第十二章 交戦
第一節
空が白々と明るくなってきた頃である。
「出来たぞ!」
錬金術師が声を上げた。その手に高々と掲げられているのは、不格好な筐体であった。木製の土台の上に、コイルが配置されており、近くにはレバー状のスイッチが設けられていた。スイッチには、遺体から取り出した機械が配線されており、台座の端っこからは、端子が飛びだしている。
出来上がったのは、即席の発破器である。
「お疲れ様です」
アリスが労う。
「ああ。少し苦労したけどな。言ってみれば、自動車のインジェクションコイルだな。ここまですれば、確実に発破出来るだろうよ」
錬金術師が答えながら、端子に計測器を繋ぐ。スイッチを入れると、計測器の目盛りがビュンと、一瞬だけ大きく振れた。
「アリス、爆弾の方は?」
錬金術師が聞いた。
「はい、ご指定の場所に埋めて、発破母線を敷いております。端を短絡して、枝に掛けておりますので、行けば分かるかと……」
アリスが答えた。
「よし。それでは、これより状況を開始する」
錬金術師は言うと、自動小銃に弾倉を装填する。ガシャンとコッキングハンドルを引いて、発射準備が整えられた。
「はい」
応えたアリスも、散弾銃のスライドをガシャンと引いた。
あらかじめ指定していた場所に、錬金術師が一人で到着する。囮役を自ら買って出たアリスとは、今は別行動である。
辿りついた場所は山の中腹にある開けた場所で、地雷原を設けるにはうってつけであった。
「これか……」
錬金術師が言いながら、枝の導線に手を伸ばした。途中でゴムの被覆が剥かれ、中から飛びだした銅線が結えられている。
錬金術師が結び目を解いて、計測器に繋げた。
「通電確認……っと」
計測器の目盛りを見て、錬金術師が言った。
錬金術師が導線を発破器に繋げる。
「ちゃんと動いてくれよ」
祈りながら、錬金術師が発破器を地面に置く。
錬金術師が空に銃口を向けた。
引き金がグイっと絞られる。
銃声が山に響いた。
ロボットは考えていた。
自分がいつからここに居て、これから何処に向かうのか……。
ロボットの記憶には、過去というものがない。最も新しい記憶は、土の中から見える地上の風景である。
自己診断を開始したロボットは、自分が以前に、戦闘を経験していることを知った。
そうして、土を払いのけて出てきたロボットであったが、すぐに自分が独りであることも理解した。そこでロボットは、非常用のルーチンに従って、早速行動に移したのである。
ロボットは、自分の生まれた目的だけは覚えていた。そこで、目に付いた生き物を、片っ端から殺して回った。
主人を失い、取りあえずの目標を見定めたロボットには、それが一番正しいことのように思えていた。
そんなロボットの背後を、アリスが見つからないようにコソコソとつけていた。
ロボットの外装は泥だらけで、あちこちが凹みまくっている。
それでも足取りは意外に軽く、見た目ほど壊れていない様子が窺えた。挙動から察するに、機動力は損なわれていない。
(……これは、かなり苦戦するかもしれませんね)
アリスが分析していると、銃声がターンと聞こえてきた。錬金術師の合図である。
ロボットが銃声に反応し、ピタリと動きを止めた。
だがしかし、ロボットは見当違いの方向に歩き始めた。センサーが壊れているせいで、音源から敵の位置を特定出来なかったのである。
(おっと、これはいけない!)
タイミングを見計らって、アリスが飛びだした。
ロボットの視界がアリスを捉えた。カメラアイのオートフォーカス機能が働き、ピントが調節される。
それでも、ロボットは、すぐには行動に移さなかった。それもそのはずで、アリスが生き物ではないからである。生体反応を捉えられなかったロボットは、アリスが敵かどうか考えあぐねていた。
ロボットがアリスをじっと見つめる。
(あれ?)
