#455~力の国では一瞬で頂けます~
「ほっ『パクッ』『カリッ!』っ、っ、っ……っ!すみふぁふぇん、どうほっ、あいほうさんっ、っ、……」
「ええ……」
法力警察官の坂巻は、ひと切れを口にほおばり、口の中でモゴモゴとさせつつも隊長である雷銅へ手にある銀色に光る缶を差し出す。
「……」
雷銅は回って来た缶を覗き込みながら、それを顔の前に移動させていた。
「……っ」
辺りは薄暗い中、薄緑色な液体に浸されている薄く黒い”ナニ”かが缶の中に存在している。
「これの原材料はなんなんですか?……何かの肉……って訳ではないですよね?」
雷銅は片手に缶を持ち、手元と前方を交互に見ながら、少し離れた所に一人座る”第六警備隊隊長”に声をかけた。
「にく?……ですか?」
”第六警備隊隊長”は雷銅の声に、勿体ぶる様な声音で確認の声を返している。
「一瞬磯の様な匂いもした気がするので海藻や魚かとも思ったんですが、この液体からは香辛料?いえ、何かの花?の様な匂いもするので……これはどんな食べ物なのか教えてもらえないんですか?」
雷銅は淀みなく、匂いから判断出来そうな事を言うが、缶に入っている液体の匂い等も間違っているかはともかく、特定が出来ないらしい。
「ふむ……肉から磯の匂い、そして液体からは植物系の匂いですか?」
”第六警備隊隊長”は雷銅の答えを聞いて、考える様な声音で返事をしている。雷銅の予想とは言えない様な、端々では断定する答えを聞いて、何か言い出し辛そうな雰囲気を一瞬だけ込めた反応を返している。
「……」
”第六警備隊隊長”は何か勿体ぶる様な感じで口を開こうとしない。
「いえ……わかりました。お答えします。これは肉や魚を、マメや植物等で繋ぎにして練り込んだ”混め層”と言う食べ物です。見ての通り掌よりも小さな物ですが、実はかなり高カロリーな食べ物です。」
「コメソウ?……聞いた事はありませんが……」
どうやらこの缶は言うなれば”混め層缶”と言うべきモノなのだろう。
「ええ……一応は”輪の国”で開発された食べ物です。皆さんはお忘れかもしれませんが、ここは孤島で、とりわけ”食べ物”の管理や消費は少し前までは結構うるさかったものです」
現状の”輪の国”は他国からの食糧輸入で食べ物はかなり余裕があるが、日本をはじめとした国が食料を”輪の国”に輸出する前ならば、”輪の国”の小さな島六つでは食料問題が深刻だったハズだ。
「……そうですか……はむっ『ゴリッ!』っ、っ、っ、っ『ゴクン』」
雷銅は”第六警備隊隊長”の返事をそこそこに、缶の中から一切れの”混め層”を取ると、躊躇う事無く上から口にはさみ、次の瞬間には口に入れてしまう。他の法力警察官達とは違う咀嚼音を辺りに響かせると、他の者とは違って黙々と咀嚼して呆気なく嚥下してしまう。
「では……「どうでしたか?なかなか美味しいでしょう?」っ!?……『ゴッ!』っ……いえ、私はソコまで好きではない味ですね」
雷銅が考え込みながら視線を下に向けていると、”第六警備隊隊長”は近くまでやってきていて、雷銅から缶を奪う様にして取っていってしまう。
雷銅はまるで、気取れずに近寄られた事へ反抗する様にして”混め層”の味が好みではないと宣言していた。
「まぁ……実際に”混め層”は毛嫌いしている人も”我々の”中にはいますし、逆に”私”の様に好む人もいるので……好き嫌いが分れる食べ物なんでしょうね『カリッ!』っ、っ、っ『ゴクン』……『チャポッ』っ、っ、っ……ふぅ」
”第六警備隊隊長”は雷銅から離れながら言葉を返して、缶に残っている最後の”混め層”の一切れ口に含んで雷銅と同じで呆気なく嚥下してしまう。
また、缶に口を付けて缶に残っていた液体を飲み干してしまっていた。
「「あぁ……」」「「「「……」」」」
雷銅達は缶に残っていた液体を飲み干した”第六警備隊隊長”に何らかの感情を込めた視線を向けるが、誰も続けて言葉を吐き出せていない。
”第六警備隊隊長”が顔を晒して以来……と言うか、ヘルメットと目元を隠す今の姿では初めて一人称を”私”と呼んだからなのかもしれない。
もしかしたらこれが素なのかもしれない”彼女”の一端が垣間見えた瞬間だった。
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『パァン!』「……」
勝也は校庭から、リレーのスタートを告げるスターターの音を聞く。
未だ二年生の”借り物リレー”が行われている最中だ。
