第十一章 決別
第一節
再び倉庫である。
『ギャーッ!』
外からの悲鳴である。
「なんだなんだ?」
「どうしたどうした?」
錬金術師以外の全員がどよめき出す。
「……アリスの仕業だな」
錬金術師がボソリと言った。
「どういうことだ?」
マチルダが聞く。
「死体が一つ足りねーんだよ」
錬金術師が答えると、マチルダが「ああ」と察した。
「良く出来た従者殿だな。それに、随分と貴殿を慕っているようだ」
「うん? ……ああ、まあな」
マチルダが言うと、錬金術師が歯切れ悪く答えた。
錬金術師の煮え切らない態度に、マチルダは少し苛立ちを覚えた。
「やっぱり、昔の事を引き摺っているからか? いくら従者とはいえ、貴殿の態度はあまりにも素っ気ない」
マチルダが踏み込んで聞いた。
「……勘違いするなよなー」
少し間をおいて、錬金術師が忠告する。
「何のことだ?」
マチルダが聞く。
「アリスは人間じゃねー。ただの人形だ。人に作られた物だ。俺を主人として慕っているのは、最初からそういう風に出来ているからだ。人が人に抱く感情とは、根本的に違うんだよ……」
自分に言い聞かせるように、錬金術師が言った。
「あ、でも、そのだな……」
言いたいことを、マチルダは表現しきれない。
「帰ろう。ステラは俺がおぶっていく」
錬金術師が会話を打ち切った。
三人は家路についていた。
錬金術師の背中で、ステラが寝息を立てている。
街灯夫が灯りを灯していく。オイルランプ特有の淡い光が、闇を薄ぼんやりと照らした。以前なら物騒極まりなかった夜の町であるが、今回の件で主な犯罪者は片付いた。もう女子供でも、安心して出歩くことができる。
錬金術師とマチルダの間には、沈黙が流れている。
ちなみに、錬金術師は別段怒ってはいない。
本来の職務を思い出し、げんなりとしてるだけの錬金術師であった。
一方のマチルダはと言うと、主従のプライバシーに踏み込んだことを少し後悔していた。
「あ、そうだ」
何かを思い出す錬金術師。
「うん?」
マチルダが顔を上げる。
「これはお前のか?」
尋ねながら、錬金術師はマチルダに何かを手渡した。
「こ、これは!」
渡された物を見て、マチルダは息を呑んだ。マチルダがネックレス代わりにしていた指輪である。ゴロツキ共に服を剥かれた時、千切られていたのである。
「あ、ありがとう!」
マチルダが、指輪を握りしめて礼を言う。
「大事な物なんだろ?」
錬金術師が聞いた。
「これも父の……いや、両親の形見なのだ」
マチルダが続ける。
「父が母に送った物だ。今となっては二人の形見となってしまった。父が言うには、先祖から代々伝わってきた物らしい。それも、元はペアリングと聞いている。ひょっとしたら、今でも顔の知らない一族が、肩割れを持っているのかも知れんがな」
「……」
マチルダの説明を、錬金術師は黙って聞いていた。
三人がマチルダの屋敷に到着すると、先周りしていたアリスである。
「おかえりなさいませ」
アリスが言った。
「……ああ。影働き御苦労さん」
錬金術師がアリスを労う。しかし、そんな錬金術師も、アリスに近づこうとしない。
「術師殿。ステラは私が」
マチルダが割って入って、ステラを受け取った。
「ああ、頼む……って、あれ?」
ステラを渡しながら、錬金術師がアリスの格好を訝しむ。
「今回は、やけに綺麗な格好じゃねーの」
錬金術師が指摘する。
刃傷沙汰を起こした割に、アリスの服装はいやに綺麗であった。比較的スマートな戦いをした錬金術師やマチルダでさえ、返り血で濡れているのに、これは不自然である。
「ああ、これですか」
アリスが答える。
「私、気付いたのです。例え殺すことになっても、悪戯に痛めつける必要はないのですね」
アリスの悟ったような口振りに、マチルダが「うんうん」と頷く。
一見すると情に溢れた発言に、マチルダは錬金術師の反応を期待した。しかし、そんな淡い期待は無残に砕かれる。
「何も毎回、叩き潰さなくてもよいのです。人間の首なぞ、頭を持って振り回せば簡単に折れるのですから。今まで、何と無駄な時間と労力を費やしていたのでしょうか。このアリス、一生の不覚です」
言って、何かを抱える仕草を作ったアリスであった。
