力の片鱗
その後は秘密基地で今日の見回りルートを確認し、一旦各々の家で夕食を取ることにした。
それぞれの親は皆顔見知りで、勇志達が自警団もどきな事をしているのは知っている。知っていても止めないのは親公認、といえば聞こえがいいが半ば諦められている節がある。
勇志の親は血筋だからと笑って済まし、淳の親は学業に支障をきたさなければ問題ないという姿勢で、依莉歌の親はきっとそれが依莉歌にとって進むべき道の一つなのだと言っている。
なので家に帰って夕食を囲んだ後に、木刀やスタンガンを持って外に出歩いても「気をつけていってらっしゃい」の一言で済ませてしまう、そんな一風変わった家庭環境なのだ。
勿論警察のお世話になったことも度々あるのだが、親自体がそんな調子のために警官に呼び止められても「また君たちか」の一言で帰って行ってしまうこともあるくらいだ。
しかし流石に繁華街など街の中心部にまで顔が利くほど市民権を得ているわけではないので、昨日の夜のように闇に紛れて犯罪行為を自主的に取り締まっているのだ。
勇志はマントをひるがえし、堂々と繁華街を歩いている。その後ろ5mほど離れて淳と依莉歌が付いてきている状態だ。
勇志はマント姿を格好いいと思っているから何も気にしないし、二人はそんな勇志と仲間だと思われるのが嫌で数歩後ろを歩いている、いつもの見回り風景だった。
暫く歩いているとゲームセンターの喧騒に紛れて、三人組の男が気の弱そうな男に馴れ馴れしそうに肩を抱いて路地裏に入っていくのが見えた。
勇志は素早く二人に目配せをし、二人もそれに頷いて路地裏を後に続く。三人は静かに、そして素早く辺りを見渡し奥へと進んでいく。
すると案の定先ほど見かけた気弱そうな男が腹部に膝蹴りを喰らっている場面に出くわす。
「あいつ等…あんな手加減無しに蹴りやがって、すぐに止めにいかないと」
勇志が木刀を握り、淳がスタンガンを握る。しかしその二人を猫耳を生やした依莉歌が制止する。
「待って、あの人たち異能者かもしれない」
二人の服の袖口を掴みながら猫耳をぴくぴくと動かし依莉歌が二人に静かにというジェスチャーを送る。そしてその姿勢のまま猫耳を前方に向けて神経を集中させる。
「先輩あれ見せて下さいよ、おう折角だから見せてやるよ、って言ってます。もしかしたら異能を見せつけて脅すつもりなのかもしれません」
すると淳が勇志に小型の通信機のような物を渡す。耳をトントンと叩くジェスチャーで勇志に飛び出すタイミングを指示しろということらしい。
「相手が異能者なら勇志だって不意打ちしても怒らないでしょ」
そういうと目の前から淳の姿が消えた。まさに影も形もない状態である。そして依莉歌のほうに振り返ると、猫耳だけでなく体毛もふさふさと生えており、スカートの中からは尻尾が姿を覗かせている。
「私もいつでも行けますよ、勇ちゃん」
そういって金色に変色した目が瞳孔を大きく開き、じっと不良達のほうを見据える。相手がどんな能力かを見逃さないように。
三人組のリーダー格であろう先輩と呼ばれていた男が、空の拳を頭上に振り上げ叩きつけるようにして気弱そうな男の肩に拳をぶつける。
勢いはさほど無かったように思えたが、肩を叩きつけられた男は絶叫を上げた。男の肩には一本のナイフが突き刺さっていたのだ。
すると傍で見ていた二人の取り巻きが、おぉーと歓声を上げる。すかさずもう一度拳を振り上げ、にやにやと笑いながら狙いを定めている。
するとイヤホン越しから苛立った声で淳が通信を送ってきた。
「今あいつ等の後ろ10m、これ以上見てらんない、行くよいいね?」
一方的に突撃を告げると制止する間もなく淳が通信を切った。
勇志が淳に制止を呼び掛けるも応答は無く、遠く離れた男たちのいる所でスタンガンの火花が散った。それと同時に勇志と依莉歌も勢いよく飛び出し一気に距離を詰める。
スタンガンを喰らった男はぐぎゃぁという醜い悲鳴をあげ昏倒する。その声を聞いたリーダー格の男は咄嗟に後ろを向いてポケットから何かを取りだして投げつけた。
それは小石だった。
姿形を完全に消している淳の居る方向とはてんで明後日の方向に飛んで行ったのだが、いかんせん数が多かった。
大量にばら撒かれた小石一つ一つが空中でナイフの形を取り、無数のナイフが誰もいない空中を舞った。
そのうち一本が何もない空間で止まり、次の瞬間何も見えずナイフだけが浮いていた空間に淳が現れた。
腕に深々とナイフが突き刺さり、「ちくしょう」と悪態を吐きながら蹲った。
にやっと笑ったリーダー格の男がゆっくりと淳に近づこうとすると、猫の姿をした依莉歌が四足で猛然と駆け寄り「淳ちゃん!」と叫びながら取り巻きのもう一人と一気に距離を詰める。
そして狙いを定められた取り巻きは突然の異能者の襲撃に驚きながらも、懐からナイフを取り出して切りかかってきた。
