#457~力の国、本格的に交渉が始まる~
『クイッ!』『ジャァーーーー』
「ふぅ……」
雷銅はトイレの奥に備え付けられている銀色のレバーを横に動かして和式便所の水を流す。
「……ぁれ?」
ため息を吐いた彼女はふと、何かに気付き、疑念の声を小さくあげていた。
「仕方がない……」
雷銅は一人、和式便所に声を落としてそのままその場を後にする……
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「……」
「あー、第六?さんって……もとは……いえっ、”ここに”来る前は何処に住んでたんですか?」
「あれ?……私がそんなに気になりますか?」
「いやまぁ……気になると言えば気になりますけど……それはまぁ……ねっ、っ!?」
雷銅が戻ると、ダボっとした私服を着る坂巻が”第六警備隊隊長”に話しかけていた。
”第六警備隊隊長”はそれまでの態度を止め、幾分か女らしい態度で声を返している。
坂巻は言葉の途中、何かに気付いた様子だが……
「あっ!?雷銅さんっ!?トイレはどうでしたか!?」「えっ、ええ……」
そんなおり、最年少の鎌谷は岩で出来たテーブルとイスのある空間に雷銅が戻って来た事を目ざとく見つけて声をあげる。
「あっ!?じゃ、じゃあっ、今度は俺達が全員でトイレに行きましょう……」
塩谷は些か不自然に法力警察官の男性達へ向けて音頭を取りながら、椅子から立ち上がり、キビキビと歩き出してしまう。
「……っ?あぁ、一応……トイレは男女で分れてますが、女性のトイレは和式で……なぜだか分かりませんが、手洗いの蛇口やトイレタンクが置かれていないので、手を洗う様には出来ていませんでした。男性の方も軽く見てきましたが、見た限りでの違いは小便用便器があるぐらいで、”ココにあるトイレ”では『手を洗う』事はさせてくれない様です」
「……っ!?」「ぁ……っ、まっ、まぁ大丈夫っす……俺達は別に手を洗わなくても大丈夫っすよ!」
雷銅は事も無げに告げる。それは、男性用トイレに入った事を告げるモノだ。
塩谷は言葉に詰まり、鎌谷は突然の”っす”口調で『大丈夫』を繰り返している。
「っ!?いっ、いやっ、、別に私は手を汚したから洗いたいとかではなく……っ……ただ単にマナーとして……ちっ……まぁ別に私はどう思われても……」
雷銅は鎌谷の慌て様から、自分の『手を洗わせてくれない』発言を意識させられて、あくまでも”マナー”として手を洗いたかったと体面を保とうとするが、考えてもみれば彼らに気を遣う必要もないと思い立ち、しらける様にして言葉を途中で止めて『どうでも良い』と言わんばかりに口を閉じてしまう。
「あっ……申し訳ありません。水は……この場に限り、ご自身か、他の人の法力で用意して頂ければ幸いです……すみません、自分は水系法力は行使できないモノでして……」
そこで口を開けたのは”第六警備隊隊長”だ。
彼女はどうやら雷銅が怒り出した場合に関してはそれまでの体裁を保つ様子だ。また、彼女自分は水系法力が扱えない事を話して謝ってもいる。
「……別に良いですよ……ふんっ……貴女は行かないんですか?」
雷銅は岩の椅子に座り、”第六警備隊隊長”に『”トイレ”に行かないのか?』と声をかけている。
「いえ……”自分”は既に慣れていますし、特にトイレを利用する必要はありません」
だが、”第六警備隊隊長”は確固たる意志の籠る声で『トイレは不要』と声を返していた。
「そうですか……この際なのでひとつ聞きますが、貴女は”第六”と他の者には呼ばれている様ですね?先ほど会った”第一警備隊隊長”にもそう呼ばれていて……逆に相手には”第一”と声をかけていましたが……それは略称なんですか?ウチの者も先ほどそう呼んでいたみたいですが……」
