第十四章 真相
第一節
後始末のために、現場には自警団が招集された。
辺りには人よけのロープが張られ、近くにはテントが設営されている。
野次馬も沢山集い、その中には錬金術師たちと会った老農夫が「ほれ、見ろ。あれじゃ、わしらが昔見たのは!」と言って、はしゃいでいた。
テントの中では、四人が人心地ついていた。一部機械が丸出しになっているアリスには包帯が巻かれ、さながら負傷者の体である。
「つまるところ、お前らの父親は俺の……同胞なんだよ」
「え?」
「それは真か?」
錬金術師が切り出すも、姉妹は驚きを隠せない。
「この武器が証拠さ」
言いながら、錬金術師が小銃を分解する。ロボットに壊されたそれは、綺麗に直っていた。上下に二分割出来る小銃の下半分は、件のクロスボウの部品であった。
「こういう風に、俺たちの武器は、非常時にクロスボウへ改造出来る」
錬金術師が補足する。
「たしかに、父は一度も自分の過去を語らなかったな」
「時々、あることなんだよ」
回想しりマチルダを余所に、錬金術師が続けた。
「どういった経緯でそうなったか、みんな理由は様々だ。移動が困難になった者。単に現状に嫌気がさしただけの者。あるいは、その両方とか……。とにかく、外界に居場所を見つけて定住してしまう者が、俺たちの中にはいるんだよ。お前らの父親も、その一人だったのさ」
「でもホント、何で言わなかったんだろう?」
錬金術師の説明に、ステラが不思議がる。
「俺たちは常に、奇異の視線に晒されるからな。所帯など持とうものなら、言い出せなくもなるさ。まあ、一番の理由は、お前らを巻き込みたくなかったからだろうけど」
錬金術師は語る。もう随分と昔――マチルダが幼いころから、彼女たちの父親は、化物もといロボットを発見していたこと。それが眠っているうちに、破壊しようと目論んでいたこと。計画の途中で、今は死体となった何者かが、ロボットを解放してしまったこと。
「お前らを一度遠ざけた俺には、その気持ちが理解できるな」
錬金術師が締め括った。
「墓を荒らした理由は?」
マチルダが肝心なことを思い出して聞く。
「私たちが改造人間だとは、お前らも知っているだろ? 体内には、機械が仕込まれている場合がある。今回の戦いでは、武器として活用させてもらった」
「……そうだったのか」
錬金術師が言葉を選ぶと、マチルダが納得した。
その時である。
「失礼しま――」
入って来た副長が、四人の重い雰囲気に押されて言葉に詰まる。
「どうした?」
マチルダが促した。
「はっ、申し訳ありません。報告します。錬金術師様の仰られた場所に、遺跡を発見しました」
我に返って副長が続けた。
「ご苦労」
マチルダが労ったものの、副長は「それで、その……」と言い淀む。
「何だ?」
錬金術師が聞く。
「はい。遺跡と化物の処置は、どのようにすればよろしいでしょう?」
「ああっ!」
副長に聞かれて、錬金術師が思い出す。遺物に対する優先権は、常に錬金術師が持っている。
「うーん……」
錬金術師は顎に手をやった。
「取りあえず、覆いでもしておいてくれ。しばらくしたら、同胞が回収しにやってくる。それまで、人避けの人員を割いてくれ」
「はっ!」
錬金術師の指示を受け、副長が敬礼した。
「それと……」
錬金術師が続ける。
「分かっているとは思うが、無闇に触るなよ。あのロボット――化物が動くことはないが、リアクターから放射能……分かりやすく言えば、毒が漏れる虞がある。全身から血を噴いて、死にたくはないだろ?」
「か、畏まりました! では、私はこれで」
副長が青い顔をして、テントを出て行った。
「さてと、アリス」
しゃがみながら、錬金術師が促した。
「はい」
アリスが答える。
「一度、町へ帰ろう。おぶって行く。背中に乗れ」
「一人で歩けますが?」
錬金術師の申し出に、アリスは疑問で返した。
「何を言ってんだ!」
錬金術が厳しく言った。
「めちゃくちゃな衝撃を受けてるじゃねーか。そういうのは、ちゃんと点検してからだ」
錬金術師の命令に、アリスが「畏まりました」と従った。
「あー……、術師殿」
切り出したのは、マチルダである。
「そういうことなら、また家に来てくれ。昨日の件は、本当にすまなかった」
