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第3話

 歩いて十数分のところにその家はあった。


 白い塀は高く、どこまでも続くよう。


 塀に沿って歩いているときはなんとも思わなかったけど、蘇芳さんがそのすごい塀の家の門を普通に潜ろうとするもんだから仰天だ。


「……蘇芳さん。ご自宅はここですか?」


「うん、そう。でも住んでんの俺と紫苑だけだから遠慮いらないぞ」


 そういう意味じゃないんだけどな。もしかして、蘇芳さんて天然?


「なんつって。家、デカすぎてびっくりしたんだろ。当たり前よ。俺は芸能人。これくらいの稼ぎはあります」


 すごい。さすが芸能人。休暇には必ずハワイに行く人種らしい。感心していると。


「実は親が買った家なんだけどな。ははは」


 親が金持ち、とさらっとばらした。でも、言わないけれど、蘇芳さんもこの家を建てられるくらいは稼いでいる気がする。


 蘇芳さんと同じ顔の彼を思う。


 始終ストーカーをしていて、とても定職に、というより働いているとは思えない。あんな目が合っただけで逃げ出すようなのだから、職に就けるとも思えない。よし。彼と暮らすようになったら、僕が働いて稼ぎ、紫苑さんには家の中のことをしてもらおう。


 門から石畳の道を歩いていく間に、道の両脇にはバラに芍薬、杜若、ベゴニアなど季節の花が色とりどりに咲いていた。多忙そうな蘇芳さんが栽培しているとは思えないので、これはたぶん紫苑さんの仕事だろう。


 こんなところでも紫苑さんに対して好感をもつ。こちらにきてから、こっちの若者たちは植物に対して興味を持っていないらしいと知った。あの友人にしても、僕が「都忘れだ。きれいだね」といったところ、「それ、食えんの」と聞いてきたくらいだ。食えるもんなら食ってみろ。


 僕の実家ではばあちゃんが花を育てていたし、小学校では「植物タイム」という教科があったくらい植物には親しんできたのだ。こんなにきれいに花を咲かせることができる紫苑さんに興味と好意を抱くのは当然といえる。


 玄関のドアにつく。おや、と思う。普通なら鍵穴があるところに、機械が取り付けられている。ためらうことなく、蘇芳さんがそこに指を触れさせた。ピ、カチャンと鍵が開いたらしい小さな音がする。すごい。指紋識別のドアロックなんだ。ハイテクだ。


 家の中もずいぶんきれいにされていた。下足箱の上には、庭で摘んだのだろうバラが飾られている。


「きれいですねぇ」


「あぁ。紫苑がそういうの好きなんだよ。昔からそういうの好きでさ、昔は女みたいでキモいって馬鹿にしてたんだが、最近じゃ癒されてるよ」


 笑いながら紫苑さんのことを話してくれた。双子だし、昔から争ってきたのだろう。兄弟っていいなぁと思う。


 いやまあ僕にも兄と弟がいるのだけれど、兄さんは口が重いし、弟はいつも眠たそうだしで、あんまりケンカした覚えがない。兄弟らしいかかわりというものもあんまりなかった気がする。


 兄弟の思い出探しをしている間に、蘇芳さんはずんずん家の中を進み、階段を上がっている。ちょこちょこ後ろをついていき、階段を上りきると2階には部屋が4つもあった。さすが豪邸。僕の住んでいるアパートが丸ごと納まってあまりありまくる。


 2階の一番手前の部屋で蘇芳さんが立ち止まった。ここに紫苑さんが?


「うーぃ。帰ったぞー」


 紫苑さんの部屋と思われる部屋のドアを、ノックなしでガッと引き開ける。開けた直後。


「だぁっはははははっ! なんだ紫苑それ!」


 爆笑しだした。


「す、蘇芳! お願いであります! やめさせてください!」


 蘇芳さんと同じ声。


 紫苑さんだ!


