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12 黒髪の少女 前編




 その存在がいつからあったのか知る者は居ない。

 事の起こりは大戦前、古くからの住人達が『神の祠』と呼んでいた洞窟の地下が巨大な大空洞となっていることが分かり、旧陸軍がそこを資材置き場に利用しようとして、その『存在』が知られる事になった。

 当時の信心深かった権力者達が陰陽師などに調べさせた結果、それがこの地を守護する土地神の類だと推測された。

 この東の都がこれからこの国の中心となると考えていた権力者達は、その地下空洞に社を築き崇め奉ると、都が発展するほど力を増した土地神はこの国さえも守護するようになり、『神』としての力を顕し始める。


 最初は捧げられた動物の死骸が動き出したことから始まった。

 それに驚愕した権力者達は政財界の協力を得て研究を始め、ついには“人”さえも蘇ることが出来ると判明する。

 権力者達は驚喜した。この力さえ自在に扱えれば、医学的にも軍事的にも優位に立てるはずだと。……だが、蘇ったその人間達は普通とは違っていた。心臓は動いている。呼吸もする。だが喋らない。食事さえもしない。

 医学者や陰陽師達が調べても、ただ生きているとしか分からなかったが、大戦が終結し、この国が本格的に栄え始めると、蘇った人間達が簡単な命令に従い自分で動けるようになり、次第に“進化”していった。

 その神――権力者達があの“お方”と呼ぶ神は、まだ目覚めていない。

 神が本当に目覚め、この蘇りの力が自在に使えるようになれば、永遠の命さえ夢ではなくなる。

 年老いた政財界の重鎮達は神が目覚めることを夢見る。いつか目覚めて自分達に不老長寿を与えんことを。


 そして神は、ある“存在”を感じて、静かに目を覚ましつつあった。


   ***


「くるよ……アレがくるよぉ」

「巫女様……」

 朝から怯えるような巫女に、彼女の世話をしている女性達はただ抱きしめてあげることしか出来なかった。

 あの“お方”と精神が通じている巫女は、迫り来る何かに怯えて泣いている。こんな時はいつも村雨が巫女を宥めに来てくれたが、外部の秘密通路から戻った村雨は怯える巫女に構うことなく地下に祭壇へと向かっていった。

 何があったのか? 何が起きようとしているのか?

 世話係の女性は巫女を抱きしめながら、あの“お方”にどうか巫女をお救いくださいと祈りを捧げた。


   ***


「それで敵なんて本当に来るのか? ボブ」

「クライアントはそう言っている」


 地下の祭壇へと続く通路のその途中、一カ所だけある待合を兼ねた広間は、テーブルと椅子を片付けられた代わりに土嚢や簡易的なバリケードが作られ、さながら軍の室内演習場のような様相に変わっていた。

 想定される“敵”は定かではない。だが、おそらくは集団ではなく“個人”単位の敵だと教えられたが、ただの個人相手にしては度が過ぎていると誰もが感じていた。


「しかし、大袈裟すぎない? 相手が某国の特殊部隊でもここまでしないよ?」

「リー、油断はするなよ。クライアントもずぶの素人って訳じゃないんだろ? なぁ、ケニー?」

 全員には主兵装としてアサルトライフル。室内の取り回しを考えてサブマシンガンとオートピストル。その他にもナイフなどを数点支給されていて、すでに慣らしを終えており、室内と言うことで爆発物は持ち込んでいないが、室内は漆喰なのでほぼ跳弾を気にせずに発砲出来た。

 奥に通じる通路はここだけなので完全に待ち伏せが出来る。問題は相手が無差別に爆発物を使用してきた時だが、耐爆防弾スーツと細かに仕切られたバリケードで相手が次を放つ前に蜂の巣に出来るはずだ。

 その他にもセンサー式の銃撃銃座(タレツト)も幾つか配置してある、過剰な布陣だ。

 彼らは自分達の装備と技量を鑑みて大抵の敵なら問題ないと、油断はないが、プロの傭兵であるが故に、わずかながら気が抜けていた。

 そんな仲間達の軽口に、部隊の古株であるケニーは無言のまま銃を握りしめる。


「どうしたんですか、ケニー。まさかあんたが緊張してるの?」

 古株のケニーを慕っている一番若いウィルがからかうように口を開く。そのウィルのからかう声にもケニーは険しい顔で沈黙を続け、その表情を見たリーダーのボブが静かに声を掛けた。