頭を下げながら、マチルダが申し出た。
「ありがとう」
錬金術師が礼を言う。
「それともう一つ……」
マチルダが勿体ぶりながら続けた。
「以前貴殿は、従者殿――アリスの忠義は、作られたからだと言った。だが、私は思うのだ。例えそれが、どんなきっかけで生まれたとしても、心であることに違いはないと……」
以前言いそびれたことを、マチルダがたどたどしく伝える。
「よし! では、謝礼代わりと言ってはなんだが、彼女は私がおぶっていこう」
マチルダが、照れ隠しとばかりに申し出る。
「あ、いやそれは……」
錬金術師が止めようとするも、「女の身とて、私も鍛えている。大丈夫だ」とマチルダは聞く耳を持たない。
アリスが「では遠慮なく」と言って、マチルダにおぶさった。
「ぎゃーっ!」
悲鳴を上げて、マチルダが潰れた。
「……アリスの体重は、俺の倍はあるんだよなー」
遅ればせながら、錬金術師が理由を説明する。
「そ、それを早く言ってくれ!」
アリスの下敷きになって、マチルダが非難した。
テントを出た一行は、途中でロボットの前を通った。
「あ、ちょっと……」
錬金術師の背中で、アリスが言った。
「どうした?」
錬金術師が立ち止まって聞く。
覆いが被されていくロボットは、もう動かないカメラアイで虚空を見つめていた。赤いレンズは、奇しくもアリスの目とよく似ていた。
「……いえ、私も一歩間違えればこうなっていたのかと」
「一つだけ、言えるんだけどな……」
ロボットを見て感傷に浸るアリスに、錬金術師が答える。
「確かに、お前もこれも、被造物に変わりはねーな。だが、なんだかんだいって、お前は人間に関心を向けているだろ? お前なりに善と悪、罪と罰について色々考えていることを、俺はよく知っているんだぜ。つまりだな、お前とこれは全然違うってことだ」
「……」
錬金術師の言葉に、アリスは黙って耳を傾けていた。
「もっとも――」
錬金術師が言葉を続ける。
「人命軽視は、いい加減改めてもらいたいけどなー」
締め括った錬金術師であったが、後ろでは姉妹が微妙な表情を作っていた。
正に『お前が言うな』である。ここ数日で出た夥しい死人は、死んでも誰も困らない悪党ではある。
それでも、肝心のアリスは二人しか殺していない。そのほとんどが、錬金術師の憂さ晴らしの前に散った。
一丁前に倫理家を気取っているくせに、大儀名分さえ立てば、殺戮すら厭わない錬金術師である。
アリスの暴力性は実のところ、凶暴な主人に倣っているからに他ならない。
一行が山を降りる途中、ヒヒの群れと遭遇する。
ボスらしき一匹が前に出て、錬金術師に果物を一つ差し出した。
「ありがとう」と錬金術師が礼を受け取ったとき、その肩越しからアリスが「何事ですか?」と顔を覗かせた。
今更ながら、ヒヒは殺戮者に気づいて山奥へと逃げて行った。
「心外です」
アリスが言うと、今度は錬金術師を含む三人が微妙な表情を作った。
第二節
それから二日後である。
ようやくをもって、全快した錬金術師であった。
屋敷に帰った錬金術師はアリスの修理もそこそこに、全裸になってベッドに倒れ伏す破目となった。
さしもの改造人間も、やはり生き物である。
アリスは寝入った錬金術師に膏薬を塗って、存分に本来の職分を全うした。
幸いにも、アリスの損傷は見た目ほど酷くはなかった。破れた皮膚にしても、既に塞がりかけている。ただし左腕の人工筋肉を派手に切っており、三角巾で吊っているので、見た目は紛うことなき怪我人である。
この日、錬金術師たちは再び市長を訪れていた。
「どうもどうも」
市長が詫びながら、錬金術師の向かいに座った。
「お待たせして申し訳ない。いや、この度のご尽力、大変感謝します。従者殿も、大層なご活躍だったそうで……」
市長がアリスを横目で見る。
「いやあ、まさか例の化物が再び現れるとは……。しかし、ゴロツキ共もついでに一掃されるとは、まったく錬金術師様様ですな――」
「市長さんよ」
市長の一方的な会話を、錬金術師が遮った。
「既に聞いてるとは思うけど、ゴロツキ共を退治出来たのは、マチルダ姉妹と自警団の活躍があってこそだぜ。あの化物にしてもそうだ。薬師の英雄様が、既に突破口を開いていた。その辺のところ、ちゃんと理解してもらえるか?」