しかしその動きは獣の形をとった依莉歌にとってはスローモーションでしかなく、腕を一瞬にして捻り上げナイフを落とし、勢いそのままリーダー格の男に向って取り巻きの男を投げつけた。
リーダー格の男はまたも反応はしたものの、先ほどとは違い後ろを向いたら目の前には仲間の身体が空中に投げだされ目の前に迫っていた。
男たちは成すすべもなく衝突し、勢い余って壁に激突した。依莉歌はすぐさま倒れたリーダー格の男に詰め寄り後ろ手に腕を締めあげる。
「これでもうお得意のナイフは使えませんね?」
そういって穏やかながらも怒気をはらんだ声でリーダー格の男の腕を捻じり上げる。
全速力で走っていた勇志が到着したときには場は完全に制圧されており、急いで淳の元に駆け寄った。
「この馬鹿!相手の能力も分からないままに突っ込んで、なんでそうお前はすぐ熱くなるんだ!」
勇志の本気の憤りと傷の痛みの両方を受け淳は「ごめんなさい…」と小さくこぼす。
淳の素直に反省した様子と、依莉歌のそれより早くと急かすような視線を受け、溜息交じりにしょうがないと言いながら淳の腕に刺さったナイフに手を伸ばす。
「抜く時痛いと思うけど我慢しろよ?すぐに治してやるからな」
そう言うと痛みが長引かないように一気にナイフを抜き取り、マントの内側から何処の家にでも置いてあるような常備薬の軟膏を取りだした。
そしてすぐさま傷口に軟膏を塗りこむとその軟膏はほのかに光を放ち、見る見るうちに傷口を塞いでいった。
「やっぱり勇志に治して貰うと温かくて気持ちいいなぁ…」
まだ少し弱った声でそういう淳に対してやや照れた様子で、しかし気遣った様子で淳を咎める。
「何言ってんだ馬鹿、痛みとか失血とかは完全に治ってないんだから安静にしてろ」
同じような手付きで気弱そうな男の治療もしてあげる勇志、だが気弱そうな男のほうは傷口は治っているものの、しきりに痛がる様子を見せている。
すると勇志は申し訳なさそうにしながら気弱そうな男に謝った。
「すまない、この能力には個人差が出るんだ、帰ったら一応医者に診てもらったほうがいいよ」
そうして気弱な男を送りだした勇志は依莉歌によって押さえつけられ、未だに抵抗の意思を見せている男の前に、先ほど淳の腕から抜いたナイフを手に取り、ほのかに発光するナイフをアスファルトに勢いよく突き刺し、男の眼前のアスファルトを切り裂いた。
「色々と聞きたいことあるから、正直に答えてくれよな」
声のトーンを一つ落とし、勇志は静かにそう言った。
「最近ここら辺にお前みたいな異能者が増え始めたけど、どうしてこんな繁華街まで足を延ばしてきてるんだ?」
男はチッと舌打ちをしながらも、目の前のアスファルトに深々と突き立てられたナイフを目にして口を動かす。
「ここ数カ月で急速に勢力を伸ばしてるグループがいやがるんだ。そいつ等のせいで俺らみたいな小さなグループの稼ぎ場まで荒らされていやがる。畜生、てめぇらみたいなガキに二度もやられてりゃ世話ねぇな」
男は憎々しげにそう吐き捨てる。すっかり元気を取り戻した淳は「何がガキだ、こんにゃろ」といいながら締めあげられている腕を蹴飛ばしている。
ただでさえギチギチに締めあげられている腕が嫌な方向に蹴飛ばされ、男は苦悶の表情で悲鳴を上げている。勇志は気持ちは分かるがちょっと落ち着けと淳をなだめる。
「ガキに二度も、ってことはそのグループも俺たちみたいな学生なのか?」
「ああ、ただ規模が全然ちげぇがな。噂に聞いたところによれば50だとか100だとか…まぁ噂が独り歩きしてるところがあるからどこまで本当かわかったもんじゃねぇがな」
三人は同時に顔を見合わせる。今まで色々な揉め事に首を突っ込んできたが、流石にそんな大規模なグループを相手にしたことなどなかった。
その空気を察したのか男は一通り話したんだからいい加減離せと言ってきたが、勿論解放するわけもなく、ゴロツキ三人まとめて警察へと突き出した。
「ちょっと話が大ごとになってきちゃいましたね」
帰路に着きながら依莉歌が頬に手を当て困ったような仕草をする。
それに釣られて淳も「100人かぁ」と言いながら空を仰ぎ腕組みをする。
勇志も事の大きさに漠然とした不安を抱きながらもにかっと笑って言い放つ。
「なぁに、俺たちは俺たちの出来る範囲で群雲の平和を守っていくんだ。ついでに二人もな」
格好良く決めようと思ったが、最後には締まらない冗談を挟んでしまい、二人声を揃えて「ついでかよ!」「ついでなのですか?」と言われてしまった。
バツの悪くなった勇志は誤魔化すように声を張った。
「次の反省会は淳の独断専行についてだな」
忘れていて欲しかった事実を突き付けられ、今度は淳がバツの悪そうに生返事をする。
味方をつけようと依莉歌のほうをちらりと覗きこんだら、依莉歌のほうもその出来事についてはご立腹だったらしく、無言の笑みが強い圧力を掛けてきている。
「守るんなら今のあたしを守ってよー!」
淳の情けない声が夜の闇に消えていくのであった。