それを聞いて、マチルダは「そっちかよ!」と度肝を抜かれた。その拍子に、ステラが背中からずり落ちかける。慌てて体勢を立て直そうとするマチルダであったが、上半身を仰け反ったステラは頭を地面に打ち付けた。幸いなことに、当のステラは「んがっ!」と声を上げたものの、起きることはなかった。
マチルダは、アリスに肩入れしたことを少し後悔した。
マチルダの様子を訝ったアリスは、「何より服が汚れますしね」と、的外れなフォローを入れた。
「アリス。報告を」
姉妹の就寝を見計らい、錬金術師がアリスを促した。
既にいつものスーツを纏っている錬金術師である。
「はい。適性体は依然、降下ポッドからのビーコンを中心にして、同心円状にマッピングを続けております」
「それは妙だな。さっき市民連中から過去の襲撃を聞いたんだけど、あれは一直線に町を襲ったらしい」
アリスの報告に、錬金術師は疑問を覚えた。
「おそらく、以前の損傷が原因です。センサーのいくつかが壊れておりましたし、ついでにメモリまで飛んでいるのでしょう」
アリスが指摘すると、錬金術師は「なるほど」と納得した。
「敵の武装は?」
錬金術師が聞いた。
「幸いにも、チェーンガンが一つだけです」
「口径は?」
アリスが答えて、錬金術師が重ねて聞く。
「残念ながら、そこまでは確認できませんでした。ただ、それほど大きくないことだけは、確かです」
「何とかなるかもな……」
錬金術師が希望的観測を抱いた。
「このペースでいきますと、あれがこの町を発見するのは、早くても一週間後です。今から作業に入れば、十分に間に合います」
アリスが錬金術師に発破をかける。
「じゃあ早速取り掛かろう。幸いにも、薬屋で硫黄が手に入った。あとは雷管だ」
錬金術師が言って、机に向かった。机周りには、水瓶や壺が沢山用意されている。
「アリス、荷物から導線と携帯式の半田ごてを出してくれ」
アリスに命令して、錬金術師は作業に没頭し始めた。
第二節
翌日、ステラが目を覚ましたのは昼過ぎであった。
「もうこんな時間か……」
言って、ステラが起き上がる。
「痛ッ!」
ステラが頭に手をやった。昨日の夜、マチルダが作ったコブである。もっとも、ステラはそれをゴロツキ共のせいと解釈した。
昨日の修羅場を思い出して、傷だらけなはずの顔に手を触れたステラである。
「あれ?」
覚悟した感触がないことに、ステラが疑問符を浮かべる。
ベッドから飛び出したステラは、洗面台の鏡に走った。
(傷がない!)
ステラの顔は綺麗なままであった。滑らかな肌触りからは、暴行を受けたばかりとは思えない。
疑問に思いながら、ステラが部屋から出る。
そのまま居間まで来たステラの目は、見知った人物を捉えた。
――アリスである。
恐怖の暴力人形は、ソファに腰掛けて針仕事に勤しんでいる。
「おや?」
ステラに気付き、アリスが顔を上げた。
「おはようございます、ステラ様。お顔の傷も、すっかり良くなったようで」
アリスが作業を止めた。
「あ、うん。お、おはよう」
ぎごちないステラである。それもそのはず、二人だけでの対面は初めてであった。加えて、ステラは今一つアリスへの恐怖が拭えない。
「あれ? それ私の服……」
アリスが手にしている物に気付き、ステラが言った。
ボロボロになったステラの服を、アリスは夜なべで修繕していたのである。
「ああ、これですか?」
アリスが確認するように言った。
「もう少しお待ちくださいね。直ぐに縫い上がります」
「……ありがとう」
アリスの温情に、ステラが礼を言う。
「どういたしまして」
アリスが答えた。
アリスを前に、ステラが遅めの朝食を摂っている。
「ねえ……」
パンに齧り付きながら、ステラから話を切り出した。
「何でしょう」
アリスが聞く。
「もしかして、怪我治してくれたの?」
ステラが尋ねると、アリスがコクリと頷いた。
「何故、そう思われたので?」
アリスが聞き返す。
「錬金術師だったら、不思議な術とか薬とか持ってるのかなーって……」
ステラが推し量って言った。
「ご明察です。組織修復用のナノマシン……もとい、特別な膏薬を塗らせていただきました」
アリスが答えた。
「おっちゃんが?」
ステラがもう一度聞いた。
「いいえ、これは私の独断です」
「えっ!」
アリスが答えて、ステラが驚く。
「えーっと、メイドの姉ちゃん?」
「アリスで結構ですよ」
「私泥棒だったじゃん。なのに、どうして良くしてくるのさ?」