 部屋の中を見たいが、入口で蘇芳さんが笑い転げているため、中が見えない。


「ひぃひひひひっ やべぇ、似合うぞ紫苑!」


「そうでしょ。あたし紫苑は嫌いだけど顔と体は好きなのよね」


 中から女性の声がした。


「酷いでありますッ 許せませぬッ あぁっ 手首に食い込むでありますッ」


「許してもらわなくて結構よ。許してもらわなくてもあたしはあんたで遊べるし。うーん。足も縛ろうかしら」


「ぎゃははははははっ」


 険呑な会話に、いったいなにがどうなっているのか大変気になる。


「えぇい、こんな真性S女などどうでもよいです! 蘇芳! きみは僕のエンジェルちゃんに会ったとですか! なにを言ったでありますか!」


 エンジェルちゃん?


 頭の中で問い返す。それにしても、紫苑さんてなかなか興味深い。言語崩壊してるよ。会話してみたいな。


「おぅ。会ったぞ。紫苑のプリティエンジェルちゃん。いやぁ、可愛い。俺、気に入っちゃった。俺がエンジェルちゃんもらうから、お前は手、引けよ」


 笑いながら蘇芳さんが告げた直後、なんらかの獣と思われる絶叫が響いた。次いで、ガキン、という金属が切れるような音。凄まじい音に一瞬びくっとしてしまう。一体なにを飼っているんだろう。


 音のみで判断したところ正体不明な、おそらく大型肉食系の獣が部屋を駆け。突然蘇芳さんを押し倒した。その獣は、獣ではなかった。


「貴様、許さぬぞッ 僕のプリティエンジェルちゃんに手を出したら死んで詫びろいや死ね手を出す前に死んでしまえ同じ空気を吸ったことすら許しがた」


 蘇芳さんにのしかかり、馬乗りになって恫喝するのは、蘇芳さんと同じ顔。いつも僕の背後にいる人物だ。


 恫喝しつつ、ふと僕の存在に気付いた紫苑さんが、僕を見上げて動きを止めた。


「……エンジェルちゃん……」


 瞬きも消え、ぼそりと呟く。


 その頭には猫の耳がついたカチューシャがあり、鎖が切れた手錠が嵌められていた。もしかして、さっきの金属が切れた音は、右と左の手錠を繋ぐ鎖が切れた音なのだろうか。いくらなんでもそれはないか。


「あ、こんにちは。お邪魔してま」


「ぎゃあああああああッ」


 大絶叫。その叫びはさっきの獣と同じ声。あれ。あの獣の雄叫びの主はもしかして紫苑さん?


「紫苑くん。こちら、お客さまの神崎樹かんざきたつるさんだ」


 にやにやにたにたしながら、蘇芳さんは紫苑さんに乗り掛かられたまま僕を紹介してくれた。


 はっと気付いた紫苑さんが、隠れる場所でも探しているのか、ぐるぐると首を動かす。いや、もう逃げなくても。


 隠れる場所を見つけたのか、腰を浮かし、逃げ出そうとした瞬間。紫苑さんの背後に紐のようなものが飛んできて、彼の首に巻き付いた。おかげで紫苑さんは逃げることなく引きずり倒される。


「うふふ。紫苑、マジうざい。この期に及んで往生際の悪い蛆虫なんか処分しちゃおうかしら」


 部屋から小柄な女が出てきた。中学生くらいの女の子かと思ったんだけど、醸し出す雰囲気は大人の女性のもの。僕もひとのことは言えないけれど、彼女も相当童顔なんだろう。その彼女が手から、紫苑さんの首に巻き付いているものは。


「……鞭?」


 黒く長い鞭だ。彼女は鞭を時折引っ張ることで紫苑さんの頚部を圧迫していた。


 真っ赤なスーツに光沢のあるブーツを履いて鞭を構える姿は、小柄なのにものすごい迫力がある。


「はじめまして。蘇芳のマネージャーをしています。嘉瀬唯子かせゆいこです」


 僕に向かってにっこり微笑むと、わずかに首を上下させた。肩にかからない長さの黒髪がさらさらと揺れる。


 へぇ。マネージャーか。マネージャーなんて部活で部員の補助をするマネージャーしか知らなかったけど、芸能人のマネージャーは鞭を持っているものなのか。芸能界は怖いっていうし。すごいな。