ロボットの反応に、アリスは意表をつかれた。
何とも言えない沈黙が流れる。風がビューっと吹いて、木の葉が舞った。
(ああ、そういうことですか)
アリスがようやく、ロボットの思惑に気が付いた。
「喰らえっ!」
アリスは言いながら、ロボットに発砲した。
放たれた散弾が、ロボットの外装を叩いた。
そこまでされて、ロボットはようやくアリスを敵と判断した。カメラアイのすぐ下にある、銃架がアリスの方を向いた。
チェーンガンが火を噴いた。
ちなみに、チェーンガンとは、電動のモーターで装填と俳莢を繰り返す機関銃の一種である。その発射速度ときたら、通常の機関銃とは比較にならない。
「何のっ!」
だがしかし、普通ではないのは、アリスも同じことである。文字通り生物を超えた反射神経で、弾道を完璧に見切っている。
地を蹴ったアリスは、一瞬にして距離を置いた。
弾丸が巻き上げる砂煙が、アリスの後を追いかける。
攻撃をかわしながら、アリスは錬金術師のいる方へ走った。
第二節
錬金術師が岩陰に身を隠していると、山中にけたたましい音が響いた。
「……始まったか」
錬金術師が手に汗を握る。
音は徐々に、錬金術師に近づいて来る。
錬金術師が覚悟を決めて、スイッチを握る手に力を込めた時である。
「おっちゃん」
錬金術師の背後から声がした。
「は?」
錬金術師が驚いて振り返る。
果たして、そこにはステラが突っ立っていた。
「えっ!」
絶句する錬金術師。
「ス、ステラ! 何でここに?」
激昂する錬金術師。
ステラが身体を竦めた。
「だ、だって、おっちゃんたち、いきなり居なくなったから……」
「マチルダから、何も聞いてねーのか?」
ステラが言って、錬金術師が尋ねる。
ステラは首肯して答えた。
(どうする? 今から追い返すか?)
錬金術師は葛藤した。
しかし、時すでに遅く、もうかなり近い距離まで例の音が迫っている。
ステラが驚いて、周囲にキョロキョロと目を配った。
(もう間に合わねーぞ!)
錬金術師が決断する。本来なら、分け入るのも危険な山である。冤罪が証明されたとはいえ、追い詰められているヒヒが安全とは限らない。
ここまでステラが来られたこと自体が奇跡であった。だからと言って、錬金術師が送って行く有余もない。
「ステラ! こっちへ来い!」
錬金術師が呼びかけて、ステラを身近へ引き寄せた。不安そうな顔をして、ステラが錬金術師の方を見上げた。
「絶対に俺の言う事を聞くんだぞ! 分かったな?」
有無を言わさない口調で、錬金術師が言いきかせた。
ステラはコクコクと何度も頷いて、錬金術師に答えた。
そして、二人が岩陰に身を潜めた時である。
アリスが颯爽と、二人の前を駆け抜けた。
続いて現れたのは、件のロボットである。
ステラが目を見開いていると、ロボットが地雷原に乗った。
「旦那様、今です!」
アリスが叫んだ。
「ステラ! 耳をふさげ!」
錬金術師が命令して、ステラを庇いながら身を伏せた。
発破器のスイッチが入った。
同時に、轟音が山を揺らす。
周囲には砂煙が、もうもうと立ち込めている。
即席の電気発破装置は、見事にその役割を果たした。一瞬だけ流れた電流が、即席の電気雷管を見事に起爆せしめたのである。火薬の充填率もこれ以上ない適切で、錬金術師は想定以上の爆破に成功した。
錬金術師の背中に、石や砂が降りかかった。いずれも甲冑がなければ、大怪我は免れない威力である。
飛来物が無くなったのを確認して、錬金術師が顔を上げた。
視界はまだ十分ではないが、辺りはシンと静まり返っている。
「ああああ、あれは一体何なのさ?」
恐る恐るステラが聞いた。
「大昔いた化物の生き残り。あれが本当の敵だ」
錬金術師が簡潔に説く。
「ステラ、お前はここにいろ」
錬金術師が言い残し、銃を構えながら地雷原に足を進めた。
「おっと」
錬金術師のつま先が何かに触れる。