雷銅は先ほど、坂巻が”第六警備隊隊長”を『第六』と呼んでいるのを聞いてたらしく、その事について”そのままでも良いのか?”と言う様に確認している。
「うっ……申し訳ありません……雷銅様のお仲間に媚びを売る様な事をしてしまいました……もしも自分が気に入らないのであれば、代わりの者を「えっ?!いっ、いえ?……と言うより……”媚び”を売っていたんですか?えっ?!なぜ?」っ!?申し訳ありません……」
なんと、”第六警備隊隊長”は坂巻相手に”アプローチ”をかけていた様な事を言っている。
「媚びって……貴女……」
雷銅としては『……こんな微妙な関係相手に?』とか、『……もしかして誰彼構わずにそうする人?』とか、『……あんなヤツで良いの?』と言う様なニュアンスの言葉を口から洩らしてしまっていた。
いやまぁ、実際に雷銅と一緒に来た者が篭絡されてしまうのは、この”輪の国”を視察しにきている者として、断固として阻止、あるいは、相手の思惑や要求を注視しなければならない。
「うぅ……切実なんです……」「……はぁ?!」
しかし雷銅は”第六警備隊隊長”の声に、政治的なモノとは無縁の性質が籠っているのを感じ取る。
「実は……”輪の国”では法力が同じ程度の者と結婚を推奨していまして……法力が釣り合わなくても結婚は出来るんですが……その分、税としてお金を多く収めたり、職を一定期間休めたりする恩恵を受けれなかったりして……」
「……結婚相手が好きに選べないんですか?」
”第六警備隊隊長”の言葉を信じるならば、”輪の国”では結婚が少しだけ難しいらしい。
まぁ、身分制度を敷いている国なら当たり前と言えば当たり前である。
「そう……ですね、輪の国では身分が”三級”以上でなければ結婚はおろか、子供を作る様な事に及ぶのも難しいです。”二級”ならある程度はやりたい放題出来るんですけど……私はやっと”二級”になれた者で…………でも、誰が相手でも良いって訳じゃないし……」
「そ、そうなんですか……」
雷銅としては何とも踏み込みづらい話題だ。結婚などを半場あきらめている彼女として、素面では肯定も否定もしづらい。
「”二級”は……原則的に、ある程度は大きい部門の長を務めている人で、”軍事部”だと高齢な人ばかりで……このままだと、私の相手は”政治部”の人から選ばないといけなくなりそうです……」
「……」
”第六警備隊隊長”は愚痴を言う様にして、さらっと重要そうな事を口からこぼしている。
「……それは……”政治部”には貴女と同じぐらいの歳の人がいると言う事ですか?」
雷銅としては話したくない話題だ。
しかし……だがしかし、彼女は”輪の国”の情報を持ち帰らなければならない。
「まぁ……そうですね……”軍事部”は高齢な人か、性格的に絶対結婚したくない男しかいないんです……流石に私でも、60越えの人と”そういう事”をしたいとは思いませんから……」
「60以上……っ?……」
雷銅は”第六警備隊隊長”の言葉を聞いて若干だが、不安な想像を掻き立てている。
「……ちなみにですが、貴女の年齢を教えて貰ってもよろしいですか?」
いや、別に雷銅は”そういう事”を想像した訳ではない。
「あら?……貴女も私の事がそんなに気になりますか?」
”第六警備隊隊長”は口の端を上げて、みずみずしい唇から蠱惑的な声を落とす。
「まぁ……教えて貰えるのなら……」
雷銅としてはタジタジだ。
”第六警備隊隊長”がこれまで見せていた態度はなんだったのか?!と言いたくなる様な変わり様である。
それともこれが素なのだろうか?
