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第七章 調査2

第一節


 廊下の惨状を見て、血の跡を追ったせいで、錬金術師たちの血腥い解体現場に遭遇する羽目となったステラである。


「何してんのさ!」


 ステラが叫ぶ。


「よお、ステラ! 久しぶり」

「『よお』じゃないよ!」

 

 錬金術師が挨拶するも、ステラにばっさりと切り捨てられる。


「ああ、これのことか。すまん。見苦しい物を見せてしまったよな」


 錬金術師が手元の死体を隠して答える。


「そうじゃなくて、家の中のこと! 姉ちゃんが帰ってきたら卒倒するよ」


 以外や以外、ステラは錬金術師たちの死体弄りを非難しない。


「ああ、そうか。アリス、お前のやらかしたことだ。さっきも言っただろう。早く片づけてきてこい」

 

 錬金術師が思い出したように、アリスに命令する。

 アリスがそれを受けて、「承知しました」と屋敷に向かった。

 アリスがすれ違う際、ステラが微妙に距離を取ったのはご愛敬である。されたことがされたことなので、アリスへの恐怖が拭えなくても、致し方なしである。


「荷物に新しい服があるから、ちゃんと着替えるんだぞ!」

 

 錬金術師がアリスの背中越しに声をかける。アリスは振り向いて、会釈で答えた。


「ところでさ……」

 

 アリスを見届けた後、ステラが死体を指さして、口を開いた。


「それ、食べるの?」

「食べません」

 

 ステラの冗談めいた問いに、錬金術師が素早く返した。


「それにしても以外だよな」


 錬金術師がヘルメットを外して言う。


「何がさ?」


 ステラが聞いた。

「むしろ、こっちの方を非難されるかと思った」


 錬金術師が死体を指さしながら言った。


「解剖――とか言うんだっけ?」

「ほう、よく知っているじゃねーか」


 ステラから出た意外な単語に、錬金術師が驚く。


「町のみんなは、そりゃあ嫌がるだろうけど、うちはちょっとね……」

 

 言葉を濁すステラを見て、錬金術師は「ふむ」と一呼吸置いた。


「マチルダの教育だな。ひいては、お前が複雑に感じているお父さんのそれだろ」


 錬金術師が指摘する。


「凄いね、おっちゃん! 何でわかったの?」


 ステラが驚いて聞いた。

 別段、錬金術師は〝おっちゃん〟と呼ばれるほど老けていない。どちらかと言えば、若者に分類される顔立ちである。

 しかし、錬金術師は気を悪くせず「年の甲ってやつだろうな」とだけ答えるのであった。


 散々弄繰り回したヒヒを布で包むと、錬金術師は井戸水で甲冑の汚れを落とした。

 ベンチに腰掛けて一息入れている錬金術師の隣に、ステラが腰を下ろした。彼女が興味深げに眺めているのは、錬金術師が太腿に置いてあるヘルメットである。


「持ってみるか?」


 ステラの好奇心を察して、錬金術師がヘルメットを差し出した。


「うん!」


 ステラが喜んで、それを受け取ろうとする。


「気をつけろ。重いぞ」


 錬金術師がそっと手渡すと、ステラは「おおう!」という声と共にバランスを崩した。


「何だこれ? 滅茶苦茶重いじゃん! おっちゃん、こんなのよく被っていられるね」


 驚きながらも、ステラが感心する。


「……甲冑と連結しているからだ。生身だと、とても支えきれねーよ」

「でもおっちゃん、素手でも物凄い力持ちなんだろ? 姉ちゃんから聞いたよ」


 錬金術師の謙遜は、ステラには通用しなかった。

 ステラの様子を見て、錬金術師は彼女に対する認識を改めた。

 天真爛漫で気さくな少女からは、荒んだ不良娘の空気が感じられない。最初にされた仕打ちを考えれば、もっと突っ掛かってきてもよさそうなものである。


(もっとも、俺から手を下した訳じゃねーんだけどな)


 アリスの所業を思い出して、錬金術師は再び責任について考える羽目となった。

 雑念に囚われつつも、家族――マチルダとの会話が絶えていない様子のステラに、錬金術師は少し安堵した。


「マチルダのことが、嫌いじゃねーんだろ?」

 

