08 ノコギリの鳴る音 後編
本日二話目。
その男――溝熊は、目の前で女子中学生が数人の男に押し倒され、殺されようとしている様子を、画面の中のドラマのような感覚で見ていた。
(――俺、何をやってたんだっけ……?)
都心より少し離れた三流大学に通う溝熊は、一年前、ある教授から内密のアルバイトを持ちかけられた。
一人暮らしで金もなく、バイトや遊びに呆けて留年間近だった溝熊は、呼び出された教授の部屋で二人の学生を紹介される。
その学生達とは面識はなかったが、二人とも溝熊と同じく単位が危ない者達で、金銭も欲していた溝熊たちに教授は、ある仕事をこなしてくれれば金だけでなく授業の単位もくれると言った。
その仕事とは、街で若い娘を見つけて連れてくることで、条件は家出をしている少女や、家に連絡をしなくても心配されない娘であることだった。
何故そんな少女を?――と言う疑問はあったが、その手の娘達は夜の街に出ればそれなりに見つけられたし、おそらく少女達に疚しい仕事をさせるつもりなのかと、自分で納得してその仕事を引き受けた。
数人ほど教授が用意したマンションに連れ帰ると、三人が驚くほどの報酬をくれただけでなく、この仕事を続けていれば、良い企業へ口利きもしてくれるらしい。
溝熊たち三人は特に仲良くはならなかったが、内密の仕事をこなす為に自然と三人で行動することが多くなった。
半年ほど過ぎた頃、溝熊たちが連れて行った少女が行方不明としてニュースに出ていたことを知った。
溝熊は動揺した。だが、それを教授に聞くことは出来なかった。何かありそうで恐ろしかったのもあるが、報酬に目が眩んでいた溝熊たちは、この仕事を辞めることなど考えられなくなっていた。
犯罪が行われている。だが自分達も共犯だ。バレたら就職どころか人生全てがおしまいになる。裏切れない。だからまた家出少女を騙して連れて行く。
ある日三人は、昼間からある繁華街に出向いていた。
そこは観光地のような場所だが、少し歩くと若者向けの店が多数あり、学校をサボる中高生などが偶に見かけられる。
そこで一人でも拉致出来れば、と考えていると、公園で中学生のような二人の少女を見つけた。
それからが良く覚えていない。突然、少女達を傷つけたくなった。殴りつけ、痛めつけ、なぶり殺してでも連れて帰れば、教授も喜ぶかと思ったのだ。
どこに逃げようと何故か場所が分かった。自分達と同じように考えている者達が多数居て、自然と彼等と共同して追い詰めようとした。
それが悪いことだとは思えない。
彼女達をいたぶり殺すことは“みんな”にとって良いことで、絶対に正しいことなのだと普通にそう思えたのだ。
その少女の一人が今正に息絶えようとしている。何と素晴らしいことだろう。これできっと“優しい世界”になる。
(そうか……俺も見てないで、殺すの手伝わないと)
その時――唐突に世界が知らない“何か”に変わった。
気が付くといつの間にか、あの鉄のような髪の少女が立ち上がっていた。
彼女を殺そうとしていた者達はその場で座り込んだまま、頭を深く下げているのか、丸めた背中が見えるだけで表情を伺うことは出来ない。
その彼等の足下に何かカボチャのようなモノが転がり、足下を大量の液体が溢れて暗い車庫の中でまるで夜の海のようにさえ見えた。
何故だろう……寒い。まるで極寒の雪山のようだ。身体の震えが止まらない。手足の先から、血の気が引くように冷たくなっているが良く分かる。
気付くと溝熊の前に立っていた仲間二人も、真っ青になってガタガタと震えている。彼等も寒かったのかと、自分がおかしくなったのではないと分かって安堵するが、身体の震えは治まることはなかった。
ゆっくりと静かに少女が歩いてくる。彼女の周りに何か“線”のようなモノが煌めくと、シャララと綺麗な音がして、ポロリ――と、何かが落ちた。
一つ…二つ……カボチャを床に落とすような音に目を向けると、絶望と恐怖に満ちた仲間達の頭が転がっていた。
首のない仲間だったものから吹き出した血が、彼女を赤黒く染める。
静かに彼女が近づいて来る。自分の歯がガチガチと鳴って煩い。
またシャララと奏でる音がして――彼女の姿が横になって流れ、逆さになり、最後に自分の着ていた同じ服の頭の無い人型から、噴水のように血が噴き出すのを見て、溝熊の意識は永遠の闇に包まれた。
「……行かなくちゃ」
その血塗れの黒い人影が静かに動き出すと、黒い風のような速さで走り出す。
どこかへ向けてほぼ一直線で駆け抜け、行く手を阻むブロック塀は一瞬で粉々に斬り裂かれた。
街を駆け抜ける黒い影。通り過ぎる一瞬だけ目にした人間は、悪い夢か幻かと震え、動物や虫たちはそれが遠くに過ぎるまで頭を伏せ、息をすることさえ怯えた。
ガゴォンッ!