清瀬小学校の”借り物リレー”……普通であれば、例えば『ボール』だったり、『鉛筆』だったり、『消しゴム』だったりと、借り物としては簡単な物を借りてくる事が一般的だろう。
しかし、清瀬小学校の”借り物リレー”は一味違う。
『わー』『ギャー!!』『こっち来ないでぇぇえーーー』「……」
先程の厘が引いたお題は『イニシャルが同じ人』と言うモノだった。
『すみませぇぇぇん!!5cmより短い鉛筆持ってる人いませんかーー!』
『こっち来んなぁーー』『あっ、いやっコンパスに付いているやつなら……』
今、勝也の前を通っていった、特に知らない男子児童は『5cmより短い鉛筆』が”お題”らしい。
確かに、コンパスに付けられている鉛筆は回すのに邪魔にならない様にする為、短い鉛筆が付けられている事が多い。
しかし……
『コンパスだぁ?今日持って来てねぇよ!』
そう、運動会の日にコンパスを持ってくる児童や参観に来た保護者がいるだろうか?いや、きっといないだろう。
『すみませぇぇぇん!5cmより短いえんぴつぅをぉ……』
多分二年一組の男子であろう白い帽子を被っている児童は大声を出しながら走り去っていってしまう。
『すっ、すみませぇ……”誰かの両親ではない大人”、を紹介出来る人、いっ、いませんかぁー……ぅぅ……』
「……」
次に来た白い帽子を被る児童のお題は”誰かの両親ではない大人”らしい。
”大人”と言う時点で勝也達児童がいる場所に来るのは間違っている様な気がしないでもないが……
いやまぁ、保護者のいるスペースは離れているし、そこにいる大人は大概が自分の子供を見に来ている両親だ。祖父母も駄目だろう。
それに、保護者のスペースでは、誰が白組の関係者か分からない。
まぁ、保護者ならば赤白関係ないと言えば言えないが、実はこの赤白の勝敗は重大だ。
『両親ではない大人』関係者の児童は不満を持って、妙な言いがかりをつけられる可能性がある。
それならば白組の児童から紹介された大人か、別に助けても良いと言える赤組の児童から紹介された大人なら問題は少ないのかもしれない……
「……まぁ……ん?いや……」
勝也達を含む白組の児童から子供のいない大人を紹介して貰った方が、その可能性と助力が貰える……と考えると、それは正しいのかもしれない……
いやいや、勝也がそんな”お題”を引いたと考えてみれば、先生方に協力を募った方が良いのではないか?と考えていたところで……
『……う゛ぅ゛、すみませぇ……”誰かの両親ではない大人”を知ってるひと……あっ!』
「……あっ!」
そんな”大人”を探し求める児童は何かに気付く。
そして、それは勝也も同時だ。
「か、かつや君?」「んっ!?」「うん……」
いや、なんてことはない。『両親ではない大人』を探し求めていた児童は勝也を知っている児童だった。
そしてそれは勝也も知っている児童だ。
「……えっと……地元……さん?だよね?」
勝也の元までよたよた歩いて来た児童……いや女子児童は厘の友達、地元明ちゃんだった。
「あっ……覚えてもらってて良かったです!……えっと……”コレ”……」
明ちゃんは勝也と言う知り合いがいた事で困っていた顔から笑顔になっていく。
「うっ……うん、いや、良いよ。『誰かの親ではない大人』でしょ?うむむ……」
勝也は明ちゃんに頼られて、ほんの一瞬だけ困った顔をしかけるが、何より特段に仲の良い友達を作らない妹の数少ない友達が困っている状況だ。
勝也としても、助けを求められて拒む程不義理ではない。
「……むむ……」
勝也は考える。
先生方に協力を申し出ればこの”お題”は解決だが、実はこの競技に先生方を始めとした学校関係者はすんなり協力してくれないのが通例だ。
勝也は知っている。昨年勝也がこの”借り物リレー”をした際に引いたお題は『長靴』だった。
運動会、しかも快晴時に開催される場に”長靴”で来る者は基本的にいない。
勝也はそう考えて清瀬小学校にいる用務員さんを頼り、最初は暖かく迎え入れてくれたが、お題の”長靴”を貸して欲しいと言うと渋られ、拝み倒してやっと借りられたリレーだった。
しかも大人用の長靴で結構ごつく、持って走りづらいは臭いは恩着せがましいはで散々なリレーだった。最後は結局時間切れでポイントは減点され、クラスメイトを始めとした赤組チームからは非難の目が向けられていた……
そう、二年生の『借り物リレー』これはまたの名を『借り物リレー上級版』と言える競技なのだ。
