終章 帰れなかった男の独白
お待たせしました。
これにて『パワード・スーツを脱がせてみたい』終了です。
第一節
私がこの町に腰を落ち着けて、早幾星霜……。偏屈なコミュニティーから出奔したこと自体は万々歳なのだが、そもそもの原因はあの父親もどきのせいだ。
一丁前に倫理家を気取っていた父親もどきだが、その耳触りのいい言動に惑わされてはいけない。そのドス黒い心の奥底では、徹底的に外界の人間を見下しているのだ。そして厄介なことに、その事実をアイツ自身は全く自覚していない。もっとも、本人にしても外面を繕うつもりは、これっぽっちも無いらしい。言葉の端々に選民思想が見え隠れするし、憂さ晴らしとばかりに殺人すら厭わないので、注意深く見れば本性に気が付けるだろう。
そんなアイツの息子として、クローニングで生を受けた私だが、実際のところはどうだか分かったものではない。単にアイツの臓器保管庫だったと言われた方が、むしろシックリくる。
そういう訳で、アイツの外面と、内面とのギャップに耐えかねた私に非があろうはすもない。
もっとも、追いかけても来なかったことから察するに、私のことは早々に諦めたのだろう。こちらとしては嬉しい話なのだが、このあっさりと人を見限る軽薄さも、アイツの鬼畜な本質の裏付けかもしれない。
単に前文明の技術を独占しているだけで、何がそんなに偉いのだ? 宇宙からの帰還者と言えば、少しは聞こえがいいが、裏を返せば、地上を見限った裏切り者だ。まあ、誰でも長生きが過ぎると、人の理を踏み外してしまうのかもしれないが……。
そんな父親もどきが最上級のイカレ具合を発揮したのは、汎用アンドロイドを発掘した時だった。メイド服を着せて、「メイドロボ! これぞ正しく男のロマンだな!」などと、のたまっていたのだ。まったく、訳が分からないこと甚だしい。
そんな頭のおかしいクズのコミュニティーだが、外界では尊敬の念を集めることもある。いやはや、世の中は奇奇怪怪に満ちている。
さて、そんな経緯でコミュニティーを出た私は、しばらくは当て所もなく彷徨っていた。旅の途中で知識を請われることもあれば、荒事の対処をすることもあった。
翻ってみるに、大体のトラブルは、そつなく解決出来たはずだ。野に下ったこの身でも、前文明の恩恵――人体強化処置を受けた肉体は伊達ではない。たまにはコミュニティーの権威を利用したこともあったが、この行為に関しては、今でも少し自己嫌悪に苛まれていたりする。
しかしながら、結局は行き倒れる羽目になってしまった。人間や獣相手はともかくとして、時折現れる前文明の兵器相手に渡り合うには、愛用の自動小銃だけでは如何ともし難かったのだ。弾が尽きた小銃を非常用のクロスボウデバイスに換装したのだが、それもすぐに限界が来た。
だが、最大の要因はこの身体のせいだ。
――強化人間の弱点である。
人体強化処置によって、コミュニティーの構成員は超人になる。元々は過酷な宇宙空間を生き抜くための処置だったらしいが、これを受けると、反射神経や筋力、スタミナといった身体能力が常人を凌駕するのだ。
ちなみにステイタスの割り振りは、ある程度個人の裁量で選べたりする。
そんな強化処置にあたって、私は敏捷性を重視した。そういう理由で、私の走力は馬よりも速い。動体視力も並外れて高く、飛んでる弾丸が見えることもあったくらいだ。
ちなみに、あえて敏捷性を選んだ原因は、常日頃「男なら、やっぱりパワーだよ君ぃ!」などと、鬱陶しかった父親もどきへの当てつけだったりする。
もっとも、その父親もどきの力自慢も、長くは続かなかった。よりにもよってあのクソ馬鹿、メイドに仕上げたアンドロイドに半殺しにされて、骨抜きになったのだ。これだけは、今思い出しても笑えてくる。
……留飲を下げたところで、本題に入ろうと思う。
強化処置を受ける際、「メカトロニクスだけで、致命的な部位はいじらないようにな」と、父親もどきが忠告してきたのだが、反骨心に富んだ私は聞かなかったのだ。外科処置や遺伝子改造だけに飽き足らず、心臓まで機械に置き換えてしまった。
この判断がいけなかった。
人工心臓は、コミュニティーのバックアップなしに、維持できる代物ではない。熱核電池が保つとしても、制御用の素子はそうはいかないのだ。
おまけとばかりに、肉体の老化も始まってしまった。定期的に処置をしなければ、不老は維持できないのだ。
こんなことならば、コミュニティーから飛び出す時に、パワード・スーツを持ち出しておくんだった。あれの生命維持装置をフルに使えば、人工心臓はもちろん、寿命自体も大きく延ばせたのだ。
またぞろ横道に逸れがちになったので、話を元に戻そう。
そうして満身創痍になった私は、息も絶え絶えにこの町へ辿り着いたのだ。ぶっ倒れた私を介抱してくれたのは、町で薬師をやっていた後に私の女房となる女だった。