「私は……今年で36歳になりました。そろそろ結婚しないと子供も諦めないといけません……はぁ……」
”第六警備隊隊長”はこれまでの態度からは想像も出来ないしおらしさで嘆いている。
「……失礼な事を言いますが、お年よりも、随分若い見た目ですね……てっきり二十代後半ぐらいかと思っていました。」
だが、雷銅としては言葉よりかは太して驚いていない声音で声を返していた。
彼女の言っている事が”事実なら”雷銅よりも歳上だ。それまで年下だと思っていた相手からそんな事を言われて多少は面食らっても良いシチュエーションなのだが……
「ふふっ……貴女は正直な方なんですね……そして、決断は早いし、切り返しもうまい……本当に有能な女性です。そして、法力も桁外れで強大……どうです?”輪の国”に移住をしませんか?交渉次第では日本に戻る事も出来る様にして、コチラに席を用意する事も可能だと思います。」
「それは……」
”第六警備隊隊長”の言葉は嫌にねっとりしている。
雷銅としても悪くはない条件だ。
「……貴女にそんな権限があるんですか?」
勿論それは、法力警察官所属・日本の為に働く”輪の国”に潜り込む”スパイ”として、である。
「ええ……勿論私に”そんな権限”はありません。ですが、私は”政治部”と多少コネがあるんです。”軍事部”の方は”政治部”を毛嫌いしているんですが、私は”へ島”を守る者として、”政治部”の人とそれなりに顔を合わせる機会が多いんです。」
”第六警備隊隊長”はこの場で言えば、本当によく語ってくれる。これまでは固い言葉遣いで素っ気ないが、今の”私口調”だと結構口が軽くなっているのかもしれない……
いや、勿論コレが狙ってのモノで、ガセネタや、間違っている情報の可能性もあるにはあるが……
「その”政治部”と言うのがよくわかりません……どういった方なんですか?」
雷銅は情報収集に勤しんでいる。
「”政治部”はスーツを着用している者です。貴女方が見た人で言うと……”へ島”の港にいた人達ですね。このスーツだけでなく、この”マント”を羽織っている人は法力を扱う者で、そんな人の前で何か逸脱行為をすると下手したら攻撃されるので気を付けてください。特に、我々”軍事部”の者と違って”政治部”でマントを着用している人は融通が利かない人が多いです。安寧を守る我々としては、あまり会いたい人ではないんですが……まぁ、色んな人がいますから、悪い人がいれば、良い人もそれなりに居ると言う事です」
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『パァン!』
清瀬小学校の校庭では、三年生の担任教師がスターターを上に向けて引き金を引き、空中に破裂音を響かせていた。
いやいや、これは空撃ち、と言うか、試射である。
『ではこれより、三年生の競技、二人三脚リレーを開始します。リレーのスタートを合図する先生は準備をお願いします。』
高学年の児童、放送委員会に所属する男子の声で運動会はアナウンスされている。
『『ジリッ』』『『ジリッ』』『『ジリッ』』『『ジリッ』』『『ジリッ』』
校庭の端、観客席等々で場所を取っているグラウンドでは、一周100mのリレー場が出来上がっている。
そこには10組の男女がスタートラインの前で横に並んでいた。
1クラス二組が一斉に走り、順位によって白組紅組それぞれに点数が加点される。
今年は奇数クラスが白組、偶数クラスが紅組となっている。
『準備が整った様です。では三年生の競技、『二人三脚100m走』を開始します。』
そんな風にしてザワザワした雰囲気の中、放送委員のアナウンスは準備が終わった事を告げる。
「あ、始まる……」「うん……」
純一と春香は肩を組み、スタート地点で肩を並べて立っていた
「行くよ!」「う、うん……」
そして、朱音と勝也は肩を組み……と言うか、朱音が勝也の肩を抱く様にしてくっついて、スタート地点で今にも走り出そうと構えている。
『位置について、よぉい『パァン!』』
「うっらぁぁぁぁ!」「ちょっ!……」
「えっ?!」「あっ……」
そこで朱音は不必要に大声を出しながら走り出す。ペアを組んでいる勝也は朱音の暴挙に出遅れ気味だが、朱音の思惑は功を奏して一人だけスタートダッシュを完璧に決めていた。
そう、朱音一人だけ……
「ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ……」「……っ……」
勝也は朱音の鼻息を聞いて足のリズム何とか合わせている。
幸いな事に朱音と勝也の背は同じぐらいで、二人の歩幅はソコまで違わない。
「「いちに、いちに、いちに、いちに……」」
対して純一と春香は声を揃えて着実に一歩一歩を踏みしめていた……
「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ……」
他のクラスの児童達も中々に速い。
もしかしたら、今日の為に体育の時間以外で特訓などをしているのかもしれない練度だ。