「何か気になることがあるのか? ケニー」

「……いや。少々昔のことを思い出してな」

「話せるなら話しておけ。そんな顔をされるとウィルの気が散る」

「いや、俺は……」

 気が散っているウィルの様子に、ケニーは小さく溜息をつく。

「……そうだな」


 ここに居る者達はケニーが昔は米軍にいて、そこの部隊が全滅したことを知っているが、ケニーはそれ以上のことを話はせず、仲間達も彼が自分から話さない限りは詮索もしなかった。


「嫌な予感が……いや、気配を感じるんだよ。三十年前の“あの時”のような……」

 今まで誰にも話せなかった。でも、もしかしたらずっと、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 嫌な話になると前置きして、ケニーはポツリポツリと話し出す。

「あれは三十年前……。俺がまだ訓練を終えたばかりのひよっこだった頃の話だ」



 アメリカのアリゾナ州。そこの誰も近寄らない岩山に囲まれた荒れ地で、実弾演習という名目で、大隊規模の1000人近い部隊が極秘裏に集められていた。

 当時は新型兵器や特殊兵器の試射や、特殊な実験などでこういった事も珍しくなかったが、今回は公に出来ない秘密施設で実験が行われ、それが終わるまでの警備が主な任務だった。

 その実験内容は知らされていない。一部のバカな兵士は宇宙人の解剖などと言っていたが、その警備の厳重さからよほど重要な実験なのだと、若いケニーも仲間達とそんな噂話をしていた。

 初任務と言うことで気合いが入りすぎていたのだろう。実際に演習も行われ、その途中で足を骨折してしまったケニーは、医療テントの中で他にも怪我をして安静を言い渡された連中と一緒に、治ったらまた再訓練かと愚痴を言い合っていた。


 それは、半分欠けた月をうっすらと雲が覆う暗い夜に始まった。

 その夜に限って遠くから届くコヨーテの吠える声も聞こえず、何かしらの嫌な予感を誰もが肌で感じていた。

 夜中に突然鳴り響く警戒警報。そして遠くから聞こえてくる銃撃音と爆発らしき音。

 何かが襲撃をしてきたのか? 自分達も何かしなければと医務室の仲間達と顔を見合わせるが、ジワリと迫るような威圧感を感じたケニー達は怯えるように黙り込んだ。

 夜中とは言え千人の軍人が完全装備で待ち構えて、戦車やヘリもある。相手が何者か知らないが、何事か起こったとしてもたちどころに鎮圧出来るだろう。

 ……だが銃撃音は一向に収まる事なく、銃撃音と人の悲鳴が徐々に近づいて来ると、古株の兵士達が若いケニー達三人にここに居ろと言い残して外に出て行き、彼らが戻ってくることはなかった。


 訓練を受けた兵士達が悲鳴をあげる“敵”とは何なのか?

 寝苦しいほどの暑さが極寒の冬へと変わったように、若いケニー達はどこかから感じるおぞましい気配に、朝までベッドの中で震えることしか出来なかった。


 夜が明けて、静まりかえった外部の様子を知る為、ケニー達が互いを支え合うようにして医療キャンプの外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 見渡す限りの死体の山。戦闘員だけでなく、食事や整備、医療に関わる非戦闘員さえも例外なく、誰も生き残りがいないことは全員の首が切り落とされていたことから一目で理解できた。

 死んでからではなく、首を斬り飛ばされて殺されたのか、その落ちた生首には恐怖の表情が深く刻まれ、それを見たケニー達は気が狂いそうな光景に叫びを上げ、胃液を吐き出し、その数日後――自軍の部隊と、スコールと名乗る男に保護された。



「生き残ったのは3人だけだった。1人は自殺して、1人はまだ檻の付いた病院から出てこれない。俺は……軍を抜けることを許されたが、あの光景が忘れることが出来ず、いまだに命を奪い合う場でしか生を感じられなくなって……ここにいる」


「「「………………」」」

 信じられない話に他の9人の傭兵達は、何を言っていいのか分からず互いに顔を見合わせる。だがそれを冗談だと嗤うには、あまりにもケニーの話が真に迫っていた。

 銃も使わず刃のみで完全武装の兵士達千人を皆殺しにする存在とは何なのか?