 錬金術師が聞く。


「まさか!」


 ステラが強い口調で否定した。


「姉ちゃんはさ――」


 ステラが続ける。


「本当に凄いんだ。剣の腕なんてこの町一番さ。勉強でも適う奴なんて、そうそういなかった。それで今の地位があるんだ」

 ヘルメットを弄りながら、ステラが自慢する。

 錬金術師は黙ってそれを聞いていた。


「でもさ、それは死んだ父ちゃんに教わったからなわけで……。いや、別に姉ちゃんだけずるいとか、言うつもりじゃないけど」


 ステラが続ける。


「みんなが父ちゃんや姉ちゃんと比較するんだ。やれ不肖の妹だとか、出来損ないとか言われてさ。もちろん、姉ちゃんも私がそう言われないよう、色々教えてくれたさ。でも、身に入って努力できるわけでもなかった。自慢できることと言えば、せいぜい足の速さくらいだね。あ、でも決して姉ちゃんの教え方が悪いとか、そういう問題じゃあないよ? もう何て言ったらいいか、私にも分からないんだ……」


 ステラの独白が終わる。

 しかし、錬金術師は何も指摘しない。ステラにアドバイスをするわけでもなければ、同情の言葉をかけるわけでもなかった。

 重い沈黙が続いた。風がビューっと吹きすさび、木の葉が宙を舞った。


「少し、出かけるか?」


 錬金術師が先に沈黙を破った。


「え?」

 

 ステラが顔を上げた。


「俺もステラと同じでね、君たちの親父さんに興味がある」


 そう言って、錬金術師はステラを連れ出した。



第二節


 錬金術師とステラは町の外に出ていた。

 果たして、そこは以前訪れた田園地帯である。畑を越えた少し向こうには、曰くつきの山が窺えた。

 もうすぐ黄昏時である。一面の靡くれ緑を光が照らしていく様は、それだけで風光明媚と言えた。


「ところで、屋敷に来てからは、あまり見かけなかったが、ひょっとして、避けられていたりする?」


 錬金術師がステラに聞く。


「えっと……」


 ステラが言葉を濁す。


「遠慮せず言ってくれよ」


 錬金術師が促す。


「確かにちょっとはあるかな。でもでも、おっちゃんのせいじゃないよ! 私としては、むしろあのメイドの姉ちゃんの方が……」


 ステラが正直に答えた。


「なるほど」


 錬金術師が頷く。


「アリスの不始末は、主人である俺の責任だからな。確かに、ステラに対して行き過ぎた暴力だった。彼女に代わって、俺が謝罪しよう。すまない」


 錬金術師が頭を下げる。


「やめてよ! 聞いているとは思うけど、私はあんな目に遭うの、日常茶飯事なんだって。おっちゃんが気にする事じゃないよ」

「ありがとう」


 ステラの気遣いに、錬金術師の心は少し軽くなった。


「あれ? 誰かと思えば先日の錬金術師様では?」


 突如かかった声に、二人は揃って振り向いた。


「うん? もう一人はステラ嬢じゃないか。まだ懲りずに悪さしてんだって? いい加減にせんと、団長さんに殺されちまうぞ? ガハハ……」


 気さくに話しかけたのは、錬金術師が以前出会った農夫である。

 及び腰になったステラに代わって、錬金術師が前に出る。


「おう、じーさん。こいつは今、俺の手伝いをしてくれてるんだ。俺の目が届くうちは、そんなことさせないさ。ところで、もう仕事帰りか?」

「おお、錬金術師様のお墨付きとあっちゃあ安心ですな。ええ、そうです。物騒なもので、最近は仕事を早めに切り上げとるのです。ところで、お二人とも、何をしにこんなところへ?」


 錬金術師が聞いて、農夫が聞き返す。


「うん、ちょっとこの子の父親の足跡を辿ってるんだわ。何しろ高名な薬師だったと聞いているから、興味が沸いたんだ。何か知っていることがあれば、教えてくれよ。何分、町のみんなは俺のことを怖がって、まともに会話すら出来ねーからな」


 錬金術師が事情を説明する。


「まあ、他の連中はそうでしょうな。今回の事件にしても、皆自分たちには関わりのないことだと思っとります。だけど、私ら農夫にとっては救いの神様だ……」


 農夫の発言は、アリスの推測を裏付けるものであった。

 少し感銘を受けていた錬金術師であったが、「例えそれが、ゴロツキ共を容赦なくバラバラにした鬼神のようなお方であっても、です」という農夫の言葉に、目を泳がすこととなった。話には尾鰭どころか、胸鰭背鰭までがついている。

