表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

対峙 前編

群雲防衛軍のひみつきちで三人は頭を悩ませていた。


その原因は二つあり、一つはここ一週間で強盗やら車上荒らしが多発していること。もう一つはそれらの犯罪者やフルフェイスの二人組から有益な情報が得られていないということだった。


「なんでどいつもこいつも分からない、とか覚えてない、ばっかりなのさー!」


この一週間で今までにない位の割合で、犯罪を未然に防いだり犯罪者を捕らえたりしてきた。


だがその一方で捕らえた犯罪者は記憶がおぼろげだったり、場合によってはなんで自分がそんなことをしたのか皆目見当がつかないというのだ。


「まぁまぁ淳ちゃん、ジュースでも飲んで落ち付いてください」


依莉歌はぱたぱたスリッパを鳴らしながら冷蔵庫まで行き、冷えた100%のオレンジジュースを片手に戻ってくる。


「ありがと依莉歌。まぁ情報が全く無いって訳じゃないのがせめてもの救いかぁ」


淳がぽつりと呟く。それを聞いた勇志と依莉歌はきょとんとした顔をして淳の方に視線を向ける。それに気付いた淳はそんな二人を不思議そうな目で見る。


「え?ちょっと待って、二人は一体何について悩んでんの?」


勇志はおもむろに口を開いた。


「それは勿論、何でこんなに皆分からないとか知らないって言うのかなって」


「私はあれ以来、異能者の犯罪が増加していることが気にかかってましたわ」


淳が深い溜息を吐きながら頭を振った。淳は「これだから馬鹿と天然は…」と小さくこぼして、改めて二人に向き直って説明を始める。


「いい?今回の事件の黒幕は十中八九人を強制的に人を操作する異能者だよ。犯人が皆記憶が曖昧なのも操作された証拠の一部だね。更に言えば依莉歌の言う異能者が多いっていうのも皆強化タイプ、要は人間の普段セーブしてる力を強制的に引き出してるんだと思う」


淳は一息にそう説明した。


馬鹿と言われて何か反論しようと思っていた勇志だったが、淳の意見が理路整然としており、ぐうの音も出ないと言ったところだ。


「流石淳ちゃん、科研に通ってるだけの事はありますわ」


防衛大学付属科学研究アカデミー、通称科研と呼ばれる淳が通っている学校である。


依莉歌は天然と言われた事を気に留めず、素直に感嘆の言葉を口にする。淳も満更ではないらしく、誇らしげに胸を張っている。


勇志は今の今まで祥一郎と名乗る男が組織のリーダーだと思っていたが、てんで見当違いだったことに気付かされ、やや意気消沈気味であった。しかしそうなると新たな疑問が勇志に湧いてきた。


「じゃあ淳は一体何に悩んでたんだ?」


淳がコップに残ったジュースをストローでずずずと音を鳴らしながら飲み、そのストローを咥えたまま話を続ける。


「結局のところ今まで倒してきた相手は全部下っ端だったってわけ。あの日ビルで戦った銀髪やろーみたいな幹部クラスは全く姿を現さないのが気に食わないの」


淳はストローをぷらぷらさせ、心底不服そうに愚痴をこぼす。それを聞いた勇志は更に頭を悩ませる。


「という事は今やるべき事は目の前に起きている犯罪をどうにかする事じゃなくて、相手の組織の本体を叩く事か。でも肝心の手掛かりは幹部クラスの敵を見つけなきゃ手に入らないわけか…」


