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力の使い方  作者: やす
三年の夏
470/474

#469~力の激動 序章の続き~


「で?……昔も同じ様な事を言ったけど、いくらお金が必要で、何に使うのかを言ってみな。あと返す時期もだよ」

妃さんは平岩にがんを付けてから平岩の要件について聞いている。


「……500万円です。市長選挙に立候補する為に必要です」

「ふぅん?――」

平岩は再度頭を下げてお金が必要な理由を言う。しかし、”お金を返す時期”については言わない様だ。

妃さんはソファーのひじ掛けにひじを置いて、腕を立てて身体を傾けてその手の上にあごをのせる。

「――今度は雄二が市長なんてモンをやるのかい……」

彼女はため息を吐きそうな声音で、平岩はお金が必要な理由を口から出す。しかし、”お金を返す時期”を言わない事について不自然な程に何も言及しない。


「……樹癒?アンタは”これ”をどう思う?アンタが”ココ”に戻って来た理由は”これ”なんだろう?」

妃さんは平岩を”これ”呼ばわりし、沼岡が彼等がいるマンション・”7カラ11カイ”に顔を出し始めた事を聞いている。


「いえ……”雄二がやる”って言うのなら良いんじゃないですか。まぁ500万だと供託金も考えると……清虹市長選挙の費用としてはギリギリですが……雄二がどれだけ持ってるのか知らないので……あと、”戻って来た”と言われても……俺は”ここに”ずっと住んでいましたよ」

しかし、沼岡の返答は”いいえ”と返すだけで色々と言葉を足しているが、その実内容はなく、妃さんから聞かれた事を何も答えていない。

また、”ここにずっと住んでる”とは言うものの、最近は彼が借りている部屋で夜寝る様になってはいるが、それまではしょっちゅう外泊をしていた。

つまり、妃さんの言葉は真実で、沼岡はこの言葉に嘘は吐いていないが真実も語っていない。なので本当に何も答えていないのだ。


「ふぅん?――」

妃さんはひじ掛けに肘を置いたまま手に顎をのせた体勢で沼岡と同じく空返事をしている。


「「……」」「――」

平岩と沼岡では妃さんの舌先三寸に対応しきれていない。まぁ沼岡も口先だけで、彼等彼女は言葉を出して喋ってはいるが、建設的な会話を全くしていなかった。



「「……」」」

リビングにはこの図体のデカい男二人に、いい歳をした婦人の女性が1人がいるわけだが……ついには誰も喋らずに重い空気がリビングに漂う。

『ガチャ』

だが、何もここにいるのはこの三人だけではない。

「なにこれ?……」

台所から、紅茶の入れてあるカップと緑茶が入っている湯呑みをお盆に載せてやってくる者が1人、猿野由美だ。

彼女はそんな誰も喋らないリビングに足を入れて”ここ”に顔を出した事をこの時に一番後悔していた。

なにせ、彼女だけは話しの内容的に完全に部外者なのだから。


『ガチャ』

『ガチャ』

『ゴトッ』

『カチャ』『ググッ』

リビングにいる者の目の前にあるリビングの中心に置かれているテーブルへ、カップや湯呑みをそれぞれの前に置いて、由美は平岩達の体面・妃さんから見れば逆の横の壁に沿って置かれているソファーに座る。

妃さんだけは湯呑みで、他は彼女自身も含めてティーカップが目の前に置かれている。


『カチャ』「あのさ……”雄二が結婚する”って話しじゃなかったの?」

がしかし、一瞬躊躇した彼女だが、妃さんに育てられた女がただ”面子が喋りづらい者達・喋りづらい場の空気”と言うだけで引っ込む様な女ではない。

紅茶を飲みつつその場にいる男二人にそう間もなく来訪の要件を訪ね始めた。


『ガチャ』「俺はそのつもりだったんだがな「ふぅん」俺としてはなんで”こいつ”が女にモテるのか分からん。由美は”コイツ”と結婚したいと思うか?」

沼岡は由美の軽口に軽く答えている。多分彼も会話がしづらい雰囲気を回避したいのだろう。会話相手を由美に変更していた。


「……顔は”まぁまぁ”、性格は引っ込み思案でそう悪い訳ではない、身体は無駄に鍛えていてちょっと引くぐらいで高身長、まー言っても有名人だし今は無職でも市長に成れる程度には世間から信頼がある……と言う事で世の女の人はほっとかないんじゃない?合理的に考えて。あ個人的な感想です実際とは異なる可能性がありますまた何事にも例外は存在しますので私はパスご遠慮致します、ごめんなさい」


