#403~力の大事なところ~
『ワイワイ……ガヤガヤ……
「ふぅ……」
「……」
「「……」」
夏も、終盤であるっ!
……ガヤガヤ……
その日の予報では”清虹市はどこも一日中快晴”で、実際に雲一つない空模様だ。
陽は地平線に沈もうとしていて、そろそろ気温が和らいできた頃である。
……ガヤガヤ……
この日の清虹市は至る所で老若男女が街や飲食店等が多く軒を連ねる場所に集まっている。
もう”夏休み”もそろそろ終わる頃合いなのだが、今日は何か”イベント”があるのだろう人出の多さだ。
……ガヤガヤ……
『ピンポンパンポーン!……清虹市からのお知らせです。このあと、一時間後に、清虹市の南・火狩地域の南にある海の上で、予定通り、およそ30分の間、”花火”が、打ち上げられます。今現在、そのプログラムに、変更はございません。……繰り返しお伝えします、清虹市からのお知らせです。このあと、一時間後に、……』
清虹市の駅や商業施設、学校等のスピーカーの至る所で同じ音声が流れている。
『……今夜は、清虹市内の様々な地域で、出店や屋台等が出店される、お祭りが開催されます。……清虹市にお住まいの皆さまは、今宵の空に瞬く光をご覧になり、夏の思い出をお作りください。』
そう、今夜は市が運営する”花火大会”が実施される。
……ガヤガヤ……
そんな花火大会に呼応する様にして、清虹市にある大きな公園や、地域ごとの広場で屋台の出店等が展開されている。
つまり、市が主体になって、市の各地域でお祭りが同時多発的に行われているようなモノだ。
……ガヤガヤ……
「……おぉーいっ!厘!!どこだー?聞こえたら返事しろー!……」
「……」
人が結構集まっている地域の一つに、清虹市内の北・土旗地域の駅から続く商店街がある。
この土旗商店街はアーケード街だ。天井は屋根ががあるのでここからは南の空に打ち上げられる花火は見えないが、その代わりと言わんばかりに商店街の店舗従業員達が様々な屋台を開き、人を集めている。
……ガヤガヤ……
「……りーん!」
「……」
この日、勝也達は土旗商店街に出向いていた。
勝也は商店街の雑踏の中、妹の名前を叫んでいる。
「どこ行ったんだよ?厘のやつ……」
「……」
商店街の一角で、許す限りの大声を出す勝也だが、その声に応える者がいない事にかぶりを振って少しだけ焦る様な声を捻り出していた。
その隣にいる浴衣姿な少女は勝也の声を聞き、おもむろに動き出す。
「……厘ちゃーん!出ておいで~~」
春香は手を口元に当て、よく通る声を吐き出す。
「はぁ~~~~い!……」『チリン、チリン!……』
すると、人が溢れかえる程の雑踏の中、どこからともなく返事が聞こえてきた。
次の瞬間には何かの鈴の音が雑踏の中から聞こえてきて、
『シュタッ』『……チリンチリン!』「……戻って来ました!春香お姉さまーん!」
雑踏の中、勝也が顔を向けていた方とは逆から青色の浴衣衣装の厘が飛び出してくる。
「厘ちゃーん!会いたかったよぅ!」
そんな厘に抱き着かれながら、その勢いを受け止めるのはピンク色な浴衣の春香だ。
彼女は厘のおでこに自身の頬をこすりつけながら、感動の再開を喜んでいる。
「あっ!そだっ!厘ちゃん!写真撮ろう!ていうか撮らさせて!」「?!」
厘の体温を感じて喜ぶ春香は何かを思い出した様にして身を翻し、手にある紐巾着袋の中から小型のデジタルビデオカメラを取り出す。
「うん!勿論いいよ!」「うん!ありがとう!?えーっと」「えっ?デジタルビデオカメラ!?……」
春香はデジタルビデオカメラのレンズカバーを外してビデオカメラの電源を付けるが、手元が若干覚束ない様にしている。
そんな春香に驚きの目を向けているのは勝也だ。
「……いっ、いつの間にそんな物を?「ふっふーん!良いでしょ?パパが持ってたヤツを貰ったの。」なんでもアリだな……」
どうやら春香は、少し前から金山邸に戻り、一緒に住み始めた金山市長から、お古のビデオカメラを譲ってもらったらしい。
「でもでも春香お姉さま?厘との”思い出”を作ってくれるのは嬉しいけど”カメラマン”ならもういるから、春香お姉さまは厘と色々楽しみましょう!」「ぇ?そう?」
「……っ、そういう事か……」
「いやいやいや!厘ちゃんとの思い出は全部”私の手”で作らなきゃ!いつまでも”カメラマン”が付いてくるとは限らないしね?」
勝也も厘の言葉を聞いて春香が突然ビデオカメラを持ち歩くようになった理由を気付いたようだ。
厘は春香の誕生日パーティで春香に『写真アルバム』を渡していた。
そのアルバムに入れる写真を撮るために春香はビデオカメラをイベント時に持つようにしたのだろう。
この日、土旗商店街に浴衣で出かけているのは
勝也・春香・厘・秋穂・凪乃
の五人で、皆浴衣姿である。
浴衣と着物は似た様な見た目だが、布の材質や着るタイミング、着方に違いがある。
どちらも平安時代頃に日本で着られるようになった衣服だが、本来”着物”は文字の様に”着る物”で、浴衣も着物の一つと言える。
だが今現在では着物はフォーマルな衣装とされていて、浴衣はカジュアルな衣装とされている。
元々浴衣は湯上りの着物として、お風呂上りに着る物でそのまま寝間着としても着られていた。
そんな事もあり、浴衣は下着を着用しない事を前提としてデザインされているのだ。
対して着物は襦袢と言う肌着を着用するのが一般的だ。
下着などのラインが着物の表面に浮かび上がってしまう為に現代的な下着は着物を着る際に避けなければならない。
「でもそうだね、今日は”カメラマン”に任せようか?」「うんうん!」「っ……」
「じゃあ、もう良いね、花火もよく見えるだろう”今日だけ”解放されている高校に行こうか?」「ええ。」
つまり、今土旗商店街に集まっている、厘や春香、秋穂に凪乃達は浴衣を着ているので、下着を身に着けていない……のかもしれない。