脅すような口調の錬金術師である。
「ええ、ええ、分かっておりますとも。彼女達の身分は、私が保証しましょう。自警団に下りる予算も、これから増額します」
言外にある物を感じて、市長が答えた。
「そうそう」
冷や汗をかきつつ、市長は話題を変えた。
「以前は碌におもてなしも出来ず、申し訳ありませんでした。お詫びと言っては何ですが、一杯いかがですかな?」
市長が立ち上がり、買い替えたばかりの棚に向かった。中から取り出されたのは、一本のワインボトルと二つのグラスである。
「それじゃあ、頂こうじゃねーの」
錬金術師が答えた。
錬金術師が机の上を見つめている。グラスにはなみなみと、葡萄酒が注がれていった。
「ささ、どうぞ」
自分の分を注ぎ終えて、市長が勧めた。
グラスを手に取った錬金術師が、ピタリと動きを止めた。
「アリス」
錬金術師が呼びかける。
「畏まりました」
錬金術師からグラスを受け取ると、アリスは中身を口に含んだ。
「え?」
市長がうろたえる。
「ふむ、流石にこの期に及んでまで、悪あがきは見せませんね。毒は入っておりません。もっとも、こんな辺鄙なところで手に入る薬など高が知れております。軍用の特殊透析機を内蔵した旦那様に、通用するとは思えませんが……」
葡萄酒の成分を口内で分析したアリスである。
「はは……。流石に、噂に名高い錬金術師様ですな。用心深いことで」
市長が顔を引き攣らせた。
「茶番は止めたらどうだ? ぜんぶ知っていたんだろ?」
錬金術師が聞く。
「何の事ですかな?」
グラスを置いて、市長が聞き返す。
その瞬間、アリスが市長のグラスを奪い取った。
「な、何を?」
市長の動揺などお構いなしに、アリスはグラスをじっと見つめている。
「花瓶の指紋と一致しました。間違いありません」
しばらくして、アリスが錬金術師に告げる。錬金術師は、「そうか」と答えた。
「実は最近、俺たち以外に遺跡に行った者が居てね。それが今しがた判明したんだわ」
錬金術師が思わせぶりに言う。
「そ、それが私だと? 何を根拠に」
市長は食い下がった。とっくの昔に、高度な鑑識技術は忘れられている故である。
「まあ聞けよ」
錬金術師が語り始めた。
「もう十年近く前、化物を解放した連中がいたんだよ。当然、そのほとんどは殺されたんだが、生き残った者が一人いたってわけだ」
「ははは……。ご冗談を」
市長の笑いは乾いている。
「仮にソイツとするが……、どうしてソイツだけ生き延びたのかまでは分からねーな。まあ、単なる幸運だったとするのが妥当だろうな。しかし、図らずとも虐殺に手を貸したソイツの心の内は、穏やかじゃなかったんだ」
錬金術師は、市長を無視して続けた。
「マチルダ達の父親が化物を退治して、ソイツはさぞ胸をなで下ろしたんだろう。墓を作ってやる余裕までは無くても、かつての仲間を弔いに来るくらいは出来るようになった。それでな、ここからが本題なんだが、そうして山へ頻繁に入っていたソイツは、確証はできずとも、化物が復活したことには勘付いたはずだ」
「……」
顔色を失って、市長は錬金術師の話に聞き入っていた。
「腕のいい冒険者が去って、人材に恵まれなかったことには同情する。でもな、事実に目を背けたかったのかもしれないけど、〝猿退治〟などと偽ったのはよろしくねーな。ソイツがもっと正直になっていたら、やる気の
ないゴロツキの溜り場にはならなかっただろうよ」
錬金術師がそこで言葉を区切った。
「……わ、私に死ねとでも?」
押し殺した声で、市長が聞いた。
「は? 何それ怖い」
錬金術師が答えると、市長は意表を突かれて「え?」と返した。
「今の話は全て俺の妄想だぜ。話を続けるが、このソイツにしても、きっと根は悪い奴じゃあなかったんだ。さっさと町から逃げだせばいいのに、責任感はあったんだろう。ずっと町に留まり続けて、若くして市長にまで上り詰めたくらいだからな。聞けば、ソイツの年齢ってまだ四十前だって? よっぽど心労が祟っていると見えるな。ついでに言えば、マチルダやステラの好待遇も少々不自然だ。これも、ソイツなりの罪滅ぼしと言ったところかな」
錬金術師は独り言のように言った。