由美は平岩を竹を割る様にしてスパっと評してよく回る舌で注釈し、最後はその言葉を自身では頭を下げて否定・辞退して彼を振っている。


「……ならそれに”雄二とじゃ妊娠が難しい”って付く人の場合はどうだ?」

「ふーん?”妊娠”か……まぁ物好きなら関係ないけど、その”妊娠が難しい”って状態に依るかな。何?あの飯吹さん?もしかして不妊なの?それとも雄二が不全なの?こんなナリで」

由美はまたスパっと聞きづらい事を臆面もなく聞いている。なんとも気の置けない様子がうかがえた。


「それについてはノーコメントだが、まぁざっくばらんに言えば……相性が悪いだけで相手を変えれば普通に妊娠出来る。まぁ”宗教上の理由”とでも考えて貰えればいい」

由美の忌憚のない回答に、沼岡はナチュラルに事実だけを答えていく。

”その答え”だけでは事実にたどり着けるモノではないが、まぁ『一夫一妻、精子提供を忌避する』は見ようによっては宗教上の倫理観と言えなくもない。


「ぇ?それでもあの人まだ雄二を狙ってるの?すごいじゃん?まぁ、あの人がどれだけ妊娠したいのか知らないけど?やったね雄二!あの人は女の私から見ても上玉だよ」

彼女は本当にOFF時はざっくばらんだ。勿論それは”身内認定”している彼等しかここにいないからなのだが、得てしてそういうのは本人たちが自覚する事はない。


「……いや、”それは”違うんですよ。彼女は結構”出産願望”があって、その、自分と結婚したら将来は市長婦人です。そんな人がその、、”提供”とか、、”治療”を受けてたら他から攻撃材料なり冷やかしが起こる可能性があります。彼女がそういう風に言われるのは許されません。彼女は”春香さん”の「雄二!もう良い。それ以上しゃべるな」……」

平岩は由美の問いかけを否定する。平岩がこのまま話し続ければ途中で秘さねばならない事を色々と言いそうになったので沼岡が黙らせていた。


「はぁ……あそこまでやって”そんな理由”で振られたら飯吹さんが可哀そうだわ」

「まぁ……私としては市長に当選する気満々なのが笑えるけど。その相手の金を使わせてもらうのが前提の話しなのにね」

由美はため息を吐いたあと同性である飯吹に同情し、妃さんは息を吐いたあとスパっと平岩をこき下ろして言外に自分はお金を貸そうとはしていない事を告げていた。


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「「「っ!」」」

「あぁ女の子は怖がらんでええよ?俺こう見えて正義の味方やねん。つまりぃ、こんな所で人をいたぶる男は悪やから問答無用でのしてもええけど、女の子は手ぇだしてこんなら俺は手をあげん。まー一部”例外”はおるけど、君らは大丈夫や。安心せぇ」


キツイケメンな男は毛生え少年少女の少女達には手を上げないらしい。自称”正義の味方”な怪しいおっさんだがイケメンな事もあって見た目は若く、『にぃちゃん』な感じだ。つまり……

「……」

「私はアリ」

「はぁ……アンタそればっか……まぁ、顔は良いのは認めるけど」

「てか、アイツら大丈夫なの」


毛生え少女はこういうちょっとヤンチャな男が好みな事もある。(※ただしイケメンに限る)

一緒にいた毛生え少年と似た様な系統なので、より嫌悪感がない少女達なのだろう。

……彼女達も4人中2人が確定で好感触だ。

馴染みのあるだろう少年達が()されていても、自分たちに被害が及ばなさそうな言葉を聞くと、キツイケメンに(おもね)っている。

1人は毛生え少年を心配している様だが……それも4人の内の1人だけだ。


「ぅぐっ……」「ぅくぅ……」「っ……」

1人の毛生え少女が心配する三人の少年達は、まな板の上の魚の様に息を引き取ってたり気絶して――たりはしない。

よく見ると、いくらかしっかりと呻いてはいるがあまり本調子では動けない程度の様だ。気絶なんて勿論していない。

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そもそも『まな板の上の魚』と言うのは正式には(ことわざ)とは言えない。正式には『まな板の鯉』が諺だ。

