなんて、私の“声”では似合わない。

 三年前のあの日、喉が裂けるほどの叫びを上げていたと言う私の声は、普段はそれほどでも無いけど、感情が高ぶると低くなる。

 だから私はあまり話さない。声をあまり出さない。だからごめんなさいと頭を下げる私の頭を、秋乃兄さんが優しく撫でてくれた。

「そろそろ朝ご飯にしようか。早く食べないと遅刻しちゃうよ」

「はい」


 私の名は“椿”。

 それ以外、私は自分を何も知らない。


   *


 学校は退屈だったけど、授業では日々新しいことを教えてくれる。

 でも、それは本来なら将来の為の大切な知識であるはずなのに、自分の未来を想像出来ない私にとって、それはただ点数を取るだけの知識に成り下がっていた。

 私にも、少ないけれど“友人”のような人は居る。

 朝と帰りに挨拶をする。声も掛けてくれる。一緒に昼食を食べることもある。

 でもそれは“友達”と言えるのだろうか。

 仕事の業務連絡と何が違うのだろうか。

 電話で夜遅くまで語り合ったりもしない。休日に待ち合わせして買い物に出掛けたりもしない。互いに悩みを打ち明けあったりもしない。

 私の中に何も無いから。

 だから、語り合う理由が無い。一緒に出掛ける必要性を感じない。悩みは誰にも理解されるはずが無い。


 ポンポンッ…と、逆さにしたゴミ箱を叩いて残りカスも集積所に捨てると、ゴミ箱を抱えてゆっくりと教室へと戻る。

 戻っても教室には誰も居ない。部活に塾に習い事、どうしても外せない“約束”があって、同じ掃除当番の彼女達は“急がなくてはいけない”らしい。

 まぁ、一緒に来られても、話す会話は無いのだけど。


「……あ、」

 何かに引っかけでもしたのか、二つの三つ編みにしていた片側が解けかけていた。

 やっぱり紐は解けやすい。ただ髪を結わえるだけならゴムの髪留めでも充分なんだけど、お祖父様は何か信念があるのか、可愛らしいリボンか、綺麗な結わえ紐しか許してくれなかった。

 この学校ではそれほど派手でない限りは髪留めはある程度自由に出来る。

 大正からある由緒正しい女学院だけど、最近では正統派のお嬢様だけではなく、一般家庭の子も多く在籍しているから、髪留め程度では煩く言われない。

 私はどうせ解けてしまったのだからと、両方の三つ編みを解く。

 後は帰るだけなのだから放課後なら髪を解いてもそれほど煩く言われない。と思う。

 手櫛で整えると、くすんだ色の髪がそよ風に流れる。

 この三年で髪も随分と長くなった。短い方が手入れも楽そうな気がするけど、伸び始めた私の髪に、本家のお兄さんやお姉さん達が、綺麗になった、大人っぽくなったと褒めてくれて、そんな人達が居てくれることが嬉しくて……私は切るに切れなくなってしまった。


 お日様が傾きかけて、校舎の影が集積所のある校舎裏を暗く染める。


 こんな場所は好きじゃ無い。


 こんな場所には――アレが出るから。


 草木があるのに陽の当たらない場所。人が通るのに人気の無い場所。必要な場所なのに好まれていない場所。

 何かがいる気配がする。でも探しても何も居ない。微かに感じる饐えた匂い。何かが淀んでいるのを肌で感じる。

 ここはきっとそんな場所。そんな場所には、“アレ”が居る。

 一瞬だけ視界の隅を通り過ぎる小さな何か。ゴミか虫かと思い手で払っても何も残っていない。

 探しても見つからない。でも確かにそこに居る。

 何かが淀むところには、それが()る。


 それを人が“認識”することで人の前に姿を現す。

 存在を認めて貰ったことが嬉しくて……。認めて貰った姿が醜いことが悲しくて。

 もっと認めてほしくて、心を持つ存在が羨ましくて、……妬ましくて、憎らしくて、人に縋り付く。


 ヒュ……ッ。

 何か小さな“黒いモノ”が私の背後から飛びかかり、私は振り返りもせずにそれを掴んで握り潰す。

「…………」


 開いた手の平には何も残らない。それは触れただけで消えてしまう儚いモノ。

 だから私は、それが嫌いだ。


 だって……私を見ているみたいでしょ?