そこで勇志も淳も押し黙る。このままいたちごっこを続けていても犯罪は防げないし、逆に操作する人間の数が増えるなんて事があったら、犯罪が増大することになる。


勇志と淳がうんうん唸りながら逡巡していると。依莉歌が一つの提案を出してきた。


「それなら私が囮になりますわ」


「「えっ?」」


二人の声が同時に重なる。


依莉歌はいつもの朗らかな表情で、まるでちょっとそこまで買い物に行ってきますというような雰囲気で話を続ける。


「あの狼の方は恥ずかしながら私に気があるようでしたし、街を一人で歩いていればあるいは」


今まで一人掛けソファーの上で体育座りをしていた淳が飛び跳ねるように立ち上がり、テーブルに手を叩きつける。その勢いに依莉歌は気押されて、ソファーに背中を預ける。


「ダメダメダメ!依莉歌にそんな危険な事させらんない!」


「そうだよ依莉歌、考えれば他にもっと確実な方法があるかも知れない」


いつもの柔和な笑みを崩さないまま、それでいて力強く依莉歌は言葉を紡ぐ。


「確かに方法はあるかも知れませんが、それを模索している間にも誰かが犠牲になるかも知れないなんて、私耐えられませんわ」


普段は二人の肩を持ったり仲裁をしてくれる依莉歌だが、こうと決めたら決して譲らない部分がある。今の依莉歌はそういう状態なんだと二人は悟った。


この状態に入った依莉歌と根競べをしても、てこでも動かない事を知っているから妥協案を提示することにした。


「せめて俺と淳がカヴァー出来るポイントを巡回する形にして、いつでも駆けつけれるような形にしよう」


二人が頷くと、勇志は近辺の地図を開き作戦会議を始めた。



奴らと邂逅する機会は思いの外早くやってきた。


作戦会議から三日後の夕暮れ時、帰宅する学生やサラリーマンで溢れ返る人の波を見送り、駅のロータリー付近で依莉歌がベンチに座って囮になっている時だった。


髪の毛に隠れるようにして付けている通信機のイヤホンから勇志の声が流れる。


「今回も外れか…やっぱり人通りの多い所で張っても奴らが出てくる可能性は低いのか」


勇志は道路向いのコンビニで立ち読みをする振りをしながら、駅を正面に捉える形で依莉歌を見守っていた。


今日は見張りということで目立つわけにはいかないのでマントは付けていない、その代わりに色々な道具の入った鞄を肩に掛けていた。


依莉歌はなるべく唇を動かさないように囁くように返事をする。


「私はもっと遅い時間の人気のない場所でも大丈夫ですよ。そう簡単に負けたりしませんから」


付近の雑居ビルの屋上からあんぱん片手に双眼鏡を覗いて辺りを監視していた淳が、そんな二人のやり取りに割って入るように通信を入れる。


「だから依莉歌が危険な作戦は駄目だって言ったでしょうが」


淳は食べかけのあんぱんを牛乳で流し込み、人の流れの中から目的の人物を見逃さないようにつぶさに監視していた。


「淳お前、俺に買ってこさせたあんぱん今食べてるのかよ!」


勇志は他の客に聞こえない程度の音量で淳に文句をぶつける。


淳は悪びれた様子も無く、「張り込みと言えばこれでしょ」と言って残りのあんぱんを口の中に放り込む。


すると淳は急にむせ返り、急いで残った牛乳を一気に呷る。


「淳ちゃん、急いで食べなくても誰も取りませんよ」


依莉歌は口の前に手を当て、一人微笑んでいる姿を人目から隠しながら淳を窘めるように言った。しかし淳はそんな依莉歌の言葉をお構いなしに慌てて言葉を放つ。


「ちがっ、じゃなくていた!違うけど見つけた!」


淳の唐突な耳をつんざく大声に、仰け反るようにして態勢を反らした。キンキンと痛む耳に軽い頭痛を覚えながら淳に続きを促す。


「淳、落ち着いて話せ。何言ってるか分からないぞ」


「だからいたんだって!黒髪の女のほう!今依莉歌の座ってるベンチと逆方向に向って歩いてる!」


淳の覗いている双眼鏡には、腰まで髪を伸ばした華奢な女が、本を読みながら人混みを縫うように歩く姿が映っていた。


淳の言葉を理解した勇志は、すぐさまコンビニから駆け出し辺りを確認する。


いた、あの時の女二人を後ろに従えてた梨乃とかいう女だ。


あの時のやり取りからしてあの女も幹部であると思われていたが、今回のターゲットは銀髪の男、祥一郎だったので予期せぬ再会となった。だがこれは三人に取ってはまたとない絶好の機会だった。