意味として『相手のなすがままになるしかない状態』とされていて、転じて『もうどうしようもなく諦めている状態』とも言える。

鯉は死んでしまうと身が臭くなってしまうので食べる直前に締めるのが良い調理方法で、普通の生きた鯉ならまな板にただ載せただけでは暴れて調理しづらいのが現実だ。

鯉に限らず魚には”側線(そくせん)”と呼ばれる水の流れや水圧を感じる器官が顔の少し後ろ・身体の側面にあり、ここを板前が包丁で刺激する事で魚を気絶させて捌くのが板前の調理方法となる。

こうして鯉を気絶させてから調理を行うので、板前が調理をする時に鯉はまな板の上では抵抗なく捌かれている様に見られるのだ。

また、鯉は昔から日本で食べられている魚で、昔の多くの人が身近な魚料理に使う魚としてこの諺では鯉が選ばれている。

つまり、正確に言えば『まな板の上の魚』だと諺としては定義されていないが、語源の意味としてはこれでも十分意味は同じで、諺の成り立ちからも間違いとは言えない。

まぁ諺を正確に使いたいのなら『まな板の鯉』と言った方がまず間違いはないだろう。

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「っ――」

周りにいた少年の3人が死屍累々な状況を見て、今後の身の振り方に迷う者もいる。

「――なっ、なぁ?俺の味方なんだろ?なら、残ってる”こいつら”も倒してくれよ!」

そう、”彼は”辛うじて少年と言える、これまで毛生え少年少女達に囲まれていた男の子だ。

彼はキツイケメンが毛生え少年達をあまり好いていないのを感じ取り、残りの毛生え少年と少女達を倒す様に言い始める。


「うん?そういえばさっき聞いとったけど、君ら、どういう状況だったん?ちらほら聞こえた感じじゃ、”こっちの兄ちゃんから突っかかった”って言ってたみたいやけど?」

キツイケメンは、先ほどの喧騒の発端は『”辛うじて少年”から突っかかった』と、伸した少年がその前に言っていたのを聞いている。


「……こいつが”きっかけ”を作ったのは本当だよ」

「うん?どーいうこと?」

キツイケメンが”辛うじて少年”に事情を聞いていると、毛生え少女の1人がキツイケメンに近寄って事情を話し始める。

彼が予想していた方向とは話が違ってきている事を感じ取って、毛生え組からも話しを聞くことにした様だ。話しを続ける様に促している。


「こいつ、”そこで”法力を発現させててさ、私達がそれを見つけて”アイツ等が”『公共の場で無免許のヤツが法力を使うな』ってキレて。そしたらこいつ、”迷惑をかけてないんだからどっか行け”とかほざいて。……まぁ確かにそれで”こっち”もリンチする様な感じになってたけどさ!?仕方ないじゃん?!悪いのは”こいつ”だよ。”こいつ”」

どうやら公共の場で”法力を使うな”、”迷惑をかけてないんだから良いだろ!”と言う不毛な争いだった様だ。

ふたを開けてよく聞いてみると”正義”は毛生え組にある。

しかし、それを解決する為に暴力まではしていなかった様だが、毛生え組はほぼ”リンチ”状態な事をしていたらしい。


「ふぅーん――」

”正義の味方”を自称していたキツイケメンとしてはどちらの味方をしても違法行為に手を染めなければならない。

まぁ、キツイケメンはより重い罪の『未成年に対する暴力行為』を行っていたので、彼は間違っても・どちらにせよ”正義”とはかけ離れた存在なのだが……

「――はっ!?しょーもな!!」

「「「?」「!」」」


キツイケメンはそんな彼等彼女等に対して馬鹿にしたような目を向けている。特に『毛生え組』に対して。


「ええか?”こないな手合い”は関わったらあかん。どうしても気になるんなら警察に言い」

キツイケメンは彼らに助言していた。

やっぱり彼も毛生え少年少女達と同じく、”辛うじて少年”を悪と断じている。

曰く『お前らが悪と戦うな』と。『警察に全て任せろ』と。

ある意味で彼はその辺りを実戦して知っているのかもしれない……


「はぁっ?」

勿論だが、それを聞いた”辛うじて少年”は”話が違う”と憤っていた。


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