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13 黒髪の少女 後編

 この物語では私の他作品と同じ敵が出てきますが、関係性はありません。


 




 誰かの声が聞こえる……。

 私の中に、昔の……ずっとずっと昔の古い記憶が浮かんでくる。


 私は気が遠くなるような遙か昔、『フェーシルの民』と呼ばれる者達が住む集落で、族長の娘として皆の“願い”から世界に生まれた。

 みんなが幸せになるように。フェールの民が栄えますように。

 そのせいか、生まれながらに強い霊力を持ち、誰もが羨むような美しい“黒髪”を世界から戴いた。

 皆が私が生まれたことを祝福し、私もみんなが幸せになるように毎日、神様に祈りを捧げながら育った。


 強い霊力を持つ私の“祈り”は神々にまで届き、ある日、世界の大神である四大神――【光神】【黒神】【太陽神】【狼神】の四柱の神が現れ、私を祝福し、一つだけ願いを叶えてくれると仰った。

 私は――愚かだった。

 ただ今ある幸せを願えばいいものを、フェーシルだけでなく人間や他の種族の幸せも築けるように、私は知識を求めた。


『大いなる神々よ。私に全て知り見通せる“力”を下さい』


 神々は私のその願いを聞き届け、私に真紅の【真実の瞳】を与えた。

 そして――私は視てしまった。戴いた【真実の瞳】で、大いなる神々の“秘密”を知ってしまった。

 その時から……私は神に呪われた。

 私が神々の“真実”を知ってしまったと気付いた四大神は、それを大いなる“罪”として私に永遠の呪いを掛けた。


 永遠に同一の魂で転生を繰り返し、必ず大人になる前に無残に苦しんで死ぬ呪い。


 魂は永遠だ。例え砕かれ、他の存在になり果てても、魂そのものを消滅させることは神々ですら容易には出来ない。

 だから神々は、大人になる前に無残に死ぬ転生を繰り返し、少しずつ魂を摩耗させて何千年も掛けて完全に消滅させる呪いを掛けた。


 それを知ったフェーシルの民は私を罵倒し、暴力を振るい、最後には毒を浴びせて集落から追い出した。

 罪を思い知れ、出来る限り苦しんで死ねと、泣き喚きながら。

 私は毒に焼かれ蝕まれた身体を引きずるように暗い森へと逃げ落ちた。私は死ねなかった。生きなければいけなかった。

 フェーシルの民が……人間や他の種族が幸せになる為に、神々の真実を後世に伝える必要があった。

 アレは……本当に意味での“神”ではない。その真実を知らないままアレらに頼り切っていれば、いずれ人類は衰退する。

 だから私は神々の本当の姿を、誰かに伝えなければいけないと思った。

 そして私は剥がした木の皮に自分の血で文字を書き続け――その半年後、偶然通りかかった他種族の者にそれを託し、血を腐らせながら死んでいった。


 それから私は何度も生まれ変わりをした。

 偶に記憶が戻ることがあって、その時に私の残した知識が残っていることを知った。

 生まれ変わっても私の時間は少ない。必ず大人になる前に死んでしまう。

 安らかな死なんて一度も無かった。何度も拷問され、傷つけられ、魔女として生きたまま火炙りにされ、病気で治療もされないまま何年も苦しんで、泣きながら死んだことも何度もある。