突然黒い影の頭上に、高架道路のコンクリート柵を突き破り、巨大なタンクローリーが行く手を阻むように真っ直ぐに落ちてくる。
黒い影はそれにも止まることなく、ただシャララと音がするとタンクローリーは中心から真っ二つに斬り裂かれ、その間を黒い影が駆け抜けると――
ドゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
その背後で爆炎が立ち上り、巨大な黒煙と共に燃え上がった。
*
「御堂、さっさと向かえっ」
「はい」
陣衛は、先刻までと比べてだいぶ機嫌を直していた。それというのもここに来てまた新たな『供物』を簡単に手に入れられたからだ。
「ぐふふ」
「…………」
運転手の御堂は、主である陣衛が焦りで多少おかしくなっているとは思っていても、まさか弱みに付け込むようにその場で車に連れ込むとは思ってもいなかった。
そこまでならまだマシだ。彼女がどうのような人物か聞いて、拙いようなら善意の人間を装い、紳士的に適当な場所で解放すればいい。
だが陣衛は愚かなことに、車内冷蔵庫にある、睡眠薬入りのペットボトル水を与えて彼女を眠らせてしまった。
どう考えても厄介ごとにしかならない。しかも陣衛はこの娘を供物にすることを絶対に望むだろう。
不憫だとは思うが陣衛の気持ちも理解できる。
どこの国の子か分からないが、シートに横たわり眠るその少女は、とても美しい黒髪をした、驚くほど整った顔立ちをした少女だったからだ。
眠っていてさえ、どこか神聖なものを感じさせるこの少女なら、生け贄として捧げれば申し分ないだろう。
「どうした、さっきから進んどらんぞっ!」
「おかしいですね」
突然の渋滞に陣衛が苛立ち、御堂が機器を弄って交通情報を手に入れる。
「どうやらタンクローリーが事故を起こして、首都高の一時閉鎖で、各所で渋滞が起きているようです」
「ぬう」
せっかくの生け贄を生きたまま持ち込もうと、陣衛は地下空洞へ通じる洋館へと再度向かっていた。あの村雨という若者が、一旦追い返した陣衛に会ってくれるとは思えないが、陣衛は必ず許可が下りると理由も無く確信している。
「御堂っ、ヘリポートのあるビルは近くにあるかっ?」
「はっ。……ここからですと第17ビルが近いですが、……もしかしてヘリをお使いになるつもりで?」
「急ぐに越したことはないっ。ヘリを17ビルに用意しろっ!」
「しかし…」
「さっさとやれっ! 使えん奴だっ」
「……はい」
これ以上言っても無駄だと御堂は第17ビルに連絡を入れる。ヘリの受け入れ準備もあるが、17ビルに貸している企業は陣衛のダミー会社だ。地上げなどの裏家業をさせている会社だが、社長を機嫌良くさせる為にも、残っている社員を出迎えの為に地下の駐車場に集めさせておく。
あの場所にヘリで向かうのははっきり言って悪手だ。この国でも一部の者しか知らない秘匿されている場所に、目立つヘリで向かうなど愚かにも程がある。
「………」
何が陣衛にここまで狂気じみた行動を取らせるのか? それほどまで地下にある存在から与えられる“恩恵”が魅力的なのだろうか?
