第1話
僕の好きなひとは、僕のストーカーだ。
その青年は、出かければ常に僕の後ろに見え隠れする。目を合わそうとすると、明らかに不自然な目のそらし方をする。
ゴミ捨て場に出したゴミを漁っているところも目撃したし、メールボックスを開閉して手紙を読んでいるところまで見てしまった。
しかも、メールボックスの前で手紙を熟読しながら、なぜかすすり泣きし出した。思わず声をかけたら手紙を持ったまま逃げられた。いや、なんかもうここまでバレバレなわけだから、逃げる必要性を感じないんだけど。
翌日、メールボックスに再投入されたその手紙は田舎の母さんからだった。田舎の侘びしさと、大して仕送りのできないことを詫びつつ僕を気遣う言葉の並んだ手紙には、確かに僕も涙ぐんだ。
けどさ。手紙と一緒に数枚の福沢さん。なんでお金が入ってるんだろう。
母さんに確認したところ、やはり送金はなかった。ということは。
「……ストーカーに同情されたか」
確かに僕は毎日バイトで、合コンもそうそうできないような苦学生さ。でも、だ。
「お金を恵まれるとは」
思わずため息がこぼれたものだ。
それからというもの、バイトから帰って来ると、毎晩ドアの取っ手にコンビニおにぎりや総菜、時にはタッパーに入った明らかに手作りのカレーや麻婆なんかが置かれるようになった。
友人に話したら「うわっ キモ! 捨てろよ、そんなの絶対食うな!」と言われた。
え。どうしたかって、食べたけど。
いやぁ、本当に美味しいんだよ。彼の手作り料理。断る理由がわからない。
タッパーをドアノブに引っ掛けて返す時に、「麻婆おいしかったです。次は親子丼が食べたいです」、とメモを書いてみた。その日の夜は親子丼だった。
もらってばかりも悪いなぁ、と思い、学校で習っているシルバーの加工技術でアクセサリーを作ってプレゼントしてみた。返すタッパーの中にアクセサリーを入れて、お礼の言葉を記した。一応彼のイメージに合わせて作ってみたんだけど、反応はないので喜んでもらえたのか、お礼になったかは不明だ。
彼がレストラン級の手料理を、僕が手作りのアクセサリーをプレゼントしあう。そんな関係がしばらく続き、いつ頃からか、僕は彼が好きになっていることに気づいた。
「ばっ お前、それ絶対餌付けされてるよ! つーか絶対お前が好きなのはストーカー本人じゃなくて手料理だ!」
友人は「絶対」を連呼し、諭してきた。
「つーかどんなキモいホモ野郎なんだ。そのストーカー」
友人にそう聞かれたので、僕は雑踏を彩る華やかなポスターを指差した。そこには美形で有名な俳優の姿。
「あのひとにそっくりだ」
「あぁ。俳優の板東蘇芳か。て、はあぁぁ!?」
友人がなぜか絶叫したのだが、この友人、喜怒哀楽が恐らく常人の3倍は豊かなので、その驚きは僕の驚きの半分以下と見ている。
だから、彼の驚きを半ば無視した。
「あ」
「な、なんだ!?」
僕のあげた声に怯む友人。
「お前の驚きは俺の百倍。天変地異の前触れか!?」
どうやら彼も僕との感覚にズレを覚えていたようだ。
「あれ。あのポスターのひとがしてる指輪、僕が作ったやつだ。気に入ってくれてたんだなぁ」
「ちょちょちょちょっと待てッ!! ホントに本気であの板東蘇芳なのか!?」
「だからあれだってば」
あれ。と再び指さす。
「……板東蘇芳がキモいホモのストーカー野郎……」
「別にキモくないけど。いいんじゃない。俳優がストーカーしちゃいけないなんて法律ないし」
「……そーいう問題じゃねぇと思う。絶対」
「じゃあ、僕バイトだから」
唖然とした顔の友人を残し、バイト先に足を進めたのだった。