 そんな錬金術師の視界に、粗末な小屋が入った。


「ゴホン!」


 話題を変えようと、咳払いする錬金術師。


「ところでじーさん。あそこの小屋は何だ?」

 

 錬金術師が聞く。


「あれは唯の家畜小屋です。もっとも、随分前から使われておりませんが……」 


 農夫が答える。


「この乾燥した地域で、昔の家畜小屋ね……」


 錬金術師がぼそっと呟く。


「少し、案内してくれ」

「はいはい」

 

 錬金術師の申し出を、農夫は快く引き受けた。


 小屋は正しく家畜小屋であった。錆びた農機具が散乱し、家畜を入れる囲いが、壊れたまま放置されている。随分と長い間放ったらかされていたらしく、獣臭さはほとんど抜けていた。屋根からは空が見え、割れた土壁からは隙間風までが入ってくる。


「少し、壁の土くれを貰ってもいいか?」

 錬金術師が農夫に聞いた。


「え? それはもちろん構いません。誰の持ち物でもありませんし……」

 

 農夫は言いかけて、何かを思い出したかのように言葉を変えた。


「ああ! そう言えば!」


 農夫の変容に、土を採取していた錬金術師とステラは驚く。


「な、何だ?」

「いえね、先程の薬師様の話ですよ。あの御仁も、錬金術師様と同じことをしていらした」


 錬金術師の問いに、農夫が答える。


「え? 父ちゃんが?」


 ステラが口を開いた。


「ああ、なんでも農業用の肥料を作るとかなんとか……。そうして出来た薬を使わせてもらったところ、それはもう効果抜群で、どれほどの農民が助かったことか」


 農夫が答える。


「……なるほど。窒素にリン、それにカリウムか。そうだとすると、ほぼ確定だな。他には、どんなことを?」

 

 納得しながら、再び聞く錬金術師。


「私が覚えていることと言えば、鍛冶屋に変わった注文をしておられたくらいですかね。何でも、変わった形の鋳物を所望していたとか……」

「その鍛冶屋は?」


 農夫の話に、錬金術師は興味をそそられていた。


「生憎ですが、もう何年も前に町を出て行きました。手に職がある連中は、こんな所に留まる理由もありませんで」

「なるほど……」

 

 顎に手を当て、少し考える素振りを見せながら、錬金術師は続けた。


「俺が思うに、ステラのお父さんは、本当に町のことを考えていたらしいぞ」

 

 言って、ステラの頭をポンポンと叩く錬金術師である。


「そっか」

 

 ステラが顔をほころばせた。

 その時である。


「ご歓談中失礼します」


 振って湧いたようなアリスの声に、錬金術師を除く二人が大きく驚いた。

 アリスの気配は、常人にとって酷く読みにくい。


「おお、アリス。掃除は終わったか?」


 錬金術師が声をかける。


「はい、滞りなく……。それより旦那様、そろそろ例のお時間です」


 アリスが答えると、錬金術師は思い出したかのような顔を作る。


「ああ、そうだった。すまねーが、ステラ。これを俺たちの部屋の前にでも、置いておいてくれないか?」

 

 頼みながら、錬金術師はステラに袋を手渡した。当然、中身は土くれでぎっしりである。


「構わないけど、一体どうしたのさ?」


 ステラが了承しながら聞く。


「ちょっと野暮用があってな」


 錬金術師はそう答えるのみであった。



第三節


 錬金術師達を残し、ステラと農夫は町へ帰った。

 アリスを恐怖心するステラに至っては、錬金術師の仕事に興味も見せない。


「言うだけあって、大した俊足だなー」


 颯爽と駆けて行くステラを見て、錬金術師が言った。

 二人を見送った後、主従は山に向かって歩みを進めていた。

 もう日もとっぷりと暮れ、常任なら足元もおぼつかない夜道である。

 こんな時間から山に入るなど、本来なら自殺行為も甚だしい。

 だがしかし、そんなことは二人にとって瑣末な問題であった。昼間と同じように、しっかりとした足取りで山に分け入っていく。


「ふむ」


 バイザーを下ろして、錬金術師が声を漏らす。ヘルメット内のHUDヘッドアップディスプレイが暗視モードに入り、周囲の状況を忙しなく表示する。


「山の麓に沿って、生体反応が集中しているな。こいつは野生動物だろう」

「旦那様、これを」


 錬金術師の分析を聞いて、アリスが細長い布のケースを差し出した。錬金術師が背負っていた物である。


「ありがとう」


 受取ながら、錬金術師はおもむろにケースを開けた。

 中から出てきた物は、黒光りする二丁の長物――自動小銃アサルトライフルとスライドアクション式の散弾銃ショットガンであった。錬金術師たちが使用する、前文明の武器である。


