2部第1話
「で、お前あれからずっとその変態キモオタのところ通ってるわけ?」
専門学校の午前中の授業を終えたお昼休み。芝生の上で友人と昼ご飯を食べようとしたとき、なんの前触れもなくそう切り出された。
「変態キモータ? なにそれ。なんか流行りの場所?」
栄養バランスばっちりの弁当を広げ、両手を合わせる。いただきます。
「場所じゃねぇ! つか話の途中で食うな! つーかなんだそのうまそうな弁当は!? 彼女か!? 変態のところに行くよか絶対いいけど、俺を差し置いて彼女か!? くそッ 羨ましすぎる!」
コンビニの袋を握りしめて悔しがる友人。僕の弁当は、厚焼き卵にタコさんウィンナー、白いご飯の上には猫が桜デンブで描かれている。かわいいなぁ。
「でもね、毎晩通って、毎晩口説いてるのにまだ付き合ってくれないんだ」
「はぁ!? こんなに愛情と独占欲すら感じる弁当作る子がお前のこと嫌いなわけねぇじゃん! 見ろよ、この明らかに「あたしの樹に手ェ出すんじゃないわよ」と言わんばかりの弁当を! お前の彼女はアレだ。ツンデレ!」
「ツンデレ?」
「そうだ。好きじゃないと言っておいて、実は好きという究極の焦らしプレイだ」
どちらかというと、好きと言っておいてガンと受け入れない感じだから、ツンデレじゃないよな。言うならば。
「デレガン」
「は?」
そうか、彼はデレガンだったのか。究極の、……なんだっけ。チラシプレイ?
「僕、今その究極のプレイにあってるんだけど、どうしたら打破できるかな。毎晩通ってるのに信じてもらえないんだ」
僕の相談に、そうかそうか、と満足気に腕を組む。
「お前もついにそんなことに悩むようになったんだな。人間らしくなって俺はうれしい」
僕は前から人間のはずだが。
「そういうときはな、いっそヤってしまえ」
「やる?」
真面目に聞いたら勢いよく地面に倒れ込まれた。いつも思うけど、この友人、芸人並にリアクションがいい。
「思うに、原因は阿寒湖のマリモ並に天然なお前にある!」
新しい発見をした科学者のように僕を指差した。なぜだ。納得できない。
「毎晩口説いてるのに、それなのに僕のせいなの?」
「そうだ。なぜなら、お前からは性欲というものが感じられない! そんなオコサマな奴の本気なんか信じられるもんか! 触りたい! 抱きたい! 入れたい! という熱くたぎる切羽詰まった思いがお前にあるか!? いや、ない!」
速攻で全否定された。ムッとする。僕だって触りたいし、抱きたいし、……入れる?
「入れるって、なにを?」
「そうだナニをだ。熱くたぎる欲望の象徴だ」
僕は友人の日本語能力が不安になった。疑問を疑問で返すなんて。
「一度ヤってしまえば、彼女はお前のモノだ!」
「ヤるってなにを?」
「そうだ! ナニをだ!」
ダメだ。彼の日本語能力が、日本語を習い始めたばかりの外国人レベルで怪しいことが明らかになっただけだった。
昔、父さんがねぶたに来ていたアフリカかどっかの外国人に話しかけられて、「アイキャントスピークジャパニーズッ!」と叫んだのと同じくらいのレベルでおかしい。父さんが普段話してる言葉はなに語ですか。ってなものだ。実際聞いたら「津軽弁だ!」と胸張ってたっけ。
「そして、事を成し終えた後は2パターンある。一つ目は開き直る! 「お前は俺のもんなんだよ!」でガンガン攻めて行け! 二つ目は泣き落とす! 涙ながらに「お前が好きすぎて耐えられなかったんだ」で、母性本能をくすぐるんだ! これを相手のタイプと場合によって使い分けるんだ。ただ、下手をすると捕まるから、相手の反応をよく見ろよ」
今までの話を整理してみよう。
彼を口説き落とすためには、触れたい、抱きたい、入れたい、と思わなくてはいけないらしい。
それから、熱くたぎる思いを果たした後は開き直るか泣き落とすかの2パターンあって、対応を間違えると捕まるらしい、と。
結論。なんだかよくわからない。
下手をすると捕まるなんて危ないことしたくないし、けれど本人に聞いたら作戦がばれてしまう。
そうだ。彼に聞いてみよう。
「なんだかよくわからないけど、やってみるよ。ありがとう」
「おう! 結果報告はしっかり聞かせてもらうからな!」
友人はコンビニの弁当を、僕は彼特製の弁当を食べ、再び教室に戻った。