「今回の件にしても、最終的には適任者を見つけたんだ。ギリギリ及第点だと、俺は思ってるよ」
言い終わると、錬金術師は机の上に袋をデンと置いた。中から覗くのは、やはり大量の金貨である。
「これから、ここも賑やかになるだろうな。復興資金にでも充ててくれや」
錬金術師は言い残すと、さっさと執務室を後にしようとした。
「ああ、そうだ」
ドアノブに手をかけた錬金術師が、思い出したかのように言葉を続けた。
「俺たちは、世界の復興に尽力する、学者と技術者の共同体だ。誰が言い出したかは知らんが、錬金術師なんてオカルティックなもんじゃねーよ」
言い捨てた錬金術師は、さっさと部屋を後にした。アリスも一礼して、それに続く。
残された市長は、金貨の山をぼうっと見つめていた。
第三節
「やあ、術師殿」
「おっちゃん……」
役場を出た錬金術師が、姉妹と出くわす。
通行人が羨望の眼差しを向ける中、四人はしばらく佇んでいた。
「行くのか?」
マチルダが口火を切った。
「ああ」
錬金術師が答える。
「どうして?」
ステラが聞く。
「もう、ここにいる理由がねーからな」
錬金術師が言った。
「そんなこと無いよ!」
ステラが否定する。
「私も姉ちゃんも、まだまだ聞きたいことが沢山あるんだ。死んだ父ちゃんのことも聞きたいし、何より勉強とか武芸とか、もっと色々教えてほしい」
目に涙を浮かべて、ステラが錬金術師に縋り付いた。
「困ったな」
ステラの頭を撫でながら、錬金術師が困惑する。
「ステラよ、我儘を言うな」
マチルダがステラを諌めた。
「姉ちゃん……」
ステラが顔を上げる。
「姉ちゃんはいいの? このままだと、多分二度と会えなくなるよ?」
「う……」
ステラが聞くと、マチルダが押し黙ってしまう。
「本音を言えば、私も別れたくない」
しばらくして、マチルダが口を開いた。
「ならどうして?」
ステラが食い下がる。
「他人様の都合も考えるのだ。アリスの左腕――あれは、ここでは直せないと聞く」
マチルダの説得に、ステラはハッと息を呑んだ。
「それに、彼らを必要とする人間は、この世界には沢山いる。独り占めは、よく無いな」
マチルダの言葉にステラが折れて、錬金術師から手を放した。
「せめて、町の外まで見送ろう。な?」
マチルダが宥めて、ステラがコクリと頷いた。
「寂しくなるね」
錬金術師の背中を見送って、ステラが言う。
「そうだな」
マチルダの同意である。
「姉ちゃんもさ、実は後悔しているんだろ?」
家路につきながら、ステラが聞いた。
「まあな」
マチルダが答える。
「惚れてた?」
ステラが茶化した。
「馬鹿を言うな!」
マチルダが怒鳴って否定する。
「大体、私は筋金入りの少年好きだ。それも線の細い美少年に限る。ちなみにアリスから聞いたのだが、これはショタコンとも言うらしい。意味は分からんがな。術師殿は格好いいとは思うが、私の趣味からは大きくはずれるな」
マチルダが胸を張った。
「いや、自慢になってないよ、それ」
ステラが呆れかえる。
「そもそもお前はどうなのだ? オジン趣味だろう?」
マチルダがお返しとばかりに聞く。
「まさか」
ステラが鼻で笑った。
「もう少し歳のいった、頼りがいのあるナイスミドルがいいよ。あのおっちゃんだと、ちょっと若すぎるね。ちなみに、アリス姉ちゃんは枯れ専がどうのって言ってた」
「それは、何となく意味が分かる気がするな……」
ステラの自慢を、マチルダが補足する。
「それしにても」
「だね」
「あの術師殿、一体幾つなんだろう?」
「あのおっちゃん、一体幾つなんだろう?」
姉妹は相槌を打って、揃って言った。
そうこうしている内に、屋敷に帰り着いた姉妹である。
「でもさ、姉ちゃん時々変な視線送ってたじゃん。あれは何さ?」
ドアノブに手をかけながら、ステラが話を続けた。
「ああ、あれか。あれは別に、色気のある物ではないぞ。実はだな……、あの術師殿は父上に生き写しだったのだ。もちろん父上の死はこの目で確認したし、歳も若すぎるから別人には違いないのだが」
「ふーん。不思議なこともあるもんだね」
疑問を口にしながら、ステラがドアを開けた。
「あれ? 姉ちゃん、形見の指輪忘れていったの?」
屋敷に入った途端、ステラが聞く。