 その空気の重苦しさに耐えられず、リーダーのボブが乾いた唇を開く。

「その敵はなんだか分かったのか……?」

「…………」

 その正体は分からない。だが、彼を保護したスコールは今の変わらない姿のままで、ある“名称”を口にしていた。

 お伽話に出てくる伝説の復讐鬼。本物の狂戦士(バーサーカー)。もしそれが実在するというのなら、それが手に掛けた人間の数は、最低でも八桁を超える。

「そいつは――」


 ピピッ。

 突然鳴った電子音に全員がわずかに肩を震わせる。

「…どこかに反応があった」

 ジムが監視カメラの映像を調べると、襲撃者の姿は映っていなかったが、映像の中でこの屋敷に居た者達が全員殺されていた。

「「「………」」」

 何も喋らないゾンビーのような不気味な連中ではあったが、あきらかに戦闘員とは思えない女子供達が、容赦もなく全員首を切り落とされていることに、先ほどまでのケニーの話を思い出して誰かが唾を飲み込んだ。


「……はっ、そんな化け物なら私が殺してやるよっ」

 女性隊員のリーが妙な空気を振り払うように銃を構える。彼女はあの少女を拉致した時のように激高しやすいところもあるが、舐められるのを嫌いな彼女の言動はこんな時には重宝した。

「そうだな。やることは変わらん。全員配置につけっ」

 ボブの声に気を取り直した傭兵達が、キビキビと銃を構えて配置につく。その中でわずかに緊張気味の表情していた若いウィルに、ベテランのケニーが横に付き、軽く肩を叩く。

「変な話をして悪かったな」

「…い、いや、ケニーの話が聞けて嬉しかったよっ。俺に任せといてっ」

「……ああ」


 全員が配置につき、入り口の大扉に銃口を向けて敵を待ち受ける。

 その大扉は見かけこそ木製だが中身は無垢の鋼鉄製で、爆弾の直撃にも耐えるので入るには手で開くしかない。

「百メートル先反応ありっ。あと50…30…来ますっ」

 監視システムを見ていたジムが声を上げる。


 ぞわ……っ。

「「「っ!」」」

 その瞬間、おぞましい悪寒と共に扉の向こうから恐ろしいまでの強烈な“殺気”が叩きつけられ、心臓が凍るように締め付けられる。

 ギギギギギギギギギギギギギギギギッ!

 鋼鉄製の大扉が、木をチェーンソーで削るように崩れ落ち、全員がその向こうの暗闇にいる“何か”に全身の肌が泡立つような感覚を覚えた。


 ダダダッ!

「撃てっ!!!」

 タレットの銃撃音に、一瞬硬直した彼らがボブの裏返るような声でアサルトライフルをフルオートで撃ち放つが、その黒い影はその一瞬で壁から天井へと駆け抜け、

「ひっ、」

 前列に居たリーとジョンの首をバリケードごと斬り飛ばして、恐怖に顔を歪めた二人の生首が宙を舞う。


「くそっ、ウィルっ。…ウィルっ!」

「………ぁ、…あ」

 一番実戦経験の少ないウィルは、強烈すぎる殺気を浴びたショックで茫然自失のような状態に陥り、青い顔で震えていた。

「ちっ」

 ケニーはウィルの頭を押さえつけて伏せさせ、黒い影にライフルを向ける。

 手が震えている。こんな殺気を人間が放てるものなのか? まるで飢えた肉食獣の群れにでも囲まれたような絶望感に、傭兵達は皆、恐怖に叫びながら銃を乱射していた。

 ケニーの脳裏に、昔調べた“お伽話”の一節が浮かぶ。


 ――キリ…キリ…と鳴る固い音――

 ――シャララと奏でる乾いた音色――


「うあああああああああああああああああああああああっ!!!」

 常に冷静なボブが泡を吹きながら立ち上がって銃を乱射し、その瞬間に全身をバラバラに切り刻まれ、右腕が握ったままの銃が宙を舞い、後方に居たジムの身体をぼろ切れのように撃ち抜いた。


