2部第4話
ダイニングのテーブルには、料理がすでに並んでいた。僕が「とろろが食べたいです」とリクエストしていたので、食卓にはトロロに白いご飯、マグロの刺身と味噌汁、キンピラゴボウなんかが並んでいた。うぅ。よだれが出そう。
席についたのは、やはり僕と蘇芳さんのみ。紫苑さんはいつものようにダイニングの入口に見え隠れしていた。ふと思う。紫苑さんが離れている今がチャンスなんじゃ。
「蘇芳さん」
トロロとマグロをご飯にかけて、おいしそうにかきこんでいた蘇芳さんに小声で呼び掛けた。
「あんふぁ(なんだ)」
口の中を頬袋のようにぱんぱんにして答えてくれた。
「お食事しながら、紫苑さんに聞こえないようにお願いします」
「ふぉーうーのふぁほふいふぁ(そういうのは得意だ)」
なにもなかったかのようにもしゃもしゃ食べながら小声で言った。さすが俳優さん。
「僕、どうも友人の言葉によると、紫苑さんから究極のチラシプレイというのを受けているらしいんです」
「……ふぁ?」
たぶん先を促されているのだと感じたので、続けた。
「それで、僕はこの状況を打破したいと思っているんですが、友人の言によると、僕がとる手段は2通りあるそうです。そうですね、プランA、プランBとしましょう」
僕も食べていないと不自然なので、トロロご飯をひとくち食べた。多少もごもごしながら話し出す。
「まずどちらも前提としては、僕が紫苑さんをやることから始めます」
「ぶごふっ」
かきこみ過ぎたのか、咳込んだ。紫苑さんがいれてくれていたお茶を差し出すと、目で先を促される。
「えーと、やったあとに、プランAは、「お前は俺のモノなんだよ」と開き直る。プランBは、「好きで堪えられなかった」と泣き落とすそうです。でも、失敗すると警察が出てくるみたいで、僕はちょっとためらってます。どうしたらいいと思いますか」
蘇芳さんはなぜかふるふると震えながら、なんとかお茶を飲んだ。
「というか、僕は紫苑さんにいったいなにをしたらいいんでしょうか」
「ぶふぅッ」
「うわ」
飲んでいたお茶が、まるで霧吹きのように蘇芳さんの口から噴き出された。正面に座っていなくてよかった。
「だ、大丈夫ですか、蘇芳さん」
「だぁっははははははははっ ごほ、死ぬっ 笑い死ぬっ げほげほ、お前もうしゃべるなっ 黙っとけっ」
視界の隅に、不審そうな顔をした紫苑さんが見えた。まずい。ばれちゃう。
「い、いやだなぁ蘇芳さん。ちょっと友人の話をしただけじゃないですか」
紫苑さんに聞こえるよう言い訳をしながら、苦しそうな蘇芳さんの背中を撫でさすった。途端。
「樹に触るなッ!!」
神速で駆け寄ってきた紫苑さんが、僕を抱き込んで蘇芳さんをキッと睨んだ。いや、触ったのは僕の方なんだけど。
「触られた他になにかされたでありますか!?」
僕を見下ろして尋ねてくるが、僕はその後ろの蘇芳さんが気になっていた。その口が動いたから。
『あとでメールする』
苦しそうに涙を拭いながら、確かに彼は唇だけでそう言った。それに瞬きで応える。
「樹?」
「あ、はい。というかなにもないです」
「本当でありますか」
真剣な顔で僕の全身をチェックする。くっきりとした二重に通った鼻筋。蘇芳さんと同じで、奇跡のように整ったきれいな顔。ふと、そういえば紫苑さんに触れるのも、というかこんなに近いのも久しぶりだなと気付く。だから、手を伸ばさなくても届く体に、思わずぎゅっと抱き着いてしまったのは仕方ないことだろう。
「たっ 樹!?」
声がひっくり返り、直に感じる胸の鼓動が危機感を覚えるほど強く早くなった。びっくりして、くっついたまま顔をあげる。
「紫苑さん、心臓がすごく速いです。大丈夫ですか」
「あ、ぁ、え、エンジェルちゃんが、胸に」
白い顔があっという間に真っ赤に染まり、ふらっと体が傾いた。
「紫苑さん!?」
慌てて抱き着くことで体を支えたが、紫苑さんはずるずると床に崩れ落ちた。顔を見れば見事に白目を剥いている。
「紫苑さん! 紫苑さん!? き、救急車!!」
慌てていると、呼吸困難になりながらの爆笑が聞こえた。テーブルを壊しそうなくらい連打している蘇芳さんだ。
「蘇芳さん! 笑っている場合じゃないです! 早く救急車呼ばないと!」
「ぎゃはははは! きゅ、救急車ッ! ひぃ、駄目だ、大丈夫だから呼ぶな! 死ぬ、むしろ俺が死ぬ!」
腕の中には、白目で意識のない紫苑さん。
すぐそばには、笑い死にしそうな蘇芳さん。
どうしたらいいのかわからず、僕はひとり途方にくれた。