「アリス、お前はどっちを選ぶ?」


 取り出した二つを掲げ、錬金術師がアリスに聞く。


「では散弾銃ショットガンの方をお願いします。私には、満足なFCS(射撃管制装置)が搭載されておりません故」


 アリスが答える。


「それは、お前が趣味を優先させているからだ。単にアプリケーションの問題なんだから、とっとと入れろよな」

 

 錬金術師がブツブツ文句を垂れながら、散弾銃ショットガンをアリスに渡した。 

 直後、アリスが急に顔を上げた。


「旦那様、微かですがビーコンを感じました」


 アリスの注意に、錬金術師も周囲を警戒する。


「どの辺りか分かるか?」


 錬金術師が聞く。


「そこの崖の上ですね」


 果たして、アリスが指さすところは絶壁であった。


「……流石にこれを登るのは無謀だな。迂回するか」

「畏まりました」


 錬金術師が呟くと、アリスがそれに同調した。


「こいつは……!」

 

 崖を迂回して登った主従の前には、一つの遺跡が現れた。入口と思しき堅固な扉は、既に開いている。


「少しお待ちを」

 

 アリスが前に出て、先陣を買って出る。

 遺跡に近付き、アリスは周囲をくまなく探索した。対する錬金術師は、銃を構えて警戒を怠らない。


「うん?」

 

 錬金術師の視界が、奇妙な物を捉えた。

 用心して近付いた錬金術師が、まじまじとそれらを観察する。


「冒険者の亡骸だな。五人……いや、四人か」


 錬金術師が呟いた通り、散らばっている物は人の死体であった。赤茶けた鉄の防具を纏ったまま、夢半ばで倒れた白骨死体である。


(それにしては、ちょっと妙だな)

 

 錬金術師は違和感を禁じ得ない。あちこち散乱していることは別にして、単なる死体にしては、不必要なまでに砕かれているせいである。


「旦那様」

「何だ?」


 アリスの語りかけに、錬金術師が振り返った。


「これを」


 アリスが差し出したそれは、水の入った花瓶であった。中には、真新しい花が活けられている。


「誰かが弔いに来ている、という訳か」

「そのようです」

 

 錬金術師にアリスが同意する。しかし、その割には、遺体が放置されていることは疑問である。


「それにしても、この遺跡は――」

 

 錬金術師が言い淀む。


「土くれに埋もれてますが、全体像を察するに、大気圏外からの降下ポッドですね」

 

 アリスが代弁した。


「そうすると、中に入っていた物は当然……」


 錬金術師が言葉を詰まらせた時、アリスが反応した。


「旦那様! 動体検知器モーショントラッカーが大きな反応を捉えました」


 アリスの言葉に錬金術師がはっと身構える。

 ただ、幸いなことに、反応元が向かってくることはない。


「いました!」


 アリスの言う方向に、錬金術師が視線を向けた。

 錬金術師の意思に反応して、HUDヘッドアップディスプレイが遠方を拡大した。

 アリスの示す先、遥か遠くで異形の化け物が蠢いていた。

 六本の脚で徘徊するそれは、さながら甲殻類を思わせる外観をしている。


「戦闘用ロボットか!」

 

 錬金術師が言うそれは、前文明の遺物である。大気圏外から降下ボッドで敵陣に降下し、尖兵となる兵器であった。


「多分、あれが以前町を襲ったという化物なんだ。それにしても、何故今更になって?」


 錬金術師がぶつぶつと疑問を口にする。


「どうします? 仕掛けますか?」


 散弾銃ショットガンのスライドを引いて、アリスが聞いた。


「……いや、一端撤収する。とてもじゃいが、俺たちの装備で太刀打ちできる相手じゃない。とっとと出直すぞ」

「畏まりました」


 こうして、一行は山を降りることに決めた。



少し改稿に時間がかかっておりますが、完結済みなのでご安心ください。


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