女房と私のロマンスは割愛するとして、私の知識は彼女の仕事に大いに役立った。何せ外界の製薬学には、抽出の概念すら無いのだ。
持ち得ている知識はもちろん、最後まで手放さなかった学術書の手も借りて、私たち夫婦は多くの人間を救ってみせた。そうやって、いつの間にか私自身も、薬師として名を馳せていったのだ。この時、「本を捨てるな」という父親もどきの忠告に救われたのは、今思い返しても、やっぱり複雑だ。
もっとも、その女房は既に鬼籍に入ってしまったが……。
「さてと」
昔の回想もそこそこに、私は夜半にも関わらず、自作の研究室へ向かった。
時折襲う胸の痛みのせいで、とても眠れる気分ではない。
施錠された扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのは、ぎっしりと詰まった本棚である。だがそれらの内、最初から持っていた物は実は僅かなのだ。ほとんどが、自分の研究成果を製本した物や、価値を知らない流れの商人から買い取った古本である。
本棚の隣には薬品棚を、壁際には作業台を備えてある。
そして、その作業台の上には、作りかけの武器がいくつか置いてある。真鍮製のマッチロック式マスケット――すなわち火縄銃である。
こういった火器の類は、外界ではまず手に入らない。そういう物は全て、コミュニティーが独占しているからだ。その理由はもちろん、軍事力を独占するためだ。コミュニティーに戻らないと決めた以上、こうして自作しなければいけない。
ただし、これらは他人様に向けるため作ったわけではない。私はあくまで、人の命を救う薬師なのだ。
私が再び銃を求めた理由――それは、この町に眠っている化け物にあった。化け物の正体ときたら、これまた前文明の自律兵器である。
それにしてもである。この突然の邂逅は、私にとって晴天の霹靂だった。町に落ち着いた今になって、再びこんな物に出くわすとは思わなかったのだ。前文明の遺跡があるとの噂があるにはあったが、よりにもよって私が第一発見者になるとは……。運命とは、本当に皮肉なものだ。
しかし、この事実を町の人間に知らせる訳にはいかない。
これの危険性は、私にしか理解できないのだ。下手に喧伝しようものなら、欲に目の眩んだ連中が、何をしでかすか分かったものじゃない。
そういう理由で、私は秘密裏にこれを破壊することにした。
最初は大砲で吹っ飛ばしてやろうと、町の鍛冶屋に発注をかけていた。
ただ、時節が悪かった。いつまでも見つからない遺跡に、冒険者が業を煮やしたのだ。
まともな冒険者がどんどん去って、空前の不況が町を襲ってしまった。
俺が気付いた時には、鍛冶屋は夜逃げしていた。そのせいで、こうして実験を兼ねて、ちっぽけな銃や爆弾から自作することとなったのだ。真鍮や青銅でこしらえている理由は、単に私の技術不足のせいだ。
せっかくなので、今から作業を再開しよう。
第二節
黒色火薬の調合に取り掛かって、数刻が経った時だった。
突然、表が騒がしくなった。まだ夜が明けてもいないのに、これは尋常ではない。
「何だ?」
慌てて窓に走り寄り、私はカーテンを開けた。
遠くの方が、赤々と燃えている。
「火事か? いや違う……」
自分で言っておいて、それがあり得ないことに気がついた。
私の記憶が正しければ、あの辺りは城壁である。加えて、この町の家屋はほとんどが石造りなのだ。たまさか起こる小火にしても、あそこまで延焼することはない。
「ひょっとして、あれは油樽か!」
油樽とはその名の通り、油の入った樽である。主に防衛のために、城壁の上へ置かれている代物だ。這い上って来る敵兵の足を滑らせたり、時には火をかけたりするための備えである。その油樽が燃えているということは、まず考えられる事態は敵襲だろう。
「いや、それにしてもおかしい」
だがしかし、すぐに私は考えを改めた。こんな辺鄙な町の周辺に、戦力の有る他国や集落はない。
そもそもの話、遺跡疑惑があったとして、それがすぐ戦争に繋がるとも考えづらい。遺跡の優先権は、あのクソコミュニティーにあるのだ。冒険者はもちろん国家ですらも、コミュニティーのお零れに預るのが常である。
万が一にも遺跡を巡って諍いなど起こせば、すぐにコミュニティーが鎮圧に来る。その場合行使される手段は、最悪片っ端から皆殺しだ。
「まさか!」
私の身体に電流が走った。と同時に、冷たい汗が背中を流れていく。襲撃者の正体に、私には心当たりがあったのだ。
「いやいやいや」
私は頭を振って、必死に悪い予感を振り払おうとした。
山の中腹に、アレは確かに存在する。だが、アレを解き放つには複雑な解錠パスが要るし、そもそも隠蔽は完璧だったはずだ。
……本当にそうだろうか?