「昨日も他人に、似たような事を聞かれましたが……。貴女の罪は許されていると、私は判断します。今の貴女は、旦那様がお世話になっているホストの一人です。それでいいではありませんか」
ステラが聞いて、アリスが答える。
ちなみにアリスに聞いた人物とは、自身で縊り殺した青年に他ならない。
「へえ……」
ステラはアリスの割り切り様に、少し感心して食事を続けた。
ステラが朝食を終えた時である。
突然玄関の扉が開いた。
マチルダである。
「まったく、あいつらときたら……」
マチルダは、息を切らしながら屋敷に飛びこんできた。
「ね、姉ちゃん。一体どうしたのさ? まだ仕事だろ?」
驚きながら、ステラが聞いた。
「駄目だ、仕事にならん!」
マチルダが声を荒げた。
落ち着いたマチルダは、二人に経緯を説明した。
「昨日のことは、覚えているだろう?」
マチルダはステラに確認した。
「確か、錬金術師のおっちゃんが、みんなやっつけたんだよね? 後のことはよく覚えていないけど……」
ステラが答える。
「問題はその後だ。実はな――」
マチルダが一連の経緯を説明した。
「もう、町も職場も大騒ぎだ。私たちは謀らずとも英雄になってしまった。ステラ、お前も覚悟しておけ。お前が自警団に入るのは、もう決定事項だ」
まんざらでもない顔で、マチルダは語った。
ステラは茫然としている。
「おめでとうございます」
アリスが姉妹に祝辞を送った。
「で、でもさ!」
我に返ったステラが声を荒げた。
「ほとんど、おっちゃん達の手柄だろ? 姉ちゃんはまだしも、私は――」
「いいのです」
ステラの言い分を、アリスがピシャリと遮った。
「今更罪の意識に苛まれて、どうすると言うのです? 責任を取って死んで見せるのですか? 全ては、あの犯罪者たちの内情を探るための芝居だったのです。こうなっては最早、真実は私たち四人の胸の内です。もっと未来を向いて、要領よく生きて下さい」
アリスがステラを諭す。それでも、ステラはまだ何か言いたそうであった。
「他ならぬ旦那様――錬金術師様が取り繕って下さったのです。それを無下にするおつもりで?」
駄目押しとばかりにアリスが強く言って、ステラがようやく首肯した。
「感謝する。ありがとう」
割って入って、マチルダが礼を言う。
「どういたしまして」
アリスは笑顔で答えた。
「では、私は少し出てきます」
ステラの服を縫い終わると、アリスはやにわに立ちあがった。
「どこへ行くのだ?」
マチルダが聞く。
「旦那様のお手伝いです」
アリスが答えた。
「ああ、確か〝猿退治〟だったか?」
マチルダが、確認するように言った。
「……ええ。少しばかり、罠を仕掛けに」
少し言い淀みながら答えると、アリスは足元に置いてあった木箱を肩に担いだ。
「ああ、そうでした」
玄関に向かいながら、アリスは姉妹に振り返った。
「旦那様の寝所に入るのはご遠慮願います。幾分、お疲れのご様子。来るべき大仕事に備えて、英気を養っている最中ですので……」
アリスは姉妹に言って、屋敷を出て行った。
第三節
その日の丑三つ時である。
錬金術師とアリスは、町はずれの墓地に来ていた。
途中二人の姿を見止めた墓守が、ギョッとして走り去って行ったが、そんなことはお構いなしに、主従は奥へと分け入った。
二人は手分けして、墓碑銘を一個一個確認していく。
「あったぞ」
錬金術師が墓標を指した。
「アリス、頼む」
錬金術師が言うと、アリスが墓をシャベルで掘り始めた。
要するに墓荒らしである。
ザクザクと物凄いスピードで、縦長の穴が掘られていった。
しばらくすると、底から棺が一つ表れた。アリスが棺の周りの地面を、丁寧にくり抜いていく。そうしてすぐに、人が入れるくらいの大きな穴が完成した。その真ん中に、棺が鎮座ましましている。錬金術師が穴の中に降り立った。
錬金術師が棺の蓋に手をかける。
蓋は簡単に開いた。
ミイラ化した死体が露わとなる。
錬金術師が死体を見つめ、しばらく黙祷を捧げた。横にいたアリスも、主人に倣って目を瞑った。
そのまま三分ほどして、錬金術師が目をあけた。
「なるほどな。こんな所でも、ある程度のエンバーミングが出来るのか……」
「そうしますと、体内がそのままかどうか不安が残りますね」
錬金術師が零し、アリスが危惧する。
