#412~力の努力~
『ピュ―――ピュ―――ピュ―――ピュ―――ッ………………ドドドッドッォン!……パラパラパラパラパラパラパラパラ……』
花火は次第に一度に打ち上げられる数が増えていく。
まだまだ序の口な方だが、清虹市全域で腰を据えてそれを眺めている者達は次第に”空だけ”を見上げている頃合いだ。
「あの、、となり良いかな?」
「え「「っ「「「!「「?」」」」」」」……」
”とある女性”は”ある男性”に声をかけている。
その声をかけられた”ある男性”は驚きの声を洩らすが、その”ある男性”の周りにいる者達も、その”とある女性”へ一斉に視線を向けていた。
「……あのっ、、、何でここに?」
その”ある男性”とは、清敬高校の端に置かれている道場の屋上に集まっている茶色ジャージに身を包む集団の中の1人、その集団の中で一人だけ身長が低く、顔立ちから言っても最年少だろう少年はその”とある女性”・茶色い浴衣を着る女性へ”迷惑そうな”顔と言葉を返している。
「ちょっと”君”と話しをしたいんだけど……今は駄目かい?」
「っ……「っ」……はい、大丈夫です。」
秋穂は茶色ジャージの少年に接触を試みている。
だが、少年は数歩程度離れている茶色ジャージ集団に顔を向け、その中でも一番年長だろう恐らくは秋穂よりも歳が上の男性が顔を縦に振るのを見届けてから秋穂に了承の言葉を返している。
「これ、飲まないかい?”猿の乳”って名前の牛乳なんだけど……”結構おいしい”って勧められたモノなんだ。勿論譲るって意味なんだけど、どうかな?いらない?……」
秋穂は手に持っている瓶を少年の目の前に付き出してそんなセリフを言っている。
「はい、ありがとうございます。」「……」
少年は一にも二にもなく瓶を受け取っていた。
秋穂は表情には出さないが、少年に瓶を渡す段になって少しの違和感を抱いている。
先程奥の茶色ジャージ集団の年長らしい男性に”秋穂が隣に居座り、話しをする”のを確認したのに、この”牛乳”を貰う事に関して少年は”彼に”お伺いを立てていない。
つまり、先程この少年が年長らしい茶色ジャージ男性にした”お伺い”はタイミング的に見て”秋穂がそこにいても良いのか?”・”話しても良いのか?”とするモノだ。
その年長者が保護者や兄弟等でわざわざ”お伺い”をする者ならば、”物を貰う”事について了承を得ないのは”少しだけ”おかしい。
まぁ、他の家庭の価値観や教育方針は千差万別なので一概には言えないが……秋穂の中では”この茶色ジャージ集団”への不信感を一段階上げている。
「じゃ、じゃあ……いただきます。」「うん。」
『キュポン!』「っ……んっんっ……」
少年は秋穂から受け取った瓶の蓋を開けると、少しだけ逡巡してから中の黄色味のある乳白色な液体を口に流し込む。
「……くっ!……」「うん?」
少年は瓶の中の液体を三分の一程飲むと、透明な瓶の中の液体をまじまじと横から見る様にして凝視する。
秋穂はそんな少年の態度を不審に思う様にして彼を見つめていた。
「どうしたの?口に合わなかった?……いや、渡しておいて申し訳ないんだけど……実は私は”ソレを”飲んだ事なくて……いや、申し訳ない……別に試させたワケじゃなくて」「いっ、いえっ!?これ……」
秋穂は自分が飲んだことも無い物を不用意に渡してしまったとして謝罪している。
乳製品はアレルギーがある者もいるし、”話しをしたい為”とは言え、よく知りもしない少年に譲る物としては不適切だった。
まぁ、そうならそうで断って欲しい所だが……しかし、人によっては目上の人から貰う物を断るのは”よろしくは無い”として、意に沿わない事を言わない者がいるのも事実だ。
しかし、その少年に関して言うと、彼は目の色を変えて秋穂の言葉を遮りながらも口を開ける。
「……っ、ど、ドコで買えますか?すごく、、、オイシイです。出来れば値段とかも教えてもらえると……」
「えっ?あ、あぁ、、いや、気に入ってくれたのなら良いんだけど……」
だがしかし、秋穂の一瞬の思考はあてが外れ、むしろ販売している場所や値段を尋ねられてしまう。
「……”それは”土旗商店街にある”猿の銭湯”で販売している牛乳だよ。多分、”猿の浴場”ならどこでも売ってるんじゃないかな?値段は一本700円のやけに高い牛乳なんだけど……」「ななひゃく……えん?……」
これはもう見るからにリピーター確定だ。思いがけずに秋穂は”猿の銭湯”で買った限定の乳製品・”猿の乳”の営業実績を作ってしまっていた。
いや、他の”猿のせんとう”でも売っているだろう物だが……
「……えっ?そんなに”おいしい”牛乳なのかい?……いや、”譲った物”なのに申し訳ないんだけど……チョットだけ味見させてもらえないかな?」
「……っ?……勿論自分は良いですけど……他にコップとかは」「いや、良いよ良いよ、私は”そう言うの”をあんまり気にしてないからさ、それとも君がイヤかい?だったら……まぁ、帰りにもう一度買ってみるけど……」いえ、別に……」「……はぁ!?……」