「予定とは違うけどこれはチャンスだ。俺と依莉歌はこのままあいつを追うから、淳は武器を持ってGPSで追跡して来てくれ」


淳は「ラジャ」と短く言葉を切り通信を切断した。


梨乃は駅前の通りを南側に進み、横断歩道で立ち止まっていた。勇志とは正面からぶつかる形になってしまうので、一旦物陰に隠れ梨乃が通り過ぎるのを待った。


梨乃が通り過ぎてからやや遅れて依莉歌がやってくる。二人は一定の距離をあけ、梨乃への尾行を開始する。


梨乃は変らず本に視線を落したまま、器用に人とぶつからずに間を縫っていく。


「恐らく彼女の能力は爆発物に関係する能力です、人混みの中なら使わないかもしれませんけどどうしますか?勇ちゃん」


不自然な歩き方にならないように注意を払いながら依莉歌が勇志に聞いてくる。


「あいつらが人を巻き込むことに躊躇するとは限らない。ここはやっぱり奴らがアジトに戻る可能性に賭けよう」


勇志も人混みの中、梨乃を見失わないように細心の注意を払いながら依莉歌と歩調を合わせる。


暫くその距離を保ち、人もまばらになってきたところで梨乃が急に足を止める。


一瞬二人は気付かれたかと思い、緊張が走るがどうも様子が違うようだ。梨乃は手に持っていた本と趣のある古本屋の看板を見比べている。


少し間を置いて梨乃は古本屋の中に入って行ってしまった。勇志と梨乃は見てくれから店の中はそんなに広くなさそうなので、追うのは危険という結論になり、古本屋の出入り口が視界に入るベンチに座り込んだ。


5分ほどして梨乃が先ほどとは違う本を片手に店から出てきて、また本に視線を落したまま南の方に向って歩いて行った。


そしてそのまま人を避けながらふらふらと歩き続け、とある所で足を止める。通りに面したオープンカフェだ。梨乃はそこの椅子に腰を降ろし、通りかかったウェイターにコーヒーを注文する。


「勇ちゃん、まさかとは思いますが…」


依莉歌が困惑した表情で勇志に問いかける。


勇志も当惑した様子で答える。


「これじゃ…あいつの休日を覗き見てるだけじゃないか…?」


梨乃の細い指が優雅にコーヒーカップを口に近付ける。挽きたてのコーヒーの香りを堪能する仕草をするも、表情はぴくりとも動かずただ一口すするだけだった。


コーヒーを飲み終えたであろう後にも、足を組みただ黙々と本を読み続けるだけの梨乃を視界の端に捉えたままただただ時間だけが過ぎていく。


途中GPSの動きが止まった事から、尾行に失敗したのかと淳から通信が入ったが、コーヒーを飲んでいるのを監視していると言うと、なんだそりゃと呆れた様子で通信越しにぼやいた。


小柄な淳に似合わない厳ついアタッシュケースを持っているため近づきすぎるとばれる危険があるため、不用意に近づけない淳は私もジュースを買ってくると言ってコンビニに行ってしまった。


そんなやり取りをしていると突然梨乃が本を閉じ、また南の方に向って歩き出した。今までは本を読みながらふらふらと歩いていたが、今回は本を読まずにすたすたと歩き出した。