「その鞭はやっぱり、襲いくる暴漢から蘇芳さんを守るために持っているんですか」


「そうそう。坂東蘇芳ぶっ殺ーす、って来た奴をばっちこーいと地面に這いつくばらせて差し上げるのよ」


「へぇ。アマゾネスみたいですね」


「ほほほ。捕らえたら足で踏んだり、ロウソク垂らしたりして」


「わかった! 拷問で黒幕を吐かせるんですね!」


 田舎のじいちゃんばあちゃんが好きだった水戸黄門のお銀さんが思い浮かんだ。いやでも、お銀さんは拷問しないか。拷問してるお銀さんとか見たら、じいちゃんばあちゃん心臓とまっちゃうよ。


 現代のアマゾネスに尊敬の眼差しを向けると、笑顔のまま固まった。


「本気、かしら?」


 首をくり、と可愛らしく傾げるのに、僕も自然と首の動きを合わせてしまう。


 今のどこに冗談の挟まる余地があったのだろうか。


「え、と。芸能界は怖いって本当だったんだとは思いましたけど」


 ドアの向こうで仁王立つ嘉瀬さん。部屋のすぐ外で押し倒された体勢のまま転がる蘇芳さん。その傍で鞭を首に巻き付けて這いつくばらされている紫苑さん。皆が無言になり、静寂が支配する。


 あれ。なにか変なこと言った?


 実はこういう静寂が、田舎から出て来てからこっち、僕の回りではよく起こるようになった。おそらく微妙に僕の言葉のイントネーションが標準語からずれているせいだと思うのだけど。関西系の言語は受け入れられるのに、なぜ東北系はだめなんだろう。


 僕、青森出身なんです。ストーカーとその身内ならたぶん知っているんだろうな、と思いながら言葉のイントネーションの違いを出身地を知らせて説明しようとしたとき。


「おーほほほほほほっ」


「ぎゃはははははっ」


 爆笑が響き渡った。ふと見れば、紫苑さんも顔を真っ赤にして悶え、のたうちまわっていた。


 そういえば実家で飼っている犬のワンが、背中を地面にこすりつけて掻いていた姿に似ている。


 ちなみにワンの命名は父さんだ。ワンワン鳴くからワン! と始めは言っていたくせに、最近は「中国人の名前だ!」と言い張り出したため、由来の怪しい愛犬となっている。ていうか中国人のワンて苗字だよ。神崎王て、鈴木さんが佐藤って名前なのと同じレベルでおかしいと思う。


「可愛い可愛い可愛い僕のエンジェルちゃん超萌ぇぇ」


 のたうちまわりながら、紫苑さんがなにやら呪文を呟いている。


「あぁん、いいわぁ! うちに持って帰って飼っちゃおうかしら!」


「ぎゃはは! 出た! 調教師唯子! 気持ちはわかるが犯罪は駄目だぞ! うーん、こんな絶滅種、いっそ俺が保護するか!」


 興奮しているふたりの言葉に、紫苑さんが急激な反応を見せる。


 突然がばっと起き上がると、首に巻き付いている鞭を掴む。外すのかと思いきや。


「フンッ」


 ぶちぃ、と音を立てて首に巻き付いていた鞭をぶち切った。て、えー!?


「真性S女王とちゃらんぽらんAV男優もどきなんぞにマイスウィートエンジェルちゃんを汚させてなるものなりか!! 悪よ退散じゃあ!!」


 驚異のパワーを見せ付けた紫苑さんは、部屋に立つ嘉瀬さんを蘇芳さんに向かって放り投げ、僕を部屋の中に引っ張り込んだ。部屋に入るとドアを閉め、鍵までかけた。


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