そして、その狂気を煽るような、後ろで眠る黒髪の少女をバックミラー越しに覗き見て、その人を惑わすような美貌に御堂は薄ら寒いものを感じた。
「裏道を使います。狭い道ですがご容赦下さい」
「うむ」
渋滞し始めた大通りから逸れて、黒塗りの高級車は静かに裏道へと向かう。
そこは地元民しか使わないような一方通行の道で、道路には住民達が我が物顔で植木鉢や自転車を置いて、大型車両などはまともに通れそうにない。
そんな道を御堂は淀みなく車を進めていく。それほど速度は出せないが、大通りを通るよりかなり早く着けるだろう。
それなりの速度を出しながら御堂は辺りに注意する。民家から突然人などが飛び出して接触でもしたら、また余計な時間を取られて陣衛の機嫌が悪くなる。
そんな思いで車を走らせていた御堂がふとバックミラーを覗き込み、
「……?」
それをジッと見ていた御堂の顔が次第に青くなり、いきなりアクセルペダルを強く踏み込んだ。
「な、なんだっ、どうした御堂っ!」
急に速度を上げたことに陣衛が怒鳴り声を上げる。だがそんな主の問いに御堂は明確な答えを返すことなく、脂汗を流しながらボソリと答える。
「後ろを……ごらんください」
「何…?」
陣衛はそんな御堂の態度と声に眉を顰める。
御堂は秘書仕事こそ平凡であるが、その威圧出来る体躯となによりも物事に動じない度胸を気に入り、表に出来ないことを任せている。
そんな御堂が何かに怯えるように汗を流しているのを見て、陣衛は重い身体を捻り、シート越しに後ろの様子を覗き見た。
「ん? ……なんだ」
何かが見えた。真っ直ぐに通ってきた道の向こうに黒い何かが見えて――
「な、なんだ、あれは……ッ」
地を這うように黒い影が、陣衛達に向けて恐ろしい速さで迫ってくる。
その姿を一目見て認識した瞬間、全身の皮膚が粟立つように鳥肌が立ち、おぞましさに吐き気さえ覚えて、陣衛は悲鳴をあげるように御堂へ叫ぶ。
「速度を上げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「はいっ!!!」
御堂がアクセルペダルをべた踏みにして、さらに速度を上げる。放置してある自転車や植木鉢を跳ね飛ばし、横から人が現れてもブレーキを踏むつもりない。
いつの間にか車内にある電話が鳴っていたが、御堂も陣衛もそれを気に出来るような精神の余裕がなかった。
背中に迫る黒い影の恐ろしさに耐えられなくなった陣衛が、少しだけ後ろを振り返ると――
「ひっ!?」
世界が――崩れていく。
もう100メートル程まで迫ってきていた地を這う黒い影――その左右にある民家が屋根部分から積み木細工のように切り刻まれて崩れていく様子は、陣衛には世界の終わりか、終わりのない悪夢を見ているように思えた。
黒い影から何か線のようなモノが煌めき――
「ひああっ!?」
T字路で車体後部を壁にぶつけるようにしながら左に曲がり、シートから滑り落ちそうになるのを堪えていた陣衛が風を肌に感じて顔を上げると、車体後部の角が、まるで鋭利な刃物に切り取られたように無くなっていた。
もしあの時、曲がらなかったらどうなっていたのか?