秋穂は譲った牛乳だが、”それほど旨い”のなら自分も味見をしてみたいと、少年の飲みかけミルクを所望する……また秋穂は、”間接キス等”を気にしてない風に言ってから少年に牛乳を分けてくれないかと再度確認していた。
「はぁ……まぁ、自分も別に……『キュ』ど、どうぞ、」「……はぁぁああぁぁ!?」
少年も口では気にしてない様子だが、最低限のマナーとして、自身の着ているジャージで牛乳瓶の口を軽くひと拭きしてから秋穂に瓶を向ける。
「うん、ありがとう。っ「……ポチャン」うん、確かに普通の牛乳とは違う……でも、どこかで飲んだ事がある様な味だ……んー、なんだろう?」
秋穂は受け取った”猿の乳”牛乳を軽く傾けて中の液体を少しだけ口に含み、それを嚥下している。
彼女はすぐに”普通とは違う牛乳”な事を感じ取ってはいるが……
「うん……おいしいね……でも……んん?……やっぱりどこかで飲んだ事がある様な……」
……いや、秋穂も”猿の牛乳”の旨さを認めてはいる。だが、”その味”について、”何処かで飲んだことがある様な”事が気になっている様子だ。
彼女は正真正銘で”猿の乳”を初めて飲んだのだが……旨さよりも、”隠し味”は何だろうかと疑問を浮かべている。
「多分ですけど……”法力増強ドリンク”が」「あぁあ!それだ!うん、確かにそうだ!なるほど……そうか、”君も”あれの旨さが分かる”人”なんだね?」「ぐぐぬぬぬぬっ……」
そこで、”猿の乳”の隠し味について答えを示すのは……勿論ではあるが、その”猿の乳”を秋穂と飲んでいる少年だ。
秋穂は少年の言葉を聞いて謎が解けた様にして笑みを浮かべている。
そう、まるで”特定の相手にだけ”見せる様な微笑みである。
「それでなんだけど……っ、私は金山秋穂と言います。清敬大学の教育学部に通う三年生だ。もしよかったら”君の”事も教えて貰えないかい?」「……ぅっぅぅぅ……」
そして遂に、秋穂は自己紹介をしてからその少年の名前や学校等を聞き出すための言葉を掛ける。
秋穂の生まれて初めてする”ボーイハント”・もう少し分かりやすく言えば、逆ナンだった。
「っ、、自分は岡波樹太郎と言います……清敬学校初等部の三年生です。」
少年は一瞬だけ口ごもるも、清敬学校の初等部・つまりは清敬学校の小学校に在籍している三年生な事を秋穂に正直に伝えている。
「それは……いや、答えたくなかったらそう言って欲しいんだけど……君は”特待生”の方かい?それとも”入試組”で良いのかな?」
清敬学校の初等部はそもそも校舎を独自で持っていない学校だ。
清敬中学校の空き教室で授業を行うほどの小さな教育機関でもある。
また、ソコに通う少年少女達は世間から見ると多少は異質な者達が集まっていて”小学生の内から法育授業”を受けている者達だ。
”かなり高い適正を有している者”か、”入学希望者が多く高い倍率をくぐり抜けた者”だけが入学を認められている小学校なのである。
前者は分かりやすく言うと、法力免許が無いのに法力をかなりの精度で発現出来る者で、コチラは逆に学校側から入学を求められる”特待生”と呼ばれている。
後者はそのままの意味で、難しい事が議論される面接と法力に関しての知識が求められる入試試験を好成績で通過した”入試組”だ。
この二つはどちらも生半可な”適正”や”勉強”で入学できる訳ではなく、どちらが優れているかは一概には言えない所であった。
問題のこの少年、岡波樹太郎君はと言うと……
「自分は……法力を幼い頃から発現出来ていたので……それに自分は”入試組”の人達の様に十分な教育は受けられない”身分”なので……」「っ……」
樹太郎少年は言葉少なに秋穂の疑問に答える。……”特待生である”と。
言われてみればそれはそうだ。
”入試組”の者達はこう言ってはなんだが 良い所の”お坊ちゃん”・”お嬢ちゃん” ばかりで、本人たちが身を粉にして働かなければならない様な者達である。
多分それは、中~上流階級ぐらいの子供達だろう。
恐らく保護者の援助等が見込めない”虹の子”ならば、”特待生”以外はありえない。
それも、今晩彼等がしている様な”お手伝い”をしている者ならば、聞くまでもない事だった。
おそらく、”虹の子”達の世話をする”虹の家”の資金等を少しでも浮かせる為、この樹太郎少年は”入学金等の資金面で多くの事が免除される特待生”に選ばれるように、かなりの努力をしたに違いない。
『ピュ―――ピュ―――ピュ―――ピュ―――ッピュ―――ッピュ―――ッ………………ドドドドドドッ!……パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ……』
「……ふふっ……なら、私の”フルーツ牛乳”も盛大においしそうに飲んで、味見してもらわなくては……」
また、清敬高校の東側にある体育館の屋上で”主人”の帰りを待つ女性は自身が持つ瓶を握りしめ、これから行う”事の”を努力を決意する。