そしてこの運動会で負けたチームは個人では競技に勝っていたとしても、赤組か白組のチーム連帯責任で休日を潰しての学校近くの場所で草むしりやゴミ拾いに駆り出されるのが毎年通例である。
まぁ、勝ったチームに所属している者が負けたチームの人と仲が良いと言う事で、個人的に付き合ったりもするが、それはあくまでも休日の過ごし方としての行動とされる催しである。
つまり、清瀬小学校の運動会は、児童達で言えば、割とガチなのだ。
「……むむ……「どうしたの?勝也?その子はダレ?」ん?あぁ春香?」「……っ!……」
勝也が何か妙案を捻り出そうと考えていると、横から声がかかる。明ちゃんは緊張した面持ちで口を閉ざしたままだ。
「うん、実はこの子、厘の友達の地元さんでさ……お題が」「ふぅん?勝也が厘ちゃんのお友達に助けを求められたんだ?ふぅん?」
勝也が状況を説明と、目の前に来た女児が誰かを説明しようとすると、春香は明ちゃんに視線を送りながら何事か口と目から語り掛けている。
「……っ……」
明ちゃんは獅子に見つめられる草食動物チックにプルプルと震えながらも口を閉ざしていた。
「まぁ、良いよ別に……厘ちゃんのお友達なら、私も大事にしなくちゃならないし、ね?明ちゃん?」「ぇ?」
春香は明ちゃんに視線を向けながらも”不穏当な”空気を出しながら”協力”する様な事を言っていた。
勝也は春香の態度に一瞬だけ驚いたような声を出している。
「秋穂お姉ちゃーん!」「えっ?……あぁ……」
春香はまたも大きな声を張り上げる。勝也は一瞬だけ腑抜けた様な息を出すのだが、言われて見ればそうだ、兄妹姉妹で二十歳を越えている者ならば、明ちゃんのお題は簡単な者になる。
まぁ、小学生の兄や姉で二十歳を越えている所はどれぐらいいるのか不明だが、なくはないだろう。……と言うより、春香がそうだ。
賢人市長がいたのだから、秋穂お姉さんが一緒に来ていても不思議ではない。
「んっ?」「……あれ?」
しかし……春香の姉、金山秋穂は現れなかった。
「ご、ごめんね明ちゃん?……私の”お姉ちゃん”が良いと思ったんだけど……」「……いっ、いえ……協力してくれて、ありがとうございます……」
春香は明ちゃんに姉が出てこない事を謝るのだが、明ちゃんは春香と話しをして”緊張している”のか、お礼の言葉を述べている。
「……いやっ、と言うか、何で地元さんの名前を知ってるんだ?それに、地元さんの”お題”をなんで?」
そう、勝也が言う様に春香には”厘の友達の地元さん”としか紹介していない。名前や、”お題”を知っているのはおかしいではないか?
「……いやっ?”さっき”聞いてたんだよ?それより、勝也は紹介出来る『大人の子供がいない”女性”』、今日は来てないの?」
しかし、春香は何の事も無い様に言葉を返して、寧ろ勝也に『紹介できる女性はいないのか?』と言ってもいた。
「えっ?」
……いやいや、勝也の知り合いで『紹介出来る女性』?なぜ女性限定なんだ?と反目精神で言葉を返そうと思ったが、スンでの所で口を閉じる。
そう、そう言えばいるではないか。特に今日の様な運動会と言うイベント時に、来てくれる大人の女性が、勝也の縁者に。
「あっ!」
勝也は顔を上げて辺りを見回すと、校庭の方にジャージ姿で帽子を被りつつサングラスで目元を隠す大人の女性が一人、
「んっ?!」
彼女は一眼レフカメラを首に下げ、腰のポーチにはデジカメやフィルムなどの機材、背中のリュックには簡易脚立等のデカブツ機材が入れている、重装備姿の者である。
「どしたの?勝也?」
目ざとく勝也の目線に気付き、カメラを構えてからそそくさと近寄ってきていた。
「あの、夕お姉さん、出来れば彼女の”お題”を手伝って欲しくて……」
それは雨田夕、勝也の叔母である。
彼女は夕の兄・勝也の叔父である雨田務が経営している『カメラショップ”レインボウ”』に務めているカメラマンで、勿論の事だが今日、清瀬小学校の運動会では”カメラマン”として参加しているのだ。
勿論の事だが、清瀬小学校には許可が取ってあるし、清瀬小学校が頼んでいるカメラマンとは別口の飛び込みで雇われカメラマン的な事をしている。
「あっ!”借り物”?……あー……いや、良いよ良いよ!むしろ、レース参加側から撮れるのはそれはそれで……」
こうして、夕は明ちゃんと駆けていき、今日一番の躍動感ある写真をフィルムに収めるのであった。




