#79~力の指摘~
勝也達壱班の最後に発表した『投票』は特異な企画で、それを聞くクラスの者は様々な反応だ。
『あぁ?どんな写真だよ?』『いぃな!それ!ウチの班も…』『うへぇ、面倒…』『えぇ!?そんなのあり?』『OH!』
”良い、悪い”と様々に言われるが、逆に反応していない者は居ない、良くも悪くも皆の関心を引くことが出来た。
小学校が企画し、作り上げた発表は面白さ、での大した違いは無い。そもそものテーマ、『自然公園の春を知っても…』と言う感がぬぐえないのは明白だ。
勿論、花や虫をこよなく愛する者がいたとしても、良い発表が出来るとは限らない。
こういった、”人に気にかけて貰える”物を作りだす事は、その時の情勢・ライバル・それを評価する人の有無、等の運的要素が存在する。
運が無くても”成功する人は成功する”と言われてしまうかもしれないが、運、時勢のタイミングは切っても切り外せない物だ。
勝也はすかさず用意していた紙・投票用紙をクラス全員に配り、『聞きたい事、質問はありませんか?』と聞き、沈黙をもって壱班の発表は終了する。
勝也達が自分の席に戻ると、代わって黒板の前に立つのは弐班の面子である。
弐班は男子が梶井、乃木、橋本と至って”普通”と形容しかできない男子達。
…実を言うと、男子は余り者集団で、女子が勝手に決めた面子である。互いに交友関係は特にないが、女子の独断と偏見で纏められた者達だ。
女子は潮見、志水、関、とよく一緒になって動き回るトリオである。
男子から”塩水、咳!”と悪気無く、面白がって言われているが、当の本人達は嫌がってはない。
というより、音だけ聞けば、ただ単に苗字を省略さえているとしか思っていないのだ。
この女子三人は出席番号も連番で、本当にいつも三人のイメージである。
弐班の発表は、”絵”で、模造紙には細かく小さい絵が張り付けられている。
沢山の細かい絵で、春らしい物を何個か描いてあり、主に花や、風景・すくないが、虫等を描いている。
勝也達とは近しいようで、その実、大分違う。主な違いは人や虫等の生き物が少ない。
絵には絵の良さがあり、同じ風景を題材にしても、絵の方が趣きをより感じられるが、沢山の中から選び、より正確な景色を写す写真とを比べると、どちらかと言えば写真の方に軍配が上がると勝也は思った。
勿論、それは人によるし、絵には絵の評価が加わるのだが、そこは皆が判断する事だろう。
ちなみに絵はそれなりに上手い。
「この花の絵は色遣いに困ったので、沢山の色を掛け合わせて味が出る様に頑張ったそうです。川の絵はそこに何分も動かないでじっとしていたので寒いようでした。虫の絵も描いていて、虫がどこかに行ってしまう前に下書きを描き、その後に細部を資料を参考にして描きました。このカマキリは私の自信作です。」
絵の説明は全て班長であろう一人、関が行っている。絵を一つ一つ感想を付けて丁寧に紹介しているので、入念な下準備を行っているのだろう。
無難にまとまっている。
模造紙には30枚程の小さい絵があり、”質良し、量多し”で、勝也は素直に『すごい!』と思った。
簡単にはマネ出来ない事をサラりと紹介する所は高評価で、インパクトがある。関の声が終わり、『聞きたい事』と言う段になり、手を挙げる者が一人。
「はい、滝さん、なにを聞きたいのですか?」
と関が手を挙げる女子、滝蓮に聞きたい事を聞いた。滝は重い調子で声を出す。
「あのさー、私見たんだけど…毎日絵を描いて、”頑張ってるなー”とは思ったんだけどね?放課後、絵を持って帰って、次の日の朝に完成した絵を持って来ててたんだけどさ、家でも絵を描いて良いの?たしか、『総合』の時間だけで発表の準備終わらせなきゃ駄目なんだよね?それってズルくない?」
……
…
『自然公園の季節を見る(春)』は公園に行くのも発表の作業をするのもすべて『総合』の時間内で行われる。
『学習時間で進めるべき物』と言われ、放課後や自宅での作業は神田先生監視の下、基本的に禁止されている。
勝也達が翌日の放課後に公園に行って撮影をした事は、あくまでも魔人乱闘事件で公園の作業が進められなかった為の救済措置で、基本外として許された物だ。
弐班の関達は公園遠足時には他の皆と同様で、別に弐班だけ作業を中断されておらず、弐班の沢山の絵の秘密は『ズルして作った物』として滝は指摘しているのだ。
「ま、まぁ、絵に関しては…作業量が多いのと、思い出しながら、資料を片手に作業しなきゃ駄目だから…それに関しては配慮が足りなかった事として、先生が了承しました。他に聞きたい事とかはありますか?」
神田先生は滝の指摘に先行きが悪いと判断し、滝の発言を抑えにかかる。
実際に資料の閲覧に授業中は図書室が使えなかったりと先生側の落ち度があるのだ。
滝の言葉により、弐班の発表は微妙な形で終わった。
不(ry