   *


 この女学院は中等部と高等部が一緒になっている。そのすぐ隣には隣接するように同系列の男子校があり、秋乃兄さんもこの男子校に通っている。

 どうして共学にしないのか分からないけど、きっと大人の事情なのでしょう。

 駅やバス停に向かう通学時の黒い学生服と黒いセーラー服の集団は、一年以上通った今でも見慣れない。


 学校からは歩いて帰る。予定が合えば兄さんと夕飯の買い物をする時もあるけれど、ほとんどは一人で帰る。

 学校から歩いて40分。バスを使えば随分と短縮出来るけど、その為に人混みに揺られるのは苦痛に感じた。

 帰る途中に繁華街もある。それを話すと羨ましがられるが、学校帰りは基本的に立ち寄り禁止なので意味が無い。

 だから私は、いつもの道をまっすぐに帰る。

 街は季節を巡るごとに少しずつ変わっていく。でも私にはそんな変化には興味を感じない。

 三年前――記憶を失う前の私は“誰”だったのだろう。

 記憶が無い。何も無い。心が無いから何も大事に感じなのだろうか。       


「……私、どうして此処に居るんだろう……」


 ふと口から漏れた言葉に、私は自分で怖くなり、歩いていた脚が少しだけ速くなる。


「……え?」


 気が付くと知らない道に立っていた。

 いつもと同じ道のようで何かが違う。まったく同じ家が並ぶ新興住宅地で通りを一本間違えたような、同じマンションの違う階に降りてしまったような、奇妙な感覚。

 誰も人が居ない。でも誰か居るような気がする。


 そんな場所には“アレ”が居る。


 木の葉の陰。壁と電柱の隙間。駐車している車の下。そこに無数の“黒く蠢くモノ”が存在していた。そして――

 前方の遙か先に、一頭の“黒い蝶”がまるで誘うようにひらりと舞っていた。


 この感覚は……なんだろう。心の奥底で何かが燻っているように私を焦がす。

 三年前のあの日、絶叫と冷たい雨に記憶と共に消されてしまった“炎”が、私の心をじりじりと焦がしているような感じがした。

 これは恐怖じゃない。……これは、


 気が付くと私は走り出していた。

 それと同時に全ての陰に潜む“黒く蠢くモノ”達が一斉に同じ方向へと動き出す。

 私はこんなに長く走れただろうか。私はこんなに速く走れただろうか。いつの間にか追っていたはずの“黒い蝶”は消えて、それでも私はある一点へと向かっている“黒く蠢くモノ”達と同じ方向へ走り続けた。

 その辿り着いた先に――


「……ぁ…ああ……」


 何年も放置された資材置き場。その場所は今、何百万――いえ、億さえ超えるような数の“黒く蠢くモノ”に埋め尽くされていた。

 その埋め尽くされた場所でぽっかりと空いた空間に、一人の小さな人影が横たわっている。

 誰……? その人を“黒く蠢くモノ”達が、畏怖するように護るように蠢き、ふわりと靡く煌めく黒髪に、私の心がざわめく。


 世界から“色”が消えて、景色が銀色に染まる。


 その瞬間、歩み出した私の歩に合わせて、“黒く蠢くモノ”達が恐れおののくように道を開いていく。

 小柄で綺麗な黒髪の女の子。私が彼女の側に辿り着くと“黒く蠢くモノ”達が大気に溶けるように消えていった。

 生きている……。その眠るように動かない彼女の側に膝を付いた私の目から、涙が止めどなく溢れて、いつまでも止まることはなかった。



 

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まっくろ○ろすけ? というか、低級悪魔?
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