希望的観測とは裏腹に、私の理性は、現状を冷酷に分析していく。
確かに土を被せて、アレを山肌に偽装した。でも、もしそれが露出したとしたら……。先日大雨が続いたばかりなので、その可能性は決してゼロではない。
解錠パスこそ必要だが、偶然破られる確率はどうだろう? これもあり得ないことではない。そもそもアレは遺物で、つまるところ大昔の代物だ。故障が原因となって、出鱈目な操作で目覚めるかもしれない。何より発見した俺自身が、制御卓をちゃんとチェックしていなかった。
――ポンコツ心臓が激しく脈打った。
気が付けば、私は試作品の火縄銃に弾丸を込めていた。
「父上!」
突然扉を開けて入ってきたのは、私の二人の娘だ。姉の方をマチルダといい、今年で十四歳になる。
寝間着姿のマチルダが連れているのは妹のステラで、こっちはまだ五歳だ。
「マチルダにステラか。こんな夜中に、どうした?」
私は努めて冷静に聞いた。
「ま、町に化け物が! さっき近所の人が来て、教えてくれました」
怯えた顔で、マチルダが答える。
「……そうか」
全く、悪い予感が的中したものだ。それでも、もう腹を括った私である。マチルダの言葉に動揺することはない。
「と、ときに父上、そのお姿は一体?」
マチルダが驚くのは最もである。今の私は、前文明の武装を纏っていた。頭には強化繊維樹脂製のヘルメットを被り、着ているのはセラミックプレート内蔵のボディーアーマーだ。手と脛にも、同じくセラミック入りの防具を付けて、足に履いているのは、対人地雷をものともしない、耐爆ブーツだ。さらには、今まで作った手製銃を何丁か背負っていた。いずれも、外界では見ない重装備だろう。
ただ、その物々しさは十分伝わったらしく、マチルダの目には若干の怯えが見えた。
「ちょっと見てくるよ」
「あ、危のうございます!」
私が言うと、マチルダが縋るように袖を掴んできた。
だが、強引にマチルダを振り払ったりはしない。
私はマチルダの頭に、ポンと手を置いた。
「父上?」
上目遣いで、マチルダが聞く。
「マチルダよ」
私はしっかりと、マチルダに目線を合わせた。
「大丈夫だ」
言いながら頭を撫でてやると、マチルダの手が自然と離れた。
「いい子だ。よし、次はステラだな。こっちにおいで」
「……ん」
次に、俺はステラをギュッと抱き締めた。少々言葉足らずな子だが、この歳ならこんなものだろう。
それにしても、二人とも随分としっかり育ってくれたと思う。
姉のマチルダは、成長が飛び抜けて早かった。同年代の少女とは比較にならないくらい大きく、既に成人に見えるほどだ。もちろん、頭脳の方も大人顔負けだ。
妹のステラにしても、これまた幼児とは思えないくらい足が早かったりする。
これらは全て、個人差では括れない発達だ。
強化処置で得た形質が、物の見事に遺伝しているのだ。忌々しいコミュニティーの呪いのようで、本音としてはやはり複雑だったりする。
だがしかし、この二人なら大丈夫だろう。私のように、インプラントを埋め込んでいるわけではないのだから。
「よし!」
言って、俺は玄関の扉を開けた。
表では、パニックになった住民が右往左往している。
「行ってくる」
呼吸を整えて、俺は騒ぎの下へ歩みを進めた。
「行ってらっしゃいませ」
「……いってらっしゃい」
背後からは、娘たちの声が聞こえてくる。
はっきり言って、これは勝算の低い戦いだろう。もっとも、私としてもタダでやられるつもりはない。用意した手製銃は原始的な火縄銃だが、三センチはある大口径だし、手榴弾はコミュニティー謹製の物が丸々残っている。
直撃さえすれば、ダメージは通るはずだ。それに、いざとなれば山間におびき寄せてしまえばいい。あの辺りの崖は崩れやすく、上手くいけば生き埋めを狙えるだろう。
ただ、おそらくは生きて帰れないことだけが残念きわまる。
娘たちの将来に不安がないのが、せめてもの救いだった。マチルダに施した教育は、外界の水準を大きく超えている。それに、既に身を守れるくらいの武術も仕込んであるのだ。このままいけば、役人として仕官できるだろう。ステラに関しても、マチルダが導いてくれるはずだ。
何より、私たち夫婦は住人からの信頼が厚かった。
娘たちにとって、総じて悪いようにはならないはず……。
「……否、違うな」
よくよく考えてみると、この考え方は間違っているかもしれない。
私は帰らねばならない。生き残らない限り、それは娘たちにとって、無責任なこと甚だしいではないか。そんなことをすれば、私を見限ったあの親父もどきと同じになってしまう。何よりも、先に逝った女房に顔向けが出来ないではない。
「よしっ!」
言って、私は煌々と燃える町を見据えた。
「帰ったら、武勇伝でも聞かせてやろう!」
凱旋する自分を想像して、私は火縄に火をつけた――。
趣味を全開にした恥ずかしい拙作で、さぞかし見苦しかったと存じます。
是非とも感想をお寄せください。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