居間の机には、例の指輪が一つ置かれていた。
「なにっ!」
マチルダが慌てて胸元を確認する。
「いや、そんなことはない。こうして、首にかけている」
答えながら、マチルダは父親の形見を取り出した。指輪は確かに、新しいチェーンに通されてそこにあった。
「じゃあ、これは?」
机の指輪を掴んで、ステラが聞く。
「貸してみろ」
「はい」
マチルダが、ステラから指輪を受け取った。
「これは……よく似ているが違う指輪だ。見てみろ。大きさが、ほんの少し違う。術師殿の忘れ物だろうか?」
マチルダが二つを比較する。
「姉ちゃん、これ手紙じゃない?」
ステラが、指輪の横にある紙を指さした。
「開けてみろ」
マチルダが言って、姉妹は一緒に手紙を読む。
『やっぱり、家族は一緒に居た方がいいと思うぜ』
文面を見ると、姉妹は顔を合わせた。
「ステラ! すぐに術師殿を追え。今ならまだ間に合うはずだ!」
マチルダの指示を聞き終えるまでもなく、ステラが走り出した。
第四節
姉妹と別れ、主従は元来た道を歩いていた。
行きとは異なって、荷物はもう随分と小さい。それもそのはず、中身の大半はアリスの着替えであった。一連の騒動で、アリスがこれでもかとばかりに損耗したおかげである。
荷運びを買って出たのは錬金術師であった。
その錬金術師はと言えば、もうスーツを着ていない。機能を完全に失ったスーツは、今はただの鉄屑となって、ロボットの横に捨て置かれていた。
「本当に、よろしいのですか?」
唐突に、アリスが聞いた。
「何のことだ?」
錬金術師が聞き返す。
「あのお二人です。いっそのこと、お連れになってもよかったはず。あの方の血を引いているのなら、必然的に旦那様の――」
「分かってるよ」
アリスを遮って、錬金術師が答えた。
「でもな、息子同然に育てたクローンと言っても、アイツはやっぱり俺とは別人だぜ。マチルダたちとは血の繋がりがあるとは言ってもだな、さすがに親子面するほど、厚かましくは振る舞えねーんだよ」
錬金術師が理由を言った。
「血は水よりも濃し、ですよ」
「うっ……」
アリスが指摘して、錬金術師が返答に詰まる。
「強化とか不老なんて、いいことねーよな」
錬金術師がわざとらしく話題を変えた。
「はい?」
アリスが聞き返す。
「馬鹿みたいに生きていると、時間の感覚が狂ってしまう。ほんの少しと思っても、実際には物凄い時間が経ってるんだ。いつでも会えると思ったら、大間違いだったな――」
錬金術師は一端言葉を区切り、懐からインプラントを取り出した。
「俺は、息子に大事なことを教えなかった。俺は――俺たちは断じて無敵じゃない。強さに慢心すれば、待っているのは確実な死だけだ。せっかくの強化処置にも関わらず、死に急いでしまったアイツがいい例だ。それでも、十年前までは生きていたなんて、奇跡に近い。ましてや、戦うなど……。〝歳月人を待たず〟と言うけど、俺たちにもちゃんと当てはまるんだな」
インプラントを見て、錬金術師の涙腺が緩む。
「そういう訳でだな……、マチルダたちの人生は、あの町にあるべきだと思うんだわ。俺が立ち入る隙はどこにもねーよ」
目元を拭って、錬金術師が話を戻した。
「だからこそ、最初に名乗らなかったのですね? あのような決まり、聞いたことがありません」
「俺の名を、知っているかもしれなかったからな」
アリスが聞くと、錬金術師が答えた。
「貴方は寂しい人です」
錬金術師の言い分に、アリスは憐憫を禁じ得ない。
「未練がましく、置き土産までされていたのに……」
「ええっ! 見てたのかよ?」
アリスが零すと、錬金術師が顔を赤らめた。
アリスが頷いて答える。
「……そうか、見てたのか。まあ、あれだ。俺自身が矛盾しているからこそ、あの市長を責められなかったのかもしれねーな」
「付和雷同なご主人様には、私のようなしっかり者のメイドが必要です。この身が朽ち果てるその時まで、付き従いましょう」
錬金術師が心の内を明かすと、アリスが力強く言った。
「ありがとよ」
錬金術師が返した。
「急ごうぜ。気づいたあいつらが、追いかけてくるかもしれない。今ならまだ、馬車に間に合うしな」
気を取り直して、錬金術師がアリスをせかす。
「それにしても、何で俺たちは錬金術師と呼ばれるんだろうな?」