 転生した時に家族が居たこともあって、その家族に奴隷として売られたり、殺されたこともあった。

 その中には少ないけど私を愛してくれた人達もいた。

 ごめんなさい。……私と関わったからあなた達を不幸にしてしまった。


 でも、私は諦めなかった。生きる為に足掻いた。

 ただ、普通に生きて、大人になって、誰かを幸せにして普通に死ぬ為に、私は呪いに抗い続けた。

 神々は……たった一つだけ過ちを犯した。

 それは私の記憶を完全に消せなかったこと。

 私はずっと記憶を溜め続け、苦しみや悲しみも心に刻みつけて、私の『魂の容量』を数千年掛けて広げていった。


 ああ……もう少し早ければ、あなたを泣かせることもなかったのに。

 ごめんなさい。愛しい弟妹たち。この三千年で、あなた達と出会えたことが私の唯一の宝物で、とても愛しくて……後悔している。

 あなたの声が聞こえるよ、カメリア……。

 泣き虫で寂しがり屋で、とても愛おしい――人生を狂わせてしまった私の妹。


 ユア姉様。私はあなた達にそう呼ばれていたね。そうだ……私の名前は――


 “菜の花”を意味する古いフェーシルの言葉――タルタィユァ(菜の花)だ。


   ***


「ユア姉さまぁ――――――――――――ッ!!!!」


 地上へと通じる唯一の扉が破壊され、そこから飛び込んできた少女の声が空洞内に響き渡る。


 その声に離れた場所から見ていたニコラスと憔悴した村雨が顔を上げ、祭壇を取り囲んでいた物言わぬ“元供物”の人間達が動き出す。

 神学者ニコラスの手により【乱神】の介入を防ぐ為、古き【狼神】の儀式が行われていた。

 傷つけられた両手首から少しずつ血が流された菜の花の顔は紙のように蒼白く、もうすでに、今から救おうとしても助からないように見える。

 少しずつ削り取るように少女の命そのものを神に捧げ、それによって神の目覚めを促し、目覚めた神の力を持って、菜の花の呪いを一気に進行させる。

 そんな村雨の試みは、ほぼ達成されようとしていた。

 けれど――

 その命の灯火も消えそうな菜の花の瞼が、椿の叫びを聞いてわずかに震え――唐突にそれが始まった。


 いつの間にか横たわる菜の花の真上に、一頭の『真紅の蝶』が静かに舞っていた。

 真っ赤な紙をただ蝶の形に切り抜いたようなそれは、手品のようにふわりと舞い、飛び込んできた椿や村雨達だけでなく、意志のないはずの“元供物”達でさえ動きを止めてその蝶を見つめる。

 その真紅の蝶は、突然両腕を広げたほどまで大きくなると、その羽の表面に赤ん坊のような小さな手が一つ…二つ…と、幾つもの手が硝子の向こう側から押し付け上がるように浮かび、そこに数十もの赤ん坊の顔が浮かび上がると、それが一斉に『悲鳴』を上げた。


 その時、全世界で同時刻に、生まれたばかりの赤ん坊達が突然天を見上げ、大きく見開いた目から静かに涙を零した。


「……………」

 静かに……ゆっくりと、死に掛けていたはずの菜の花が立ち上がっていた。

 けれど、それは本当に彼女なのだろうか? まだ幼さが残る顔に大人びた微笑みを浮かべ、静かに両腕を広げる姿は神々しささえ感じられた。


 物言わぬ“元供物”達が両腕を広げる菜の花に一斉に向かう。

 だが、……何かがおかしい。

 “元供物”達の蒼白い肌が進む度に血色が良くなり、意志のない濁った瞳に輝きが戻り始めた。

 彼らは微笑みを浮かべる菜の花の姿に涙を流し、救いを求めてるように手を伸ばして近づいていく。

 その変化は劇的だった。一歩ずつ、少しずつ、踏みしめるように近づいていく彼らの姿が、少しずつ若返っていた。

 老人が若者になり、学生が子供になる。サイズの合わなくなった靴が脱げ、長くなった裾に足を取られて転びながらも、彼らは止めることなく涙を流しながら菜の花に近づいていった。

 そして……ただ一人、老人だった男が赤ん坊になって這いながら菜の花の足下に辿り着くと、彼女は慈愛溢れる表情でそっと赤ん坊を抱き上げ、その胸に抱きしめた赤ん坊は胎児の姿にまで若返り、最後には卵子となってこの世から消滅した。


 その様子に村雨は愕然とした顔で膝を付き、神学者ニコラスは呆けたような顔で、彼女の名前を口にする。



「………【時神(ときがみ)】タルタィユァ………」





次回、最終回。

切りが悪くて分割出来なかったので少々長めです。


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― 新着の感想 ―
神々は私のその願いを聞き届け > ちょー考え無しな自称神さま…………。分不相応なちからを願う方も方だけど、これ自称神さまのが悪いよ。というか自分で与えたちからで自分たちを覗き見されるとか、間抜け過ぎる…
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