「仕方ねーよ」
錬金術師が答えながら、甲冑を纏った手を死体の胸に突っ込んだ。
「あった!」
錬金術師が、何かを引き摺り出して言った。その手には、掌大の機械が握られていた。
錬金術師が測定器を取り出し、機械に繋げた。
「生きてる! 信じられないくらい高い電圧だ。やったぞ!」
「おめでとうございます」
主従は歓喜に沸いた。
「……何をしている」
突然、マチルダの低い声がした。
「これはどういうことだ?」
ドスの効いた声で、マチルダが言った。
「よお、マチルダ。どうしてここに?」
「昼間は仕事にならないのでな。シフトを変えたのだ。ちなみに、今質問しているのはこちらだぞ」
錬金術師に答えながら、マチルダが聞き直す。
「貴殿ら、こんな夜遅くに、一体何をしているのだ? いいや、答えなくともよい。墓荒らしだな?」
「……」
マチルダの尋問に、錬金術師は沈黙で答えた。
「しかも、これは父上の墓ではないか!」
マチルダが、奥歯を噛みしめながら呻いた。
しかし、錬金術師は何も答えない。
「私とて、無駄に激情家なわけではない。理由を教えてくれ」
マチルダの頼みを、錬金術師は首を横に振って拒絶した。
「……そうか。すまないが、これ以上、貴殿らを屋敷に置いておくことは出来ない。大恩があるとはいえ、私にも譲れない物はある。それに、さっき墓守とすれ違っただろう? 家に変な風聞が立つのは避けたいのだ……。許してくれ」
「分かった」
マチルダの頼みを、錬金術師は素直に受け入れた。
それだけを聞くと、マチルダは黙って踵を返した。
錬金術師はその後ろ姿に、「すまなかった」と詫びた。マチルダに届いたかどうかは、錬金術師には分からなかった。
陽が昇らないうちに、錬金術師は屋敷を去った。
今、主従がいる場所は山の中、しかも例の降下ポッドのすぐ傍である。
「よく激昂しませんでしたね」
マチルダの態度を回想して、アリスが言った。
「ああ見えて、マチルダは優秀な役人なんだな。彼我の戦力差とか、俺たちとの身分差を考慮したんだろ」
錬金術師が答えた。
「ところで、町で聞いたんだけどな」
灯りを点して、錬金術師が話題を変える。
「元々この町には、遺跡があるという噂があったらしい。その時はまともな冒険者も多く、商人も伴って大層賑わいでいたそうだ。でも、結局誰も発見出来ず、みんな徐々にここを引き払ってしまったらしい。止めとばかりに、この神隠しの噂だ。いや……、生きて帰れなかった、というのが正解だろうな」
白骨死体を見渡して、錬金術師が続けた。
「事態の深刻さに、アイツだけが気付いていた。もっとも、発見した時には、既に回収する手段を失っていたんだろう……。破壊するという決断は、間違ってねーな」
「しかし、よろしいのですか?」
周囲を警戒しながら、アリスが話をぶった切った。
アリスの背後では、錬金術師が作業に入っている。
「あの姉妹か?」
錬金術師が聞くと、アリスは「はい」と返した。
「話せば分かってくれそうですが」
アリスが続けて言った。
「それは問題じゃねーの」
錬金術師が答える。
「……?」
得心がいかないアリスである。
錬金術師も作業を中断して、アリスに向き直る。
「あいつらは揃って聡明だろ。マチルダを見ていれば、アイツの薫陶を受けていたのも分かる。しっかりと事情を話せば、余計な事を言い触らさないくらいには、口は堅いだろうな。墓荒らしの件も、目を瞑ってくれたに違いないな」
「ならどうして――」
聞きかけたアリスを、錬金術師が片手を上げて制止した。
「事実を言えば、あの二人の事だ。きっと手伝いを買って出ただろうよ。でもな、俺としては危険を冒してほしくねーの」
錬金術師の話を、アリスは黙って聞いていた。
「これでいい」
錬金術師が続ける。
「嫌われて、距離を置かれるくらいで丁度いいんだ。あの二人は何も知らず、ただ事件が解決したことを喜べばいい。そうして、俺たちは人知れず、ここを後にするのさ」
錬金術師は、自分に言い聞かせるように語った。
アリスから目線を外すと、錬金術師は作業に戻った。
「……」
アリスは、主人にかける言葉を見つけられなかった。
やたらと時間がかかって、申し訳ありません。
物語もそろそろ終盤です。
本日中には全てアップしますので、もうしばらくお付き合いください。