「通りへ出ましたっ! 揺れますっ」
通りへと車を出せた御堂は、反対車線の軽自動車を弾き飛ばし、中央分離帯を乗り越えて、ようやくギアをトップへと入れ替える。
まだ鳴っている電話の音が気に障る。
だがサイドミラーに映る後ろで、中央分離帯に乗り上げた軽自動車が真っ二つにされてまた跳ね飛ぶのを見て、御堂にそんな余裕はなくなった。
まだ追ってくる。あの地を這う黒い影が迫ってくる。
限界速度を超えたエンジンとタイヤが悲鳴をあげ、それとは逆に声を出すことも出来なくなった二人と眠っている少女を乗せて、彼等は目的地である第17ビルの地下駐車場へと突っ込んでいった。
*
「お前ら、そっちに並べっ。もうすぐ社長と御堂さんがいらっしゃる。まとも挨拶も出来ねぇ奴はぶっ飛ばすぞっ!」
「「「へいっ!」」」
第17ビルの地下駐車場で、柄の悪い男達が社長を出迎える為に集められていた。気分屋で有名な社長だが、機嫌が良ければ気前は悪くない。
これだけ人数で出迎えれば、後で酒代くらいは出してくれるだろう。
ギチギチと小さく音を立てて格子状のシャッターが上にあがっていく。
「……ん?」
その時、入り口から見える外部の光が塗りつぶされると、まだ開ききっていないシャッターをこじ開けるように、ボロボロに傷ついた車体が突っ込んでくる。
「ひぃっ!」
「避けろっ!」
社員達が慌てて避けると、黒塗りの車体は奥の壁に横向きにぶつかるように停まり、そこから飛び出してきた社長、陣衛が真っ青な顔で駆け寄ったエレベーターのボタンを狂ったように叩き続けた。
その後に出てきた御堂が後部席から気を失った少女を人形のように担いで、唖然としている社員達に指示を飛ばす。
「お前ら、後から来る奴をここで食い止めろっ!!」
何事か理解できずに困惑する社員達を放って、丁度開いたエレベーターに陣衛と御堂が乗り込むと、閉まるボタンと屋上へのボタンを続けて押す。
扉が閉まりきる寸前、あの黒い影が駐車場に飛び込んでくるのが見えた。
動き出したエレベーターの中で二人は安堵する暇もなく、階下から微かに聞こえてきた社員達の悲鳴にゾッとして顔色を悪くする。
「……な、なんなんだ、あれは」
「……わかりません」
チンッと音がして屋上に辿り着くと、そこに指示通りヘリが待機しているのを見て、急いでそちらへと向かう。
「陣衛さま、先にお乗り下さい。この娘もお願いします」
「お、おう」
「操縦士、すぐに出せっ!」
「え、…あの……」
「もういい、降りろっ!」
御堂は操縦士を無理矢理ヘリから引きずり降ろすと、自分でヘリを動かすべく操縦席へ乗り込んだ。
「御堂っ、早く出せぇえっ!!」
「はっ!!」
唖然として尻餅をついたままの操縦士を残し、ヘリがゆっくりと浮上を始める。
ガキンッと、その時エレベーターの扉が何かに斬り裂かれた。
「急げぇええええええっ!!!」
陣衛の叫びに、余裕を持って浮かび上がる間もなく御堂はヘリを前進させてビルから離れた。
その一瞬後にヘリポートの床がズタズタに切り裂かれ、それを窓から見ていた陣衛は崩れ落ちるヘリポートからあの黒い影が自分を見たような気がして、思わず窓から身を引いて、ブルブルと震える手でシートベルトを握りしめた。
*
ビルから飛び去っていくヘリを見つめ、黒い影は屋上から即座に身を投げ出すと、ビルの壁を駆け下り、その途中で隣のビルへ紐状のモノを投げつけた。
*
空へと逃げ延び、陣衛と御堂はようやく安堵の息を漏らす。
これからどうすべきか? 最初の予定ならこの少女を生け贄として捧げる予定だったが、あの黒影がまた追ってくるかと考えると、地に降りることが恐ろしい。
「御堂っ、いますぐ空港へ向かえっ!」
「空港……羽田ですか?」
「どこでもいいっ! とにかく海外に出るぞっ!」