腰を下ろして、錬金術師は足元を確認する。
そこに転がっていたのは、ロボットの脚であった。
「やったか? うっ!」
一瞬安堵した錬金術師であったが、その身に総毛立つ物を感じた。
「危ねっ!」
反射的に錬金術師が飛び退ると、弾丸が地面に突き刺さった。
煙の中から銃口がヌッと現れた。
途中弾丸が何個か掠めるも、錬金術師の動きもアリスに負けてはいない。
被弾することなく、錬金術師は手近な岩陰に飛び込んだ。
「効いてねーのかよ?」
錬金術師が隠れながら、繁々とロボットを観察する。
煙が晴れて、ロボットの全身が露わとなる。脚が一本取れて外装が捲り上がってはいるが、致命的な破壊には至っていない。
隙を窺いながら、錬金術師が銃撃を試みる。散弾よりも遙かに強力な小銃弾は、外装をスパスパと貫いた。それでも、大したダメージを与えた気配はない。特に頭部周辺だけは、カンカンと完全に弾かれている。
「なるほど、集中防御方式か」
岩陰越しに、錬金術師が防御力を確認する。
直後、反撃に転じたロボットが弾丸の雨を降らせた。
岩が砕かれるのは、時間の問題である。
「こいつは堪らん。さっさと移動しなきゃ」
錬金術師が場所を移そうとした時、攻撃がピタッと止んだ。
「どうした?」
不審に思って、錬金術師が顔を上げる。
あろうことか、ロボットはステラを発見していた。
御しやすいとみたロボットは、攻撃の優先順位を変えていた。
異形を前にして、ステラは完全に腰を抜かしている。
「まずいっ!」
錬金術師は一気に、ステラの下へ駆け寄った。
第三節
「あ、ああああ……」
ステラが声にならない悲鳴を上げる。
「とうっ!」
間一髪、掛け声とともに、錬金術師がロボットに跳び蹴りを浴びせる。
不意打ちが成功して、ロボットが姿勢を大きく崩した。
今の錬金術師は、攻撃力だけならば、無手のアリスを凌いでいる。元々の高い身体能力が、スーツのパワーアシスト機能で、上乗せされているおかげであった。
「逃げるぞ……って、おっとっと!」
錬金術師がステラを急かすも、その手から小銃がすっぽ抜けてしまった。
慌てて小銃を掴み直した錬金術師であったが、ロボットはその瞬間を見逃さない。
体勢を立て直して、ロボットが二人に銃口を向けた。
「くそっ!」
悪態をつきながら、錬金術師がステラを庇って蹲る。
ロボットは容赦なく、錬金術師の背中に弾丸を浴びせた。
スーツの装甲材――特殊合金とセラミックの破片がバラバラと飛び散った。
「あばばばばばば!」
全身に走る衝撃に、錬金術師の呂律は回らない。ヘルメット内では警告音が鳴り響き、HUDの映像にノイズが入る。
「もう駄目だ!」
錬金術師が諦めかけたその時である。
「おらーっ!」
淑女らしからぬ雄叫びを上げながら、アリスが割って入った。
アリスは右手で散弾銃の銃身を掴み、左手では建築用の大型ハンマーを握っている。
「こんにゃろ!」
散弾銃の台尻で、ロボットの銃架を横殴りにしたアリスである。
散弾銃は一発で木端微塵となった。
「ああっ! 俺の銃が! 人類の遺産が!」
「どうせもう、弾がありません」
錬金術師の講義を、バッサリと切って捨てたアリスである。
アリスの一撃を喰らって、チェーンガンの銃身は明後日の方を向いた。
それでも破壊には至らず、ロボットはアリスに向き直ろうとする。
しかし、アリスは反撃の隙を与えない。
「もう一丁!」
掛け声と共に、今度はハンマーで銃架を打ちすえる。
ちょっとした大砲並の一撃は、今度こそ完全に銃架を沈黙させた。
そして、ハンマーも散弾銃同様に砕け散る。
幸いにも、この予想外の損傷は、ロボットを大いに動揺させた。
転身したロボットは、三人の前からサッと姿を消した。
「ステラ、大丈夫……」
錬金術師が途中で言葉を詰まらせる。
「う、うぎゃーっ!」
遅れてやってきた痛みが、錬金術師を襲った。
「だ、旦那様!」