 ――あの人へ捧げよう、椿の花を――

 ――銀の瞳に映るだけ……目の前にあるだけ切り取ろう――


「ひああああああっ!?」

 歴戦の傭兵達が恐怖の叫びを上げながら首を斬り飛ばされていく。

 銃弾の幾つかは確かに当たっている。だが黒い影は止まることなく、傭兵達が設置したバリケードや装備が紙くずのように、その命ごと刈り取っていった。

 こいつだ……。

 これが、三十年前に一夜で千人を皆殺しにして、自分の人生を狂わせた化け物だ。

 ケニーは自分が叫んでいることも、涙を流していることも、銃弾が尽きていることも気付かず、子供のように銃を振り回しながら泣き叫んでいた。

 その目の前に銀色の瞳をした、血塗れの少女が舞い降りて――

「……ッ、」

 鉄のノコギリが首の骨を削る感覚を覚え、ケニーの首はシャララと流れるノコギリの刃に斬られて飛んでいった。


「……、………、…、………、」

 その隣で、ただ一人ウィルだけが頭を抱えて蹲り、近くにあったシートを頭から被ってガタガタと恐怖に震えていた。

 噎せ返るような硝煙と血の臭い。隣に居たケニーの首無し死体から吹き上げる血が、パラパラと雨のようにシートに落ちて、軽い音を立てる。

 何も考えられない。何故こんな事になっているのか理解できない。

 数分前まで仲間は全員生きていた。普通に会話をして、今日の任務を終えたら酒を呑みながら馬鹿話をしているはずだった。

 けれど、気が狂いそうになる恐怖の中、もう誰も生きていないと、それだけはウィルにも理解できた。

 ザッ……。

「………っ」

 足音が聞こえる。自分に気付いている。次は自分を殺しに来る。


 ――悪い子はすぐに遠くへお逃げなさい――

 ――良い子も朝までベッドに隠れなさい――


 カツン……と何かが床に落ちる音。それが身体を修復する傷口が押し戻した銃弾だと知らず、その音にウィルはビクリと身体を震わせ、彼の側を歩いていた足音がわずかに止まった。

「……、………、」

 息を殺そうとして、そもそも恐怖から息が上手く吸えなかったウィルの顔が土気色に変わっていく。

 シートの隙間からわずか1メートル先に、黒のハイソックスに包まれた細い足首が見えると、ウィルの精神は限界寸前にまで達した。

 数秒か、数十秒か……。実際に足を止めていた時間は一秒にも満たなかったが、その殺戮者は彼を殺さずに、そのまま奥の扉へと向かっていった。


 ――今夜、おまえのところに……――


 ――椿切(つばき)(ひめ)がくるよ――


   *


「……ハナちゃん」


 私は奥へ続く長い通路を、立ち塞がる扉や障害をノコギリで切り裂きながら駆け抜けていく。

 ハナちゃんの気配を感じる。もう遠くない。

 ハナちゃんの笑顔が心に浮かんでくる。その笑顔が誰かの笑顔と重なっていく。

 私の名を呼ぶ彼女の声。『椿』――『カメリア』――

「ハナちゃんっ」

 大好きよ、とあなたは言ってくれた。ごめんなさい、とあなたは泣いていた。

 ハナちゃん……菜の花……姉様……。

 私は最後の扉を斬り裂き、裁断のような場所に横たわる彼女の名を叫ぶ。



「ユア姉さまぁ――――――――――――ッ!!!!」




次回、後編 菜の花の覚醒。

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― 新着の感想 ―
殺戮者は彼を殺さずに > ベッドに隠れていた扱い? ホラーテイストなのに何かもの哀しい感じ。 でも多分祭壇を裁断と誤字ったせいでとってもスプラッタな雰囲気に。 誤字だよね? ハナちゃんがベッドの上で…
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