「……わかりました」
この状況で海外へ飛べるとは思えないが、御堂は懇意にしている政治家へ頼んで何とか出来ないかと考えたその時。
「御堂っ、速度を上げろっ!」
「はっ?」
御堂が陣衛が向いていた窓に目を向けると、ビルの屋上から屋上へ飛び移るようにあの黒い影が追ってきているのが見えた。
「早く、早く空港へっ!」
「電波塔が近いですっ。迂回しなくては…」
「構わんっそのまま突っ切れっ! 急げっ!」
また後で面倒になりそうだが、それでも黒い影の恐怖に御堂もそのまま電波塔の真横を飛び抜けることを承知する。
*
黒い影はヘリの方向を見てビルの外壁を駆け下りると、そのまま地を駆け抜け、電波塔外枠の鉄骨に取りつき、おぞましい速度で電波塔を駆け上る。
特別展望台の観光客が窓の外を駆け上がる黒い影に腰を抜かし、その頂上まで登った黒い影は、電波塔の先端部分に紐のようなモノを巻き付け、大きく飛び離れると電波塔全体をしならせるようにして、空へと身を投げ出した。
*
ヘリ内の無線機が鳴り、御堂は管制かと無視出来ずに無線機を取る。
「申し訳ございません、ただ今緊急の…、は? か、かりこましました。陣衛さまっ」
「なんだ、煩いっ」
「それが、巫女様からの『ご神託』……だそうです」
「なんだとっ!」
慌てて陣衛が無線機を奪い取ると、ゴクリと唾を飲み込みながら耳を当てる。
あの地下に祀られたモノをお慰めする巫女様。
幼い少女という話だったが、まだ会うことさえ許させていなかった陣衛は、神託と聞いて何事かと内心怯えた。
『―陣衛どの――巫―様から――に神託―が―――ご――』
「も、申し訳ありませんが、電波状況があまり良くないようで…」
声からすると巫女様付きの女官の一人かも知れない。
巫女様本人ではなかったが、普段の陣衛だったら喜んで話を続けたのだろうが、現在の状況では“子供の戯言”に付き合っている心の余裕はなかった。
しかも電波塔近くのせいか、向こうの声が聞き取りづらく、こちらの声がどの程度届いているか分からないが、向こうは淡々と何かを語っていた。
『――これから――の――あなたの――』
「陣衛さま、アレが電波塔にっ!」
「なにぃ!?」
御堂の声に陣衛が青い顔で窓に張り付いて大きく目を見開く。
「すぐに離れっ!!」
シャララララララ………――
ヘリの内部を幅広の線のようなモノが、一瞬で幾重にも横断していた。
見た時それは、縁がギザギザに加工されたリボンのように見えた。だが、そのリボンは柔らかな布ではなく、鉄ような質感と色を持ち、そのギザギザ一つ一つが、ノコギリのような鋭利な刃物状になって陣衛達の咽元に添えられていた。
恐怖に凍り付く陣衛の耳に、無線機の女官から『神託』が届く。
『――椿切り姫が――くるよ――』
その時、陣衛と御堂の前、ヘリの前方に黒い影が過ぎり、その姿を彼らの網膜に焼き付けた。
返り血にまみれた漆黒のセーラー服。風に靡く血に汚れた鉄色の髪。
ヘリと繋がる鉄のリボンがその周りを靡き、憎悪に満ちた銀色の瞳で彼らを睨め付ける少女は、地獄の悪霊のようにさえ見えた。
椿切り姫――――1500年前の伝説の殺戮鬼。
少女の姿が重力に引かれて静かに落ち始める。
キリ…キリ…と、少女と繋がったリボン状のノコギリが刃を鳴らし、陣衛は一つの事柄を思い出す。
――ノコギリは、引くことで切断する――
静かに削り取るノコギリの刃が、陣衛と御堂の首をヘリごと切り飛ばし、その身体ごとバラバラに斬り裂かれたヘリの残骸が地表へと降り注ぐ。
眠ったまま宙に投げ出された黒髪の少女に優しくリボンを巻き付け、その身を空中で受け止めた少女――椿が菜の花を青空の中で強く抱きしめた。
次回タイトル 『あなたは――誰?』
菜の花の能力が垣間見られます。