「痛い痛い!」と、のた打ち回る錬金術師にアリスが狼狽する。
当の錬金術師は「だ、大丈夫だ」とだけ答えた。
大きく損傷した錬金術師の甲冑である。破片すら撒き散らしていたが、幸いにも攻撃は貫通してはいない。ただし、着弾の衝撃までは殺せなかったのである。
「あ、危なかった……」
落ち着きを取り戻して、錬金術師が散らばっているロボットの弾丸を手に取った。
散らばっている薬莢の半版は、底が凹んでいるのに弾頭がついたままの不発弾である。
「そう言えば、いやに不規則な発砲音だったな……」
銃撃を回顧して、錬金術師が呟いた。
「だが、これが小口径で助かった。もし、機関砲レベルだったら……いや、そうでなくとも、弾丸の状態が全て完璧だったら、確実に死んでいた」
冷や汗をかきながら、錬金術師は幸運に感謝した。
「旦那様」
「おっちゃん」
ほぼ同時に話しを振られて、錬金術師が顔を上げた。
「本当に大丈夫ですか?」
アリスが聞く。
「も、問題ない。弾は全部装甲で止まっている。せいぜい打撲程度だ」
錬金術師が状況を説明する。
「ごめん、おっちゃん……。私がいたせいで」
泣きそうな声でステラが謝った。
座ったままの姿勢で、錬金術師はステラの頭を撫でる。
「気にするな」
微笑みながら、錬金術師がステラを慰めた。もっとも、その表情はバイザーに隠れて外からは見えない。そもそも、痛みのせいで涙塗れだったので、実際の顔は何とも情けないものであった。
素顔を見せずに済んで、錬金術師はヘルメットに感謝した。
「それにしてもアリス」
呼吸を整えて、錬金術師がアリスに話を振る。
「そんな物、どこで手に入れたんだ?」
「ああ、これですか」
柄だけになったハンマーを掲げて、アリスが答えた。
「あの地雷原を構築するため、使っていた物です。町に置いてあったものを、そのままパチってきました」
アリスは悪びれをしない。
「……そうか」
錬金術師が、自分を納得させるように言った。
「さて」
言って、錬金術師が立ちあがろうとした。
しかし、思うように力が入らず、「おっと」と言いながらよろけてしまう。
アリスが慌てて、それを支えた。
「旦那様、やはりどこかお加減が?」
アリスが聞くと、錬金術師は「いいや、違う」と否定した。
「今の攻撃で、パワーアシストがダウンしやがった。リブートには……少し時間がかかるな。くそっ! あれの逃げた方向には町がある。今の状況で、これは非常にマズい……!」
錬金術師の台詞に、焦りが見られた。
「ご安心ください」
アリスが言った。
「何だ?」
錬金術師が聞く。
「後は全部、私にお任せ下さいませ。」
言うが早いか、アリスはこれまたどこからか盗んできたらしいシャベルを、背中から取り出した。
エプロンを脱ぎ捨てたアリスは、スカートを裂いて短くたくし上げる。
「待て、アリス!」
「行って参ります!」
錬金術師の制止を聞かず、アリスは猛スピードで駆け出した。
「く、くそっ!」
機能不全のスーツを引き摺って、錬金術師がアリスを追いかけようとする。
「あ、あれ?」
錬金術師が自動小銃の違和感に気付いた。
一連の攻撃で、自動小銃はボコボコである。
「し、しまった!」
「どうしたの?」
錬金術師が悪態をつくと、ステラが聞いた。
「肩当て(ストック)が砕かれている……。バッファ・チューブがいかれた。これじゃあ装填できない!」
錬金術師が答える。
専門的すぎる説明だが、ステラにも武器が壊れたことは理解できた。
「……頼みがある」
錬金術師がステラに振った。
「お前の家に飾ってあったクロスボウ――あれを持ってきてくれ!」
「え?」
突然の依頼に、ステラは目を白黒させた。
「頼む! このままだとアリスが死んじまう! 今の俺は碌に動けねーんだ。父親譲りのお前の健脚なら、まだ間に合う!」
必死な懇願に突き動かされ、ステラは走り出した。