突然の変化に驚いた勇志と依莉歌は、淳にターゲットに動きがあった事を端的に伝え、尾行を続行した。


この群雲市は南側に工業地帯が多く、廃棄された工場跡地などが多数存在し、ガラの悪い連中達がたむろするような余り治安の良くない地域になっている。


梨乃はその方向へ黙々と歩みを進め、明確にどこかに向っているであろうことは容易に推測出来た。


人通りも殆ど無くなり、余り距離を詰めて追跡する事が適わなくなってきたため、かなり遠目から追跡する形になってしまったが、都合が良い事に梨乃は誰かに追跡されてるとは露ほども思っていないのか、一度も周りを気にすることなく目的地まで到着した。


梨乃が入っていった場所は廃棄された貨物倉庫らしく、大型のシャッターの脇に作業員が出入りするようなドアがついてあった。


遠目に見ても分かるほどぼろぼろに朽ちており、天井や壁の一部が抜け落ちてるのが分かる。


「ここがあいつ等のアジトか?」


勇志が辺りを警戒しながらドアノブに手を掛ける。ドアには鍵が掛っておらず、油の切れた蝶番からギィっと鈍い音が漏れた。


ドアの隙間から中を覗いてみるが梨乃の姿はなく、中には空いた天井から光が差し込み、放置されたコンテナブロックを照らしていた。


このままでは中の様子を正確に窺い知ることが出来ないと思った勇志は、依莉歌に目配せをすると意を決して中へと身体を滑り込ませた。


辺りを確認し誰もいない事を確認すると、依莉歌を手招きし、木刀を包みから解き手にかける。


二人がゆっくりと倉庫の中ほどまで進むと、入ってきたドアを強い衝撃で開け放つ音が倉庫内に響き渡った。


突然の事に振り返ると、そこにはにやけた顔で銀髪を掻き上げる祥一郎の姿があった。


「お前らほんとめでてぇなぁ、ばれてねぇとでも思ってんのかよぉ」


「余計な事をしないで、祥一郎」


さっきまで姿が見えなかった梨乃が、コンテナブロックの中から顔を覗かせて静かに咎めた。その一言を発すると梨乃はコンテナブロックの扉を重たそうに閉じ始める。


事の重大さに気付いた勇志は、入ってきたドアに向って依莉歌を引っ張ろうとした。しかしその手は逆に引き戻され、獣化した依莉歌にお姫様だっこをされてしまった。


依莉歌はその姿勢から深く屈みこみ、足に溜めた筋力を一気に頭上に向って解放した。


依莉歌がジャンプすると同時に倉庫内辺り一面で一斉に爆発が起こり、大量の熱と埃が倉庫内から溢れだした。


依莉歌は間一髪で猫の跳躍力を生かし、爆風に乗って高々と飛び跳ねた。


一方、祥一郎は爆風を正面から浴びてドアごと外まで吹っ飛ばされて行った。埃まみれの祥一郎は悪態を吐きながら起き上る。


よろめきながらドア枠の縁に手を掛け中を見ると、立ち込める埃の中勇志を抱えたまま音も無く着地する依莉歌の姿があった。


祥一郎は口笛を吹き、「流石俺の女ぁ」と呟いた。


梨乃は体重を掛け扉を開けると、そこには作戦の失敗を意味する影が立ち込める埃の中に立っていた。


「祥一郎、この事は凪に報告する」


機械的な会話しかしなかった梨乃が、普段傍にいるものでも分からないような変化の怒気を孕んで言葉を発する。


すると梨乃の脇からあの晩に見た女二人が飛び出して大声を張り上げる。


「あんたが余計な事するから敵に感付かれちゃったじゃないの!」


「そうよ、あんたがいなければ完璧な計画だったんだから!」


「うるせぇ双子どもぉ!まとめて犯すぞごらぁ!要はこの後のしちまえばいいんだよぉ」


祥一郎が気だるそうな様子で獣化を始める。全身が毛に覆われ、銀髪の狼が姿を現す。


「紗枝、紗代、行くわよ」


「「はい、梨乃様」」


梨乃が短いナイフをポケットから取り出し、髪の毛を指先で数本纏めてそれをナイフで切り落した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