歩きながら、錬金術師が不思議そうに零した。
「……さあ」
とぼけるアリスは知っている。この散財癖のある主人が、巷でやたらと金貨をばら撒いてきたことを。そして、おそらく、それが通り名の由来であることを。
アリスにとっては、主人が甲冑を脱ぎ去って、共に居るだけで大満足なのであった。
果たして、この二人の関係が、恋仲に発展するかは誰にも分からない。
そもそもの話、不老の怪物――錬金術師に、人並みの性愛が残っているかすら怪しい。
長い歳月は、人が解脱と言う名のEDを患うには十分であった。
二人の明日はどっちか――それは神のみぞ知るところである。
再び、街道の酒場である。
最早ここに、冒険者の姿はない。
比較的良識のある者は、錬金術師が来ると早々に去って行った。
ゴロツキと化して居座った者の末路は、言わずもがなである。
すっかり閑古鳥の鳴いている店であったが、店主は妙な清々しさを感じていた。
悪事に手を染めていたゴロツキ共は、酒場では気前が良かった。当然、彼らが去ったことで、店の収入は激減していた。
しかし、店主はそれでいいと思っていた。懐こそは潤ってはいたものの、悪党のお零れに預かっているようで、気分がよろしくなかったのである。そのせいで、いい加減ここを出て行こうとしていたくらいであった。
ただ、今の店主は考えを改めていたりする。近くの町に居る昔からの馴染みが、店に顔を出すようになったからである。
(もう少しだけ、ここでやってみるか)
店主がカウンターを磨きながら思った時、ドアベルがカランと鳴った。入って来た客は、荷物を担いだ筋肉男と透き通るような美女の二人組である。
二人はそのままカウンターまでやって来た。
「やあ」
男が口を開いた。
「ご無沙汰しております」
丁寧な口調で、店主が頭を下げた。
「うん? ひょっとして、俺の事を覚えているのか?」
店主に反応して、男が聞く。
「ええ、覚えております。錬金術師様でしょう?」
店主が答える。
「へえ、流石は客商売だな。あの時と違って、今はローブすら纏っていないんだけどな」
男もとい錬金術師が感心すると、店主は「恐縮です」と答えた。もっとも、彼らの風体は既に噂となって、店主の耳に入っていた。
錬金術師とアリスがカウンターに並ぶ。
「ビール……と言いたいところだけど、ここらだと上面発酵が精々だろうな。エールを一杯頼む」
錬金術師がオーダーを入れた。
「珍しいですね。旦那様がお飲みになるとは」
アリスが指摘する。
「……俺にも、飲みたい時くらいある。お前も付き合えよ」
「では、私にも同じ物を」
錬金術師に合わせて、アリスもオーダーを入れた。
奥に引っ込んだ店主は、すぐに戻って来た。
「お待たせしました」
主従の前に、木樽製のジョッキがドンと置かれた。中からは香ばしい臭いが漂っている。
「うん?」
ジョッキに口をつけようとした錬金術師が、アリスの目配せに気が付いた。
錬金術師とアリスがジョッキを合わせる。
「彼女たちの今後を祈って」
錬金術師が言う。
「私は、旦那様のご多幸を」
アリスが返す。
錬金術師は一瞬照れると、エールを一気に呷った。
「それにしても不思議だよな」
ジョッキを置いて、錬金術師が切り出す。
「今日の馬車って遅れてるのか?」
錬金術師が訝る。その言葉通り、馬車はまだ来ていない。
アリスが「さあ?」とだけ答えた。
「あれ? ご存じないのですか?」
店主が口を挟んだ。
「何のことだ?」
錬金術師が聞き返して、もう一度ジョッキに口をつける。
「今日の馬車ですが、とっくに終わりましたよ。御者が言うには、ゴロツキ連中が来なくなったので、もう商売にならないそうで」
「ブハッ!」
店主の話に、錬金術師は思いっきり咽た。
「おやおや」
咳き込む錬金術師の背中を擦りながら、アリスが言った。
「恰好をつけ損ないましたね」
「何てこった……」
アリスに指摘され、頭を抱える錬金術師であった。
主従が姉妹に再会したのは、そのすぐ後の話である。
世直しに託けて、息子の足跡を辿る錬金術師の旅は終わった。
この文明が崩壊した未来世界における、とある血族の邂逅劇は、こうして幕を閉じたのである。
もう少しだけ、蛇足気味に続きます。




